21話 幻の婚約者(2)
※アリア目線です。
私は階段を下って、屋敷を出ました。
お披露目会の最中ということもあって、下の階には人もおらず、誰にも会うことなく屋敷の外に出ることができました。
「出てまいりましたよ」
私は見えない何かにそう話しかけます。使用人がいつ部屋に帰ってくるかわからないので、できるだけ早く戻らなくてはならない。
私は中庭を歩き回る。
しかし、さっきまではっきりと聞こえてきていたその声は、急に聞こえなくなってしまった。
「……空耳だったのかなぁ」
見えない相手で聞こえていた声さえも聞こえなくなっては、見つけようがありません。
仕方がないので、私はさっきの部屋へ帰ることにしました。
しかし……。
「どちらの屋敷でしたっけ……」
正門から入ってきた時、私は綺麗な中庭に気を取られていて、どちらの屋敷へ入っていったのか覚えていませんでした。
立ちつくしていても仕方ないので、正門から入って右の屋敷へと進んでいきます。
なんとなく違う気がしたのですが、私の勘は外れがちなので、もしかすると合っているかも……。
しかし、屋敷に入ってまた迷子になってしまいました。さっき入ってきた入口さえわからない始末で、道を聞こうにも人もいません。
「ここはどこなの?」
無意識に誰かへそう尋ねます。勿論、答えなど返って──。
「どうかしましたか?」
後ろから急に声がかけられました。私はすぐに声の方を向きます。そこには、私と同じくらいの年の男の子が立っていました。
私は、久しぶりに人と会えた事で少し涙ぐんでしまいましたが、何とか堪えます。
「部屋をぬけだしたら迷子になって……」
少し恥ずかしかったですが、素直に答えます。
私は知っています。素直に答えれば、親切な人なら手を貸してくれると。
その男の子は「部屋とは人が大勢いたパーティーの会場ですか?」と質問してきました。
私は、使用人と自分しかいない部屋だと答えます。
誰か大人を呼んできてもらおうかと考えましたが、それでは確実にお父様に叱られてしまうので、その男の子に頼ることにしました。
その男の子は少し考えて、「何となく分かりました。僕に付いてきて貰えますか?」と笑いかけてくれました。
その笑顔に、一瞬心を奪われてしまいましたが──。
私はここに、婚約者と会うために来ているのです!
──と自分に言い聞かせました。
「どうして東館にいたのですか?」
後ろを歩いていた私に、男の子がそう話しかけてきました。
「こっちが東館なの?」
私は彼の質問に、質問で返してしまいました。急に話しかけられて動転していたのもありますし、そもそもどちらの屋敷がどう呼ばれているのかなんて、全く知りませんでした。
「そうですね。では、どうして外に出られたのですか?」
その男の子は質問を変えて、私に話しかけます。この質問には、どう答えればいいのでしょう……。
「それは……。部屋にいるのが退屈だったので、使用人が席を外したタイミングで部屋を出たのです。廊下に出るとお庭が見えたので。つい……」
誰かの声が聞こえたなんて言えませんから、私はそのように答えました。といっても、屋敷に入るときに、お庭に熱心していたのは本当のことなのですが。
「そうですか。我が家の庭は綺麗ですからね」
男の子は表情を和ませてそう答えます。
「確かに、この屋敷のお庭はとても綺麗ですね」と、私は返答しようとしました。
しかし、一つの単語が頭に引っかかりました。
「我が家?……あなたはこの家の方なのですか?」
私は、首を傾げてそう聞きます。
もしかして……。私は高速で頭を回転させます。しかし、私の疑問の答えは彼の中にしかありません。
「申し遅れましたが、私はアルフォート・グランセルです。グランセル公爵の三男になります」
まさかの、アルフォート様本人でした。
私は動転してしまいました。今思えば、公爵様と同じ金色の髪の毛や上等な服を着ている時点で気づくべきでした。
「そうだったのですか……。その、私は……」
私は自己紹介しようとして、止めました。
何と自己紹介すればいいのでしょう。
いきなり「あなたの婚約者です」と言えばいいのでしょうか。それとも「サントス公爵の次女、アリアです」でしょうか……。
私の動揺を感じ取ったのか、アルフォート様は「そろそろ部屋に着きますよ」とおっしゃられ、話を終えました。
というか、年下の子を頼っていたのですね……。
見たことのある光景で、扉の前には人が三人いました。一人は、私たちに付いてきた使用人で、もう1人は食事を運んできた男性。あともう一人は。……見たことがありませんね。
私は、部屋に戻れたことに安心していました。
「お嬢様、私の後ろに」
アルフォート様が小さな声でそう言いました。驚いてしまいましたが、私はアルフォート様の言う通り、後ろに隠れます。
「アルフォート様。お嬢様が迷惑をおかけし、申し訳ありません」
給仕をしていた男性は、そう言いながら近づいてきました。
あれ、この方はここの使用人では?
私の中で一つの疑問が浮かびました。
「あなたはどこの使用人ですか?」
アルフォート様がその様に詰め寄ります。アルフォート様もその男性のことを疑問を抱いたようです。
しかし、どこで疑問に思ったのでしょう……。
「私は、そこにおられるお嬢様の使用人です」
その男性はそう言いながら、どんどん近づいてきます。
私は、その男性を知りません。少なくとも、今回付いてきていた使用人ではありませんでした。
アルフォート様は、一瞬私の方へ視線を送り、再度その男性の方を向きます。
「へぇ……、最近の使用人は武器を携帯するものなのですね」
アルフォート様はそうおっしゃられました。
その後の出来事ははっきりと覚えていません。
ただ、三歳の男の子が何回りも違う成人男性を押さえつけると言う非現実的な光景だけが、私の脳裏に焼き付いていました。
アルフォート様は部屋のなかで現状報告をしていました。
彼は、困っていた私を見つけたこと。私が高い身分の者だと判断し、案内したことを簡潔に報告していく。
私は、ぼーっとする頭でなんとなく話を聞いていました。
話がひと段落ついたのか、公爵様が私のことを紹介しようとしていました。
しかし、私は自分の口で彼に名乗りたいと思いました。
「話は私の方からさせてください!」
気づけば、食いぎみにそう言っていました。
公爵様は、私とアルフォート様の二人だけにして部屋を離れました。
「あの、助けていただきありがとうございます」
長い沈黙を破って、私は声を出しました。
なんと言っていいのか分かりませんでしたが、まずは感謝を伝えたかったのです。しかし、彼は全く気にした様子はなく、逆に恐縮するほどでした。
──私は、この人と結婚したい!
そう強く思いました。他の人に話したら、安直だとか単純だとか言われてしまうかもしれませんが。
「私は、アリア・サントスです。サントス公爵の次女で、あなたの婚約者です!」
「……アリア様、将来どうなるかはわかりませんが、婚約は解消させていただきたいです」
アルフォート様のお答えは、私の期待していたものではありませんでした。
なんとか、その場で泣き崩れるような醜態を晒しはしませんでした。
帰り道は、行きのような感動は全く覚えませんでした。あんなに広いと思った大地が、怖いと思った魔物たちが、全く気になりません。
私は虚な目をしたまま、約二週間の旅路を過ごしました。
「アリア……」
屋敷に帰り着くと、お姉様とお母様が待ってくれていました。二人の顔を見て、不思議と涙が溢れてきます。
「私、わたし……」
今の気持ちは言葉にできません。
二人になんて言えばいいの?
私は言葉にならない気持ちを何とか伝えようとします。しかし、溢れてくるのは言葉ではなくて涙だけでした。
「いいのよ……。何も言わなくてもいいの」
お母様とお姉様は、優しく私を抱きしめてくれました。
「アリア、貴方はフラれてなんかいないわ!」
後日、お姉様が部屋にやってきてそうおっしゃられました。
「まだまだ先の話よ。そもそも、貴方のことをちゃんと知らないのに、婚約を承諾する方が変なのよ」
お姉様はそう続けます。
確かに、アルフォート様も「将来どうなるかは分かりませんが」とおっしゃられていました。
「では、どうすればいいのでしょう……」
私の疑問に、お姉様はニコッと笑顔を見せます。その笑顔が少しアルフォート様に重なって見えました。
「その人のことを理解するために、努力するの!」
私はその日から、家の中にある本をたくさん読み、お庭の手入れも学ぶようになりました。
私も、アルフォート様のことをよく知りませんが、本が好きなことと綺麗なお庭が好きなことは知っています。
少なくても、この二つを頑張ればあの方に近づけるような気がするのです。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございます!
今回はアリア視点からのお話の続編でした。
以前書いた話と被るところも多く、賛否が分かれるかと思います。
アリアの努力が報われますように、作者も祈っております…。
さて、次回はまた世界線を戻していきます。
(投稿を定期にするか不定期にするかを悩んでおります。ご意見ありましたら、聞かせていただけると嬉しいです(>人<;))