20話 幻の婚約者(1)
※アリア目線です。
私はある少年に心を奪われた。
それは、4歳になってすぐの出来事でした。
私の父はアイザック王国のなかでも最上級の地位であるサントス公爵であり、私はその次女として生を受けました。誰もが羨む身分ではありますが、実際は友達と呼べる存在もおらず、家の外にも中々出られませんでした。
これまでに、家の外の人と交流できたのは1年前のお披露目会の時だけでした。
ただ、過度に緊張していた私は挨拶に来る方々にしっかりとしたお返事ができず、「公爵の次女は長女と違って……」という声が聞こえてきていた。
お姉様はとても優れた方です。
私とは5歳も年が離れていますが、私のことを同じ立場として扱ってくれます。お父様も、私のことを可愛がってくれて、私は何不自由なく暮らしてこれました。
しかし、そんな私に婚姻話が持ち上がりました。
お相手は、来年3歳になるグランセル公爵家の三男です。
グランセル公爵さまは、私のお披露目会の時もいらしていて、とてもお洒落で格好いい方という印象でした。お父様とは、学園に通っていた時からの仲で、お披露目会の時に婚姻の話が上がったようでした。
「婚約は正式なものではない。お前が嫌なら断ることもできるのだから」
お父様は私にそう言ってくれました。
確かに、婚約話としてはかなり早い部類に入る物でした。お姉さまでさえ、未だ婚約するには至っていないのですから。
「──アルフォート様と仰られるのね」
婚約話が上がってから、私はグランセル公爵家の情報を集めるようになりました。
情報を集めるといっても、家の使用人に聞いたり、お父様やお母様、お姉様などにそれとなく聞いてみたりする程度ですけど。
アルフォート様は、長男のガンマ様に似てとても聡明らしい。
お父様が言う話では、本を読むことが大好きで誰に対しても優しいとグランセル公爵様が自慢なされていたらしいです。公爵様が自慢なされるのは珍しい事らしく、本当の事だろうとお父様も言っておりました。
──聡明で優しい方、ですか。
私は、まだ見ぬ婚約者について、ほのかに淡い思いをはせていました。
アルフォート様は3歳になられ、お披露目会に私もついていくことになりました。
初めて屋敷を出るだけでなく、領地の外にまで出ていくことに少し不安も感じましたが、それよりも婚約者になるかもしれない男の子に会うことへの期待が私の中では大きくなっていました。
しかし、私の期待とは反して、お姉さまやお母様はかなり不安に思っていたようです。
「何もこんなに早くに会わせなくても……」
出発の前日になっても、お母様はそのように言っていました。それについては、お姉さまも同意見の様でした。
お姉さまは、「5歳になるまでは待つべき」という考えでしたが、私が行きたいと言うと渋々引き下がりました。お母様についても、お父様が説得してくれ、私は何とかグランセル公爵領へと出発することができました。
町の外には、果てしなく広い大地が広がっていました。
事前に、グランセル公爵領までは一週間から二週間程度の道のりであると聞いていましたが、私にとって屋敷の外は未知の世界であり、想像することすらできなものだったのです。
道中は、我が家の騎士団とお父様が雇われた冒険者の方々が守ってくださいました。
魔物は怖かったので、戦闘中に外を見ることはありませんでしたが、大きな怪我をされた方はいなかったようで、内心ホッとしました。
冒険譚や使用人たちの話では、強大な魔物と遭遇すると死人すら出てしまうと聞いていたので、実はかなり不安だったのです。
「──これが公爵様のお屋敷ですか?」
グランセル公爵家のお屋敷は我が家よりも広く、大きな二つの屋敷で構成されていました。また、屋敷以外にも騎士の方々が訓練するような建物もあり、その真ん中には綺麗なお庭がありました。
想像していたよりも綺麗で素敵なお家でした。
私たちは、公爵家の使用人の方に連れられて、屋敷の中に入っていきます。お披露目会ということで、私たち以外にもたくさんの方が屋敷のなかにはいました。
私たちは、屋敷のなかのとても豪華な部屋に案内されました。
「こちらがサントス公爵閣下の控室でございます。すぐにレオナルド様をお呼びいたします」
使用人の方はそう言って部屋を後にする。
公爵様はすぐに来られました。以前お会いした時と変わらずお洒落な服を着ていて、格好いいと思いました。
「やぁ、ジン。アリアも元気だったかい?」
「レオ……。もう少し威厳を持って行動しろといつも言っているだろう」
ジンとは、お父様の愛称です。本名は、ジンク・サントス。以前お会いした時も同じような会話をされていたので、お父様たちはずっと同じような関係性なのでしょう。
「今日は息子のお披露目会だからね。二人を会わせるのはパーティーが終わってからでいいかい?」
公爵様がそのようにお父様へ提案されました。お父様が頷いたのを見て、公爵様は「では、そのように」と一言返事をしました。
公爵様は、またすぐに部屋を出ていきました。やっぱり、お披露目会ということでお忙しいのでしょう。
私はお披露目会には参加することができないので、応接室で待つことになりました。
勿論、お父様は出席されるので、私は使用人と二人でお留守番です。
「アリア・サントス様、お食事をお持ちしました」
部屋がノックされ、一人の男性が食事を入れたワゴンを引きながら部屋に入ってきました。公爵家の使用人の方でしょうか。
その男性は手際よくテーブルに食事を並べていきます。
「とても美味しそうですね。これは何という物なのですか?」
私はテーブルに並んでいる料理について尋ねました。公爵家の生まれなので、色々な料理を食べてきましたが、これは初めて見るものでした。
「この料理はグランセル公爵家の料理長が作ったものです。牛肉をこねて焼いたものになります。……それではごゆっくり」
その男性は料理の説明をして、部屋を出ていきました。
「お水をお入れします」
我が家の使用人がお水を注いでくれました。
用意された食事はとても美味でした。
私だけでは食べきれませんでしたので、我が家の使用人にも食べてもらいました。
お父様には秘密にするという約束をするまでは拒んでいたのですが、やはり美味しそうな食事を目の前にすると我慢も難しいものですよね。
我慢していたからか思っていたより美味しかったのか、使用人はどんどんと食べ進めていきました。途中で食べ物を喉に詰まらせたときは焦りました。
お水を飲ませて、何とか大丈夫でしたけど。
お父様が出られて一時間程度経ったころでしょうか。
「……お嬢様、少しお花を摘んでまいります」
使用人としてついてきていた方が、お手洗いへ立たれました。今日は使用人を数名連れてきていましたが、この部屋に残ったのは彼女だけだったので、私は一人で部屋に待機することになりました。
暇を持て余していると、何やら声が聞こえてきました。
『……中庭まで来て』
それはとても小さく、か細い声でした。しかし、何度も私の耳に届いてきます。
幸い、今は使用人もいませんし、お父様が帰ってくるのも二時間は先のことでしょう。
私は意を決して部屋を出ました。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございます!
1話完結としたかったのですが、思ったより長くなりそうなので2話に分けることにしました。
アリアについて、本線では詳しく語っていなかったので、少し詳細に書いていこうと思いまして…。
さて、次回は続編を…ではなく、ユリウス冒険譚の続きを投稿します!
この話の続きはその後ですね。
彼女を呼んだのはいったい誰なのでしょうか…。