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187話 青年は踊る

※別視点です。




 荒んだ世界を、私は知っている。


 留学先であるこの国は、現在「王位継承権争い」という大きな問題を抱えており、まったくの部外者である自分から見ても難しい状況にあることは理解できる。そもそも、王太子であった第1王子の死から生じたこの問題に、無能な第2王子が何らかの形で絡んでいることは明らかなのだが、この国の人々は平和慣れしすぎている。


 大通りを歩く。

 皆が私の珍しい外見に注目する。この国では、私のような白金の髪色は珍しい。それに、衣装もシンプルで質素な者たちが多く、私が身に着けているツーベルグ魔法王国の民族衣装はかなり目立ってしまう。

 まぁ、それが目的でわざわざこの衣装でいるんだけど。


 国民は、王族内の問題に対して不安そうにしている。今まで平和だったのだろう、これくらいのことで不安になっているようでは、あの地獄のような国では生きてはいけない。それだけ、私からすればこの国は「平和」だった。──表面上は。


 大通りを抜けると、大広場にたどり着く。学園内で聞いた噂では、数年前にここで魔族が討伐されたらしい。討伐したのはグランセル公爵家の次男、ベル・グランセル──現グランセル侯爵だ。彼は、魔族討伐という大偉業を称えられ侯爵位を与えられ、国内から「英雄」として祭り上げられている。


 しかし、彼が魔族を討伐した瞬間を、見たものは一人もいない。それもそのはず、魔族を討伐したのはグランセル侯爵であって、グランセル侯爵ではないのだから。


 

 大広場は、多くの人でごった返していた。

 噂話で盛り上がるおばさまたち。大袈裟な唄を諳んじる吟遊詩人。無邪気に遊ぶ子供たち。

 多種多様な人々が織りなす日常に、私は全く目を遣らず、一直線に目的の場所へと足を向ける。不愛想な主人が店番をしている、ボロボロな屋台。私は銀貨を二枚取り出して、粗悪なテーブルに置く。

 


「──黒のストールを一つ」



 不愛想な主人は、視線だけをこちらへ向ける。冷たい目だ。見た目だけならこの国に溶け込めているが、この冷たい目だけは彼の本性を現している。



「粗悪品とお貴族様向けの良質なもの。二つあるが?」



 しゃがれた声で、主人は二つの選択肢を提示する。これは、ただの選択肢ではない。一種の暗号のような合言葉だ。



「手持ちが少なくてね。粗悪品を、大至急」


「ふん、こっからスラム街へ。三本目の路地だ。そこに仲介人がいる」


「ありがとう。すぐに向かうようにするよ」



 聞くだけ聞いて、私は踵を返す。すると、後方からしゃがれた声が追ってくる。



「その恰好では行くなよ。悪目立ちするからな」


「あぁ、それなら大丈夫。……隠密は得意なので」



 そう言って、私はその場を離れる。大広場を出て、指示通りスラム街のほうへと歩いていく。さっきまではあれほど注目されていたのに、今では誰一人として私のほうを見ない。いや、見えていないと言ったほうが正しいだろう。この特異な()()を持って生まれなければ、私の人生は大きく違っていただろう。


 そんな、どうしようもない期待と残酷な現実とが頭のなかで交錯する。一本、二本と路地裏へと抜ける道を横目に、指示通り三本目の脇道で足を止める。なんの変哲もない、ただの路地。しかし、一歩足を踏み入れただけで、自然と体が震える。


 少し進むと、黒いローブを身に着け、フードを目深に被った男が路地裏に座り込んでいるのが目に入る。寝ているのか、全く動く気配のないその男に、私は近づいていく。



「粗悪品のストールはここで買えるのかな?」



 見るからにストールを売っている人間とは思えない。しかし、あの黒いローブは見間違えることはない。


 眠ったかのように動かなかった男が、むくりと顔を上げる。目元は見えないが、おそらく以前会ったことがある。初めてあの真っ暗な部屋に入った時、彼によく似た男もいた気がする。といっても、黒いローブに身を包んでいれば、体格さえ同じなら見間違えてしまうかもしれない。ただ、何となく同一人物じゃないかと勘繰ってしまう。



「……話は聞いている。こっちへ」



 男は、すっと立ち上がると音もなく歩き出す。それなりに体格はいいのだが、不気味なほど静かなその歩き方は、彼が闇の世界の人間だということを明確に表している。これは私の持つ特異な体質頼みの代物ではなく、長年闇の世界に身を置き身につけた、彼らにとっては生きるための技術なのだ。


 男は、路地を奥へと進んでいく。すると、なんの変哲もないとある一軒家の前で足を止め、ちらっとこちらの様子を伺った後に、家の中へと消えていった。あの視線は「ついてこい」という意味なのだろう。一応、周りに誰もいないことを確認した後、私も彼の後を追うように家の中へと入っていく。


 家の中に入って最初に抱いた感想は「異常に暗い」というものだった。外はまだ明るいはずだったのに、この家、いや、このだだっ広い部屋は、外界からの光を完全に遮断していた。さっきまでの人のいない路地裏がうるさく感じるほど、部屋の中には音が存在しない。



「何の用だ?」



 突然、ボッと灯がともる音がしたかと思うと、目の前に一人の男が現れる。いや、もしかするとずっとそこにいたのかもしれないが、私の目には突然そこに現れたようにしか思えなかった。


 この男はよく知っている。

 私は、すぐにその場に傅き、礼を尽くす。



「いえ、巷で噂の『王位継承騒動』について伺おうかと」


「……お前が気にすることではない」



 私の質問に対して、男は突き放すようにそう答える。ただ、予想外の質問だったのか、男の答えには少し間があり、内容についても引っ掛かる部分が多くあった。私は言葉を続ける。



「つまり、何らかの形で関わっている、と?」


「お前が気にすることではない。それだけだ」



 私は沈黙する。

 これ以上は無意味な問答だ。そもそも、私が今回確認しにきた要件については、半分以上達成している。王族内の諍いに、彼らは何らかの形で関与しており、彼らは私に詳細を話すつもりはない。私の手を借りるメリットよりも、私に関わられるデメリットの方が大きいという判断だろう。


 今の状況、彼らの動向、そしてさっきの男の言葉を踏まえると、ばらばらに見えたピースが繋がってくる。



「そうですか。分かりました」



 私はそう言い残し、踵を返す。すると、たった一つの光源が消え去り、男の重い声が部屋に響く。



「先に言っておくが、裏切れば命はない。お前の勝手な行動が、お前以外の誰かの生死を分けるのだ。ゆめゆめ忘れるな」


「……分かっていますよ」



 私の返答を待たずして、後方から人の気配が消滅する。彼らは、私の直属の上司というわけではないが、組織として私の上に立つものであることは明確な事実だ。どこから聞いたのか、私が組織に与している理由も知っているらしい。


 振り返らず、部屋を出る。人気のない路地裏が、やけにうるさく感じる。薄暗いはずなのに、一瞬ではあるがあの真っ暗な部屋にいたためか、目を細めないとなかなかつらい。


 「お前の勝手な行動が、お前以外の誰かの生死を分ける」。男はそう言った。彼の言葉は、確かに事実なのだろう。しかし、まったくもって私を縛り付ける理由にはならない。



「踊れ。もっと、派手に。もっと──」



 私の心は高鳴っていた。緩みそうになる頬を何とか引き締めつつ、私は元来た道を引き返した。

今回も最後まで読んでいただきありがとうございます!


今回はラウンズ視点からのお話でした。

黒い組織も、氷山の一角程度ですが本編に関わり始めました。

マイペース投稿ではありますが、これからもお付き合いいただけると幸いです<(_ _)>

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