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186話 嵐の前の静けさ




 日が傾いた王都の、歴史ある王立学園の片隅にある個別訓練場では、いつものメンバーの顔があった。


 本来、アルが許可を受けて借りていた場所ではあるのだが、剣術科Aクラスのキースがいるためか、彼らの利用に他方から文句が出ることはなく、アルがいない今でも個別訓練場の利用を独占していた。基本的には1vs1の組手を回すような訓練の方式を取り、自分の順番以外では他人の組手を観戦して学習するか、自分の動きを確認する時間にあてていた。


 まだ一年生ということもあり、午前中には勉学中心の授業が組まれており、午後からは剣術の授業が始まる。彼らの個別訓練場での訓練は、その剣術の授業の後ということもあり、ある程度組手を回していると、帰るころには日が完全に落ちてしまう。


 他の生徒たちと比べると、彼らは非常に充実した一日を送っている……はずなのだが。



「はぁ、暇だ」


「ちょっと、ソーマ。だらだらしすぎだよ!……といっても、確かに暇だけど」


「まぁ、アル君がいないとね。それに、王女殿下が戻ってくるまでは表立っては動けないし」



 ソーマの訓練姿勢に対して叱責するリリーだったが、現状何もすることがないのは確かであり、他の面々も小さく頷いている。


 アルが王都を離れてから、彼らの周囲を取り巻く環境は大きく変化した。王子たちの間で生じた王位継承権を争う騒動も、リリーたちにとっては他人事ではない。ただ、現状でリリーたちができることと言えば、第6王女がアルの兄であるベル・グランセルの協力を得られたという吉報を待つことくらいで、大々的に動くことできないことに、何とも言えない無力感を感じる。


 とはいえ、今は待つしかない。

 そろそろ日が暮れそうな訓練場のなかで、ソーマが何度目かのため息をつく。



「あぁー、暇だ」


「そうだね。平和だねー」


「──っ?!」

 

 

 突然割り込んできた軟派な声色に、ついさっき組手が終わったばかりで場に混ざったクリスが大袈裟に驚く。


 声の主はラウンズ・ヴィル・オーグメントだった。綺麗に整った顔立ちといい、見慣れない珍しいデザインの衣装といい、そこにいるだけで存在感がある。ただ、彼の場合は突然現れることも多く、クリスは彼の存在に気が付いていなかった。



「──なんで貴方がここに?」


「ははっ、クリスちゃんって面白いね~。さっきからずっとここにいたよ?」



 クリスは、ぱっと周囲を見渡す。

 他の面々は、彼が突然話に入ってきたことにそこまで驚いている様子はなく、確かにずっとそこにいたのだろうことは分かる。

  

 自分だけが存在に気が付いていなかったことに、クリスは少し不服そうに顔をしかめるが、すぐに気を取り直してラウンズのほうを見る。相変わらず、クリスには彼が何を考えているのか分からなかったが、さっき発した彼の言葉に対して違和感を覚えていた。



「今の王都が貴方には平和だと見えますか?」


「うん、見えるよ。だって、上がごたごたしているだけで、平民の生活にまでは波及していないからね~。まだまだマシなほうだよ」



 今の王都は、クリスたちからすれば口が裂けても平和とは言えない状況にある。それは、彼らがその諍いの渦中にあるということも原因の一つなのだが、それを除いてもこの国の未来は明るくない。


 しかし、ラウンズの言葉はなぜか重々しく彼らのなかに残る。


 確かに、現状では王族内の問題にとどまっており、王都に住む人々の生活にはさほど大きな影響は出ていない。街を覆う空気感は重苦しいが、飢饉(ききん)が起きているわけでもなければ、こうやって学園に通えるくらいには平和と言える。


 ツーベルグ魔法王国について、魔法に対して先進的であることくらいしかクリスたちは知らない。ただ、ラウンズの言葉からは、アイザック王国の現状と母国とを比較しているように感じられる。


 クリスたちは言葉を失う。しかし、ラウンズは彼らの気まずそうな空気を無視して言葉を続ける。



「──で、君たちは噂の王子たちじゃなくて、今は王都を離れている第6王女側についてるわけだ」


「まぁ、さっきの会話を聞いてたら分かっちゃうよね」



 キースが答える。

 クリス以外は、ラウンズがこの場にいることを理解している状態で会話を続けていた。彼らが第6王女側についていると気が付いたのは、キースが発した「王女様が帰ってくるまでは動けない」という部分だろうが、キースは特に問題視していなかった。


 ラウンズはキースの様子を確認して、目を細める。



「ふーん、なるほどねー。じゃあ、私も第6王女を応援しようかな~。ということで、ソーマ君! 手合わせ、よろしく!!」


「──え、お、おう!」



 ラウンズはそう言ってソーマに木剣を放り投げて渡すと、何事もなかったかのように訓練場の中央へと歩いていく。木剣を受け取ったソーマがラウンズの後を追うように中央へと歩いていくのを見つつ、キース達はそれぞれに思考を巡らせていた。


 ただ、一人状況を飲み込めていないクリスは、じろっとキースを睨みつける。



「貴方、何を考えているの?」


「何って?」



 クリスの問いかけに、キースは何食わぬ顔でそう問い直す。クリスが何を問うているか、キースとて理解していた。しかし、あえて問い直していることに、キースが何も話すつもりがないのだと、クリスは察する。


 王女が戻ってくるまで、彼らは大々的に動くことはできない。しかし、すでに状況は切迫していて、彼らもあずかり知らない場所で刻々と変動が近づいていた。






 激動の王城は、まるで嵐の前の静けさと言わんばかりに静まり返っていた。

 王位継承権を争う面々は、王城を離れて各々の拠点に身を潜めており、現在王城に残っているのは王位継承権のない王族と、現国王であるユートリウス2世くらいのものだった。


 そんな静まり返った王城の廊下を、こつこつと靴音が響く。高貴な衣装に身を包んだ壮年の男性は、宰相に導かれて目的地へと歩みを進める。普段は入ることのできない王城の最奥部分は、高貴な身分である壮年の男性ですら、少し身構えしてしまう。


 宰相は、一番奥の部屋で足を止めると、こんこんとノックをする。



「陛下、グランセル公爵より面会の申し出が」


「通せ」



 扉越しに、威厳のある声が聞こえると、宰相はゆっくりとドアノブに手をかけて扉を開く。宰相は部屋に入ることなく、壮年の男性──レオナルドを部屋のなかへと促す。


 ここからは、宰相でさえ入ることが許されない聖域なのだ。

 レオナルドは宰相に一礼したのち、静かに部屋のなかへと足を踏み入れる。そして、扉が閉まるのを後ろ目に確認したのち、その場で(かしず)く。 



「レオナルド・グランセル。陛下にご挨拶申し上げます」


「堅苦しい挨拶はなしじゃ。何か急を要する用があって来たのだろう?」



 ユートリウス2世は、レオナルドの本心を見透かしたかのようにそう告げる。


 レオナルドは、ゆっくりと顔を上げると一つ深く頷く。

 今回、レオナルドがわざわざ面会を申し出たのは、それ相応の用事があったからだった。 



「はい。無礼ではありますが、本日、突然面会を申し出たのは、第2、第3王子の間にある(いさか)いについてです。これまでは水面下での、互いを貶める泥仕合で済んでおりますが、これからはより一層、諍いは激化していくことでしょう。国政の一部を預かる身として、陛下のご意向をお尋ねしたい」



 レオナルドの言葉に、ユートリウス2世は小さな声で「やはりか」とつぶやく。


 現在、王都では王位継承問題が激化していた。

 特に、第2王子マリウスと第3王子バルトスの確執はかなりのものであり、現国王であるユートリウス2世の耳にもその状況は届いていた。


 国王として、この問題を無視することはできない。しかし、国王だからこそ、ユートリウス2世はこの問題に手を出すわけにもいかなかった。


 ユートリウス2世は、ふっと不敵な笑みを浮かべた。いや、何かを諦めたような乾いた笑みであったかもしれない。その場にいるレオナルドは、国王の笑みの正体を察することはできない。だからこそ、その後に続く国王の答えを待つ。


 ユートリウス2世は、重苦しく閉ざされた口をゆっくりと開いて、小さく言葉を(こぼ)していく。



「……王太子──いや、我が子ルイスの死は、あまりにも大きすぎた。ルイスは誰もが認める王太子だった。人望も能力も、大義名分もすべて、な」



 レオナルドは黙ってその言葉に耳を傾ける。

 ユートリウス2世の言う通り、王太子であった第1王子ルイスは、誰もが認める優秀な人物だった。だからこそ、そんな彼を失ったことの反動が、この諍いを生んでしまったのだ。


 レオナルドは、国王の意向を探ろうとする。しかし、表情からは諦めのような無感情さしか見いだせず、ゆっくりと動く口元に全意識が集中する。


 それゆえに、次の言葉に身が震えた。



「──だが、我はルイス以上の王の器を知っておる」



 それは、力強い言葉だった。


 今までの諦めたような言葉ではなく、希望に満ちた国王の本心。その言葉──「王の器」が誰を指しているのか、レオナルドは一瞬で察してしまう。

 国王は、第2王子と第3王子の諍いについて「諦め」が先行している。彼らの後ろで様子を伺っている第4・第5王子に対しても同じだろう。


 それを踏まえれば、国王の言う「王の器」は最後の王位継承権を有する者しかいない。



「……それが、陛下のご意向ですか?」


「あぁ、そうじゃ。玉は磨かなければ光ることはない。一点の曇りのない未来を勝ち取るには、何かを犠牲にせねばならぬのじゃ。勿論、その犠牲のなかには我も……」



 そこで言葉が途絶える。

 本心からの言葉だが、この先を口にすることは現国王として無責任すぎる。そのため、最後の言葉は尻切れトンボのように場に停滞していた。


 ユートリウス2世は、不健康な笑みをレオナルドに向ける。



「そなたには苦労をかける。いや、そなたたち、か」


「……王命、確かに承りました」



 レオナルドは、険しい表情を浮かべつつも首を垂れる。

 国王の意向も、国王の予想する未来像さえもすべて理解してしまった。だからこそ、レオナルドはどうすることもできなかった。


 すでに自らは渦中のなか。

 これからどうするべきなのか、レオナルドは夜の闇を切り裂くように、薄暗い部屋を後にした。


今回も最後まで読んでいただきありがとうございます!


約一か月ぶりの投稿。本当に、すみません<(_ _)>

本当は書きたいのですが……という言い訳は辞めておきましょう。。


なかなかに筆が遅い筆者ではありますが、ちゃんとこれからもマイペースに投稿していきますので、これからもどうぞよろしくお願いします!


あ、感想とかいただけるとモチベーション向上します(べ、べつに催促なんか、し、してませんからっ!)

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