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閑話 遊戯

※今回はお休み回です。

 少し時間も遡ります。




 時は(さかのぼ)って、アルたちが謎の少女リュカと出会う少し前。大陸の中心を一文字に切り裂く魔物を寄せ付けない一本の道を馬車で進んでいた頃、アルは一枚の大きな紙に何やらせっせと文字を書きつけていた。それを見たアリアは、怪訝な顔でアルに尋ねる。



「アル様? 何をなされているんですか?」


「これは『人生ゲーム』というものです。いわゆる娯楽ですね」


「じんせいげーむ、ですか?」



 アルの回答に、アリアは可愛らしく小首を傾げる。この愛らしい仕草を見れば、世の男性は途端に恋に落ちてしまうだろうが、アルは全く表情を変えずにその紙を折りたたんでアリアに差し出す。



「はい。この『サイコロ』という正六面体を転がして、その面に書かれた数字の分だけ前に進むことができるんです。そして、止まったマスに書かれた命令に従って、ゲームを進めていくんです」


「なるほど、とても楽しそうですね!」



 アルの説明に、アリアは目を輝かせる。

 この世界において「娯楽」はほとんどなく、優雅な文化を尊ぶ慣習が強かった。そのため、アルの作り出した「人生ゲーム」という遊戯は、アリアにとってひどく新鮮で興味深いものに映っていた。それはアリアだけではないようで、二人の会話を聞いていたシャナとメイアも、横目でちらちらアルたちの動向を観察している。



「何なら今からこの四人でやってみますか?」


「ぜひ!!」



 アルの提案に、三人の美女が釣られる。アリアやシャナは、以前から気心知れた仲であったが、メイアに関しては出会って間もない。少し簡単すぎやしないかと心配になるアルだったが、それだけ「娯楽」は興味を引くのだろうと自分を納得させた。


 勿論、アルの仮説は間違っていない。

 学者肌であり、アル同様に好奇心の塊のようなメイアにとって、アルの生み出した「人生ゲーム」はひどく興味を引くものだった。しかし、この短期間で触れたアルの人となりに、メイアの中でも信頼感が生まれているのも事実だった。


 メイアの心境の変化に全く気付かないまま、アルは馬車の中央に簡易テーブルを設置し、その上に大きな紙を広げていた。







 机の上には、無数のマスが書き記された大きな紙と一つのサイコロ、そして四つのプレイヤーを指し示す木片で作られた小さな像があった。その像は高さ2、3㎝ほどの大きさで、簡素化された形をしているが、丸みを帯びた像にはそれぞれに色が塗られており、誰がどの像なのか一目でわかるようになっている。


 アルは机に置いていたサイコロと赤色の像を一つ手に取る。



「まずは僕からいきますね」



 アルが作り出したものであり、未だにルールを把握できていないため、他の三人もアルが一番にサイコロを振ることに異存はないようで、小さく首を縦に振る。それを確認したアルは、ゆっくりと手からサイコロを転がした。


 カラカラと、乾いた音を立てながら転がったサイコロはぴたりと止まり、上面には「4」の文字があった。数字を確認したアルは、スタート地点から四つ先のマスまで赤い像を進ませる。



「えっと、『身分:平民となる。給料は銅貨1枚』ですか。悪くはないですけど、よくもないですね……。じゃあ、次はアリアさん。どうぞ!」


「はい! えっと、えい!」



 アルから手渡されたサイコロを、アリアは不慣れな手つきで転がす。思ったよりも力が入ってしまったのか、アルよりも長い時間転がったサイコロは、簡易テーブルの端のほうで止まった。上面には「5」の文字があり、アリアはスタート地点に置かれた像のなかから緑色の像を手にすると、アルと同じようにマスを進んでいく。そして、アルの一つ先のマスで止まったところで、そのマスに書かれた文字を読み上げる。



「『身分:上級貴族の跡取りとなる。給料は金貨10枚』……これは、いいのでしょうか?」


「とてもいいマスですよ! 好発進といったところです」


「そう、なのですか?」



 まだルールを把握できていないからか、アルの言う「好発進」という言葉にぴんと来ていない様子のアリアだったが、少し頬は紅潮しており、楽しんではいるようだった。初めて触れる「娯楽」ということもあるだろうが、アルに褒められているように感じたのも、彼女のほうを赤らめた理由の一つであった。


 アル、アリアに続いて、メイアがサイコロを手にする。



「では、次は私が」



 メイアは意気揚々とサイコロを転がす。二人の様子を見て力加減をつかんでいたのか、簡易テーブルのちょうど真ん中あたりでサイコロは止まる。そして、止まった面には「1」の数字が。


 青色の像を手に取ったメイアは、スタート地点から一マスだけ進む。そして、そのマスに書かれた文字にじっと視線を向けた。



「……『仕事にあぶれ、無職となる。給料はなし』」



 メイアの表情は、像と同じように真っ青だった。この世の終わりのような表情を浮かべるメイアに、場の空気すらも一瞬凍り付いていた。娯楽とは、こういった側面も併せ持っているものなのだが、初めて触れた娯楽の一ページ目がこれで、少しばかり気の毒に思えたアルは、何とかメイアを慰めようと試案を巡らせる。



「あ、あの、職業変更はまだありますから、まだ逆転可能ですよ!」


「──っは、そう、でしたね。これはまだ序の序の序の口なのでした。勝負はこれからです!」



 メイアが何とか立ち直ってくれたことに、アルはほっと胸を撫で下ろす。楽しい反面、こういった理不尽な面も持ち合わせているだけに、ゲームであっても現実の人間関係を壊しかねない。こういう時は、ちゃんとフォローが必要なのだ。


 場に少し暖かい空気が流れる。



「最後は私ですね」



 シャナはそう言って、ゆっくりとサイコロを振る。思いのほか転がったサイコロは、ぴたりと動きを止め「6」の文字を示す。シャナは「一番大きな数字ですね」と上機嫌にスタート地点から残った黄色い像を手にし、マスを進めていく。そして、止まったマスの文字を読み絶句していた。



「『身分:王様になる。給料は金貨100枚』──って、最高のマスですよ!!」



 シャナが止まったマスは、序盤で得られる職業マスとしては最高の場所だった。「身分:王様」は、最高クラスの給料だけでなく、たまに発生する悪いマス──例えば、「転んでけがをした。医師に騙され金貨1枚支払う」といった支払い系の効果は打ち消すことができる。ただし、これは自分のターンに限ったことで、他の人のマスで起きたことでは効果を発揮しない。いわゆる「結婚マス」でのご祝儀なんかがそれにあたる。


 王様になれたことで本来ならば喜ばしいはずであるのに、シャナの顔は青ざめていた。



「私が王様なんて……ふ、不敬罪に問われたりしませんよね?」


「あくまでゲームなので、大丈夫ですよ」



 どうやら、王様を名乗ることで不敬罪に問われるのではないかと不安になっていたようで、アルは「あくまでゲームでのことだ」と安心させる。勿論、この場限りのことではあるが、大々的にやっては不敬罪にあたりかねないが、馬車のなかで遊ぶ分には問題ない。



「さて、こんな感じでどんどん行きましょう!」







「──やりました! 『領内で出現した凶悪な魔物を見事撃破! 報酬として王家から金貨100枚を貰う』です!」



 アリアの楽し気な声が馬車の中に響く。中盤、一番イベントが多い区域に入ったところで、皆のテンションは否応なく高まっていた。アリアが止まった場所はかなりいいマスで、金貨100枚得られるのは大きい。そして、その反面……。



「え、王家からということは、私が報酬を支払わないといけないのではないですか?」


「はい、そうなりますね」


「そんな……今回の給料が……」



 王家ということは、その報酬はシャナは支払う必要がある。この場に「身分:王様」がいない場合は、ただアリアが得をするだけなのだが、今回はシャナが損をする形になった。


 この人生ゲームは、この世界をベースに作っているため、王家が中心となっている。そのため、報酬マスは大体王家が絡んでくる。給料が高く、自分のターンでは損をしない王様も、報酬関連では顔色が悪くなるのが、このゲームの面白いところだ。そして……。



「……『職を失い路頭に迷う。持ち家がある場合は、家を失う』──って、ようやく前回家を買えたというのに、そんな、あんまりです!!」



 約一名、負の連鎖に(おちい)る者が出るのも、このゲームの「あるある」だ。前のターンに家を購入したばかりのメイアにとって、このマスに止まってしまったのは最高に不幸である。そして何より、少し前に「学者」という職を手に入れて喜んでいたこともあり、彼女のテンションは天国から地獄へ真っ逆さまに落ちていた。



「──さて、僕の番ですね」



 皆が喜怒哀楽している間、アルは平和にマスを進んでいた。特に大きな損害もなく、平民から下級貴族まで昇進しており、暫定順位は三位。……約一名、このレースから脱落しかけている者もいるが。


 アルはいつものようにサイコロを振る。そして、止まったマスを見て、周囲は目を見開く。



「『突然現れた妖精から聖剣を授かる。身分:勇者となる。給料は金貨50枚』?!……どうしてでしょうか、アル様ならありえそうです」


「ありえませんよ!!」



 アリアの言葉に、アルは丁寧にツッコミを入れる。アルの真の能力を思えば、まさに「言い得て妙」といったところなのだが。


 アルの後、アリアもサイコロを振り、再度報酬マスに止まった。報酬を支払うシャナは少し寂しそうな顔をしていたが、その後「元の場所にもどる」という更なる不幸マスに止まってしまうメイアを見ていると、そんなシャナすらまだマシに見えてくる。



「次は私です! えい!」



 報酬で給料を削られているシャナは、起死回生を狙ってサイコロを振る。そして、サイコロは最初のターンと同じように「6」で止まる。シャナは「縁起がいいですね」と少し上機嫌にマスを進めるが、止まったマスに居座る青い像を見て、その表情が凍り付く。


 『職を失い路頭に迷う。持ち家がある場合は、家を失う』


 王様は、支払い系の不幸マスに限り、その効果を打ち消すことができる。しかし、こういった内容の不幸マスに関しては効果を発揮しないのだ。


 王様から無職。そして、持ち家たる王城を手放したシャナは、まさに絵に描いたような転落劇だった。



「……シャナさん、どんまいです」



 まさかの展開に、アルすらその一言しか出てこなかった。シャナは、凍り付いた表情のまま小さく頷いて、テーブルに転がったサイコロをアルに手渡した。







「──ゴール! ふぅ、思ったより長い道のりでしたね」



 アリアが最後にゴールし、人生ゲームは終了した。結果的に、一位はアルとなり二位はアリア、そして序盤の差が功を奏したのか、三位はシャナ、そして最下位はメイアとなった。



「シャナさんもメイアさんも、最終的には何とか貴族位まで得られましたし、めでたしめでたしですね」


「それにしても、王様になって無職になって、最終的には下級貴族になるなんて。非日常的すぎませんか?」


「娯楽なので、これくらい非日常的なほうが楽しいじゃありませんか。ただ……」



 そこでアリアの言葉が止まる。


 確かにこのゲームは面白い。しかし、「身分:王様」というだけでもグレーゾーンなのに、その王様が無職になりえるゲームとなると、大きな問題になりかねない。内々で遊ぶだけならまだいいが、これを一般に売り出した場合、かなりの高確率で刑に処されるだろう。



「これは、一般には流布できませんね。処刑されかねませんし」


「わ、分かっていますよ。これは僕もやりすぎたと思ってますし」



 場に笑いが起こる。


 確かにこれは売り出せない。しかし、この楽しい空間ができ上がったのは、このかなり黒寄りのボードゲームのおかげと言える。それだけでも、役目を果たしたと言えよう。


 最終的に、この「人生ゲーム」は王家より特許を得て「サルーノ商会」によって広く売り出されることなった。勿論、「身分:王様」などはないが。



 ただ、その草案として提案されたのがアルの文字で書かれたこの「人生ゲーム」だったというのは、ここだけの話。




今回も最後まで読んでいただきありがとうございます!


今回はお休み回でした。

以前から書こう書こうと案を練っていたもので、どのタイミングで出すかを考えていた話です。

ストーリーとは、おそらく関わることがない話ですが、ちょっとシリアスな雰囲気が続いていましたので、挟んでみました。

今週中に、もう一話投稿できればいいなぁ、なんて考えています。

執筆、頑張ります!

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