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185話 空の旅




 揺れる車体は空を舞い、伝説上の生き物によって運搬されている。

 車窓を流れる景色を思えば、かなりの速度が出ているはずなのだが、思っていたよりは揺れが大きくない。アルはその青い目によって、車体の揺れが小さい理由を把握しているが、同乗者はその理由が分からないようで、小さく体を震わせていた。


 なぜ車体がそれほど揺れないか。それは、この「空の旅」を提案してきたラヴァレス村の村長であり、元魔法元帥という称号を持っているライラック・レイランスという老人が掛けた魔法によるものだった。

 

 本来、魔法を同時に行使することはできないとされている。

 しかし、一部例外はある。例えば、アルが戦闘時によく使う「付与魔法」や「古代魔法」がそれにあたる。「古代魔法」といっても、すべてが該当するわけではないのだが、発動後に効力が維持されるタイプの魔法であれば、その持続時間内に他の魔法を行使することは可能なのだ。


 つまり、ライラック村長がヒポグリフを使役しつつ風魔法を行使できているのは、彼がヒポグリフを召喚し使役している魔法が古代魔法であり、その魔法は発動時以降、未だに効力を維持しているということになるのだ。


 ──もっと知りたい。

 アルは爆発しそうな好奇心を何とか胸中に仕舞い込み、小刻みに体を震わせている同乗者に声をかける。



「メイアさん、少し落ち着いてください」


「これが落ち着いていられる状況ですか?! こんな速度で空を移動するなど聞いていません! この馬車がいつ壊れてもおかしくはありませんし、それに──」


「アル様! いま、大きな鳥が横切りました!」


「アリア様! 窓から顔を出してはいけません! あ、あぶないではありませんか!!」



 車窓から見える鳥型の魔物を楽しそうに指さすアリアに、メイアは強い口調で注意する。しかし、震える彼女の悲痛な叫びはアリアの耳に届いていないようで、アリアは興奮気味に頬を紅潮させている。ヒポグリフがいるため、魔物がこの馬車に寄ってくることはない。それを村長に聞いたからか、アリアは遠くを飛ぶ大型の魔物を興味津々に眺めている。


 アルからすれば、アリアが空の旅を全く怖がっていないことを意外に思っていた。そして、もう一人全く動じていない人物がいる。



「シャナさんも、高いところは問題ないみたいですね」


「……」



 アルの問いかけに、シャナからの反応がない。アルは、少し怪訝な表情を浮かべつつシャナの顔を覗き込む。すると、いつものすました表情のまま瞑想し、微動だにしないシャナの顔があった。



「き、気絶している……?」



 シャナはすでに意識を手放していた。「鑑定眼」でステータスを確認してみると、状態異常欄に「昏睡」と表示されており、極度の恐怖から失神してしまったようだった。



「おーい、そろそろ隣村の『ソト村』に着くぞい。先を急ぐなら素通りするんじゃが」



 楽しそうに車窓から顔を乗り出して外の景色を眺めているアリアと、そんなアリアを震えながら抑えようとするメイアの絶叫。そして、とっくに意識を失ったシャナの図。混沌とした車内を眺め、アルは深いため息をついた。


 結局、アルたちは一度地上に降り立つことになった。空の旅にご満悦だったのはアリアだけで、他の二人はかなりの恐怖心を植え付けられたようだった。しかし、ここまで来てしまった以上、この空の旅を途中でやめることはできない。


 少しの小休止ののち、アルたちは再度空に舞う。一度経験したからか、前は失神してしまったシャナも今回は気を失うことなかったが、空の旅自体への恐怖を完全になくしたわけではないようで、身を震わせている人物が一人から二人に変わっただけだった。


 





 空の旅も終盤に差し掛かり、アルたちは険しい山脈を魔法生物に掴まれて進んでいた。かなりの標高がある山々が連なっており、この山脈を馬車で進むとなるとかなり厳しい旅になっただろうと想像すると、辟易しそうだった。


 最初はかなり恐怖に身を震わせていたメイアとシャナだったが、空の旅に少し慣れてきたようで、車窓から体を乗り出すようなことはできないまでも、少しであれば景色を楽しむ余裕が出てきていた。しかし、山脈に入ってからは景色に変化がなくなり、退屈そうな表情になることも多々あった。当然と言えば当然なのだが、未だに楽しそうに外を眺めているアリアを見ていると、自分たちが変わっているのかという錯覚をアルたちは覚える。



「そろそろ長い山脈を抜けるぞい。しばらくすれば、綺麗な湖も見えるはずじゃ」


「湖って、『ケライゲ湖』ですか?」


「そうじゃ。メイア殿と言ったかの、よく知っておるのぉ」



 湖の名前を言い当てたメイアに、ライラック村長は感心している。その感心は、馬車の中にいる面々も同様で、そこにはアルも含まれていた。



「ケライゲ湖とは、そんなに有名なんですか? 僕は聞いたこともないですけど」


「いえ、そこまで有名な湖というわけではありません。ただ、私が学園に通っていたころ、話題になったことがあったのです。『ケライゲ湖には近づいてはならない』と」


「そういえば、10年くらい前に私もそんな話を聞いたことがあります。それがケライゲ湖とは知りませんでしたが」


「10年前でしたら、私たちは知らなくても仕方がありませんね」



 確かに10年前というと、アルとアリアはまだ幼く、王都に行ったことすらない年頃だ。「ケライゲ湖には近づいてはならない』という謎めかしい噂話が、どうして一時話題になったのかという問題は非常に興味深いが、今考えても答えにたどり着ける問題でもない。


 少し進むと、噂の「ケライゲ湖」が顔を出す。楕円形の湖で、その少し奥に川らしきものが見える。火山による影響でできたものなのか、氷河の影響などによってできたものなのか。それとも河川のせき止めなどによって作られたものなのかは、ぱっと見ただけの印象では判断できないが、山脈の間の窪地に湖ができているところを見ると、火山活動によって形成されたのではないだろうか。



「噂話ができてしまうほど、恐ろしいものとは思えませんね。近くにダンジョンがあるようにも見えませんし、すごく静かですし」


「そりゃそうじゃ。ここらは魔物が寄り付かん場所じゃからのぉ」


「え、魔物が寄り付かない?」



 ライラック村長の言葉に、アリアが反応する。どうやら、「魔物が寄り付かない」という話から、王都から続くあの一本道を連想したようで、何らかの「古代魔法」が関係しているのではないかと考えたのだった。アルの予想も大体同じだったが、村長は楽しそうに笑う。



「魔物が寄り付かんのは、魔法によるものじゃないぞ。ほれ、あれじゃ」


「あれは……、何でしょう?」


「何か、小さな建物のように見えますが……」



 湖の近くに、本当に小さな建築物のようなものがあり、アリアとメイアは目を細めて必死にそれを見ようとしている。シャナはそこまで興味はないようで、静かに座っている。いや、もしかすると未だに外を見ることには恐怖心があるのかもしれない。


 それより、アルにはその小さな建築物に見覚えがあった。それは前世の記憶のなか、よく似た建築物だった。



「あれは『(ほこら)』と言ってのぉ、ここらにはあんな建築物がたくさんあるのじゃ。伝え聞く話では、あの中に魔物を寄せ付けない()()(まつ)られておるとのことじゃよ」


「へぇ、そうなのですか」



 初めて聞く話に、アリアは興味津々に耳を傾けている。メイアに関しては、目が学者のそれになっている。


 かくいうアルも、村長の話には興味があった。(ほこら)は日本の伝統的な物であり、神を祀る小規模な殿舎(でんしゃ)を指す。この世界にも神がいる以上、そういった建築物が存在するのは当然と言えば当然だ。しかし、問題はその外観だ。


 少し小高い土台の上に、木造の小さな(やしろ)。かなり古くところどころ朽ち始めてはいるものの、かなり高い建築技術によって作られたものであるの確かだった。そして、日本の伝統的な建物によく見られる重厚な切妻(きりづま)屋根。絵に描いたような寺院造りの建築物がそこにあった。


 これには、アルも違和感を覚えざるを得ない。

 この世界は、中世ヨーロッパのような建築物が多く、日本で見る寺院のような建築物など見たこともなかった。西洋的な世界観のなかに、突然の日本的な建築物があるなど、異常以外の何物でもない。


 この一瞬で、アルのなかに一つの仮説が立つ。それは、今からかなり前に日本人が建てた建築物なのではないか、というものだった。


 確証こそないものの、アルの友人でもあるキースの師匠はかなり昔に日本に生を受けた日本人だ。となると、今よりかなり前、この世界に他の日本人が転移、もしくは転生していたとしても何らおかしくはない。


 突然のことに、アルの考えは(まと)まりを欠いていた。乱雑に拡散するアルの思考とは裏腹に、ヒポグリフは真っすぐに飛び続け、いつの間にかケライゲ湖を過ぎ去り、すでに見えなくなっていた。



「湖を抜ければ、もう検問所はすぐそこじゃ。今日中にはつくはずじゃぞ」



 村長の言葉を受けて、アルは広がり続ける思考をいったん頭の隅に押しやる。考えても答えに行きつかない問題を、ずっと考察してしまうのはアルの長所でもあり短所でもある。アルの底なしの好奇心は、抑えきれなくなる前に一度手放さなければならない。


 捨て去った好奇心を埋めるように、アルはこれからのことに思考を巡らせる。検問所を抜ければ、ツーベルグ魔法王国の王都まではすぐにたどり着く。回り道をしたものの、予定よりは早くたどり着くことになる。とはいえ、早く着くに越したことはない。



「さて、ツーベルグ魔法王国はどんなところなのでしょうね」


「はい! 私もとても気になります!」



 アルたちは、ゆっくりと高度を下げる馬車のなかで、まだ見ぬ景色を思い浮かべていた。



今回も最後まで読んでいただきありがとうございます!


久しぶりに投稿できました……。遅くなってすみません<(_ _)>


また重い話ですね(-_-;)

日常回が書けるのは、一体いつになるのでしょう。


頻度は低いですが、これからも投稿は続けます。

もうしばらくお付き合いください<(_ _)>

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