184話 生きるジェットコースター
頭の中に響いていた声が途絶えると、静かな部屋の中に本のページをめくる、小さな音だけが耳に入る。青い目の青年は、目の前で熱心にページを見つめている少女を一瞥した後、自らのステータスを出現させると、その内容をじっと見つめる。
「──ふぅ、実験成功かな」
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アルフォート・グランセル(12)
種族:人間(種族値S)
称号:グランセル公爵家三男 神童 神の使い
HP:3,000/3,000
MP:49,000/50,000(上限)
魔法適性:火・風・水・地・闇・光
罪状:なし
状態異常:なし
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野心:4 忠誠度:ーー
レベル:16(各+100/毎)
攻撃力:1,600
防御力:1,600
知力:1,600
俊敏力:1,600
スキル:片手剣(5) 魔法効率(4) 融合魔法(3)
礼節(3) 菜園(2) 教育(3) 体術(3) 事務(3)
調査(3) 古代魔法(2)
ギフト:鑑定眼(2) 魔眼 ギフト無効
毒の使い手
加護:創造神の加護
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見慣れたステータスが目の前に出現し、アルはざっと内容を確認した後、小さく声を漏らす。
どうやら古代魔法である「念話」によって、魔力を「1,000」ほど消費したようだ。ベルに確認したところ、受信者には魔力消費が徐々にあったようだが、発信者のほうは発動時に魔力が消費されていた。
この辺の違いはまだ調べてみる必要があるだろうが、時間にして数分の念話で魔力を「1,000」も消費しているところをみると、かなり燃費の悪い魔法であると言える。普通の人間ならば、この数分で魔力のほとんどを消費してしまう計算になる。
しかし、アルにとってはそこまで問題にならない。
上限に到達しているとはいえ、アルの魔力は「50,000」に達しており、膨大な魔力を消費するデメリットと遠方の人間と連絡が取れるメリットを天秤にかければ、確実にメリットのほうに秤は傾く。これだけでも、この書庫に来た甲斐があったというものだ。
「アル様、見てください!」
アリアの綺麗な声とともに、アルの前に一冊の本が広げられる。アルは、頭の中で考えていた情報をいったん隅に押しやって、目の前に出された本に視線を移す。
緑がかった表紙のそれには、大きな文字で「範囲回復魔法」の文字が記されている。
「『範囲回復魔法』とは、なかなか面白いものを見つけましたね」
「はい! 回復魔法は基本的には一人の対象者にしか使用できませんけど、この魔法なら一気に多人数に回復魔法をかけることができるみたいです! でも……」
アリアはそこまで言って表情を暗くする。アルは、彼女の表情の変化に少し首を傾けつつ、本に手を伸ばす。
「ちょっと見せてください」
アルはぱらぱらとページをめくっていく。他の魔導書同様に、魔法の概要について詳しく書かれた後、魔法陣の構築にかかる情報が列挙されており、アルはその事細かさに少し感心しつつも、とある部分で目が留まる。それこそが、アリアの表情を暗くさせる原因のようだった。
「なるほど、使用魔力が膨大すぎて使い手が少ない魔法なのですね。それに、『ヒール』が光属性だけでいいのに対して、『範囲回復魔法』は範囲選択の際に相反する闇属性の適性が必要になるわけですか」
「はい。幸運にも私は闇属性にも適性がありますけど、魔力のほうは……」
アリアとてかなり魔力の多い部類に入るわけだが、それでも魔法陣の複雑さを鑑みると、その必須魔力量は異常なほどに多いことが分かる。古代魔法全般が魔力を多く必要とするわけだが、この「範囲回復魔法」はもう一段上にあるようだ。
ただ、だからと言って絶対に使えないということではない。アリアはまだ成長段階にあり魔力の上限に達しておらず、その上限だって突破する術があるはずだ。それに……。
「すぐには難しそうですが、魔力は増えますし。それに、魔力の増加方法も僕たちが知らないものも何かあるかもしれませんよ。確か、ベル兄様が以前──」
そこまで言って、アルは勢いよく口を閉ざす。
そう、以前ベルに魔力の増加術を尋ねた際、ベルはとある方法を口にしようとしていた。勿論、アルとてその方法を試したことなどないわけだが、ベルが言うのだから情報としては正しいのだろう。
しかし、この方法を口に出すわけにはいかない。アリアのためにも、アルの社会的地位を守るためにも。
「ベル様がどうかされたのですか?」
「いえ、何でもありませんよ!!」
少し声を裏返しつつ、アルは何もなかったかのように視線を本棚のほうへと移す。
アルの、珍しい挙動不審に、アリアは目を丸くさせて首を傾けている。これ以上アリアが追及してくることはないだろうが、アルは何とか話題を切り替えようと、アルは近くにあった本棚から一冊の本を抜き出してアリアへ差し出す。
「これなんてどうですか?」
「『収納魔法』ですか? 収納魔法については王国にも魔導書がありましたけど、私にはまだ難しくて……」
とっさに差し出した本は、どうやら「収納魔法」の魔導書だったようだ。「収納魔法」の魔導書はアイザック王国にも存在しており、わざわざこの書庫で差し出されるにしては分不相応だと思われるが、アルはページをぱらぱらとめくりつつ、小さく頷いた。
「これは王国にある魔導書とは少し内容が異なるようですよ。背表紙も王国で見たそれよりも大分古そうですし……ほら、ここを見てください」
「『収納魔法で重要なのは、魔力を的確にイメージすることである。これは、二属性魔法全般に言えることであるが、それぞれの魔力を的確にイメージし、その分量を等分することこそが、成功の鍵なのだ』……って、そうなのですか?!」
「おそらく。僕も初めて聞きましたが」
アイザック王国の古代魔法に関する書物の中に、「魔力のイメージ」や「分量の等分」などという表現は一切出てこない。そのため、アリアはその表現に難色を示すが、アルはその表現がすんなりと頭に入ってくる感覚を覚える。
アルの場合、魔力のイメージが他の人たちと比べて群を抜いて上手い。勿論、ギフトである「魔眼」によって視覚的に魔力をとらえることができるということも、アルの魔力のイメージに強く影響を及ぼしているわけだが、それだけでなくこの世界の常識にとらわれない発想力が、アルの長所をより高めていた。
しかし、アリアにとってはそうではない。魔法を発動させる過程で魔力を消費するという、大まかな流れは理解しているものの、魔法構築にかかる小さな工程までイメージするなど、考えたこともなかったのだ。
「アル様は、魔法を発動させるときにどのようなイメージをなされていますか?」
「僕ですか? そうですね、魔力壺で生成された魔力が魔力管を流れるときに、これから発動させようとする魔法の属性を付与させるイメージでしょうか。火属性であったら熱を帯びさせるイメージで、風属性だったら木々を揺らす音のようなイメージ、でしょうか」
「なるほど、その時点でイメージしなくてはならないのですね」
アリアは小さく頷きながらアルの言葉をかみ砕いていく。そして、桃色の目を閉じ、両手の平を体の前に差し出すと、深く深呼吸を繰り返す。
「白くて暖かいイメージ……こちらは暗くて冷たいイメージ……」
古代魔法は、相反する二つの魔力を上手にコントロールする必要がある。簡単なものならば、その属性に適性さえあれば発動させることは容易にできるが、「収納魔法」など、複雑な魔法になるとそうはいかない。そのため、これまで一度たりとも成功しなかったわけだが、今のアリアにはなぜか理由のない自信があった。
「……魔力をイメージして……分量を等分……『収納魔法』!」
アリアは、ぱっと目を開けて自分の手のひらを見る。すると、そこには黒い渦が出現していた。アリアは信じられないのか目をぱちくりさせたあと、手元にあった本を渦の中にゆっくりと収納する。本は渦に触れると角が隠れていき、アリアは驚いて本を引き出す。そう、これこそが「収納魔法」だ。
「──で、できました!!」
「一回で成功するなんて、すごいですね! アリアさん」
アルの称賛を受けて、アリアは頬を紅潮させて喜ぶ。今まで見た笑顔のなかで、最も輝いている笑顔だとアルは感じていた。
◇
ラヴァレス村の日々は、光のように過ぎ去っていった。
村の人々との交流は思ったよりも円滑に進み、アルたちの人柄に触れた者たちは、アルの目が青いことなど忘れてしまったかのように交流を持つようになった。
アルは、珍しい品々を引っ張り出してきては村人たちに披露した。辺境の地であり、どの国にも属していないラヴァレス村の人々は、アイザック王国の品々など見たことがなかったからか、アルの出す品々に目を輝かせていた。
反対に、アルたちも書庫にて新しい知識を多く得ることができた。さすがに、一週間程度ではすべての本に目を通すことはできなかったが、古代魔法を中心に、かなりの知識を得ることができ、アルたちにとってかなり有益な時間となっていた。
しかし、そんな日々もずっとは続かない。光のように一週間が過ぎ去り、そろそろ出発しなくてはならないのだ。
必要最低限の荷物を持ち、アルは村の門まで歩いていく。
ヒポグリフによる移動手段では、随員は多くて六名まで、そして積み荷もかなり減らさなければならない。もともと大人数での旅ではなかったため随員のほうはアルたちとその世話役の二人、計四名が村長と同乗することで即決したが、積み荷のほうはそれなりに時間がかかってしまった。ただ、アリアが「収納魔法」を習得できたことで、想定よりも多くの荷物を運べるようになったのは朗報だったが。
少ない荷物を手に、アルは門までたどり着いた。すると、最初にこの村に来た時に対峙した門番と目が合った。初めて会った時は、リュカを攫った犯人だと思われていたのと、アルの青い目によってかなり険悪な態度を取られたが、今はそうではない。
「門番さん、お世話になりました」
「いや、俺こそ。その、前はいきなり疑って悪かったな。お前の目が青かったもんだから、つい」
「気にしていませんよ。それより、できるだけ彼女から目を離さないようにしてくださいね」
「あぁ、もう危険な真似はさせねぇよ」
アルと門番のヴァウラーは笑顔で握手を交わす。あの時、引き返していればこうやって分かりあうことができなかったのだろうと思うと、リュカのおかげだと思える。
アルがそんなことを考えていると、不意に服の裾を小さく引かれた。ぱっと目を向けると、そこには寂しそうな表情を浮かべた藍色の髪の少女の姿があった。ここでお別れだということは理解しているようだが、どうも割り切れない感情があって、その狭間で揺れているように見える。
「あおのめのおにいちゃん、もう行っちゃうの?」
「ごめんね。僕たちはツーベルグ魔法王国の王都に用事があって、その道すがらラヴァレス村に立ち寄ったんだ。僕たちが遅くなると、みんなが困ってしまうからね」
「でも……でも……」
幼いながらに理屈は理解している。しかし、もう少しいてもいいのではないかという気持ちが拭えないようで、その矛盾した気持ちが処理しきれずにリュカの中で漂っているようだった。
アルは、どのような言葉でなだめようかと思考を巡らせる。しかし、アルの口が開く前に、隣に立っていた少女が言葉を紡ぐ。
「リュカちゃんが大きくなって旅ができるようになったら、ぜひ私たちの国に遊びに来てね!」
「──うん!! やくそく!!」
アリアの言葉に、リュカは一気に顔色を明るくし、アルたちに両手の小指を向ける。この世界でも何か約束をするときは小指を交わす。それは、国を違えても変わらないようだった。
アルは小さな小指に自分の小指を絡ませる。
その後、この一週間で仲良くなった村人たちと一つ二つ挨拶の言葉を交わし終えると、待っていたシャナ、メイアと合流し、門の外で待機しているヒポグリフの近くへと向かった。
空の旅と言っても、アルたちが乗り込むのは馬車の荷台だ。その荷台をヒポグリフがつかみ、空を飛んでいくので、少ない荷物を手にアルたち四人は馬車の荷台の中に入る。すると、ヒポグリフの背に乗っていた村長がアルたちに声をかける。
「挨拶は終わったようじゃな。それじゃあ、そろそろ出発じゃ。上昇時は揺れるゆえ、振り落とされないよう、しっかりとつかまるのじゃ」
「はい!」
アルたちの返事を受けて、村長はヒポグリフに何か命令を下す。すると、甲高い鳴き声とともに馬車の荷台は勢いよく上昇していく。この感覚、以前体験したことがある。
ヒポグリフによる空の旅は、まるで生きるジェットコースターのようだった。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございます!
進まない……。筆も、展開も(-_-;)
ゆっくりな展開ではありますが、ちゃんと物語も進めていきますので、これからもお付き合いいただけると幸いです<(_ _)>




