182話 新しい魔法と知識
ラヴァレス村の村長の家で一泊した翌朝、アルたちは居間に集まって今後のスケジュールについて確認した。
通常、馬車で進んでいったとしたらツーベルグ魔法王国に到着するまでに三週間、そこから魔法王国の首都ラルドライドまで二週間と、合計で一か月以上かかってしまうことになる。しかし、村長が何らかの方法で従えているヒポグリフによる空の旅ならば、首都まで一週間ほどで到着できるらしい。
流石に関所を素通りするのは外交的に問題があるので、一度関所近くで降りなくてはならないが、村長はよく王都まで飛んでいくことがあるようで、ヒポグリフで関所に降り立っても何ら問題はないだろうということだった。
約四週間ほど旅にかかる時間が削減されるというのは、アルたちにとって嬉しい誤算だった。
このまますぐに空の旅に繰り出してもいいのだが、せっかくなので一週間ほど村に滞在することにした。理由は、リュカがアルにひどく懐いていて、すぐに立とうとするアルたちを引き留めたというのもあるが、何より……。
「ほぉ、『古代魔法』に興味があるとはのぉ。それならば、地下の魔法書を読んでいくがよろしい」
「いいのですか?! 魔法書って、すごく高価な物では……」
「いいのじゃ。古代魔法は人を選ぶ。使い手が少ないゆえに廃れていった魔法なのじゃ。わしで途絶えさせるのは忍びないからのぉ」
古代魔法の研究をしているという話が出たとき、話を聞いていた村長から魅力的な提案がなされた。
村長が言うように、古代魔法は「光」と「闇」の二属性に適性がないと扱えず、そのうえで必要とする魔力も多いという使用者を限定する魔法であり、使い手はほとんどいない。アリアが古代魔法に興味があると聞き、善意から地下室の魔法書を読んではどうかと提案したのだ。
アリアは魅力的な提案に目を輝かせつつも、あまりに貴重な品ゆえにどうしていいかと困惑していた。
魔法書とは魔法の指南書のようなもので、魔法陣の構成要素を事細かに書き記した貴重な品だ。普通の魔法書であってもかなり高価な品なのだが、古代魔法の魔法書ともなると王都にある男爵位相当の屋敷一つ分ほどの価値があるだろう。アリアが身構えてしまうのも納得というところだ。
しかし、これは古代魔法を深く知るための好機。所有者が見ていいのというのだから、この機会をみすみす見逃すなどありえない。
「アリアさん。ここはお言葉に甘えましょう」
「……そうですね。村長様、ありがとうございます!」
アリアの感謝の言葉に、村長は満足げに頷く。そして、椅子からゆっくりと腰を上げると、居間の壁に掛けられていた鍵を取り外して居間を出ていく。
アリアとアルは村長の後を追ったが、突然振り返った村長は、なぜかついてくるアルを見て小さく首を傾げる。
「んぬ? そなたも古代魔法を扱えるのかの?」
当然のようについてきていたアルだったが、確かに自分が付いてきていることがおかしいと理解する。
アルが公表している魔法適正は、火と風の二属性のみ。村長はそのことを知らないだろうが、一緒にいるアリアや、居間の椅子に腰かけたままのシャナとメイアはアルの行動に不信感を抱きかねない。
「……後学のために読ませてもらうだけですよ」
アルは背中に冷たい汗が一筋流れていくのを感じつつ、その場で考え付いたかのような言い訳を口にする。
幸い、アリアは先にある古代魔法の魔法書という宝の山に気を取られており、後方の二人はリュカと楽しそうに会話をしていてアルたちのほうに意識を向けてはいない。村長は一瞬間を作ったが、小さく頷いて「ふむふむ」とつぶやきつつ止まっていた足を進める。
何とかごまかせて、アルは小さく安堵のため息を漏らした。ここにいる面々ならば知られてもいいような気もしていたが、何事も油断はしてはならない。ついでに、アルは村長の後ろ姿を「鑑定眼」で視認する。
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ライラック・レイランス(72)
種族:人間(種族値A)
称号:ラヴァレス村長 元魔法元帥
HP:1,500/1,500
MP:10,000/10,000(上限突破済)
魔法適性:水・光・闇
罪状:なし
状態異常:魔法制限の戒
(魔力が半分以下の場合、身体に大きな影響)
衰退(ステータス値×0.7)
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野心:15 忠誠度:10
レベル:45(知+50,他+5/毎)
攻撃力:320(224)
防御力:320(224)
知力:2300(1610)
俊敏力:320(224)
スキル:杖術(3) 礼節(4) 魔力効率(5)
魔法陣構築術(2) 教育(2)
体術(2)
ギフト:魔法効果(大)
加護:なし
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アルは気を抜いたら驚きの声を上げてしまいそうな口元をきゅっと引き締める。ヒポグリフを呼び出し、従属させるという離れ業を見せた時から村長の魔法の才が異常であることは理解していた。しかし、村長がツーベルグ魔法王国の中でも最高の魔法使いにのみ与えられる「魔法元帥」という称号を有していたことがあるなど、想像だにしていなかった。
村長はアイザック王国で英雄と称されているベルと同じ三属性への適性を持ち、魔力に関してはアルやベルが到達した上限の壁を突破しているらしい。状態異常にある「魔法制限の戒」という文字は気になるが、ここでそのことを聞くわけにもいかない。
アルが村長のステータス値に思考を奪われている間に、地下室の前にたどり着いた村長は持っていた鍵で地下室の扉を解錠する。すると、本特有の乾いた木ような匂いがアルの鼻腔をくすぐる。この世界でも、紙は木を原材料に作られており、その匂いは乾ききった木片に似た特徴的な香りを発する。
部屋に入ると、取り付けられた本棚が部屋の壁を全て覆い隠しており、部屋の真ん中にはたった一つの丸テーブルが備え付けられていた。地下室であるため窓の類はなく、明かりは入り口付近に取り付けられた壁掛けランタンと丸テーブルの真ん中に置かれた蝋燭だけであり、村長は生活魔法でそれらに火を灯す。
「魔法書はこの一段にあるたったこれだけじゃが、気が済むまで読んでいってくれてよいぞ」
村長はそう言って正面の棚のある一段を指さす。村長は「たったこれだけ」と言っているが、その一段にはぎっしりと本が敷き詰められており、アルたちは目を大きく見開いて驚く。これを売れば城が一つ、いや二つくらいは建ってしまうのではないかと思われる。
「すごいです! 古代魔法の書物なんて王国ではほとんど手に入りませんし、それも魔法書だなんて……」
「大袈裟じゃよ。ここにあるのは初歩的な物ばかりじゃし、君らの役に立つ物があるかも分らんが。とりあえず、ここにある物は勝手に見てよいからのぉ」
「「ありがとうございます!」」
アルたちが揃って礼を言うと、村長は満足そうに笑いながら地下室を出ていく。残されたアルとアリアは、磁石が引き付けられるかのように棚へと歩いていく。
「『収納魔法』『影魔法』『空間把握』……」
アルは棚の右端から順に本の背表紙を見ていく。どういうわけか、右端に置かれているものはアイザック王国で見たことのある魔法書ばかりで、めぼしいものは特にない。中には「清潔保持」や「調理概要論」なる、古代魔法とは無縁そうなタイトルも散見されるが……。
アルが流し気味に背表紙を冷かしていると、ふと一つの本のところで目が留まる。
「……これは」
アルはその本を手に取ってページを次々に開いていく。そして、即座に魔法陣を構築すると、ぱっと思いついた「適応者」を頭に浮かべつつ魔法陣に魔力を込めた。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございました!
最近、シリアスな話が多かったので少し息抜きがてら気軽に読める話をば。
この話はもう一話(二話? いや、三話?)くらい続きます(笑)
続きものですし、できるだけ早く投稿できるように執筆がんばります!




