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178話 謎の少女(1)




 澄んだ青空。車窓から吹き入る風は爽やかで、少し暖かい。

 青々と茂った草原を鎌で一太刀にしたような一本道を、2台の馬車が進んでいる。ここにあるのは空の青と草原の緑だけ。人工的な建築物など周囲には一切見られず、人の管理を離れた自然の壮大さが辺り一面を彩っていた。



「──すごい、大草原です!」



 金色の髪を(なび)かせながら、桃色の目が太陽の光を反射させる。その瞳の輝きは、波打ち際の光の波紋によく似ている。彼女の育ったサントス公爵領は海に面しており、観光地として栄えている。それゆえに、ここまでの大自然を目にするのは初めてなのだろう、その目の輝きは新しいものを映す好奇心で満ちていた。


 アルの特徴的な青い目もまた、同様に同じ景色を映し出す。確かに絶景だ。



「この地は、盟主によって統治されていた土地でしたが、魔王によって主要都市が壊滅されてからはどの国も所有してはならない未開の地になったという経緯があるみたいです。一応、この地を故郷とする民族が点在してはいますが、独立した文化圏で生活しているようですね」


「へぇー、国によって管理されていない土地、ですか。大丈夫なのでしょうか」



 アリアは、アルの説明に対して小首を傾げた。彼女の言う「大丈夫」には様々な意味が込められている。



「一応冒険者ギルドが各地にあって冒険者もいるらしいですし、民族間での取り決めもあり特に大きな問題は起きていないと聞いてます。ただ、問題が起こったとしても僕たちの耳に入りづらいということもありますが」


「……なるほど。そういえば、『盟主の王城』って今はどうなっているのですか?」


「今はもう『盟主の王城』に立ち入ることはできません」



 アリアの問いかけに答えたのは、びしっと使用人服に身を包んだメイアだった。アルも多少の事情は知っているが、それは本で身に着けた知識であり、メイアのそれは経験と見聞によって培われた本物の知識だ。アルは静かにメイアたちの会話に耳を傾ける。



「それは許可がないからですか?」


「いえ、『盟主の王城』は謎の結界によって阻まれていて、王城の中に立ち入ることはできないのです。といっても、これも実際には怪しい話ですが」


「……怪しい?」



 メイアは首を縦に振る。そして、西へと進む馬車の右斜め前へと指をさす。方角としては北西──いや、北北西といったところだろうか。その指さす先に、何があるのかは容易に想像がつく。



「『盟主の王城』は周囲を大きな森に囲われています。『聖なる森』と呼ばれているらしいのですが、今でも強力な魔物が住み着く魔境になっているようです。以前S級の冒険者が『聖なる森』に挑んで、ものの数分で逃亡してきたらしいですよ」



 S級冒険者が数分で逃げ出すほどに危険な森。「聖なる森」については、「ユリウス冒険譚」でも触れられており、かなり強力な魔物たちが跋扈しているということは知っていた。しかし、S級冒険者が太刀打ちできないほどに強力な魔物が今も存在しているということについては初めて聞いた話だ。


 メイアの説明を受けて、アリアの表情に影が落ちる。



「……大丈夫でしょうか」


「この道なら大丈夫ですよ。今回のルートでは『聖なる森』の近くは通りませんし、この一本道は特殊な魔法がかけられているらしく、核を持つ魔物は近づけないようですから」



 この真っすぐに続く一本道には特殊な魔法がかけられている。アルは、王都を出る前にこの「道」について少し調べてみたのだが、「特殊な魔法がかけられている」という記述しか見受けられなかった。そのため、一応用心のためにも「ある物」を備えていたのだが、アルはこの道を見て安全性を確信していた。



「そうなんですか?! でも、一体どんな魔法がかけられているのでしょう」


「古代魔法だと聞いていますね」


「……古代魔法、ですか」



 古代魔法と聞いて、アリアは車窓から顔を出してまじまじと真っ白な道を見つめる。アリアの目には、なんの変哲もないただの道のように見える。しかし、確かにこの道を通り始めてD級以上の魔物に遭遇していない。


 古代魔法はアリアの専門分野だ。光と闇の2属性を扱えないと古代魔法は使用できないらしく、運よくその2つの属性を併せ持つアリアは、古代魔法に強い関心を持つようになっていた。しかし、古代魔法を研究することは困難を極めた。


 アルも、そのことはよく分かっている。だからこそ、今回の留学生に彼女が選ばれたのだ。



「アイザック王国ではすでに衰退した魔法理論ですが、魔法の研究が盛んなツーベルグ魔法王国なら古代魔法について何か分かるかもしれませんね」


「──そうですよね! ツーベルグ魔法王国に着いたら、この特殊な魔法についても調べてみます!」



 アリアは愛らしい綺麗な手のひらをぎゅっと握りしめる。その言葉が自分自身を奮い立たせるために発したものであることをアルは理解していた。アリアは真面目で、自分ひとりで抱え込むきらいがある。アルも人のことを言えないが。


 だからこそ、手を貸してあげたくなる。



「何か分かったら僕にも教えてくださいね」


「もちろんです!」



 アリアはきらきらとした笑顔を浮かべる。そして、ゆっくりとアルのほうに手を差し出す。アルに向けられたその手は、小指がピンと立っていた。指切りというのは世界を超越しても変わらないようで、何か約束をするときは小指を交わらせる。

 

 アルもゆっくりと手を差し伸べようとする。しかし、その瞬間馬車が突然止まった。アルは、何事かと車窓から顔を覗かせる。すると、一人の少女が道にうずくまっているのが見えた。



 アルは勢いよく馬車から飛び降り、その少女のほうへと駆け寄る。青髪の少女は、近づいてくる足音に気が付いて音のほうを向く。


 アルと彼女の目が交差する。すると、突然少女の顔色が豹変(ひょうへん)した。



「──っ! 『あおのめ』!」



 少女は怯えたように立ち上がり、アルから逃げるように走り出す。近くには鬱蒼(うっそう)とした森があり、彼女は茂みへ姿を消す。その足取りは違和感があり、アルはすぐに彼女が足を怪我していることに気が付いた。



「あの子、足を怪我してる」


「──え、アル様?!」



 遅れて馬車から降りてきたアリアは、森の中へと入っていくアルの後ろ姿に声をかける。不意に手が伸びるが、アルの背中は遠ざかりついには見えなくなってしまう。


 アルは茂みを分け入り、少女が走っていった方向へと駆けていく。すると、森の中でうずくまる少女の後ろ姿を発見した。


 アルが追ってきたのに気が付いたのか、少女は怯えた表情でアルを見る。その目は彼女の髪と同じく、深い青──紺青(こんじょう)色をしていた。大きく見開かれたその目には、大粒の涙がたまっており彼女は痛めた足を震わせる。



「あっち行って! あおのめ、ちかづいたらダメ、言われてる」



 怯える彼女に、アルは微笑みかける。そして、片膝をついて彼女と同じ目線の高さになった。



「僕はアルフォート・グランセルです。大丈夫、少しだけじっとしてて」



 アルが「ヒール」と唱えると、暖かい白い光が少女の痛めた足を包み込む。ぎゅっと目をつむっていた彼女だったが、光が収まると同時に足の痛みが引いていくのを感じる。



「……けが、なおってる」



 少女は真っ白な足をぺたぺたと自分の手で触って傷が癒えているのを確認する。そして、不思議そうにアルのほうを見つめる。瞬間、さっきまで紺青色だった目が突然色を変える。その目の色は、どこかで見たことがある気がした。



「おにいちゃん、まっしろ!」


「え? まっしろって──」



 アルは訳が分からず、彼女にその言葉の真意を尋ねようとする。しかし、その言葉を遮るように後方から心配そうなアリアの声が響く。



「アル様! 大丈夫ですか?」


「……うわぁぁあ、おねえちゃんもまっしろ~! すごい! すごい!!」



 少女はアリアを見て、さっきと同じく「まっしろ」だと口にする。突然のことに驚いたアリアは、アルのほうへと視線を向ける。当のアルも彼女の言う「まっしろ」の意味が分からず、首をかしげて反応した。


 少女は、癒えた足で地面を踏みしめゆっくりと勢いよく立ち上がる。そして、さっきまでの怯えた表情が嘘かのように愛らしい表情をアルたちに向けた。



「リュカはリュカ! あおのめのおにいちゃん、だいすき!!」



 そう言って、リュカという少女はアルの胸に飛び込んでくる。女の子特有の甘い香りと、暖かい温もりがアルの胸の中で鼓動する。


 アルは彼女の年相応の無邪気さを感じつつも、ある驚きから体を強張らせる。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 測定不能



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 彼女はアルの鑑定眼で情報を見ることができない、2人目のイレギュラーだった。



今回も最後まで読んでいただきありがとうございます!


2日連続の投稿なんて、いつぶりでしょう。最近は無理のないペースで書いていましたが、久しぶりにキーボードを叩く手がノッていました(〃艸〃)


ゆっくり、まったり。マイペースに話を進めていきますので、これからもどうぞよろしくお願いします!

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