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176話 噂と留学生




 まばゆいほどの「光」を失った王都は、心なしか暗雲が立ち込めていた。王都で生活をしている者たちは気づかない、そんな些細な変化ではあったのだが、久しぶりに王都を訪れた者たちからすればその変化は非常に顕著(けんちょ)であった。


 理由は簡単で、王子たちの不和にあった。



「──聞いたか? 第3王子は女にはめっぽう弱いそうだぞ」


「それを言ったら第2王子だって。利己的でわがままだと聞くぞ。何より王子たちの仲は険悪で、それぞれが好き勝手動いているらしいじゃないか」


「大丈夫なのかねぇ、この国は……」



 着古した衣服と分不相応に見事な剣を腰に下げた青年の耳に、民たちの不安の声が届く。セレーナが王都を離れてたった2週間程度しか経過していないが、王都での王位継承騒動は規模を大きくしていた。


 まず、何より大きかったのはオリオール伯爵が正式に第2王子側についたと公言したことだ。この出来事は継承権を得ようとしていた第3王子側にとっては非常に痛手であり、予想だにしないこの情報の波は瞬く間に王都中に波及(はきゅう)していった。



 圧倒的不利な状況に置かされた第3王子側が次の一手として打ったのが世論の確保だった。もともと民からの評判がよくなかった第2王子マリウスの些細な失敗話を市井に流すことで、彼の評判を著しく下げようと画策した。


 しかし、それは更なる状況の悪化を生んだ。



「……本当に、何がしたいのかな」



 緑髪の女子生徒は、目の前に広がる現状にため息をつく。私利私欲に満ちた王子たちの争いは、この国の行く末を暗闇へと(いざな)っている。実際に、王子たちが画策したことであるかなど、リリーには分からなかったが、どちらにせよこの現状を野放しにしている王子たちの関与は間違いなかった。


 

「もうそろそろ2週間だろ? 王女様はちゃんと着いたかな」



 ソーマは2週間前に王都を出た第6王女セレーナの話をリリーに振る。このまま、王子たちの愚痴を話していては生産性のない会話が続いてしまうので、無意識的に話を切り替えたのだろう。


 リリーもソーマの気持ちを察してか、王子たちへの不満をいったん心の中に押し込めて会話に戻る。



「そうね……、王都からライゼルハークまでは馬車で1週間くらいだけど、王族の移動ともなると私たちの移動とはわけが違うから、ペースは少し落ちると思う。でも、そろそろついた頃合いかもね」



 以前、ライゼルハークから王都へ戻ってきたことがある2人は、大体どれくらいの旅路になるのかという予想はつく。しかし、王族の移動ともなれば随員はかなり多く、王女殿下を野宿させるわけにもいかないので、その旅路は通常よりも長くなってしまう。


 実際は1週間で移動できる旅路も、その倍くらいは見ておく必要があるだろう。それに、今回のライゼルハーク訪問は、あくまで「魔の森視察」がメインであり、その期間も(かんが)みれば帰ってくるのは1か月以上先のことだろう。


 リリーの説明を受けて、ソーマは「そっかぁ」と少し残念そうな表情を浮かべつつ歩を進める。しかし、すぐにまた何か別の疑問が出てきたのか、少し上がっていた歩くペースが落ち着く。



「そういえば、アルたちの代わりに来る留学生ってどんな奴なんだろうな!」



 ソーマの疑問に、リリーも少し考え込む。


 アルたちがツーベルグ魔法王国へ向かっているように、アイザック王国も向こうからの留学生を受け入れることになっている。今回の交換留学は魔法王国側から持ち掛けられた話であるらしく、アルたちよりも先に向こうの留学生は準備を済ませたようで、そろそろ到着するだろうという話だ。



「さぁ……。初めての交換留学だから、かなり身分の高い貴族が来るんじゃない?」



 交換留学は今回が初めてのことだ。アルもアリアも公爵家の子息であり、交換留学には政治的な意味があることは容易に想像できる。となれば、ツーベルグ魔法王国からくる交換留学生も、おそらくはかなり身分の高い者なのだろう。


 リリーの言葉に、ソーマは「なるほど」と数度首を縦に振る。あまり政治的なことに詳しくないソーマでも、交換留学の政治性には気が付いたようで、身分の高い交換留学生が来るという推測に一定の理解を見せる。少し驚くリリーだったが、次に続くソーマの言葉に少し頬が緩む。



「アルたちみたいな、気持ちのいい奴ならいいけどな」


「……そうだね。でも、ツーベルグ魔法王国は学者肌な性格の人が多いって聞くし、気難しい感じのお貴族様が来るんじゃない?」


「あー、それは俺も聞いたことがあるなー」


 

 ツーベルグ魔法王国は、魔法に関する探究心が強く研究も盛んな国だ。

 そんなこともあってか、かなり偏屈で気難しい者が多いという噂がアイザック王国内では広がっていた。アイザック王国が友好的に交流しているのが北のシュメール教国だけということもあり、他の国の国民性は聞き及んだ知識しか広まっていないということもあるのだが、アイザック王国内で見ても魔法を研究している人物は偏屈で学者肌な人物が多いということで、かなり信憑性は高いのではないかと思われていた。


 ただ、これについて考える必要はないだろう。



「どちらにしても、交換留学生が来るのはAクラスだし、私たちには関係ない話でしょう」



 交換留学生が来るのは魔法科Aクラスと剣術科Aクラスに1人ずつという話だ。剣術科の、それも落ちこぼれ組と名高いEクラスであるリリーたちが交換留学生と関わるようなことは皆無であろう。


 ソーマもリリーの言葉に「それもそっか」と笑いながら頷いた。






 ソーマたちが件の話をしてから2日後の夕刻。個別訓練場には5つの人影があった。


 アルが旅立った後も、もはや常連のように個別訓練場に足繁く通っている4人の剣術科の生徒たちは、異分子たり得る人物を囲うように立ち尽くしている。



「──キース君、この人は?」



 声を上げたのはリリーだった。先に訓練場にいたのはキースとこの謎の人物の2人だけで、リリーとソーマ、クリスのEクラスメンバーは遅れて個別訓練場にやってきたばかりだった。


 薄め金髪。金というよりも白に近いような、アイザック王国では見たこともないような髪色をしたその人物は、シンプルでありながらも王国内では見ない珍しいデザインの衣服に身を包んでいた。顔は非常に整っており、背格好から推測するに男性であろうが、ぱっと見は女性と勘違いしかねないほどだった。


 キースは、一歩前に出て彼と3人の友人の間に入る。



「彼はラウンズ・ヴィル・オーグメント。ツーベルグ魔法王国から来た交換留学生だ」



 リリーたちは、少し驚く。ただ、見たこともない髪色と衣服に身を包んだ謎の人物ということで、そうなのではないかという予感もあったのか、何となく納得してしまう一面もあった。


 キースによって紹介されたラウンズ・ヴィル・オーグメントは、端正に整った顔をクシャっと崩す。



「どうも~。ラウンズって呼んでいいからね?」



 リリー達は言葉を失った。彼らの中にあったツーベルグ魔法王国の国民性が、音を立てて崩れていった瞬間だった。



今回も最後まで読んでいただきありがとうございました!


久しぶりに短い期間で次話投稿ができましたー。次も早めに上げたいものです。

暑くなってきて、しんどい日々が続きますが、体調には気をつけましょうねー。


優曇華も、負けないように熱く進めていきたいものです!

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