174話 血の呪い
「では、具体的にこれからどうしていくかですが──」
協力関係を取り結んだ彼らだったが、いざ詳しい話し合いになると沈黙が場を支配していた。ちなみに、ノーラは情報収集に戻るということで、この場にいるのは同級生6人と、セレーナの傍付きであるクラリスだけだ。
この場での最大の問題は、いかに賛同者を募るかという点だ。第6王女であるセレーナは、序列的に言えばほかの王子たちよりも下位にある。もちろん、魔法戦闘や政治、帝王学などの「王の素質」として考えればセレーナに分があるが、長子相続を原則とする継承が行われてきたこの国においては、どうしても年長者のほうが王位継承の適正は高くみられる。
つまり、セレーナが王位を獲るにはそれに見合う「戦果」と、他の王子たちを納得させられるだけの「賛同者」が必要だったのだ。戦果のほうはこれからどうとでもなる問題なのだが、目下の問題として「賛同者」の確保があった。
「オリオール伯爵が正式に第2王子殿下を推薦するとなれば、有力な『貴族派』はついていくでしょうね」
ルージュの言葉に、みな一同に首を縦に振る。ただ一人、ソーマを除いて。
「──貴族派?」
ソーマはきょとんとした表情で首を傾ける。ソーマにとって、貴族はみな同じに見えていた。そのため、貴族の中にも派閥が存在するなど考えたこともなかったのだ。
「アイザック王国の貴族は、貴族派と庶民派の2つに大きく分かれるんだ。公爵家はこの派閥に分かれることはないけど、他の貴族は派閥に属していることが多い。基本的に、貴族を中心とした政権の確立を目指す『貴族派』と、国王を中心として臣民の意見を最大限反映させようとする『庶民派』という構図って感じかな」
「そして、オリオール伯爵家は貴族派。つまり、できるだけ御しやすい人物が王位に就いたほうが都合がいい、ということです」
キースとルージュの説明を受けて、ソーマは険しい表情を浮かべつつも何とか理解できたのか、数度首を縦に振る。そして、ようやく一言絞り出した。
「よく分からないけど、なんか、やな感じだな」
ソーマの一言に気が抜けそうになる一同だったが、今はそんなことをしている暇はない。セレーナはソーマの言葉に続くように話し始める。
「ただ、今回の王位継承権争いにおいて新進気鋭のオリオール伯爵家の影響力が強いのもまた事実。公爵家は負け戦などしないでしょうから、基本的には優位なものにつくでしょう」
オリオール伯爵は、貴族派のなかでもかなり上位に食い込んできている「有力者」の一人だ。陞爵して侯爵位につくのも時間の問題だろう。それほど重要なポストにいるだけに、オリオール伯爵がどの王子を支援するかは重要な意味を持っていた。
貴族派の有力者であるオリオール伯爵家が第2王子につくという情報は、ノーラが先んじて得たものだ。つまり、今時点で公にされている情報ではなく、何か策を講じて少しでも勢力を削りたいところだ。しかし……。
「その『なんとか伯爵』より影響力が強くて、貴族派に属していない。そんな貴族はいないのか?」
「そんな都合よく──」
ソーマの問いかけを、クリスは一蹴しようとする、しかし、その途中で口を出そうになる言葉を飲み込む。
侯爵位。貴族派に属していない。そして権力だけでなく、ネームバリューもある貴族。
そう簡単に見つかるはずのない条件であるにもかかわらず、クリスの頭の中には最近お邪魔したとある貴族家の当主の顔が浮かんでいた。そして、それはクリスだけではないようで、キースとクリスの視線がふいに交差する。
「俺、少し心当たりがあるんだけど」
「あなたと一緒なのは気に入りませんが、私も」
クリスは不服そうにしつつも、キースの言葉に同調する。……そして、会議は勢いよく動き出す。
◇
「──はっくしょん!!!」
「大丈夫ですか? 風邪でもひかれましたか?」
盛大なくしゃみをした銀髪の英雄を、従者は甲斐甲斐しく介抱する。別に、くしゃみ一つでそう騒ぎ立てるようなことではないのだが。
「いや、一瞬寒気がしただけだ。……誰かが俺の噂話でもしているのか?」
ベルは、長らく一緒にいる従者のウィンから新しい資料を受け取りつつそんな冗談を口にする。ウィンとこのように会話ができるようになったのは、あの決闘騒動以降のことだ。ここライゼルハークの街を治めることになり、ベルが真っ先に連れていくことを公言した使用人がウィンであり、街での大事な要件は大体ウィルを通して行われていた。
ベルの軽い冗談に、ウィルは頬を緩める。
「──ふふっ。でも、この街の者たちは毎日のようにベル様の噂話をしておりますよ。昨日も、あの『魔の森』の大型魔獣の討伐で大活躍されましたし」
「たまたま火属性に弱点がある魔物だっただけだ。アルならもっと……」
そこで言葉は止まる。ウィルは何度も聞いている言葉なので、この後にどのような言葉が続くのかは容易に想像ができる。
「──もはや『呪い』ですわね」
突然、部屋の扉を開けて一人の女性が入ってくる。豪華絢爛というわけではないが、上品できれいな衣装に身を包んだ彼女は、ちらっと見ただけでもその美しさに目がいく。実際、この国の王が一番溺愛した王女であり、この国の宝といってもいい。
彼女はその美しい顔に「呆れ」の感情を浮かべつつベルたちのほうへと歩いてくる。
「……ラウラか」
「ふふっ、また下の名前で呼んでくださるようになりましたわね!」
ベルからすれば何気ない一言だったが、第3王女でベルの妻でもあるラウラは目ざとく言葉の変化を見つけ出す。指摘されて気が付いたのか、ベルはそっと自分の口元に手を置く。
「……気のせいだろ」
その手は、緩みそうになる口元とほんのり赤みがさしている頬を隠すように配置されていて、ラウラの方角からはベルの表情は見えないだろう。しかし、ベルの真横で二人のやり取りを見ていたウィンには、ベルの表情の変化がはっきりと見て取れた。
ベルは、場の空気を一蹴するようにわざとらしい咳ばらいを一つする。
「──んんっ、で、『呪い』とはなんだ?」
「アル君に対して劣等感を抱いているとことですわ。あなたはいつも『アルならもっと上手くやれた』というでしょ?」
「実際、アルなら俺よりうまくやっただろ。俺は火属性魔法で森の一部を燃やしてしまうが、アルなら……」
言いかけて、ベルは口を閉ざす。本人は無意識に言っていたのだろう、こうして指摘されてようやく口癖のように何度も同じ言葉を発していたことに気が付いたようだ。
「確かに、アル君は魔法も剣も優れた才を持っています。でも、だからあなたが劣っているわけではないですわ」
ベルの目の前でラウラは足を止める。そして、見たことのないような優しい微笑みを浮かべてベルを見つめる。
「あなたは、あなたにしかできないことをすればよいのです」
「……俺にしかできないこと、か」
ベルは考える。
自分にしかできないこと、と簡単に言われてもそうそう思いつかない。勿論、自分が劣っている存在であるなどとは思っていない。以前は自らの無知を恥じることもあったが、最近では暇を見つけては勉強することで、それなりの知識を身に着けることができた。魔法についても、実践から離れることにはなっているが、それでも国ではトップレベルの実力を持っている自負がある。
しかし、それ以上に弟の存在は大きかった。
賢く、強く、そして優しい。そんな偉大な弟の存在が大きすぎるため、どうしても自分にしかできないことなど想像すらできなかった。
「あのー、そろそろお時間です」
申し訳なさそうに、ウィンはそうつぶやく。これから、昨日の大型魔獣討伐に関する定例会議に参加することになっているのだ。
「では、またあとで」
ラウラはそう言って何もなかったかのように部屋を出ていく。結局、彼女が何の用事でベルの部屋を訪れたのかは謎だったが。
ベルは、考えていた問題をいったん頭の片隅に押しやる。ここでいくら悩んだところで答えにはたどり着けない。おそらく、これからずっと考える類の、壮大な問題なのだ。
悩みとともに、目を通していた資料も机の隅に置く。これから、屋敷を出てギルドに顔を出さなければならない。その準備の時間もあるので、ここで無駄な時間を使うわけにもいかない。
「ベル様、差し出がましいこととは存じますが……」
ウィンは、席を立とうとするベルに声をかけて、そして止める。ベルは信頼している使用人のほうを見る。そこにあるのは、心からの忠誠と、心からの心配。そして、その心配をベルに伝えんとするウィンの複雑な心情だった。
「……分かっている。俺も、別に嫌っているわけじゃない」
ベルはそう言って席を立ち、扉のほうへと歩みを進める。ウィンは、そんな主の背中を急いで追った。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございました!
更新遅いって声、上がらないのが不思議なくらいスローペースで投稿していますよね。ほんとにすみません。
でも、ちゃんとこれからも投稿していくので、変わらず応援いただけると幸いです!




