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173話 魔の手と決意




「──あいつら、私のことを舐めやがってっ……!」



 第2王子マリウスの(かす)れた声が部屋のなかでこぼれる。普段から感情に任せて大きな声を出すことはあるが、この城のなかではそうはいかない。誰がどこで聞き耳を立てているか分からない以上、大きな声を出すことは極力控えなければならない。


 しかし、それでも心の苛立ちを抑えられるほど、マリウスの心は成熟してはいなかった。抑えきれない感情は行き場を失い、他者への不満となって昇華(しょうか)していく。


「父上も父上だ。さっさと私を王太子に据えればいいものを、何を渋っておられるのか。父上が第1王子贔屓(びいき)していたのはかなり前からだが、もうあの人はいないのだぞ」


「──ふふふっ、なにを自分本位な言い方しているのかねぇ~」



 突然の声に、マリウスは勢いよく体を(ひるがえ)して声の主のほうを見る。そこには、黒いフードを目深(まぶか)に被った細身な人物の姿があった。


 マリウスは、身を震わせつつ腰に下げた剣に手を伸ばす。



「き、貴様! どうやって城に……」


「え、それ聞いちゃう? 一国の王子ともあろうものが、城の警備を突破されてそれ聞いちゃう?」



 少年のような、それでいて妙齢(みょうれい)の女性のような声。そんな綺麗で澄んだ声は、マリウスへの嘲笑(ちょうしょう)に弾む。普段のマリウスなら、こんな態度をとられて我慢できるはずがなかった。しかし、目の前の存在に、マリウスの反骨心は鳴りを潜めていた。


 小さく、それでいて低い声でマリウスはその人物に話しかける。



「……何の用だ。私はもう役目を果たしただろう」


「そうねぇ~、確かに『役目』は果たしたよねぇ。でもぉ、なんか雲行き怪しくなってない?」


「何のことだ?」



 マリウスは眉間に皺を寄せる。そんなマリウスのけげんな表情を目の当たりにした黒フードの人物は、瑞々(みずみず)しい声を高らかに弾ませる。



「アハハハッ! あなた、本気で言っているのぉ?」



 周囲など一切気にしない笑い声に、マリウスのほうが周囲を見回してしまう。王族会議のあと、傍仕えには食事の準備が整うまで部屋に近づかないように言いつけてある。命令を無視した人物に、マリウスが容赦しないことなど、彼の傍仕えをしている者たちは全員よく知っていることだ。そのため、この時間に誰かが部屋を訪れることはないはずだ。


 それでも、マリウスは周りを見渡す。それほどに、目の前の人物との繋がりが周囲にばれてしまうのは大きな問題を(はら)むのだ。


 マリウスの心配など知ったものかと言わんばかりに、細身の黒フードは飽きるまで笑う。



「──ぁあ、ホント、面白い。ぷぷっ」



 マリウスの顔を見て、再度笑いだしそうだった黒フードだったが、マリウスの不機嫌そうな表情を見て笑い声を収める。



「冗談だって。私はなにも、あなたを馬鹿にするためにここへ来たわけじゃないわけだしぃ?」



 やっと本題に入ろうとしている黒フードを見て、マリウスは内心ほっとする。黒フードが何のためにここへやってきたのかはよく分からないが、何らかの理由があってここを訪れたのであろうことは容易に想像できる。彼らも、暇なわけではない。こんなところで人をからかっていられるような者たちではないのだ。


 だからこそ、マリウスは黒フードの続く言葉に耳を傾ける。



「王はねぇ、心の中で次の王太子を決めてるんだってぇ~。ねぇ、誰だと思う?」


「それは、勿論わたs──」


「はい、はずれぇ~」



 黒フードはマリウスの言葉を遮りながら、腕を交差させてマリウスのほうへと向ける。非常に屈辱的な行為だが、マリウスは黒フードを(とが)めるような真似はしない。そんな下手なマリウスを見てか、黒フードはなおも馬鹿にしたように笑いだす。



「わたしとか、ぷぷっ、自意識過剰すぎぃ」



 馬鹿にされても、マリウスは何も言わない。正確に言うと、苛立ちは覚えているが手を出すことはできないというべきだろう。それほど、マリウスのなかにこの人物の危険性が刻み込まれていた。


 何もできないマリウスを前に、黒フードは気が済むまで笑いものにする。しかし、何かを感じ取ったかのように急に緩み切った口元を引き締め直す。この急変ぶりには、さすがのマリウスも気味悪さを感じずにはいられない。


 黒フードは、ゆっくりとマリウスのもとへと歩き出す。そして、マリウスと体が触れ合うほど接近したかと思うと、口元をマリウスの耳の近くへと寄せる。

 

 ふわっと、甘い香りがマリウスの鼻腔(びこう)に広がったかと思うと、ささやくような()の声が鼓膜を震わせる。



「次の王太子──ううん、王になるのは──」



 兄妹を引き裂く──いや、国を真っ二つにするほどの陰謀が動き始めていた。その火は既に導線へと引火しており、いつ爆発するか分からない状態になっていた。







 王族会議から一晩が過ぎた。

 第6王女セレーナの部屋には、同年代でありながら屈強な戦士たちの顔があった。


 セレーナは、王族が着るような(きら)びやかな衣服ではなく、王立学園の制服に身を包んだ状態で部屋のソファに腰を掛けている。王女の部屋でありながら、セレーナの部屋は豪勢な造りはしていない。物も少なく、他の王族の部屋と比べると非常に質素であった。しかし、そうはいっても王女の部屋であり、備え付けられたもう2つのソファには、6人の来訪者が座っても余裕があるほどの空間があった。


 セレナは、机に置かれたティーカップを少し傾けて喉を潤すと、集まった面々の目を順々に見やる。



「今日は急に呼び出しをして申し訳ありません」


「あ、あの。私たちはどうして呼び出されたのでしょう」



 最初に声を上げたのはリリーだった。緑色の髪の彼女は魔法に秀でていると、セレーナの特別な目が教えてくれる。その隣に座っている男子は、ステータスを見る限りではそこまでの強さを感じないが、彼からあふれるオーラは「強者」のそれだった。ほかの面々も、彼ほどのオーラを放つ者はいないまでも、十分に学生の範疇に収まらない何かを持っている。


 セレーナはリリーの問いかけを受けて、なかでも飛び向けて異質な空気感をまとっている人物に視線を送る。



「それは、そこの主催者に聞いてみましょうか」



 セレーナの視線を追うように、他の面々の視線も自然と一人の女性に向かう。それは、このなかでは最年長でありながら、まったくもって自然と場に馴染んでいるビクトル男爵家長女ノーラ・ビクトルだった。


 ノーラは、さっとその場に立ち上がる。



「私はノーラ。ずっと第2王子周辺を調査していました。アル君の指示でね」



 「アル」という名前に、この場にいる全員が自然と首を縦に振って反応する。アルとノーラに何らかの繋がりがあることは、ここにいる全員が知るところだ。そして、彼女が「アルの指示」で動いているということが分かっただけで、続く言葉の重みがだいぶ変わってくる。


 全員が姿勢を正して続く言葉を待つ。



「アル君の指示は、『何か動きがあればこのメンバーを集めて報告する』こと。細かいことは指示されていないから、私の役目はみんなを集めて情報をもたらすまでなんだー」



 セレーナは彼女の軽い物言いに少し拍子抜けしそうになりつつも、その軽い言葉のなかにあったとある部分に引っ掛かりを覚える。



「その動きとは?」



 彼女の言葉の中には、第2王子周辺で何らかの「動き」があればこのメンバーを集めるように指示されたとあった。つまり、この集まりが実現したということは、第2王子周辺から何らかの動きを察知できたということになる。


 ノーラは、小さく一つ咳ばらいをしてゆっくりと口を開く。



「……オリオール伯爵が第2王子側につくみたい。そのせいか、力のある貴族のほとんどが第2王子陣営に取り込まれる可能性がある」


「オリオール伯爵、ですか」



 ノーラの言葉に反応したのは、クリスだった。クリスは、以前オリオール伯爵家の長男、ルーベルトとひと悶着があった。その時に、クリスをかばってくれたのがアルであり、アルとルーベルトとの間に修復できない亀裂が入ったのは、クリスが理由でもあった。


 その場にいたリリーとソーマも、少し苦々しい表情を浮かべる。Aクラスのキースとルージュはその場に居合わせなかったため、特に反応を見せることはなかったが、何となく周りの空気を察してか重苦しい雰囲気が場に立ちこめる。



「新進気鋭の伯爵家ではありますけど、たった一家でそうも状況が変わりますか?」



 ルージュはそう尋ねる。


 オリオール伯爵家は、近年大きく力をつけてきている貴族家の最たるものだ。爵位を上げることは相当に難しいことなのだが、そろそろオリオール伯爵家は侯爵家へと陞爵(しょうしゃく)するだろうともっぱらの噂だった。


 しかし、それでもたかが一家だ。オリオール伯爵家が付いたからと言って盤上がひっくり返るかというと、そうではない。



「兄上が優勢にはなったかもしれないけれど、王太子の座を確実にしたわけではありません。ただ──」


「どうしてオリオール伯爵が第2王子側についたのかが気になる……そんな顔してるね」



 ノーラは、セレーナの表情からそんな答えを読み解く。表情を読まれたことに少し驚くセレーナだったが、素直に頷いてノーラに答えを促す。



「まだ確実じゃないから言えないけど、何か裏があるのは確か。調べ終えたら必ず報告する」


「助かります」



 この場で答えを知ることができたなら最上だったが、そうはいかないのが現実だ。しかし、ノーラの口から「何か裏があるのは確か」という言葉が聞けたのは大きい。オリオール伯爵家と第2王子マリウスとの間にどのような関係があるのかは分からないが、この二者の繋がりを事前に知ることができたのは、これから戦う上で重要な意味を持つ。



「……というか、ノーラ先輩はどうして敬語を使わないんだ?」



 緊迫した場を壊すように、ソーマの直球な疑問が投下される。まさか、王女殿下の前でそんな馬鹿な質問を言い放つとは思っていなかったのか、隣に座っていたリリーは呆れて物も言えなかった。


 おそらく、この場にいる誰もが──いや、セレーナ以外の招待者たち全員が思っていた疑問ではあったのだが、この場であえて問題に取り上げる必要はないと、みなが敬遠していた話題だった。

 しかし、ソーマにとってはそんな流れはどうでもよかった。疑問に思ったら尋ねる。それがソーマのポリシーだからだ。


 ソーマの問いかけに、ノーラはこてんと首を傾ける。



「え、だってアリアの友達なんでしょ? だったら、私の友達でもあるわけだし」



 場に沈黙が訪れる。


 ノーラの謎理論は、この場にいる全員の常識から大きく逸脱するものだった。しかし、約1名その謎理論に対して声を発する。



「──ふふっ、面白い人」



 セレーナは笑う。

 それは、いつも貼り付けている飾り物の笑顔ではなく、素で現れた本物の笑顔だった。その笑顔は、凍り付いた場の空気を溶かしていき、自然と周囲の者たちの表情を柔和(にゅうわ)にしていく。


 セレーナは、何となく彼らのことが分かった。唯一といっていいほど、同年代で心を許した男子の友人たち。それくらいの認識だった彼らだが、その男子が信頼に足ると判断したのなら話は違う。



「私は、アルフォート・グランセルの友人である貴方たちを信用します。そのうえで、貴方たちに手伝ってほしい──」


「私は王位を目指します。この国をよりよくするために、私が王座を獲ります」



 セレーナは心を決める。その表情はさっきまでの柔らかな笑みではなく、威厳のある「王」のそれだった。



「……めっちゃかっこいいな! 俺は王女様に手を貸すぞ!」



 ソーマは興奮気味に立ち上がる。ソーマの目には、次の王の姿がしっかりと焼き付いており、そのために自分がどうすべきかという道筋もはっきりと見えていた。アルがいない間、この「大器」を守り抜く。そう心に決めていた。



「私も、アルフォート様のご指示ならば当然お手伝い致します」


「私もこの国のために尽くします」


「俺も、アル君の友達だからね」



 ルージュ、クリス、キースの3人もソーマの後に続く。アルのため、国のためと各々にセレーナの味方をする異なる理由がある。ただ一人、リリーを除いて。


 もちろん、アルのためにもセレーナの味方になってあげたい。アルには返しきれないほどの恩があり、セレーナの人柄も、ほんの少しの時間ではあったが何となく把握できた。アルと同じく、まっすぐな信念を持つ人物だ、と。


 しかし、リリーのなかで王族への不信は募っている。嫌っているわけではないが、この国に生まれて家族に恵まれずに育ったリリーにとって、国への信頼はまったくと言っていいほどにない。だからこそ、ここでセレーナを心の底から支援したいという気持ちになれないでいた。


 リリーは、そんな自分の心の小ささに辟易(へきえき)する。分かってはいたが、他の面々と比べてリリーのなかには「闇」がある。



 ふっと、リリーの手を優しい温もりが包み込む。そこでようやく、自分の手が細かく震えていたことに気が付いた。ごつごつとした硬いその手は、長く剣を振り続けてきた努力の結晶だ。



「……分かりました。私も王女殿下の手足となりましょう」



 リリーも、彼らに追従する形で王女の力になることを宣言する。



「必ず、必ず王位を獲ると約束します。そして、必ずこの国をよくしましょう」



 ここに、新たな契約が成立した。アルを除くこの繋がりは、のちに「剣魔(けんま)の契り」と言い伝えられることになる。


今回も最後まで読んでいただきありがとうございました!


遅くなって申し訳ないです(´;ω;`)

もう、毎回のように言っている気がしますが……。


でも、そのぶん質を上げる時間をとるようにしました。花咲き荘クオリティーではありますが、今は自信を持って投稿することができています!


感想などお待ちしております……(渇望)


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