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172話 王族会議




 ──王族会議。


 それは、アイザック王国を建国したとされる勇者ユリウスが作った「アイザック王族法」に記された重要な行事の一つで、王位継承権を持つ王族を集めてこれからの国のあり方を話し合う、一年に一度開催される会議のことだ。勇者ユリウスは独裁的な政治を嫌い、国王や王太子だけでなく様々な王子の意見を取り入れられる場所を設けたのだ。


 ただ、部屋を包み込む空気感は厳格ではない。……いつもなら。



「──何故、王太子の発表をなされないのですか! 父上!」



 病的にやせ細った青年が声を荒げる。


 ここまで、会議はつつがなく進んでいた。しかし、当然話し合われるであろう問題だけ、一切手を付けられない状態で会議が続いていたことに、第2王子のマリウスは苛立ちを覚えていた。正式な場であるということで、何とかここまで持ちこたえてはいたが、会議が終わろうとしているのを感じ取って我慢の限界がきてしまった。



「……兄上、陛下の御前ですよ」



 金色の髪を短く切りそろえた清廉な好青年──第3王子のバルトスは、苛立ちゆえに周りの雰囲気を察知できていない兄を(いさ)める。しかし、彼の声は大石を吹きつけるそよ風であった。



「お前は黙っていろ!」



 マリウスは、弟からの忠言を大きな声で退けると、再度会議の長であるユートリウス2世へと鋭い視線を向ける。


 以前から、マリウスは気難しい性格をした人物だった。優秀な兄と、品行方正で慎ましやかな弟に挟まれ、自己顕示欲の強いマリウスは少し曲がった性格となってしまった。勿論、ユートリウス2世とて息子の性格はよく理解している。しかし、その事前知識をもってしても、目の前の憤りに満ちた人物が自分の息子とは思えなかった。


 小さな咳きこみが部屋に響く。ここには、王位継承権を持つ王子が4人と未だ未婚の第6王女、そして会議の長である国王ユートリウス2世の計6人しかいない。部屋自体はかなり大きいが、ユートリウス2世の小さな咳きこみが響いてしまうほど、場には沈黙が続いていた。



「……王太子が亡くなり、まだ日が浅い。国民も、いまだ混乱冷めやらぬだろう。そんな中で次の王太子など立てられようわけがないだろう」


「こんな状況だからこそです! 俺を正式に王太子として発表すれば、国民も安心するでしょう! 確かに、兄上は聡明で腕っぷしも強かったかもしれませんが、俺だって学園のなかじゃ成績は常に上位だった! みな、次の王太子が決まって落ち着くことでしょう!」



 マリウスの熱弁に、場は凍りつく。


 確かに、マリウスは学年上位を常に維持していた。学園内における成績で考えるとそれなりに優秀な部類に入ると言える。しかし、それは「学園内」の成績に限った話だ。実際、第1王子ルイスは入学して早々に成績優秀者となり、第6王女セレーナも既に学園に通うことはなくなった。他の王子たちも、成績優秀者となることはなくとも、常に上位の成績を取り続けているエリートばかりだ。つまり、王子たちのなかでマリウスが特別優れているわけではなかったのだ。


 呆れて物も言えない第3王子バルトスに代わって、第4王子のクリストフは眉間に深い皺を寄せながら眼鏡をくいっと上げる。



「……浅はかすぎ、ですね」


「なに!?」


「あ、兄上! そんな、わざわざ刺激しなくてもいいのでは……?」

 


 クリストフの傍に座っていた第5王子のエルドレッドは、2人の険悪な雰囲気に当てられて細かく体を震わせる。王子たちのなかでは末っ子にあたるエルドレッドだが、既に20歳を超えて立派な大人と言える。しかし、気弱で周りの目ばかり気にするため、いつも同腹の兄であるクリストフにつきっきりで行動していた。


 唯一の王女、セレーナは兄弟の口論をただ黙って聞いていた。第2王子の稚拙で愚かなさまは今まで嫌というほど目にしてきた。ただ、セレーナの目には今回の一件における全員の幼稚さが見て取れた。


 正義感を表に出して第2王子を諫めたバルトスもそうだが、要らぬ一言を放ちわざわざ場を荒らしたクリストフも、そのクリストフの後ろに隠れて全員の顔色を伺っているエルドレッドも、全員が稚拙極まりない行動をしている。王族会議は王位継承権を持つ王族のみが参加できる、一見閉ざされた場に思えるが、この場での発言は公的なものだ。本来ならば、私的な口論などもってのほかであるにも関わらず、今回の会議は荒れに荒れていた。


 ユートリウス2世は、皆の反応の一挙手一投足を見逃さないように、真剣に見つめる。そして、5人それぞれの反応を見終えると、一つ小さなため息をつく。



「はぁ……。もうよい、みな下がれ」


「……はい」



 呆れ顔のユートリウス2世を見て、第3王子バルトスは少し不服そうな表情を浮かべつつも後退する。王の呆れの方向が一体どこに向かっているのかをバルトスは感じ取ったようで、さっきの場で唯一正しい行動を取ることができた人物がただ一人だということを理解したのだ。


 しかし、自分の行動が真に正しいのだという「本心」も彼のなかにはある。その狭間で、彼は体を翻して閉ざされた扉に手をかける。マリウスとにらみ合っていたクリストフは何事もなかったかのように第3王子の後を追うように扉のほうへ歩き出す。行き場をなくしたマリウスの視線が、一瞬セレーナのほうを向くが、「ちっ」という忌々し気な舌打ちを残してそそくさと去っていく。


 最後に残ったセレーナは、一人残る国王に一礼して優雅に部屋を出ていった。



「……宰相、お前にアレはどう映る」



 ユートリウス2世は、誰もいない部屋の中でそう尋ねる。すると、ぎぎぎっという音とともに国王の真後ろに施されていた仕掛け扉が開き、宰相の姿が現れた。本来、王族会議には王位継承権を持つ王族だけが参加することを認められている。そのため、宰相がこの場にいること自体あってはならないことなのだが、ユートリウス2世は一切悪びれた様子はない。


 宰相はゆっくりと仕掛け扉をくぐって部屋の中に入ってくる。宰相が扉を閉めると、さきほどと同様に仕掛け扉は音を立てて壁の一部に同化していく。



「失礼ながら、世間知らずの愚か者、と」


「辛辣だな。ただ、その通りだからぐうの音もでない」



 ユートリウス2世は乾いた笑みを浮かべる。


 第2王子の言動は、どれを取っても稚拙で愚か者の行動だった。現在、王位継承権第1位の座がその愚か者にあると思うと、頭が痛くなる。



「勇者ユリウスが残した『アイザック王族法』では、基本的には長男に王太子の座を譲り、長男が何らかの理由で失脚、若しくは死亡してしまった場合、次男にその権限が与えられるとされています。ただ、誰かが正式に王太子の座に就いたのちに王太子の座が空いた場合はその限りではない、とも書かれております」



 アイザック王族法。


 それは、勇者ユリウスが建国の際に作ったとされる、王族に関する法律をまとめたものだ。王族の資格とその権限を主に書かれたものだが、そこには王位継承問題についても詳しく書かれていた。


 基本的に、アイザック王国は世襲制である。特に問題がなければ、王位継承権は長男に受け継がれ、ユートリウス2世もそのようにして王位に就いた。しかし、世襲制となると、それをよしとしない勢力が現れるのもまた必至。



「アレは、もう王太子の座にでも就いた気でいるのかもしれないが、わしにはアレがこの国をよい方向に導くとは到底思えぬのだ」



 アレという言葉が誰を指しているのか、二人の間では最早口に出す必要もない事柄だった。


 王のなかにも、親の一面がある。そのため、子供たちに「王位」をめぐって争い合ってほしくはないのだ。しかし、国王として、また一人の愛国者として未来のアイザック王国の更なる発展を望むなら、誰がその座に就くべきなのか、そして誰がその座にふさわしくないのかなど火を見るよりも明らかだった。


 ユートリウス2世は、深いため息をつく。どちらにせよ、さっきの惨状を見るに最早争いなしで王位を決することはできそうにない。どう転がっても、誰かの血が王国の地に流れるのだ。



「……とはいっても、まだ王太子殿下がお亡くなりになってさほど月日は経っておりません。正式な発表までまだまだ時間があります故、その間にセレーナ殿下に武功を上げさせ、周囲の賛同を得られるように──」


「果たして、わしにそれだけの時間が残されているだろうか」



 小さな、それでいて強烈な一言が王の口からこぼれる。宰相は険しい表情を浮かべ、声の主のほうへと視線を向ける。



「どういうことですか?」



 宰相の問いかけに、ユートリウス2世は瞼を伏せる。彼の視線がどこに向かっているのか、また彼の瞼の裏に何が映し出されているのか、宰相には全く分からない。ただ、国王が何か心配事を抱えているのであろうことは容易に想像できる。



「胸騒ぎがするのだ。わしのこの()()()()()血が何かを感じている」


「……すこしお疲れになっているのでしょう。執務は私に任せ、陛下はこの国のことだけをお考えください」



 宰相は、努めて冷静を装いながら王の体調を心配する。しかし、王のこの一言を覆すことができない現状があるのも事実であり、宰相も険しく唇をかみしめていた。







「……第2王子は黒。絶対そう」


「殿下、口調が乱れております」



 王族会議の後、自分の部屋に戻ってきたセレーナは、小さな呟きをこぼしながら部屋中をウロウロと歩き続けていた。


 最初の内はそんな主をただ見ていたクラリスだったが、自分の世界に入って口調が乱れ始めたのを察して声をかけた。クラリスの指摘に、セレーナはぱたっと足を止めて小さな咳ばらいを入れる。



「──んんっ、そうでしたね。でも、クラリスもそう思うでしょう?」


「……私には、なんとも」



 セレーナの問いかけに、クラリスは曖昧な返答をする。王族に仕えている以上、その人物がいかに主と敵対する関係性だったとしても、悪く言うことなどあってはならない。使用人の言葉は、そのまま主の評判に直結する。そのため、いかに2人だけしかいないこの空間のなかであっても、王族に対する否定的な言葉など話せようはずもなかった。



「まぁ、そうよね。でも──」



 セレーナが言葉を続けようとしたその時、部屋の窓枠に何かが突き刺さったような鈍い音が響く。驚いたクラリスは、急いでその窓のほうへと走っていき、勢いよく窓を開け放つ。すると、窓枠には一本の矢が刺さっており、クラリスはその矢を引き抜いてゆっくりと窓を閉めた。


 何の変哲もない木製の矢だ。ただ、一か所だけおかしな点がある。



「これは、矢文ですね」



 矢には紙が括りつけられており、クラリスは素早くその紙を解いてセレーナへと手渡す。本来ならば、このような行為はあってはならない。王族の部屋に向かって矢を放つなど言語道断だ。しかし、それ故にこの矢文がいかに重要なものなのかが推し量れる。


 セレーナは、視線を右へ左へと流していく。矢文ということで、それほど大きな紙ではないのだが、内容はかなりびっしりと書き込まれている。


 セレーナの視線は、最後の一文の所でぴたりと止まる。そして、再度上から読み返したところで、ふっと声をもらした。



「──なるほど、()()()()は本当に」



 クラリスは手紙の内容を知らない。しかし、主の言う「あの男子」が誰を指す言葉なのかはすぐに分かった。そして、主の表情に浮かぶ輝くような光の正体も。



「クラリス。明日、来客があります。準備を」


「承知いたしました」



 クラリスは何も言わずに一礼し、部屋を出ていく。来客が秘密裏に王城へ入れるように。そして、この一報をとある人物に伝えるために。




今回も最後まで読んでいただきありがとうございます!


書きたいのに、なかなか進まない……(´;ω;`)

ただ、花咲き荘的には一話一話にかけられる時間が増えたことで、内容・表現に関する点では以前よりもよくなっているのではないかと思っております(勘違いだったら恥ずかしい……)


これからもマイペースに投稿していきます!

変わらず応援いただけると嬉しいです!!

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