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閑話 後日談

※今回から主人公視点ではありません。




 金色のかみに、宝石のようにきらきらと光る青い目。すらっと長い脚に、身ぎれいなお洋服。見た目も所作も全てに気品があって、私は帳簿のうらに筆を走らせます。



 ──グランセル公爵家の神童。


 この宿屋を助けてくれた人は、とても有名でした。初めて見た時から、とってもきれいで神々しいオーラを放っている人でした。物腰柔らかだし言葉づかいも丁寧で、たまに町にやってくる吟遊詩人のおじさんが詠う、物語の主人公がそのまま目の前に現れたみたいでした。……そして、私のその第一印象は間違ってはいませんでした。



「──お、それはこないだの坊ちゃんか?」


「ちょっと、見ないで!」



 ふらっと後ろから絵を覗き込むお父さんから、私は自分の絵を隠します。いつからそこにいたのか、お父さんはニヤニヤとした笑顔を浮かべています。何か勘違いをしている気がするけど、別に私はアルフォート様に恋しているわけではないのです。かっこいいけど、アリア様には敵いませんから。


 私が絵を隠すと、お父さんは「似てないなぁー」と馬鹿にした笑い声まじりの一言こぼしたあと、宿屋の奥にある調理場へと去っていきました。少し前まで病気で床に臥せっていたとは思えないほど、お父さんの容態はよくなっていました。


 日が暮れてきて、そろそろ一番忙しい時間帯になります。暇な時間を見つけては書き足していたアルフォート様の絵が描かれた台帳を、私はそっと閉じます。しかし、さっきのお父さんの一言を思い返し、またさっきのページを開きました。

 


「……似てないかなぁ。こんな感じだと思うんだけど」



 私のつぶやきを塗りかえるように、二階からお客さんの声が聞こえ始めました。そろそろ、夕飯を食べにお客さんが降りてくる時間です。



「──さて、頑張るぞ!!」



 私は自分をふるい立たせるように、両頬を軽く叩きます。そして、降りてきたお客さんのいる席へと走り出しました。







 荒い息を整えるように、俺は真っ赤な剣を握り締める。目の前の魔物たちは、恐ろしい形相で俺を睨みつけているが、今の俺にとっては脅威でもなんでもない。ただただ機械的に彼らを(ほふ)っていき、握りしめられた剣は、元々赤い色をより濃くしていく。



「──ふぅ、ようやく終わったか」



 沢山の(むくろ)の前で、俺はほんの少しだけ荒れた呼吸を整える。そして、胸元から古い布を取り出して剣に付いた血をふき取り鞘に収める。

 

 今いるのは、クルールの町から少し離れたところにある森のなかだ。クルールを拠点としている冒険者は、基本的には町からほど近い「ナルニー火山」の(ふもと)で魔物を狩るのだが、ここ一週間、俺はこの森で一人魔物を狩っていた。

 森を突っ切るように施された馬車が通れるような大道付近には魔物が現れることはほとんどないが、森の奥へと進むとそれなりに強力な魔物が姿を現す。基本的には臆病なタイプの魔物ばかりだが、一歩彼らの縄張りに足を踏み入れたならば、問答無用に襲い掛かってくる。そのため、他の冒険者たちはこの森で狩りをしないのだが、俺にはそんなことは関係なかった。



「……E、こっちはD級の魔物か」



 対峙している時は機械的に屠っていた魔物たちも、こうしてみると案外危険度の高い魔物たちが多い。基本的にはG、F級のゴブリンなどの比較的弱めの魔物たちや、少し強くてもD級のホーンラビットあたりしかいない。

 しかし、如何(いかん)せん数が多い。俺にとってはそこまで脅威という訳ではないが、戦闘経験の浅い冒険者なら最悪命を落としかねない。


 血生臭い剥ぎ取り作業を行い、俺は持ってきた袋に入るだけの素材を詰め込む。残った魔物の素材や肉は、一纏めにして燃やしておく。ダンジョンだと魔物の骸は吸収されてしまうが、外ではそうではない。魔物の骸は、放っておくと腐ってしまう。そうなると森の生態系にも影響を与えるし、最悪の場合はゾンビ化して手の付けられない状態になりかねない。そのため、こうやって燃やしてしまう必要があるのだ。


 しっかりと燃え尽きたのを見て、俺は火を消し去る。人間種は「生活魔法」によって火を起こすことも、水を作り出して消火作業を行うこともできる。

 

 ふと、獣人族はこういう場合にどのような処理をしているのかと気になった。以前聞いた話では、土に埋めているとか火属性魔法と水属性魔法を行使できる者たち以外は狩りに参加できないなどの噂話があった。あまり考えたくはないが、魔物の肉を食らって処理しているのではないかという、気味の悪い噂話もあったが。


 だが、流石にそれはないだろう。

 考えるだけでおぞましい光景だが、俺はその噂話を信じてはいない。俺は、実際に目にしたものしか信じない。




*****




 クルールの町に帰還すると、特徴的な香りが俺の鼻腔を吹き抜けて、俺の頭を痛くさせる。この町にやってきてそれなりに時間が経つのだが、未だにこの香りには慣れない。「温泉」自体は嫌いではないが、この匂いだけは何とかしてもらいたいものだ。


 俺は、町全体に広がるこの匂いに辟易(へきえき)しつつ、冒険者ギルドへと歩を進める。あの一件から、既に一か月が経とうとしていた。この町の空気は一変し──いや、以前の解放感に満ちた大らかな雰囲気に包まれていた。比較的温暖な気温と、肌色の多い衣装。全てが解放感を醸しだす要因たり得た。


 しかし、俺の心はそうではない。



「──聞いたか? 『蒼の業火』の連中、この町を出ていったらしいぜ」


「まぁ、あの『クソ商会長』も捕まったし、あの連中もいけ好かねぇ野郎たちだったしな。せいせいすらぁ」



 小さな噂話が俺の耳に届く。彼らは、俺が「蒼の業火」のメンバーだとは知らない。この町にやってきて、商会長の企みによって俺はパーティーメンバーから引き離されたため、町の誰も俺が「蒼の業火」のリーダーをしていたなど知りようがなかったのだ。


 だが、それ以外は知っている。

 ふと、噂話をしていた彼と目が合う。すると、きゅっと眉間に皺を寄せて、もう一人の男の肩を叩く。



「お、おい」


「ん?──って、やべ! い、行くぞ!」



 肩を叩かれた男も、俺を見つけるや否やそそくさとその場を去っていく。大らかな雰囲気に満ちたこの町であっても、全てを受け入れてくれるわけではない。それが、捕まった商会長の企みに利用された被害者であったとしても、だ。


 自然と鞘に収められた一振りの剣に手がいく。この町の空気とは違って、少しひんやりとした感覚が俺の掌を通して脳へと届く。この冷たさが、俺の心を落ち着かせる。



「こんばんは、ガーシュさん」



 冒険者ギルトの扉を開くと、受付嬢の元気のいい声が響く。冒険者とは「自由」を重んじており、重度な犯罪歴がない限りは冒険者たり得ることができる。俺がいかに悪者にこき使われていたとしても、犯罪に手を染めない限りは資格をはく奪されることはないのだ。


 しかし、人の心がある以上、その事実が心からの歓迎に繋がるわけではない。ひそひそと、小さな声が俺の耳にも届く。人のうわさ話も、いつかは忘れられて風化していくものだと聞くが、本当にそうなるとは全く思えない。


 俺は、そんな小さな声など聞こえないふりをして、表面上気持ちのいい笑顔を張り付けた受付譲の元へと歩いていく。そして、肩に抱えていた大きめの袋を受付嬢の待つ台の上に置く。


 どさっと、いかにも重そうな音とともに、受付嬢の頬が軽く引きつる。受付嬢が袋を開けると、大量の素材と魔物から取れる核が顔を出す。核はD級以上の魔物からしか取れないため、ホーンラビットから取れる比較的小さなものしかない。



「今日も、また大量ですね。……それに、どれも高ランクなものばかりですし」



 受付嬢の言葉は、一見すると称賛とも取れるが、そこからにじみ出るのは「恐怖」の心だった。俺からすれば、このレベルの魔物をかるなど造作もないことだ。それなりに力のある冒険者であれば、同じ量の魔物を毎日のように狩ることができるだろう。


 しかし、クルールの町には比較的低ランクの冒険者が集まっていた。それも、「ナルニー火山」のダンジョンが「枯れて」いるからだろうが。


 

 次第に、周りの小さな声が強さを増していく。そこまで神経質なタイプではない俺でも、流石に居心地の悪さを感じずにはいられない。


 すると、向かい合っていた受付嬢がもじもじと手をすり合わせ始める。この光景も、もう見飽きてしまった。



「あの、報酬は……」


「いつも通り、半分で構わない」



 俺がそう言うと、受付嬢はぱっと表情を明るくする。別に、目の前の彼女が悪いやつじゃないことは分かっている。ギルドの資金力が上がれば、そのぶん低ランク冒険者への支援に回すことができる。そうなれば低ランクで無理な狩りをする者も減り、冒険者の死亡率を押さえることにもつながるわけだ。


 俺とて、そのことはよく分かっている。しかし、ちゃんと約束を違えさせないように念を押さなければ。



「横領はするなよ? ちゃんと約束通り4分の1は孤児院に渡すんだ。あとの報酬金はギルドの持ち分で構わないが」


「わ、分かっていますよ! 横領なんてしません」



 心外だと言わんばかりに、受付嬢は俺を睨みつける。流石の俺も、この受付嬢が横領するなど……ちょっとしか考えていない。根はいい奴だろうとは思っているが、人の心は弱くて脆い。目の前の利益に目がくらんでしまうことなど、往々にしてあることだ。


 俺は半信半疑で受付嬢の言葉を流しつつ、踵を返してギルドの門をくぐる。ほんのり赤みを帯びた町は、人々を帰路につかせようとしているみたいだった。昔から、この色の空を見れば無意識的に帰る場所へと引き寄せられる。


 しかし、今はそうではない。



「──あいつら、もう戻ってこないかもな」



 パーティーメンバーは、俺と同じ孤児だった。彼らとは、こことは別の、遠く離れた小さな村の孤児院で共に過ごし、それからずっと一緒に生きてきた。孤児でもなれる冒険者という職につき、命の危険も顧みずにここまで突き進んできたわけだが。


 人の心というのは、本当に弱く、そして脆いものだ。



 俺たちを引き裂いたのは、金と女。そして──「薬」だった。


 この町にやってきてすぐ、商会長は俺たちに接触してきた。どこで知ったのか、俺の特殊体質を知っており、商会長は俺に興味を抱いたのだ。商会長の誘いは、商会の衛兵にならないかというものだった。金も酒も女も、すべて好きにさせてやるという非常に下卑た内容に、俺たちは絶句した。


 勿論、俺はすぐに誘いを断った。冒険者という自由な職に不満はなく、仲間と共に各地を転々とする生活も好きだった。20を超えたあたりからかなり力をつけ、今ではBランク間近とまで評されていたことに、誇りさえ持っていた。


 しかし、仲間は違ったらしい。


 俺の耳に飛び込んできたのは、仲間の「本音」だった。なんの薬かは分からないが、俺の4人の仲間は目がおかしくなっていた。定まらない視点に、俺は気味悪さを感じていた。しかし、ずっと一緒に暮らしてきた気心知れた仲間だ、すぐに彼らの元へと歩みを進めた。


 しかし、彼らの口から飛びだしてきたのは、俺に対する「不満」だった。

 特殊体質のことも、卓越した剣技も。他よりも少しだけ整った容姿でさえも、彼らにとっては妬ましいものであったのだ。


 そして俺たちは、引き裂かれた。





 赤い空を仰ぎ見る。 


 俺の炎が青いのは何故だろう。もし赤色の炎だけを灯せたならば、仲間と離れることはなかったのではないか。そんな思いが頭によぎる。


 しかし、もうすでに時遅し。悔やんでも悔やんでも、彼らが帰ってくることはないだろう。彼らも被害者だ。それなのに、何も告げずに去っていったということは、おそらく俺と会う気はもうないということだ。


 もしかしたらと、淡い気持ちを抱きつつ1か月間この町に留まったが、どうやら無意味だったらしい。



「王都へ行くか。あそこなら、俺より強い奴がいるはずだ」



 もし、俺よりも強いやつがいたなら。そいつなら、俺を迎え入れてくる気がする。そう、あの白仮面のような、強者ならば──。




今回も最後まで読んでいただきありがとうございました!


更新遅れまして、すみません( ̄▽ ̄;)

今回は一人称ということで、かなり時間がかかってしまいました……。一人称って難しいですねー。

ただ、次の話はもうすでに書き終えています!

一気に2話投稿しようかと思いましたが、明日──6月14日に投稿しようかと思います!

ゆっくりですが、これからもマイペースに投稿していきますので、変わらず応援していただけると幸いです<(_ _)>

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