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170話 白い仮面(2)

本日2話目の投稿です!




 青い炎。


 それは「炎色反応」と呼ばれる炎の色を変化させる反応によって生じられるものだ。炎と言われて真っ先に思い浮かぶ色と言えば「赤色」であろうが、色は温度によって変化していき、青色ともなれば相当な高温にならなければその色を灯さない。勿論、燃やす物によって色を変える場合もあるのだが、今回のそれは少し違った。


 白い仮面をつけ灰色のローブに身を包んだ白仮面ことアルは、目の前の炎の色を興味深く見つめる。轟々に燃え盛るあの炎は、非常に高い熱を発している。しかし、当の本人はその熱によって参っている様子はなく、鋭い視線がアルのほうへ向かっている。


 沈黙を破るように、ガーシュが重い口を開く。



「この炎は、俺の魂だ。燃え移ったら最期、俺でさえ沈めることはできない」


「ここでそれを放ったら、屋敷ごと燃えてしまいますけど」



 ここは家屋の中であり、おいそれと炎を放てるような場所ではない。火の粉一つでこの豪邸は燃え尽きてしまうだろ。それを後ろで様子を伺っている金にがめつい商会長が許すはずもなく、この場において彼の能力は非常に使い勝手の悪いものに思えた。


 しかし、ガーシュは首を横に振る。



「──だから、こうするんだ」



 そう言ってガーシュは自らの手から放出される青い炎をもう片方の手に握られた剣に向ける。すると、青い炎は彼の剣に(まと)わりつくように燃え始める。

 本来ならば、あの高温にさらされた剣は一瞬にして使い物にならなくなるだろうが、あの青い炎は彼の持つ魔力によって生じたものであり、剣が変形しないのは何かしらの理由があるのだろう。そう推測しているアルに対して、ガーシュは燃え盛る青い刀身を向ける。



「こいつは諸刃の剣だ。この最高品質な剣でさえ、もって3分といったところだろう。しかし、それ故に最強の剣だ!」


「確かに、この剣をまともに受けたらまずいでしょうね。……まともに受けたら、ね」



 アルは挑発気味にそう言い放つ。その挑発を素直に受け取ったガーシュは、飄々(ひょうひょう)と立ち尽くす白仮面に切りかかった。


 ガーシュは、当然この刀身を受けないために回避行動に出るだろうと予想していた。ただし、この熱は空気に触れることで更に勢いを増していくため、威力だけでなく速度も段違いに上昇する。そうなれば、いくら剣術の腕に秀でていようが、すぐに捉えることはできるだろう。そう考えていた。


 しかし、白仮面──アルは違った。



「──っな!」



 彼の耳を(つんざ)く金属音。そして、ピクリとも動かない自らの腕に、ガーシュの当然のようにあった自信が、一転して戸惑いへと変わっていく。


 青い刀身は、白仮面の持つ黒い刀身によって受け止められている。構図としては、白仮面の初撃を防いだ時と全く同じなのだが、状況としては大きな差がある。ガーシュの手にある剣は、使い捨ての諸刃の剣なのに対して、彼の持つそれは通常状態だ。結果が同じになることなど、本来ならばあってはならない。



「どういうことだ! 俺の剣が止められただと?!」



 答えが返ってくるとは思っていなかった。しかし、ガーシュは問わないと気が済まなかったのだ。


 答えを待つ前に強引に剣を弾き、よろよろと後ろへと退く。まだ能力を発動して1分も経っていないというのに、剣よりも先にガーシュの体のほうに負荷がかかり始めていた。青い炎のもとである魔力はガーシュ自身の魔力であり、それは無限に続くものではない。故に、剣の寿命だけでなく、彼の体のキャパシティも制限の中に含まれているのだ。


 ガーシュには、間違いなく才能がある。向かい合っている白仮面ことアルはそう確信していた。本来ならば相手を(おもんばか)る必要などないわけだが、それを一転させるほどの可能性が彼にはあった。だからだろうか、アルの中で呪いのような「親切心」が芽生えたのは。



「まだまだ荒い。魔力、それも属性魔法を改変し、それを剣に纏わせるという手法はなかなかのものです。ただし、それはただ剣に魔法を『纏わせている』だけです。……剣とは、武器であって武器ではない。この漆黒の剣は、僕の心と通じているのです」



 アルの言葉を、ガーシュは戦闘中だというのに傾聴してしまう。魔力を属性魔法として変換し、それを剣に纏わせるという手法に、あの一瞬で気が付いてしまう知見もそうだが、それよりも言葉の端々から感じられる「親切心」が彼の閉ざしかけた心をすり抜けていった要因なのかもしれない。


 勿論、アルがその手法に対して即座に答えを導き出せたのは、以前似たような試みを実践し、アルなりの回答を導き出した過去があるからなのだが、それについてはガーシュの知り得ないところだ。



「……『剣は武器であって武器ではない』? それにその黒い剣がお前の心と通じているだと?」



 これまで、ガーシュは剣を何度も変え続けてきた。ガーシュの能力は、剣に相当な負荷をかける。剣とは使い捨ての駒であり、炎を纏うためのただの武器なのだ。そのため、アルの言う内容をすべて理解することは彼にはできなかった。



「信じろとは言いませんよ。それは、あなたの自由ですからね。──ただ、あなたの剣は、あなたを知りたがっていますよ」


「──俺の剣が、俺の心を?」



 ガーシュは自らの握る剣を見る。ここ最近実戦から離れていたこともあり、青い炎を剣に纏わせることがなくなっており、この剣とは長い時を過ごした。勿論、武器という一線を越えることはないが、それなりの愛着は持っていた。


 青い炎に身を包まれた刀身は、ガーシュの目にはどこか寂し気に映る。もしかしたら、これこそが剣と心を通わすということなのかもしれない。


 しかし、彼らの意思疎通を阻むように、商会長の怒号が響き渡る。



「おい、グズ! 早くケリをつけないか!! わしの時間をこれ以上無駄にするつもりなのか!?」



 商会長はガーシュの能力自体は相当に高く評価しているようで、彼が負ける未来など一抹(いちまつ)も頭にないようだった。それゆえに、目の前の敵と言葉を交わすガーシュに対して、怒りをあらわにしているのだ。


 対峙しているガーシュには分かる。目の前の存在がいかに異質であり、いかに強者であるのかが。しかし、ガーシュには命令を聞かなければならない事情があった。



「──っく!」



 ガーシュは重い体に何とか鞭打って、軽く曲げた膝に力をこめる。握りしめた柄は、めり込んでしまうのではないかと思われるほど強く握られていて、過度な緊張感が彼を(さいな)む。


 アルとの距離を一瞬で詰めたガーシュは、青い刀身をアルに突き付ける。2、3合の打ち合いが続くが、ガーシュの必死の攻撃も白仮面に一撃を浴びせることは叶わず、いとも簡単に防がれてしまう。剣の性能も剣の腕も、何もかもに差があるように思われた。



「……浅いし、軽い。迷いから剣との意識がぶれ始めている。貴方はまだ、剣の声が聞こえないのですか?」


「俺は──」



 ──仲間を守りたい!!



 突然、何かが心の中で響く。自分の声でも、まして白仮面の声でもない。しかし、その声はガーシュの本心を映し出しており、自らの中で発せられた言葉であるのは確かだった。



「なんだ、今のは……」



 ガーシュは自らの胸辺りに手をやって呟く。すると、押し殺していた胸の高鳴りが自らの手に伝わり、そしてそれは剣を握る右手を勇気づける。こんな感覚は生まれて初めてだった。



「──では、いきますよ」



 白仮面越しに、アルはガーシュの表情を観察していた。今の顔は、何かを「覚悟」した男の顔だ。結果がどうであれ未来がどうであれ、あの顔をしていれば何とかなる。


 アルは言葉とともに動き出す。アルの鋭い横切りをガーシュは体を反転させることで何とか防ぎ切るが、アルの攻撃は留まることを知らず、次々と鋭い剣技が繰り出される。


 右へ左へ振り回され、隙を作れば上下から容赦のない一撃が放たれる。最初から、剣の腕が確かであることをガーシュは理解していた。灰色のローブのせいで体の線は隠されているが、何となくまだまだ若く、そして筋肉隆々なタイプではないように思われた。つまり、秘めた力を上手に扱う天性のセンスに、確かな剣の鍛錬があってこそ、白仮面の強さは支えられているのだ。



 胸が大きく一つ鼓動する。


 不本意だが、この戦闘は「楽しい」。相手は屋敷を襲った敵であるし、自らが敵わないほどの強者でもある。そして、自身の切り札を切ったうえで簡単に凌駕(りょうが)され、いま限界を迎えようとしている。


 圧倒的なまでの絶望がそこにある、はずだった。



「──ふっ、楽しいな」



 誰に放ったでもない言葉が口から洩れる。小さなその声に反応するように、刀身に纏う青い炎が勢いを増した。


 白仮面の真っ黒な切っ先が向かってくる。本来ならば、右手に握られた剣で防ぐ以外に手はない。しかし、ガーシュはぎりぎりまで切っ先を呼び込みつつ、即座に体を傾けてその攻撃を避けようとする。が、やはり白仮面の速度に付いて行くことはできず、黒い切っ先がガーシュの左肩を射貫く。


 鋭い痛みがガーシュを襲う。しかし、その瞬間に小さな隙が生じた。ガーシュは歯を食いしばって、痛みに占領されそうになった脳を奮い立たせる。そして、最後の攻撃と覚悟した上段切りを白仮面目掛けて放った。



 冷たい感触が、ガーシュの頬を伝う。視界は横に傾き、目の前には地面に転がる自身の真っ赤な剣がある。ガーシュの攻撃は白仮面を捉えることはなく、即座に後方から手刀を入れられた。そして、こうして床に臥しているのだ。



「まだ、僕のほうが剣と心を通じさせているようですね」


「ふっ、そうだ、な」



 ガーシュは途切れそうな意識を何とか保ちつつ、白仮面の憎たらしい言葉に返答する。そして、幻でも見ているかのように変わらない赤い剣を捉えたのちに、意識を手放した。







 商会長コータスは、目の前の状況に絶望する。負けるはずもないと思っていたガーシュは床に転がって動かず、無傷の白仮面だけが立っているのだから。



「コータス」


「──っひ!!」



 突然の声掛けに、コータスは声を裏返す。さっきまでの高慢で威圧的な態度はそこになく、肉食動物に睨まれた草食動物のように、ただただ恐怖に身を震わせていた。しかし、何とかこの状況を打開しようと、頭だけは高速回転させている。



「金か? 金なら幾らでも払うぞ! いや、女か。女なら何人でも用意させる! だ、だから、命だけは……」


「……何か勘違いしているみたいですね。僕は──んんっ、私は人を殺める趣味はありません。それがいかに極悪人であっても」



 白仮面の言葉に、コータスはほっと胸を撫でおろす。命を取るつもりがないのであれば、まだ交渉の余地があるということだ。そして、白仮面は感情に揺り動かされるタイプではないように思われるので、なにかしらの利益を与えれば、もしかするとガーシュのように意のままに動かすことのできる持ち駒になるのではないかと踏んだのだ。 


 しかし、それは早計だった。



「──ただ、罪は償ってもらいます。ネタは……じきに、彼らが持ってくるはず。それまで、眠ってください」


「な、にを……」



 白仮面の姿が突然消えたかと思えば、鋭い痛みと共に意識が遠のく。そして、霞んでいく視界は徐々に黒さを増していき、コータスは全ての感覚を手放して床に倒れ込んだ。







 「赤翼(あかはね)亭」は時たま響く声があるのみで、静寂を極める。一階のロビーにて、カナは目を閉じて祈り続けていた。


 アルの口から出た計画は、まだ幼いカナからしても稚拙極まりないものだった。計画の根底には、常人離れしたアルの戦闘技術があり、小さな失敗が、ひいては彼らの人生を大きく揺るがしかねない状態へといざなう。


 カナは反対した。しかし、アルは青い特徴的な目を細めてカナの頭を撫でるだけで、その忠言に耳を傾けようとはしなかった。そこには絶対的な自信があり、どういうわけか他の同行者もカナの言葉に同調する者はいなかった。



──カランッ。



 扉が開かれた時に鳴る鈴の音に、カナは勢いよく顔を上げる。すると、待ち望んできた青年の顔がそこにはあった。



「……アルフォート様! おかえりなさいです!」



 心配そうな表情はそこになく、彼女の顔には満面の笑みが浮かんでいた。青年が計画を成功させたのかどうかなど全く興味がないようで、ただ無事に戻ってきてくれたことが嬉しくてたまらない様子だった。


 そんな純粋な笑顔を受けて、アルは珍しく言葉を詰まらせる。



「……貴女の笑顔は『向日葵(ひまわり)』のようですね」


「え、『ヒマアイ』?」



 聞き馴染のない言葉に、カナは首を傾げる。この世界の植物は、向こうの世界の植物と似た系統を辿るものの、全てが同じというわけではない。その一例が「向日葵」だった。


 アルは小さく首を振って、カナに微笑みかける。



「いえ、なんでもありません。──さて、用事も済みましたし、部屋の片づけをしましょうか」


「あ、そのことなんですけど」



 カナが言いかけたところで、二階で大きな音がする。そして、男性の野太い声が閑散としたロビーにまで響いた。カナは、その大声に対して苦笑を浮かべる。



「お父さん、急に元気になって。今はすごい勢いで部屋の準備を……」



 カナの父、つまり床に臥していたこの宿屋の主人が復活したらしく、今は元気に荒れ果てた部屋の片づけを始めているようだ。その一報を聞き、アルはほっと胸を撫でおろす。



「……ちゃんと効いたみたいですね」


「え?」



 アルの小さな呟きを、カナは目ざとく聞きつける。

 

 計画を実行するために宿屋を出る時、アルは床に臥している主人の所へ行き、回復魔法をかけていた。本来、ただのヒールでは傷の手当くらいしかできないのだが、アルの回復魔法は非常に効果が大きいため、おそらく効果があるだろうと踏んでいたのだ。もし効果が出なければ、もっと上級な回復魔法をかけ直すところだったのだが、しっかりと効果があったようだった。


 しかし、回復魔法で病気を治すことができるという情報が流れるのは、非常によろしくない。もともと回復魔法を使えるのは光属性の適性を持つ者だけだ。そして、そのなかでもアルは別格だった。故に、変な勘違いを生まないためにも、ここは無難にやり過ごすしかなかった。



「早く元気になるようにと、大噴水に銀貨を投げておいたので。それが効いたのでしょう」


「ぎ、銀貨?! アルフォート様、太っ腹です。なんか、お貴族様みたい!」



 夜、温泉から帰ってきたアリアによって、アルが本当のお貴族様で、それも有名な「グランセル公爵家の神童」だと聞いたカナは、驚きのあまり腰を抜かしてしまったのだが、それはまた別のお話だ。




今回も最後まで読んでいただきありがとうございました!


今日は2話続けての投稿でした。日を分けようかとも思いましたが、連続で(笑)

感想などいただけると嬉しいです!


追伸:今回で200部分到達でした!!

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