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165話 旅路(1)




 馬車は快調に進み、一週間の旅路は順調に消化されていた。王都を出発して、王族が有している所有地を進んできたアル達だったが、ようやく新たな土地に足を踏み入れようとしていた。



「――オーグスハス伯爵領は、小麦の生産に長けています。魔法も武術もさほど栄えているわけではありませんが、近年の農産業の飛躍は目を見張るものがあります」



 アリアの傍付き使用人として旅に同行しているメイアは、オーグスハス伯爵領のことについてすらすらと説明していく。特に資料を見ながらというわけでもなく、メイアの優秀さがそこから伺えた。



「アーレの街は、観光地としても有名ですね」


「そうなんですか?」



 メイアの言葉に対して、静かに耳を傾けていたアリアだったが、アルの「観光地」という言葉に大きな反応を見せる。


 別に、メイアの説明がつまらなかったという訳ではないのだが、アルの言葉にだけ反応を見せたことで、メイアは少し微妙な表情を浮かべていた。少しの()の後に、メイアが再び口を開く。



「……えぇ、領地は比較的内陸部にありますが、『水の都』として有名だそうですよ」


「『水の都』……。どういう所なのでしょう……」



 アリアは、「水の都」と呼ばれるアーレの街に興味津々だった。アーレの街に着くのはまだ少し先なのだが、アリアの目は馬車の進む方向に固定されていた。







 活気のある水色の街。肌の色も目の色も、全てがごちゃ混ぜになったこの街は、近くを流れる大きな川から引いてきた水が街中の空気を潤しており、まさしく「水の都」と呼ばれるにふさわしい外観をしていた。


 街を歩いている一団から、きれいな長い金髪を(なび)かせながら一人の美女が駆けだす。



「――すごい! アル様、見てください。とても大きな噴水です!」



 街の中心部に設置された「大噴水」は、この街最大の観光スポットだ。三つの大きな水柱と、その周りを彩るように乱立する小さな噴水は、計算されつくしたかのような美しさがあった。


 しかし、アルはそんな絶景よりも、嬉しそうにその光景を勧めている彼女に目が釘付けになっていた。



「……本当に、綺麗ですね」


「アル様もそう思いますよね! 本当に、綺麗……」



 うっとりと大噴水を眺めるアリア。彼女の言う「綺麗」と、アルの言う「綺麗」の対象は少し違うのだが、アルはそれを敢えて口にしようとは思わない。


 絶景を眺めていると、後ろから声がかかる。



「アルフォート様、オーグスハス伯爵家には何時ごろに向かいましょうか?」



 場の空気を壊さないように、小さな声でシャナが尋ねる。この辺りの気遣いができるのは、シャナの最大の長所だろう。


 今の時間は、まだ昼前。今から挨拶に向かってもいいのだが、先ぶれも無しに向かうのは失礼に当たる。



「先ぶれを出して、夕刻に向かうようにしましょう。急ぐことでもありませんし、今日はこの街でゆっくりしましょう」



 未だに潤んだ瞳で大噴水を眺めているアリアを、アルは嬉しそうに見つめる。その表情は、心臓に悪いくらいに綺麗だった。








「――はい、お待ち! 『野菜たっぷりキッシュ』だよ!」



 恰幅がいいおば様の豪快な声とともに、巨大なキッシュが横たわる大皿がテーブルに置かれる。焼きたてなのか白い湯気が立っており、見ているだけで美味しいということが伝わってくる。


 アルのよく知る「キッシュ」と見た目は殆ど変わらず、円形のそれは四等分に切り分けられていた。



「『キッシュ』……。初めて見る料理です」


「この『キッシュ』が、アーレの名物料理です。小麦を練った生地に、野菜を主とした具材と生クリームとを混ぜ合わせた液体を流し込んで、オーブンで焼いた物です」



 メイアは、アリアの声に的確な答えを返す。それにしても……。



「――メイアさん、詳しいですね」



 アルはメイアの博識さに、少し驚いていた。キッシュのこともそうだが、馬車の中で話していた、オーグスハス伯爵領についての知識も相当なものだった。


 オーグスハス伯爵領についてはアルも知っていた情報だったが、この地で「キッシュ」が名物となっているという情報は、アルも持っていない情報だった。



 アルの言葉を受けて、メイアは一瞬頬を緩める。しかし、一つ咳ばらいを挟んだ後、すぐにいつものクールな表情に戻る。



「――んんっ! サントス公爵家のメイドたるもの、これくらい知っていないと笑われてしまいます。それに、これくらいは当然の知識です。『キッシュ』は古くから――」



 何かのスイッチが入ったかのように、メイアは「キッシュ」についての蘊蓄(うんちく)を垂れ流し始める。すると、苦笑いを浮かべたアリアが、アルに耳打ちをする。



「……メイアさんは、もともと学者さんだったみたいですよ」


「なるほど……」



 眉間に皺を寄せてはいるが、気持ちよさそうに語り続けるメイアを見つつ、アルは何となく「学者」のイメージに合致すると思えた。


 蘊蓄(うんちく)を続けるメイアを置いて、アル達三人は小皿にキッシュを取り分け始める。こうやって、大皿から食事をとりわける作業が新鮮だったのか、アリアはどこか楽しそうだった。



 アリアは、用意されていたフォークとナイフでキッシュを口に運ぶ。サクッという音とともに、アリアの頬が緩む。



「――美味しい! サクサクとした食感に、野菜の爽やかな風味が混ざり合って、とても上品な美味しさを生んでいます!」



 どこか「食リポ」っぽい台詞を耳にしつつ、アルもキッシュを口に運ぶ。確かに、パイ生地のサクサク感と、濃厚なたまご液の風味が見事にマッチしている。これなら、野菜嫌いの子どもでも美味しく食べられるだろう。


 そんな感想を抱きつつ、アルは周囲のテーブルの皿をチラッと確認する。街一番の人気店と聞いてこの店を選んだわけだが、比較的安価な品を出すということで、客層はバラエティに富んでいる。しかし、テーブルに広がる料理は、少し違った。



「……見たところ、野菜のキッシュしか無いみたいですね。キノコや肉をメインにした物や、フルーツをふんだんに使った物があってもいい気がしますが――」


「――その話、詳しく聞かせてもらおうか?」



 声のほうを振り返ると、さっきの恰幅がよいおば様の、鋭く光る眼がそこにあった。その目は「金のなる木」を見つけた商人のようで、それでいて研鑽を積む職人のようでもあった。


 アルは、その目の放つ異様なオーラに当てられて、厨房へと吸い込まれていった。そして、数時間が溶けていく。







「……皆さん、すみませんでした」



 少し赤みを帯びだした空の下で、アルは三人に頭を下げる。結局、アルは様々な種類のキッシュを考案し、その都度試作を重ねることとなった。おば様が満足する物ができあがる頃には、もう三人ともに表情が抜け落ちていた。



「いえ、アル様の凄さを改めて実感できて、私は楽しかったです!」


「……ただ、ゆっくりする時間は無くなったみたいですね」



 アリアの必死のフォローの後を、メイアの容赦ない言葉が追ってくる。「今日はゆっくりする」と言い出したアルの単独行動によって、皆の時間を奪ってしまったことに、アルは申し訳なさを感じていた。


 ただ、もう過ぎってしまったことは仕方がない。これから何かしらで返していけばいいだけのことだ。



「この埋め合わせは必ず。とりあえず、日が暮れる前にオーグスハス伯爵へ挨拶に行きましょう」



 四人は茜色に染まる道を歩き出す。久方ぶりの休日は、こうして賑やかに過ぎ去っていった。

 

今回も最後まで読んでいただきありがとうございました!


少し緩めの、日常回を挟んでみました。最近単調になりつつあるので、このあたりで色んな展開を書いていきます。視点が切り替わる部分が多く、読者の皆様に負担があるかもしれませんが、なるだけそうならないように気を付けます。


これからも、どうぞよろしくお願いします!

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