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幕間 ドワーフと刀鍛冶

幕間といいつつ、結構長めです……。




 真っ赤な業火が鉄を熱する。


 閉め切られた部屋のなかで、少し小太りな男性が大量の汗を流しながら真っ赤な炎と向かい合っていた。

 小さな背と、それに反比例し地面についてしまいそうなほどに伸びた髭。丸太のように太い腕は、真っ赤になった鉄塊をいつ炎から引き抜こうかと、小さく震えていた。



 ぱちっ、という小さな音が彼の耳に届く。


 常人なら聞き逃してしまうような小さな変化に、その発達した腕が反応する。勢いよく引き抜かれた鉄塊を、男は勢いよく槌で叩く。鉄塊は悲鳴を上げるかのように、甲高い音を部屋中に響かせる。


 何合か叩いて、男は再度その鉄塊を火のなかに戻す。しかし、その表情はひどく険しかった。



「……こりゃあ、いけねぇかもなぁ」



 小さくそう呟きつつ轟々に燃える火から鉄塊を取り出し、更に鉄塊を薄く叩き始める。そして、薄さ数㎜のところで彼は鉄を叩く手を止め、水の中に勢いよく突っ込む。


 すると、白煙とともに真っ赤な鉄塊が黒々とした姿へと豹変する。そして、脆い部分が砕けて水の中に沈んでいった。


 

「……もろいなぁ。炭の量も、火の管理もまるでできてねぇ」



 小太りで背の小さな男性は、太い腕を組んで水中を一瞥する。


 これ以上、手を施しても意味はないだろう。男は険しい表情を浮かべつつも、この鉄くずと化したそれをどうしたものかと思案していた。


 すると、彼の超人的な聴覚が小さな音を拾い上げる。彼は刀鍛冶を生業としているためか、聴覚が異常に発達していた。そして、そんな彼の耳に店の扉が開かれる小さな音が、しっかりと届いていた。


 男は槌を置き、のそのそと小さな歩幅で作業場を離れる。そして、店の方に顔を出すと、そこには見知った顔があった。



「――おぉ、アルの坊ちゃんじゃねぇかぁ!」


「ダラルさん、お久しぶりです! 今日も刀を?」



 アルの坊ちゃん。


 金色の髪に青い目をした青年は、少し前に会った時よりも背が少し伸びたのか、どことなく大人っぽくなっていた。しかし、ダラルにとってアルは、いつまでも「坊ちゃん」だった。


 

「いやぁ、今日はダメな日でなぁ! ついさっき一つ無駄にしたところだぁ!」



 ダラルは豪快に笑う。すると、アルの後ろから別の顔が覗く。



「……ドワーフ?」



 アルと同じくらいの身長の少しチャラそうな見た目の青年は、ダラルを見て少し驚いたような表情を浮かべていた。


 少し黒めな肌に、焦げたような茶色の髪。少年のように小さな背丈なのに、筋肉隆々な腕を持っている。初めて見る「ドワーフ」に、キースは驚きを隠せないでいた。



 ダラルは、「ドワーフ」という単語に目を細める。ダラルにとって自分の容姿はあまり好ましいものではなかったからだ。


 しかし、すぐにその目に輝きが灯る。



「……お前さんのソレ。『カタナ』だな?」



 キースの腰帯に下げられた一振りの剣を見て、ダラルは爛々とした目を向ける。キースも自分の愛剣が話題に上がり、目の前の存在の珍しさを忘れ去ってしまう。そして、両手で愛剣を握りしめてダラルへ見せる。



「えぇ。俺の師匠が打ったものです」



 白銀の輝きが、少し暗い部屋に光をもたらす。ダラルは、少し反りの入った長めの波紋に指を這わせる。薄く、綺麗な刃は、強い意志のようなものをダラルに感じさせる。



「――ほぉ、この練度、相当に鍛えられているなぁ。……それにこの長さ。こいつはたまげた!」



 満面の笑みには、少しの陰りがあった。しかし、目の前の一品に対しての敬意を忘れることはなく、ダラルは清潔な布で刃紋をなぞるように拭い、キースへ返還する。


 そして、静かに二人の会話を聞いていた綺麗な青年に視線を送った。



「――で、今日は何の用で来たんだ?」



 ダラルはアルに対して曖昧な表情を浮かべている。その目は、何も下げられていないアルの腰辺りを見つめている。


 ガタっと、キースが前にでる。



「俺に、もう一振りの『カタナ』を打ってほしいんです。俺は……もっと強くなりたいから」



 普段の余裕な表情はそこにはない。そんな真剣な青年のまなざしに、ダラルの心の中に熱い炎が灯りかけた。しかし、その炎はあの見事な一品によって消え去る。



「……言っとくが、俺は予備武器なんて作るつもりはねぇぞ?」



 ダラルにしては小さな声が部屋に零れる。


 あの見事な一品は、まごうことなき彼だけのために打たれた物だった。ドワーフであるがために、武器から伝わる「意志」を強く感じてしまうのだ。


 確かに、使用されている鉱石や材料はそこまで高価なものではない。ダラルがそれなりの素材を集めて打った方が、品質としては良い物ができるだろう。


 しかし、それでは意味がないのだ。



「……ダラルさん。今、行き詰ってるんじゃないですか?」



 ダラルは、びくっと体を震わせる。相変わらずの目ざとさに、ダラルはもじゃもじゃの茶髪をかきむしる。



「――んなぁぁ! ほんとに、アルの坊ちゃんには敵わねぇなぁ!」



 そう言って、ダラルは店の奥から一本の剣を取ってくる。長さはそこまで長いわけではなく、反りも比較的少ない部類に入るだろう。黄土色の質素な鞘から引き出した刃は、さっきのキースの物と同様に刹那の輝きをもたらす。



「コイツが俺の最高傑作だ。まだ名前はつけてねぇが、コイツ以上の代物はそうそうねぇって自信を持って言えるぜ?」



 ダラルは我が子を見るかのように、嬉しそうにその愛剣を二人に見せる。しかし、すぐにもの悲し気な表情へと移ろう。


 そして、ゆっくりと刃を鞘に納めると、小さな声を漏らす。



「……だが、まだまだ脆い。俺の理想は、一撃で相手の首を落とす剣だ。力なく、スパッと殺れる剣。それが俺の理想だ」



 場に重苦しい沈黙が横たわる。……ただ一人を除いて。



「ちょっと、コレをお借りしてもいいですか?」



 ダラルの「お、おぅ」という声を聞いて、アルは陳列されていた一振りの刀を手に取る。これもダラルが作った物だが、一般に売り出すために品質はそれなりの所に抑えてある。勿論、手を抜いて打つことはないため、造りはしっかりとしている。


 アルは、柄越しに伝わる心地よい重量感に少し微笑む。ひどく懐かしい感情を抱きつつも、前世から少しずつ隔離されていく感覚も同時に感じる。


 

「丁度いい機会ですし、庭に出ましょうか」


「――え、ちょ」



 後方からキースの声が聞こえた気がしたが、アルはさっき手に取った一本の刀を手に、店の扉を開く。すると、薄暗い部屋に眩い光が差し込んだ。


 ダラルの店はライゼルハークの街から少し離れた場所にあった。ぽつんと一つ建った家屋から、アルとその後ろを追うようにキース達が出てくる。



「おいおい。外に出て何をやるつもりだぁ?」


「少し試し打ちですよ」



 草原は青々とした草木に覆われている。店から少しだけ離れたところで、アルは足を止める。そしてゆっくりと刀を鞘から引き抜くと、一瞬にしてその場から消え去る。



「――っ!」



 キースは、アルの姿が消えたところで咄嗟に自分の腰に下げられた柄に手をやると、一気に引き抜いて横に切り裂く。すると、甲高い金属音が広大な平原に響き渡った。



「……びっくりしたよ。それにしても、鋭すぎるね」



 表情には多少の余裕が見られるが、キースの背中には冷たい汗が流れていた。アルとの立ち合いは何度か経験しているが、同じ刀を持って対峙するのはこれが初めてだった。しかし、アルの一撃は到底初めて扱う武器によるものとは思えない代物だった。


 アルは軽いステップでキースと距離を取る。



「じゃあ次、キース君が打ってきてください。奥義でも、何でもいいですよ」


「……ふっ、隙がないから嫌味にもならないね」



 少し挑発気味な発言ではあるのだが、アルの構えには一切の隙がない。それは、以前対峙した時にも思ったことではあるのだが、今のアルは水を得た魚のように、その立ち姿はとても自然体だった。それはまるで、既にこの世を去ってしまったキースの師匠のようで、キースは身が震えるのを感じる。


 しかし、挑発されて無視できるほどキースの意思は軽くない。奥義を見せろと言うのならばと、キースはゆっくりと刀を上段に構える。ここまでは剣術大会で見せた「奥義」そのものだった。


 ただ、アルはその立ち姿に違和感を覚えていた。


 瞬間、キースは上体を傾ける。勢いよく向かってくるキースを、アルは微動だにせず迎える。キースの一挙手一投足を見逃さないように、神経を研ぎ澄ませる。


 キースの上段からの一撃がアルに近づいて来る。以前見た奥義は、ここからもう一撃が放たれるはずだった。つまり、この一撃を避けて、次の一撃を防いでしまえばアルの勝ちになる。


 アルの目測通り、キースの初撃はアルの前を経過する。次は右側からの薙ぎ払いが来るはずだ。アルはその二撃目に備えて刀を下ろす。しかし、そこで咄嗟に左手を動かす。


 

 二つの音が響いた。


 一つはアルとキースの刀が衝突したことによって生じた金属音。そして、もう一つは二つの鞘が交差したことによる、鈍い気の衝撃音だった。



「――ふっ、これは参ったな」



 キースは嬉しそうで、それでいて少し寂しい笑顔を浮かべる。奥義を越えた、新しい境地を開けた嬉しさと、それでもまだ見えないアルとの力量差。その二つの大きな感情が、キースの中に交錯していた。


 しかし、アルはアルで別の感情を抱いていた。



「いえ、とてもいい一撃でした。僕もギリギリになるまで気が付きませんでしたよ」


「アル君に褒められると嬉しいね」



 一つ言葉を交わして、二人は交差する各々の剣を弾いて距離を取る。すると、二人の間に長い髭を携えた小人が割り込んでくる。



「――おいおい、お前さん、すげぇ剣の腕だな! あの、ぐわーって剣が二つに分かれたヤツ、あれは何て技なんだ?」


「え、あれはですね――」



 現実に引き戻されたキースは、瞳に炎を灯したダラルにさっきの技を説明し始める。そして、短い立ち合いは、豪快な笑い声によってお開きになった。







 流れる汗も気にすることができないほど、ダラルは目の前の刃の形をした鉄塊と真剣に向かい合っていた。これまでの工程は、全て納得がいくクオリティーで来ている。最後の刃の形成に、瞬きすることを忘れるほどの集中力を費やす。


 ここだと、ダラルの直感が訴える所で焼刃土を塗り、轟々と燃える炉の中に入れる。少しずつ抜き差ししつつ、身長に刃の状態に神経を研ぎ澄ます。


 無音の何かがダラルの耳に届く。そこでダラルは刃を抜き取って水に沈める。すると、刃は少しの反りと綺麗な波紋を生じさせる。



「……うむ、いい出来だ」



 ダラルは、ようやく煩わしい汗をぬぐう。すると、ようやく人の気配に気が付いた。



「……アルの坊ちゃんか。無言で入ってくるんじゃねぇぞ」



 ダラルは抜け殻のようになった体を近くの壁に預けながら座り込む。金髪の青年は、ゆっくりとダラルの方へと歩いていくと、ついさっき出来上がった()()を覗き込む。



「いい刀ですね。でも、ちょっと手を加えても?」



 アルは、柄に覆われる(なかご)の部分に何かを刻み込む。眩い光に、ダラルは気持ちだけで立ち上がり、その光景を覗き込む。



「……コイツは」



 ダラルはその後に続く言葉を飲み込んだ。刀の茎に文字を刻むのはよくあることだ。しかし、アルが刻み込んだのは全く違うものだった。



「お守りです。いつか必要になるでしょうし」



 アルはそう言って笑う。


 キースのもとに新しい「カタナ」が届くわけなのだが、それはアルが旅立った後のことだった。



今回も最後まで読んでいただきありがとうございます!

幕間と銘打ちつつも、本編にかなり関わってしまいそうなお話になってしまいました!


本当ならば、もう一話幕間を用意していたのですが、ネタバレがすごいということで持ち越しにしました。ということで、次からは第六章に入ろうかと思います!


今月中にあげられたらいいのですが……。執筆頑張ります!!

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