162話 家族と花と
アリアは、大きな馬車でたった一人、小窓を流れる景色を見つめていた。
魔術科には長期休みはない。しかし、留学生としての準備のため特別に休みが与えられたので、久しぶりにサントス公爵領へと帰っていた。
サントス公爵領は、大陸南側にその領地があり、海に面した大きな街「サウザンドプール」にサントス公爵の屋敷があった。
今のその名残が残っているのだが、もともとリゾートとして栄えた街でもあり、今でも多くの観光客がやってくる。しかし、最近では海を挟んでライシア連合王国との関係が良くないこともあって、海路を使っての交流は大分規制されている。
窓の外には、高い山が見える。
あの山の向こうには、新進気鋭の伯爵領がある。アリアは、胸に込み上げてくる処理しきれない気持ちを抱きながら、馬車の床に目を落とす。
今日のブーツは、少しきつく感じた。
◇
「――アリア! 久しぶりね!」
大きな屋敷から、アリアより少し背の高い女性が走ってくる。そして、馬車から降りたばかりのアリアを、力強く抱きしめる。
「お姉様!? その、恥ずかしいです……」
アリアは、14歳になっても子ども扱いをされ、少し気恥ずかしさを感じていた。しかし、久しぶりに帰ってきた妹を前にして、姉のマリーは目に涙を溜めながら更に強く抱きしめる。
「マリー、そろそろ離してあげなさい。アリアも、もう14歳なんだから」
「えぇー。アリア養分が足りない!」
母メイリンの助太刀に、なおもマリーは不服そうな顔をするが、強く抱きしめていた腕を緩めてアリアを解放する。
アリアは気恥ずかしい状況を脱せられたことに少しほっとした反面、姉の相も変わらない愛情に、胸の奥が温かくなるのを感じる。
「お母様、お姉様。お久しぶりです!」
解放されたアリアは、姿勢を正して二人に向かい合う。すると、母メイリンは柔らかで優しい表情をアリアに向けた。
「中で話しましょう。色々とつもる話もあるでしょう」
そう言って、メイリンは屋敷の中でと入っていく。アリアとマリーも、その後ろを追っていった。
「――だからね、あの馬鹿は気が利かなくていけないのよ!」
「そうなのですか……」
仏頂面な姉の愚痴に、アリアは少し困ったように笑う。
マリーが結婚したのは3年前の話だ。男児がいないサントス公爵家は、分家筋から婿を取る形で次の後継を作った。サントス公爵家領主のジンク・サントスが存命の内にマリーに男児ができれば、その子に次の爵位は継承されることになる。
マリーの愚痴は、婿として嫁いだ男性へのものだった。その愚痴に内容に、メイリンは眉を吊り上げる。
「もう、マリーったら。クラウドを悪く言ってはいけないでしょ」
「でも、お母様だって私の気持ち分かるでしょ?」
「……まぁ、ちょっと分かるけれど」
アリアよりも状況をよく知っているメイリンは、少し微妙な表情を浮かべつつも、マリーの物言いを肯定する。しかし、婿に来た男性のことを悪く言うのは良くないので、すぐに話題は切り替わる。
「それよりも、貴女の方はどうなの? アリア」
「……え、私ですか?」
「決まってるじゃない。グランセル公爵家の三男、アルフォート君とのことよ」
「……」
突然話をふられたアリアは、少し困惑しつつ口を閉ざす。
すると、その沈黙を悪い方に捉えた二人は、ぱっと顔を見合わせる。
「え、もしかして会ってないの?」
「いえ、時々会っています。でも、アル様は忙しいみたいですし……」
実際、少しは会っている。
アルも最近はアリアの事を明確に意識していることは、アリア自身にも分かっていたし、関係は進展しているという自覚もある。しかし、それでも常に一緒に居られるわけもなく、会っていない期間が長くなると、どうしても不安な気持ちになってしまうのだ。
そんなアリアの心情を察したのか、母はアリアを優しく抱きしめる。
「……アリア、貴女の人を思いやれる気持ちはとてもいいと思っているわ。でもね、自分の気持ちには素直になさい」
「そうよ! 家のことなんて、姉の私に任せておけばいいの! 貴女は、自分の好きなように生きなさいね!」
「お母様、お姉様……」
二人の優しさに、アリアはこらえていた涙が溢れ出す。
その後、アリアは閉じ込めていた思いを全て二人に打ち明ける。
アルへの思慕の念も、そして、将来のことも。
アルのことを支えていきたい。そして、もしアルが冒険者になるのならば、自分も同じ道を歩んでいきたい、と。
二人は、少し驚いた表情を浮かべつつも、最終的にはアリアの選択を尊重した。既に、家の問題は大体解消されており、アリアの嫁ぎ先をどうするかというところは、当主であるジンクの中でも、政略結婚をさせるつもりはないという方針で固まっていた。
アリアが思っていた以上に、家族はアリアのことを考えていた。そのことに、アリアは深く感謝していた。
すべてが終わって、アリアは庭に顔を出していた。
マリーの言われ、アルのことを知るために始めたこの庭は、アリアがいなくなった後も使用人によって維持されている。アリアが作り上げてきたものは毎年ここで花を咲かせている。
「……このお庭とも、お別れかもしれませんね」
アリアは少し寂しような、しかし、それでいて少し喜ばしいような複雑な感情を胸に抱く。
ふと足を止め、紫の花を触れる。
アルに貰った一株は、今では数を増やしている。しかし、最初に植えたこの花だけは、どれだけ数が増えても忘れることはない。
「……キチョウ。ふふっ」
アルから教えてもらった花言葉は「誠実」。
しかし、大きくなって成長したアリアは、もう一つの花言葉を知った。
――「変わらぬ愛」。
10年以上抱き続けてきたこの想いを、この花が物語っている。
少し悲し気なこの花に自分を重ねつつ、今や沢山咲いた他の花々を眺める。
どれも綺麗で、どれも強い。
「……私も、強くならないと」
留学で、自分の魔法の腕を上げる。そして、アルを支えられる人間になりたい。
そんな健気な想いが、アリアの力になっていた。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございました!
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