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159話 相乗効果




 アルが魔族と交戦した翌日、ベルはベルで自分のできることをこなしていた。

 


 まだ座り馴れない高価な椅子に腰かけながら、銀髪の英雄は執政官のケートルからの報告書に目を通す。彼の傍らには、ウィンと呼ばれる使用人が控えており、主の姿を心配そうに見つめる。


 ここ最近、ベルはあまり休めていない。もともと、頭を使っての仕事というものが得意ではないベルだったが、最近は実務の方にも精を出していた。

 「お飾りの領主」から、「本物の領主」へと変わろうとする主に、ウィンは嬉しく思っていた。しかし、ここ最近の異常事態に伴って、ベルの体調面については心配していた。


 最後の1枚を確認し終えたベルは、書類を揃えて机に置く。そして、傍に控えるウィンへ視線を移す。



「――ウィン、ケートルに『計画を実行しろ』と伝えてくれ」


「分かりました」



 ウィンは伝言を預かって部屋を出ていく。

 ケートルには、先日アルと話し合った内容の一部分を話してある。雑多な下準備は大体彼が担当しており、状況の変化によってとる行動についても既に指示を出してあった。


 ベルは再度報告書に目を通す。


 昨晩あたりから「魔の森」の魔物たちの統制が緩んだ。

 アルが言っていた「魔物の数を把握できる謎の存在」による洗脳、もしくはそれに付随する能力が解かれた可能性が高く、それはつまりアルが何らかのアクションを起こしたということを指し示していた。


 先日、ベルは「戦闘に参加する」という旨をアルに伝えた。アルの能力は知っているし、ベル自身、自分の力が遠く及ばないことも理解していたが、それでもアルのことを甘く見ていた節があった。


 隠れ蓑くらいにはなれると思っていたが、それももう必要ないのかもしれない。



「アルのことだ。俺の助けなんて必要ないかもしれない、か」



 ベルはたった一人、自嘲気味な笑みを浮かべる。弟の才能の、ほんの一欠けらでも自分にあったならば、どれだけいいだろうと、自分の非力さを呪った。




******




 ダンジョンから帰還する道中、馬車から見える光景にルージュは首を傾ける。



「――おかしいですね。やけに「魔の森」周辺に冒険者が多い気がします」



 普段「魔の森」には、腕に自信があるような冒険者か命知らずな愚か者以外は近づかない。それに、本当の実力者は「魔の森」よりも「イーストダンジョン」へ流れていくことが多く、今日の様に冒険者が群がっていることは珍しいと言えた。


 ルージュの疑問に、同乗者の騎士が答える。



「それは、ベル様が『特別クエスト』をお出しになったからでしょう。魔の森から溢れてきた魔物を討伐すれば、通常報酬の倍額を支払うと依頼を出されたので、ああやって普段はダンジョンへ向かうような中級以上の冒険者がこぞって『魔の森』の方へと向かっています」



 通常報酬の倍額とは、相当に破格な報酬と言える。

 確かに、それだけ旨味のある「特別クエスト」ならば、いくら場所が「魔の森」周辺だとしても依頼を受ける者達が増えることに合点がいく。それに、その依頼を出しているのが「英雄ベル・グランセル」であるということも、彼らを「魔の森」へと駆り立てている要因だろう。


 しかし、そうなると心配事も出てくる。



「……怪我人などは大丈夫ですか?」



 「魔の森」が敬遠されるのは、狼系の魔物や虫系の魔物の危険度にあった。平均すれば森から溢れてくる魔物の危険度は「D~C」くらいなものだろう。しかし、狼系や虫系の魔物は動きが素早く、攻撃を当てることが非常に困難な部類に入る。

 

 普段からそういう魔物と対峙している者達や、圧倒的に力量差がある者ならば対応できるだろうが、中級者の冒険者では大怪我をする者達も出てくるだろう。


 しかし、アルの心配は騎士の一言で解消される。



「ちゃんと光属性の治癒魔法を扱える者を確保していたようです。いつから計画されていたのか……」


「なるほど。……ケートルさん、お仕事が早いですね」



 アルは小さな声で呟く。

 色々な状況をシュミレーションし、その中に今回のケースも含まれてはいたのだが、想像以上に仕事が早く、アルのケートルに対する評価は上方修正されていた。



 「魔族」の件も「魔の森」の件も、それなりに落ち着きを見せている。これならば、心置きなく王都へ戻ることができる。



「これで学園の課題も無事に済みましたし、数日ライゼルハークに泊って、王都へ帰りましょうか」


「だなっ! 俺、この旅でかなり強くなった気がするぞ!」



 ソーマは気持ちのいい笑顔を浮かべる。

 他の面々も同じようで、ほとんどが自信に満ちた表情を浮かべていた。


 





「――なるほど。空間干渉系魔法と大剣使いの魔族、か」



 真夜中、青い目を持つ二人はお互いに持つ情報をすり合わせていた。

 

 アルは、ダンジョンでの件を包み隠さずに話した。イーストダンジョン地下2階層の隠し部屋の件やその中に潜んでいた魔族の件、そして空間干渉系魔法を行使する「傀儡」の件。



「魔族の方にはそれなりにダメージを与えていますし、すぐに襲ってくることもないと思います。それに、『仮面の男』とベル兄様の繋がりも頭に入ったでしょうし、そう簡単に攻め込んでくることもないと思います」



 魔族の回復速度についてはよく分からないが、それなりのダメージは与えている。傷が治っても、力量差は相当なものであり、「魔の森」の魔物の数が削られている今、計画を続けることは不可能だろう。


 それに、「仮面の男」とベルとの繋がりをアピールしたことで、そう簡単に攻めてくることもできないはずだ。



「……また、借りをつくったな」


「借りなんて。僕は僕のしたいように行動しているだけですよ」



 自らの非力さに険しい表情をつくるベルに対して、アルは自分の素直な心を語る。

 

 前世では、常に誰かのためにと思って行動してきたつもりだった。しかし、今は違う。自分の意思で、自分のために行動をしている。


 アルの目は、同じ青色でも温もりがあった。



「……そうか。ただ、何かあったら俺を頼れ。何があっても、絶対に力になる」



 その温かい目に触発されるように、ベルの凝り固まった心が解されていく。ベルらしくない発言だったが、それでも彼の真意はアルに届く。



「……分かりました!」



 兄の優しさを受けて、アルも力を貰う。

 

 人の温もりは伝播し、互いに相乗効果を生む。こうやって、お互いに成長し合える関係に、アルは心地よさを感じていた。







 遠ざかっていく街を眺めながら、アルは温かい気持ちを抱いていた。



「すごく濃い1か月だったなぁ」



 護衛の任を解かれ、留学生としての話を受け、こうやって級友たちと旅をしてきた。家族にも会い、未だに知らなかった一面も見ることができた。


 王都に戻れば、すぐに留学の準備を始めなければならない。


 自分が成長するためにも、ツーベルグ魔法王国に行くことはアルにとって必要なことだ。

 

 勿論、級友たちと別れることに寂しさもあるが、この国の現状や世界の異変を考えると、今のうちに力をつけておく必要がある。



 でも、今ぐらいは楽しもう。


 アルは楽しそうに笑い合う級友たちを見て、柔らかな笑顔を浮かべていた。




今回も最後まで読んでいただきありがとうございます!


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