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157話 イーストダンジョン(5) 傀儡




 暗い洞窟を、アルは一人で歩いていた。


 頭の中には昨日見たダンジョンの地図が広げられており、アルは目的の場所へ一直線に向かっている。そして、アルは冷たい岩肌を確認しながらとある場所で足を止めた。



「――ここだ」



 アルの青い目には、魔力の流れが見えている。

 ダンジョン内には魔力の管のようなものが張り巡らされており、その流れをは奥へ奥へと向かっていくのだが、ここだけは少し違う。


 魔力の流れが一部逆流し、壁の一部に魔力が流れていない場所がある。

 その壁の向こうには地図上で真っ白な空間があり、アルはこの空間に何かあるのではないかとあたりを付けていたのだ。


 ただ、どうしたものかとアルは頭を悩ませる。


 他の階層の地図とも比較すると、この先に空洞があるのは殆ど確定なのだが、どうやってその空間に入ることができるのかという点はまだ解決していない。



「ここだけ魔力の管が繋がってないから、すこし弄って繋げればいいのかな?」



 考えていても仕方がないので、アルは壁に手を当てて自分の魔力を流し込む。

 

 「魔眼」持ちで魔力の存在を視認できるのと、幼少期から魔力を操作することに慣れていたアルにとっては、壁の魔力をつなげることなど造作もなかった。


 逆流していた魔力の流れを元に戻し、途切れた魔力の管をつなげていく。すると、さっきまで目の前にあった岩肌はパッと姿を消し、謎の空間への入り口が姿を現す。



「……思ったよりも簡単だった」



 魔力の管をつなげるだけで入り口が出現したことに、アルは少し拍子抜けしていた。


 しかし、よくよく考えるとこれ以上に無いほど厳重な防護と言えた。アルの様に「魔眼」を持っている人物であるか、魔力への探知に優れた者でないとこの場所に辿り着くことは出来ず、それに付け加えて魔力操作にも優れている必要があった。


 だから、謎の空間の中に潜んでいた人物は、急に開いた入り口に戸惑いを隠せなかった。



「――誰だ!?」



 白い髪に白い肌、黒っぽい衣服に身を包みつつ背中には大きな背丈と同じくらいの大剣を背負っている。一昨日、「魔の森」で見かけた魔族の一人、キリギスは鋭い眼光でアルを睨みつける。


 アルは瞬間的に隠密系のスキルを発動したが、どうやら発動させる前に気が付かれてしまったようだった。



「魔族キリギス。目的はなんだ?」



 神々しい光を放つ目の前の存在に、キリギスという長身の魔族は一瞬で警戒態勢をとる。

 このあたりは、クロムウェル伯爵家の一件で会ったメビウスという魔族とは大きく違う。



「――例の英雄ではない。剣にも、魔法にも秀でていると見える」



 キリギスは目を細めながらそんな推理を始める。

 一昨日の、小太りな人物との会話を聞く限りでは頭の回転は速くないタイプだと思っていたのだが、どうやら相手の力量を察知する、本能的な感覚は鋭いようだ。


 アルは神々しい光を周囲に放ちながら、不敵な笑みを浮かべる。



「……残念ですが、逃げるのは諦めた方がいいですよ?」


「ふふふっ、俺が逃げる? 俺の戦闘力は魔族軍でも指折りだ。人間如きに後れを取るとでも?」



 キリギスの称号欄には「魔族軍幹部」という単語があるので、相当に高い地位にいる者だとは分かっていたが、彼の言うことを信じるなら純粋な戦闘力は魔族軍の中でも指折りらしい。


 その情報を得られただけでも大きい。元々、アルは彼を打ち倒そうなどとは思っていなかった。


 出来るだけ情報を掴み、もし敵対行動を取るならば対処しようと思う程度だったのだ。キリギスと言う魔族は、他の魔族たちよりも意外と口が軽そうなので、まだまだ情報を引き出せそうだった。



「指折りと言ってもそこまで強そうではないな。その大剣も――っ!」



 アルは後ろから感じた魔力の波動を感じ、すぐに体を翻しその魔法を回避する。


 紫色の矢のような魔法がアルの頬すれすれを通過していく。闇の中級魔法「闇の槍(ダーク・ランス)」であることはすぐに分かった。



「……おぉー! これを避けるなんてぇ、中々やるでっせねぇ~?」



 闇の中から、一昨日「魔の森」で見た小太りな黒ローブの人物が音もなく現れる。気配の察知に秀でたアルでさえ、魔力の波動を感じるまではその存在に気が付けなかった。


 「魔の森」で急に現れたのもそうだが、この人物には注意が必要だとアルは警戒する。



「それにしてもぉ? その仮面が邪魔でっせねぇー。あっしのこの『目』をもってしてもぉ、その綺麗なお顔がよぉーく見えやせんねぇ~?」



 そう言いながら笑う小太りな人物の顔を見て、アルは少し顔をしかめる。


 気味の悪いほどに大きな目は眼球が零れ落ちそうなほど飛びだしており、口は絵にかいたように吊り上がった状態で動かない。



「……傀儡(くぐつ)。本体はここにいないってことか」


「へぇ~、よぉーく分かったでっせねぇ。腕だけでなく頭の方もよぉー回るらしいなぁ?」



 アルの呟きに、目の前の人物――いや、ここにはいない誰かの傀儡は肯定の意を表する。どうやら、アルの「鑑定眼」が発動しなかったのは、そういう事情があったかららしい。


 アルは目の前の傀儡に興味を抱く。どこまで耐えられるか、そしてどこまで力を与えられているのかということに。



「獄炎」



 アルは火属性の上級魔法「獄炎」を傀儡に打ち込む。


 しかし、それは普通の「獄炎」ではない。そのことを、傀儡も理解していたのか、避けようと動き出す。


 ただ、一瞬だったがアルの目をもってしてもその動きを捉えられない瞬間があり、気付いた時には、傀儡はキリギスの傍に移動していた。



「うひゃぁー。上級魔法に聖属性を込めるなんてねぇ、『グラム』を倒したのもぉ?」



 グラムというのは、ホークスハイム侯爵家の長男であるジンクスによって魔剣から解放された魔族のことであり、グラムを打ち倒した魔法と言うのは、ついさっきアルが放った聖属性を付与した「獄炎」だった。



「おい、俺の事も忘れるな!」



 蚊帳の外だったキリギスは、突然アルの方へ攻撃を開始する。本来ならば、本気を出さずに攻撃をいなしつつ、相手の情報を得ようとするのだが、今はそれどころではない。


 アルは一瞬で自らに「付与魔法」と「強化魔法」をかけ、腰に下げた片手直剣に手をかける。


 キリギスとは、攻撃力と俊敏性だけせっている。しかし、「付与魔法」と「強化魔法」を施したアルは、その差を逆転させていた。



 一瞬で戦闘態勢に入り、大剣を上段に構えて突撃してくるキリギスを鋭い目で睨みつける。


 キリギスは、自分のステータスに驕っている。アルを格下だと見下しており、強力な一撃でアルを屈服させようとしていた。


 しかし、それ故に隙が多い。



「――ッ!」



 キリギスは、自らの懐に入り込んだアルに驚きの目を向ける。しかし、アルはそんなキリギスにお構いなしに斬りつける。


 一撃、二撃。黒い刃がキリギスの肩と腕の腱を斬りつける。



「――ぐわっ! 腕が!」



 キリギスの背丈よりも大きな大剣が音を立てて地面に転がる。キリギスは痛みに悶絶しており、腱を切られたことで両手に力が入らない状態になっていた。



「これは、マズイでっせねぇー」



 黒フードを被った傀儡は、咄嗟にいくつかの魔法を連続で放つ。


 闇属性のみだが、如何せん数が多い。アルは魔法攻撃を避けつつ、必死に傀儡の動きを目で追う。


 ただ、計算されたように撃たれた魔法によって、傀儡とキリギスとの距離は自然と離れる。すると、傀儡はキリギスと彼の大剣を素早く回収した。


 そして、作り物の顔を綻ばせながら不思議な紫色の扉を作り出す。



「次はぁ、本気でやり合いやしょうねぇ?」



 傀儡はそう言って紫の扉を引き、その中に身を投げ出す。アルもすぐにそう後を追ったが、傀儡の体が扉の中に吸い込まれた瞬間に紫の扉は消滅し、闇の空間が広がった。



「……傀儡と空間干渉系魔法、か」



 アルは真っ暗な空間の中で小さくそう呟いた。



今回も最後まで読んでいただきありがとうございます!


更新遅れました。執筆頑張ります(*・ω・*)9

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