156話 イーストダンジョン(4) 伝える
1階での戦闘を終えて、ここ地下2階に降り立ってから約2時間が経過した。
アルの体感では、まだまだいける感じだったのだが、「鑑定眼」で同行者のステータスを覗いてみると、HPが半分ほどに減少しており、「状態異常:疲労(中)」の者達も出始めていた。
流石にこの状態で進むのは危険だ。アルはそう考えて少し早めに今日の探索を終えることにした。丁度、目の前には少し開けたの空間があり、休むのには最適だ。
「今日はここで休みましょう!」
「――はぁぁー、疲れたー!」
珍しく、ソーマがうな垂れる。
地下2階に降り立ってから、ソーマの出番が増えていたため、こうなるのは仕方がないと言えば仕方がないのだが、それにしても珍しかった。
うな垂れるソーマを見ながら、リリーは少し険しい表情を浮かべる。
「魔物の数自体はノースダンジョンと殆ど変わりませんね。
……ただ、やはり魔物の戦闘力には大分力の差がありましたね。2階の魔物は、私の魔法では2発撃たないと倒せませんでしたし」
「リリーはまだマシなほうでしょう。私の魔法じゃ5、6発以上は必要そうだった」
クリスは忌々し気に自分の手を睨みつける。確かに、2階層の魔物は、リリーの魔法をもってしても2発以上撃ち込まないと倒せない敵が多かった。
ただ、それはこの階層がそういう特徴を持っているからなのだが、アルは敢えてそこには触れない。
「――そうですね、魔法だけじゃ難しそうですね」
「……? どういうことですか?」
怪訝な表情を浮かべるリリーに、アルは微笑むだけで答えを教えない。
何も魔物を倒すのに必要なのは、魔法だけではない。今持っている物を有効活用すれば、彼女の力は2倍にも3倍にも膨れ上がる。
「――さて、ご飯の用意をしましょう。ソーマとキース君はテントの準備を、リリーさん達は食事の準備を手伝ってください」
「了解!」
アルの指示を受けて、さっきまでうな垂れていたソーマが元気よく返事をする。
自他ともに認めることではあるのだが、ソーマにはリーダーの気質はない。頭で考えて行動するよりも、誰かの指示を受けて何も考えずに行動するほうが力を発揮するタイプだった。
ソーマだけでなく、他の面々も異論はないようで各々作業へと移る。そんな中、リリーだけは浮かない表情をしていた。
「……魔法以外の方法」
さっきアルに言われた言葉が、彼女の頭の中で暴れまわる。リリーは処理できない何かを頭の片隅に何とか押し込めながら、自分に与えられた作業へと向かった。
◇
「――では、3時間ごとの割り当てで最初をクリスさんとルージュさん、次を僕とキース君、そして最後を利リリーさんとソーマ。この分担で行きましょう」
「了解!」
「私達も、それで異存はありません」
食後、睡眠をとる順番を割り振る。
このローテーションで一番きつくなる真ん中の時間帯をアルとキースで担当し、しっかり者のリリーにソーマを当てて、残った二人には最初の時間帯を担当してもらった。一応、騎士団志望の二人なので、今から交友を深めてほしいという意図もあるのだが、ソーマを誰に任せるかで決めた部分が大きい。
アルの決定に異論は出ず、皆がすんなりと受け入れる。
そしてアル達は、二人に見張りを任せて眠りについた。
「――アルフォート様、ちょっといいですか?」
その言葉を耳にして、アルはぱっと目を覚ます。
ライゼルハークでの執政時代から、アルは些細な音でもすぐに目が覚めるようになっていた。
「どうかしましたか?」
「……そのですね、さっきから魔物が一切湧かなくて」
神妙な表情でそう言うルージュに、アルはとあることを言い忘れていたことに気が付く。
「すみません、言っていませんでしたね。
実は『魔物除けの砂』という物がありまして、効果の持続時間は3時間程度なのですが、その間は弱い魔物は近づいてきません。比較的高価なものらしく、冒険者の間ではあまり使われていないようですが」
「なるほど。そんな物があったのですね。すみません、起こしてしまって……」
「いえ、何かあったら何でも言ってください。それに、あと1時間ほどで交代の時間ですし、丁度良かったかもしれません」
アルはそう言って立ち上がると、ルージュを追い越してテントから出る。
テントの外には、少し眠そうな目をしたクリスが、生活魔法「ライト」を改造した魔法陣を施した魔道具の前に座っていた。
しかし、テントから出てきたアルを見て、少し驚いたような表情を浮かべる。
「……まだ交代の時間ではないと思いますが」
「そうですが、少し二人と話してみたいと思いまして」
アルはそう言って彼女の向かい側に座る。ダンジョンに入ったばかりの時と比べると、少しは表情が柔らかくなっているが、それでも、まだ顔に少し影がある。
「クリスさんは剣術で悩んでいるみたいですね」
「……はい。今回のダンジョン攻略で少しは活路を見出しましたが、根本的な解決は出来ていない状態です」
眉間に皺を作りながら、クリスは少し俯く。どうやら、アルが自分の剣術の停滞を知っていることには驚いていないようだった。
アルはそんな彼女の顔を見つめながら、一つ覚悟を決める。
「初めて会った時に僕が言った言葉、覚えていますか?」
「……確か、『自分の才能に目を瞑るなんて、勿体ない』と」
そう、彼女と最初に会話をした時、アルは彼女のステータスを見て「勿体ない」と言っていた。
彼女には「ギフト」がある。しかし、それはリリーの様に自分で知覚することは困難なものであり、何より彼女の「封印の珠」というギフトは、通常時はその人物のステータスを減少させるという代物であり、それ故に「落ちこぼれ」と呼ばれていたのだ。
「――はい、そうです。これはリリーさんにだけお話していることなのですが、僕は人の『特異体質』を見ることができます。クリスさんの場合、感情の起伏と共に能力が上がる体質と、普段は封印されている力を発揮する2つの体質が共存しています」
「……?」
クリスは頭の上に疑問符を浮かべる。
それもそのはずで、彼女のギフトは自分では感じ取ることが困難であり、知らないほうが当たり前なのだから。
「オークとの戦いの時も、そして今日の戦いもそうです。いつもよりも体が軽いと感じませんでしたか?」
「……えぇ、あの時は翼が生えたみたいに体が軽かったです」
「おそらく、その状態が『解放状態』です。意図的にその状態に引き上げることができれば、クリスさんの力はキース君にもソーマにも負けないでしょう」
これは嘘じゃない。「解放状態」の「×1.2倍」の恩恵は、レベルを上げれば上げるほど強くなっていく。
レベルアップごとの増加値が低くても、その恩恵によってステータス値はひっくり返りかねない。
アルの言葉を受けて、クリスは目を伏せる。
普通ならば、冗談だろうと一蹴するような話だ。しかし、アルの言うことに今まで間違いはなかった。何より、リリーの才能を引き出した彼の話だから、疑う余地などなかった。
「……そう、なんですか」
クリスは複雑な表情を浮かべる。
自分には「才能」があった。それも、Aクラスのキースと同等以上の才能が。
その事実が、彼女の今までの過去の記憶と癇癪を起す。今まで虐げられてきた日々が、まるで嘘のようだった。
「アルフォート様! 私にもそういう『体質』ってあるのですか?」
「ルージュさんは常人より『視野が広い』という特異体質があります」
少し前のめりのルージュに、アルは間髪入れずに返答する。しかし、クリスのものと比べると地味だったからか、ルージュは少し残念そうな表情を浮かべる。
「――え、何か地味な能力ですね……」
「そんな事はありませんよ。以前伝えた戦術は、ルージュさんの体質を考えて編み出したものですから」
アルはルージュを励ましながら、二人と会話を続ける。いずれ、彼女たちは騎士団に入るだろう。そうすれば、会うことはなくなるはずだ。
しかし、彼女たちには自分たちの身を守る術を身につけてほしかった。結局、自分の手で救える数なんて限られているということは、誰よりもアル自身がよく分かっていた。
時間というのは経つのが早いもので、戦闘のアドバイスをいくつか送っているとすぐに1時間が経過した。
「――そろそろ交代の時間ですね。お話聞いてくださって、ありがとうございます」
ルージュとクリスはアルに礼を言う。そして、テントで睡眠をとっているキースを呼びに行った。
これから3時間、アルとキースが見張り番だ。しかし、アルにはやらないといけないことがあった。それこそ、キースと自分の見張り時間を一緒にした理由でもあった。
テントから出てきたキースを見て、アルは少し真剣な眼差しを彼に送る。
「キース君、少しお話が」
アルと視線を交わらせたキースは、小さく頷く。
そして、アルはこれからの予定を、キースに伝え始めた。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございました!
まだまだ続きますので、もうしばらくお付き合いお願いします<(_ _)>




