155話 イーストダンジョン(3) 大群
イーストダンジョンの中に入って大体半日が経過した。
複雑な洞窟を進んでいく6人の学生たちは、小休止ということで少し開けた場所で休憩を取っていた。
洞窟の中に入ると時間間隔が鈍ってしまいがちであるが、その辺はしっかりと対策が取られており、アルは蓋つきの時計を取り出して針の位置を確認する。
「今が夕方の17時くらいなので、あと3時間進んだら就寝しましょう」
「了解しました!」
アルは周囲に他の冒険者がいないことを確認し、取り出していた道具たちを次々に「収納魔法」へ放り込んでいく。すると、アルの視界には小さなウィンドウが発生し、そこに文字が書き足されていく。
この小休止の内に、アルはここまでの道順を人数分書き記して渡している。そのアルの記憶力に、キースは舌を巻いていたが、アルの高いIQを持ってすれば、造作もないことだった。それよりも……。
「もう少しすれば、地下2階へ続く階段に辿り着きます。階段がある場所は大部屋になっていて、偶に魔物が大量発生する『モンスターハウス化』していることもあるらしいので、皆さん気を付けて進んでください」
「モンスターハウス化」とは、ダンジョン内の大部屋に魔物が大量に発生している状態を指し、それは魔素の多い状態の時に発生しやすいらしい。
ただ、そもそも「魔素」という概念すらも正しいのかすら怪しいのが現状で、どういう状況で「魔素」が多い状態になるのかも不明らしい。ただ、階層を隔てる階段のある大部屋は「魔素」と呼ばれる未知の力が充満しやすいようで、度々「モンスターハウス」状態になるらしい。
アルの説明に、殆どの者が静かに頭を下げる中、キースだけは怪訝な表情を浮かべていた。
「……ずっと思っていたけど、このダンジョンのことに詳しいね」
キースは、ダンジョンに入る前からアルの言動に違和感を覚えているようで、アルが地下2階へ続く階段が近くにあることを把握していることや、その大部屋が「モンスターハウス化」している可能性があることに対して詳しすぎると感じていた。
事実、アルには彼らには言っていない目的がある。しかし、それをここで話す気はさらさらなかった。
そのため、アルは平然を装いつつ、間髪入れずに返答する。
「イーストダンジョンは5階までは隅々までマッピングされているので、ライゼルハークの屋敷で地図は把握しています。ここまでスムーズに進めたのも、事前に道順を決めているからですしね」
「そうなのか! 俺はてっきり、前みたいにまぐれかと思ってたけどなー」
ソーマは、ノースダンジョンでの初めての野外演習の時のことを思い出していた。あの時は、アルのギフトである「魔眼」でダンジョン内の魔力の流れを見て順路を決めていたのだが、アルはその事にことは触れずに小さく頷いて反応を返す。
キースは、アルの説明に納得したような、それでいて未だにどこか引っかかっているようにも見える、微妙な表情を浮かべていた。
キースは勘が良い。
アルはこれからの予定を再度頭の中で組み直しながら歩みを進める。
「――ここですね」
アルの言葉を受けて、場に緊張感が走る。ここに来る前に確認したルートを辿って来たので、ここが例の大部屋であることは間違いない。それは、アルのギフトが指し示す情報を見ても明らかだった。
そして、もう一つ、視認できる情報を拾うと……。
「完全に『モンスターハウス化』してるな……」
ソーマは、いつにもなく真剣な表情でそう呟く。
大部屋の大きさは約200m四方。その空間に、30近くの魔物が蠢いていた。アルのギフト、「鑑定眼」を用いて種族名を見てみると、強力な魔物でも危険度Dクラスの魔物である「レッド・ゴブリン」という、赤い肌を持つゴブリンが一匹だけいるくらいで、他は危険度Eクラス程度の魔物しかいない。
ただ、如何せん数が多すぎる。
魔法をうまく扱える人間が複数人いたならば、この数の差を容易に埋めることができるのだが、このパーティーは剣士に偏っている。魔法が上手に扱えるのは、アルとリリーくらいのもので、流石にバランスが良くない。
アルは少し考えて、一つの方法を思いつく。
「……丁度いい機会ですし、魔法を使ってみましょうか。キース君とルージュさんは何属性に適性がありますか?」
「俺は水だな」
「私は火属性に適性があります」
アルは「鑑定眼」を用いて、二人の魔法適性については事前に知っていたが、ここは敢えて知らないふりをして尋ねることにした。
ちなみに二人のステータスは……。
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キース(12)
種族:人間(種族値A)
称号:元ホークスハイム侯爵家(隠し子) G級冒険者
小次郎の弟子
HP:2,500/3,000
MP:700/700
魔法適性:火
罪状:なし
状態異常:疲労(微)
――――――――――――――――――――――
野心:60 忠誠度:40
レベル:20(知+10,攻+30、他+15/毎)
攻撃力:670
防御力:385
知力:290
俊敏力:385
スキル:片手剣(1) 刀(4) 体術(2)
ギフト:スキル上昇(小)
加護:なし
ルージュ・ボーフォート(13)
種族:人間(種族値A)
称号:ボーフォート伯爵家長女 G級冒険者
HP:1,600/2,000
MP:1,000/1,000
魔法適性:水
罪状:なし
状態異常:疲労(微)
――――――――――――――――――――――
野心:42 忠誠度:100
レベル:18(知+5,防+10,他+25/毎)
攻撃力:525
防御力:270
知力:185
俊敏力:525
スキル:細剣(3) 構造理解(2) 戦術(2)
ギフト:状況把握(視野が通常より広い)
加護:なし
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二人とも、能力値が高い。ただ、例にもれず魔法の効果を示す「知力」と「魔力量」が比較的低く、前衛向きのステータスになっている。
ただし、ここは補正が利く。
「今回は洞窟なので、属性を気にせずに魔法が打てそうですね。……キース君とソーマは火属性の初期魔法『ファイア』を、クリスさんとルージュさんは水属性の初期魔法『水球』を打ってください」
アルの指示に、リリーとソーマ、クリスは小さく頷いて反応するが、キースとルージュは怪訝な表情を浮かべる。
「……すみません。アルフォート様の戦術に不満があるわけではありませんが、私達の魔法ではあの魔物たちを倒すのは難しいかもしれません」
少し俯きながら、ルージュが魔法での戦闘は厳しいという旨の言葉を発する。確かに、彼らの魔力量を見る限り、早々に魔法の訓練を諦めて剣術のほうへシフトしたことはうかがえる。
アルも、その方針が間違いだとは思わない。しかし、魔力量は努力で増やせるものであり、レベルアップによって「知力」も増えていくわけで、魔法も多少は扱えるようになったほうがいい。
「……大丈夫です。一度だけ、撃ってみてください」
アルは二人に諭すようにそう指示する。アルにそう言われては試さざるを得ず、二人は未だ納得はいかないような表情のまま、それぞれの初期魔法のスペルを発する。
すると、彼らの目の前に赤と青の魔力弾が発生し、自分たちが発生させたとは到底思えないその魔法の球は一直線に魔物の大群を直撃する。
「――!?」
二人は茫然と立ち尽くす。
勿論、これはアルの「付与魔法」によって「知力」を高められた結果だ。しかし、それ以前に彼らのレベルが上がったことで、元の「知力」が増加していることも大きかった。
通常、魔法適性が1属性だけの者は、幼少期から魔法を発動させることがほとんどなくなる。それ故に、自分の魔法が成長するという「常識」が彼らの中から抜け落ちているのだ。
「いい感じですね。もう一回撃っておきましょう!」
アルの軽い言葉に、二人はようやく現実に引き戻され、再度新しい魔法を発生させる。
魔力量が少ないため、魔法を撃てる数は限られている。しかし、30以上もいた魔物の大群は、彼らの魔法によって半分以上消滅していた。
最終的に、アルとリリーが魔法でサポートしながら彼らが前衛で剣をふるうことで、魔物の大群は全てダンジョンの地面に消えていき、そこには大量のドロップアイテムが転がっていた。
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