16話 お披露目会(3)
アルは応接室へ歩いていく。
「どうして東館にいたのですか?」
アルは後ろを歩いてきている少女にそう尋ねた。突然話しかけられたので、少女は少し驚いたようだ。
「……こっちが東館なの?」
──ふむ。少し質問を変えるべきか。
「そうですね。では、どうして外に出られたのですか?」
「それは……。部屋にいるのが退屈だったので、使用人が席を外したタイミングで部屋を出たのです。廊下に出るとお庭が見えたので。つい……」
少女はアルに責められていると思ったのか、声が徐々にしぼんでいった。同じくらいの年齢だが、アルは精神的に大人びているので、そんな雰囲気を感じ取っているのだろう。
「そうですか。我が家の庭は綺麗ですからね」
少女の気持ちを察して、アルは表情を和らげる。我が家の庭が他の家のそれより綺麗かはわからないが、アル個人はこの庭を気に入っていた。
「我が家?……あなたはこの家の方なのですか?」
少女は可愛らしく首を傾けた。今思うと、確かに自己紹介をしていない。
「申し遅れましたが、私はアルフォート・グランセルです。グランセル公爵の三男になります」
アルは上品に腰を折り、顔が少し隠れる所で動きを止める。この礼の仕方は、『5歳のススメ』に書かれていたものなので間違ってはいないはずだ。
「そうだったのですか……。その、私は──」
少女は目に見えるほど動揺していた。そして、名前を名乗ろうとしてすぐにその口を閉ざす。
──おそらくこの子は。
「さて、そろそろ部屋に着きますね」
アルはそれ以上踏み込まなかった。この少女がどうして名乗れないのかはわからないが、高貴な身分であり、何かしらの事情があるだろうことが分かったからだ。
応接室の前には数名の使用人たちがあたふたとしていた。
やはり、この部屋で間違っていなかったらしい。一人の使用人がこちらに気が付いた。
これでアルの仕事はおわり。後はこの使用人に彼女を手渡せばいい。しかし……。
「──お嬢様、私の後ろに」
アルは小さな声でその少女のそう促す。少女は一瞬怪訝な顔をするが、アルの言う通りに後ろへ隠れる。
「アルフォート様。お嬢様が迷惑をおかけし、申し訳ありません」
使用人のなかの一人がそう謝罪してくる。一見紳士そうな外見をしているが。
「──あなたはどこの使用人ですか?」
冷たい声でそう尋ねる。アルは、この使用人に違和感を覚えていた。
──この人は後ろの少女の使用人のように見えるが、本当にそうか?
そんな疑念がアルのなかに生まれていたのである。
「私は、そこにおられるお嬢様の使用人です」
その青年はアルの質問にそう答える。
アルはちらっと少女のほうを見る。彼女も怪訝な表情を浮かべていた。
──これはおかしいよね?
「へぇ……最近の使用人は武器を携帯するものなのですね」
アルは、その青年の胸あたりに視線を向けながらそう言う。
青年の顔から驚愕の念が見られた。やはり、この青年は使用人ではない。
アルは先ほどまでのゆったりとした動きからは想像もつかないような速度で彼に近づくと、目の前の青年を地面に組み伏せる。
「……貴方たちは私の父を呼んできてください」
アルは青年の懐から暗器を取り上げながら、部屋の前で固まっている使用人に命令する。使用人の片方はアルの言葉通りに会場の方へ走っていき、もう片方は少女を安全な場所まで避難させている。
「くそっ!」
青年はどうにかアルの腕から逃れようと四苦八苦している。しかし、3歳児の腕から逃れることが出来ない。
普通なら、簡単に逃れることができるだろう。しかし、組み伏せる直前に、アルは一つのツボを強く押していた。
そのツボを押されたことで、青年は本来の力の半分も使えない状況になっていた。そして、前世の武術の知識によって、動けないように組み伏せられたのだ。
「目的は何ですか?」
アルは青年にそう尋ねる。青年は険しい顔をしたまま何も答えようとしない。
──まぁ、これ以上は僕の仕事じゃないか。
後から聞こえてくる数人の足音で、ようやくアルの仕事は終わったと確信する。
──さて、会場に戻って残りのご飯をたべようかな。
しかし、アルの願いは簡単に打ち砕かれた。
よく考えれば当たり前なのだが、お披露目会はそこで中止となった。殺人未遂の事件が起こったのだから当然と言えば当然だ。
前世では裕福な生活をしていなかったアルは、パーティーのご飯がどうなるのか、と場違いな心配をしていた。
レオナルドだけではなくガンマとベルもその場に駆けつけてきた。
事の成り行きは走っていった使用人からある程度聞いているだろうが、アルからも説明する必要がある。
「アル、何があったんだい?」
レオナルドたちが来たので、青年は他のものに任せて、アルはレオナルドたちと話をする。
東館で困っている少女を見つけたこと。その少女は高貴な身分だろうと判断し、応接室まで案内したこと。そして、応接室の前にいた使用人の中に不審な人物がいたこと。
アルは先ほど起きたことを順番に話した。
アルの話を、レオナルドはほとんど静かに聞いていた。そして、全てを話し終えたアルはレオナルドの反応を待つ。
レオナルドは数十秒沈黙し、それでも疑問に思ったのか一つのことを質問する。
「アル、君はどうしてその青年を不審に思ったんだい?」
その質問に的確に答えることは難しい。
アルとて、最初はただ違和感を覚えたに過ぎなかったのだから。しかし、少女を後ろに隠すくらいには、その青年のことを不審に感じていた。
しかし、これは前世から同じで、何か起こるときは何となく嫌な予感を覚えるという体質であり、そして殺気や悪意といった負の感情を感じ取ることにも長けていたためにできたことだからだ。
それを、あえて答えるなら……。
「──勘でしょうか」
アルの答えにレオナルドは一瞬目を見開く。しかし、すぐにいつもの笑顔に戻る。
聞き分けがよく、本が大好きな賢い子であると以前から思っていたが、今日一日でその認識は変わった。
──確かに賢い。しかし、その賢さは記憶力が人より良いというようなものではない。
得た知識を応用する力。そして、その場に応じてその知識を発揮する力に長けている。
レオナルドはアルの将来に期待しつつ、その反面で末恐ろしいとも感じるのだった。
今、応接室にはアルと少女しかいない。
アルがレオナルドと話をしているとき、彼女もこの部屋にいたのだが、ぼーっとアルのことを見ているだけで、話には全く入ってくる様子もなかった。
しかし、レオナルドがアルに紹介しようとした途端に「話は私から話させてください!」と食い気味に声を上げたのだ。
そして今に至る。
「あの……、助けていただきありがとうございます!」
少女は長い沈黙をようやく破って礼を言う。
目の前であんなことが起こったのに、意外と冷静なのだなとアルは少し感心していた。
「いえ、我が家で殺人が起こったとなれば寝覚めが悪いですからね。自分のために行動したまでです」
そうアルは恐縮する。
「いえ、それにお披露目会も中止になってしまいましたし……」
お披露目会の中止は、確かに少し残念だった。
まだ、少ししかご飯を食べていなかったのに……。
「それも仕方がないことですよ。それに、あなたが悪いわけではないですからね」
ご飯の件は胸の奥にしまい込み、アルは少女を慰める。
それよりも……。
「それより、何かお話があるのでは?」
アルは本題に切り込む。世間話でお茶を濁してもいいのだが、何か大事な要件なのではないかと感じたからだ。
少女は少し顔を赤らめて下を向く。そして、意を決したように顔を上げた。
「私はアリア・サントスです。サントス公爵の次女で、あなたの婚約者です!」
最期まで読んでいただきありがとうございます。
今回もお披露目会の続編です。
アリア・サントスという可愛らしい婚約者が出来て、アルが羨ましいですね。リアルなら「リア充爆発しろ!」と言いたいところです。
さて、次回は婚姻話の続きと、そのあと少しお話を展開しようかと思います。
アリアが無事でありますように…




