151話 魔の森
鬱蒼と茂っている森には、数限りない気配が蠢いていた。
狼のような魔物の遠吠えが耳に届いたかと思えば、何かが木々をなぎ倒すような音まで聞こえてくる。
灰色のローブに身を包み、以前王都で購入した銀仮面を身につける。
アルのユニーク魔法である「幻影魔法」で姿を変えてもいいのだが、この「魔の森」では出来るだけ魔力を温存したい。
元々、危険な場所であるのに加え、この森で何かが起こっていることは確実なのだから、アルからすれば少しの消費とは言え、節約すべきなのだ。
アルの長けた五感をフル活用しながら森を進んでいく。
一応、魔物の少なそうなルートを選択して進んでいたのだが、勘のいい魔物は森の中に入ってきた存在に気が付いた。
「――グルワァッ!!」
鋭い牙が月の光に反射してアルに襲い掛かる。アルは腰に下げた――黒い剣を引き抜き、鋭く切りつける。
アルの斬撃を受けて、黒い毛皮の狼が地面に横たわる。
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ブラックウルフ
危険度:B
鋭い牙を用いた攻撃が最大の特徴。
あまり群れを成さないことで危険度の割には比較的倒しやすい魔物。
俊敏性と攻撃力に長けている。
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「ブラックウルフ。B級の魔物が何でこんな場所に……」
アルは収納魔法を発動し、倒したブラックウルフを黒い渦の中に放り込む。これを冒険者ギルドに持っていくことは難しそうだが、どこかで役に立つかもしれない。
黒い渦の中にブラックウルフが吸い込まれていくのを確認して、アルは森を進んでいく。
魔の森に入って、大体20分が過ぎただろうか。アルは森の異常性を再確認した。
「……C級のレッドウルフ10頭。いくら何でも多すぎる」
アルは魔物の気配を察知しつつ、出来るだけ魔物に遭遇しないように進んできた。
にもかかわらず、C級の魔物であるレッドウルフ10頭に遭遇している。この森にいる魔物は狼系や猪系、後はウィスプなどの虫系がほとんどなのだが、その中で勇猛かつ索敵能力に長けている狼系と遭遇しやすいのは理解に難くない。しかし、この数は以上過ぎる。
それにしても……。
アルは自分のステータスを確認する。
「それにしても、最近レベルが上がらないな……」
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アルフォート・グランセル(12)
種族:人間(種族値S)
称号:グランセル公爵家三男 神童 神の使い
HP:3,000/3,000
MP:50,000/50,000(上限)
魔法適性:火・風・水・地・闇・光
罪状:なし
状態異常:なし
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野心:4 忠誠度:ーー
レベル:16(各+100/毎)
攻撃力:1,600
防御力:1,600
知力:1,600
俊敏力:1,600
スキル:片手剣(5) 魔法効率(4) 融合魔法(3)
礼節(3) 菜園(2) 教育(3) 体術(3) 事務(3)
調査(3)
ギフト:鑑定眼(2) 魔眼 ギフト無効
毒の使い手
加護:創造神の加護
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野外演習でオークを倒した時にレベルが1つ上がっただけで、それ以降はレベルに何の変動も起きていない。
以前から思っていたことではあったのだが、アルのレベルは他の者たちに比べて上がりにくいようになっているようだ。
例えば、ソーマのレベルは出会った当初はたったの「6」しかなかったのに、もうすでにアルよりも高くなっている。エルメスなどは、アルと同い年なのに「30」を越えているのだ。
勿論、エルメスはアル以上に魔物との戦闘を経験しており、アルよりもレベルが高い事は容易に想像できるのだが、それにしても2倍くらいのレベル差が出来るとは考えづらい。
何より、今回アルが倒した魔物はB級とC級10体だ。それでもレベルが上がらないとすると、考えられるのはアルのレベルアップに必要な経験値が異常に高いということくらいだろう。
アルはステータスを一旦閉じて、周囲を見渡す。
森全体の魔物の数が増えているというのは間違いない。
しかし、見たところ不自然な地形の変化などは起きていないように見える。それと、強力な魔物がかなり森の外側にまで来ているということは……。
森の深部に何かある。
アルはそう結論付ける。森の深部に異常が起こっているから、こうしてB級レベルの魔物があぶれてきているのだろう。そして、それは魔物の大量発生にも一役買っていると思われる。
ただ、そこまで推理を進めてアルは一旦思考を停止する。ここで考えても埒が明かない。今日は遅いし、深部に進むには万全な準備をしておく必要もあるだろう。
「ここらへんで帰るか……」
アルはそう呟いて、踵を返す。すると、数十メートルほど後方で急に強い反応を感じる。アルは急いで近くに茂みに身を隠し、その反応した方角を見つめる。
すると、白い髪に真っ白の肌をした長身の男とずんぐりと丸い黒いフードを被った何かが姿を現した。アルの気配には気付いていないようで、二人はゆっくりとアルの居る方角に歩いて来る。距離が詰まったことで、二人の会話が聞こえてくる。
「――、ブラックウルフ1頭にレッドウルフが10頭。消えたのはこの先か?」
「へぇーへぇー、この先でっせ」
長身の男の問いかけに黒ローブがそう答える。声から察するに、男であり若くはない印象をアルに与える。アルは急いで隠密系のスキルをフル活用して身を潜め、鑑定眼を行使して二人を見る。
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キリギス(1060)
種族:魔族
称号:魔族軍幹部 闘将
HP:10,000/10,000
MP:500/500
魔法適性:闇
罪状:ーー
状態異常:なし
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レベル:110(知+0,防+5,他+15)
攻撃力:1735
防御力:645
知力:0
俊敏力:1735
スキル:大剣(5) 策略(1) 突撃(4)
魔力剣(5) 気配探知(1)
ギフト:ギフト強化(任意の相手のギフトを強化する)
加護:なし
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「――こんな時間に、例の英雄か?」
キリギスという魔族は黒ローブにそう尋ねる。
「例の英雄」というのは、おそらくはベルを指しているのだろうという事はすぐに理解が出来た。そして、キリギスの言い方からして、ベルに対してはそれなりに警戒心を持っているという事が想像できる。
次に、アルは黒ローブを見る。しかし、アルは驚愕する。
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測定不能
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黒ローブの男のステータスだけはアルの「鑑定眼」を用いても見ることが出来なかった。こんなことは初めてで、流石のアルも一瞬驚きを隠せなかった。
しかし、すぐに色々な可能性が頭によぎる。
まずは、アルの知らないスキルや装備の効果。
これに関しては何とも言えないが、世界は広いためアルの知らない装備や技術があっても何らおかしくはない。
次に、アルの「鑑定眼」を無効化するギフト。
グラムのギフトであった「ギフト無効」がそれに近いのだが、グラムの場合は特定の人物にしか発動しないというデメリットがあった。しかし、傍らにいるキリギスのギフト「ギフト強化」でその効果を強めている可能性は非常に高い。
あとは……、そもそも存在していないという可能性だ。
しかし、アルの「鑑定眼」は物にも反応する。そう考えるとこの考えは否定されるのだが……。
アルがそんな思案を続けている間、黒ローブも少し黙り込んで何かを考えていた。
しかし、何か分かったのかぱっと顔を上げる。ただ、アルの角度からは丁度その顔までは見えず、黒ローブが動いていることしか分からなかった。
「……んにゃぁ、あっしでも人間の気配は分からないさかいに。たーだー、この短時間であの数を狩れるんじゃぁ、英雄の可能性もぉなくはないかもしれなくもないでっせ?」
どうやら、黒ローブは魔物の気配を感じ取る能力があるらしい。さっき、キリギスがアルの倒した魔物の数を正確に把握していたのも頷ける。ただ人の気配は探知できないようで、当然アルのことには気が付いていない。
黒ローブの曖昧な返答に、キリギスは眉間に皺を作る。
「――確証が得られないな。今すぐ手駒を動かすか?」
そう言ってキリギスが歩き出そうとすると、黒ローブはその腕を掴んで止める。
「ちょぉっと待ったぁー! さっきのは冗談でまんがな。例の英雄殿は剣術はさっぱりって話でっせ? もーしぃー、例の英雄が来たなら? このあたりは火だるまになってるはずでっせ」
「――なるほど、ならば別の戦力によるものか」
黒ローブの説明に、キリギスはすぐに納得する。どうやらステータスはかなり高いのだが、頭の方はあまり良くないらしい。
「まぁ? ウルフ同士で食い合った可能性もぁ、なくはないでっせねぇー。あいつらはプライドだけは阿保みたに高いやさかい」
「ならいいのだが、一応、反応が消えたあたりを調べてこい。――いいな?」
「へぇーへぇー、了解でっせ」
キリギスは元来た道を帰っていき、黒ローブはアルが北方向、つまりウルフたちの存在が消滅した方向へと歩いていく。アルは二人の気配が消えるのを待つ。
5分ほどして、アルからは二人の気配が完全に消える。このままどちらか片方を追いかけるのも一つの手だが、なにより黒ローブのステータスが分からない以上は追尾するのは危険すぎる。
「……ただ、情報は結構得られた」
アルは暗闇の中そう呟く。今回の件は、自然発生じゃない。
魔族による介入が確実にあるということだ。それに、魔族たちはベルの事を警戒していて、直接的な手出しはできない様子。つまり、キリギスが直接街に乗り込むような展開は考えづらいということだ。
キリギスのステータスは、いかにベルと言っても手に負えないだろう。あれを相手にできるのは、アルしかいない。
このタイミングで、アルがライゼルハークに来たことが奇跡に近い。アルは隠密系スキルをフル活動させたまま、暗い森を駆けていった。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございます!
今回は少し文字数も情報量も多かったかもしれませんね。もうしばらくこのような話が続きますので、お付き合いよろしくお願いします。




