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148話 平和な旅路




 一点の曇りもなく澄み渡った空模様、馬車の旅にはこれ以上なく良い天気だ。たった一週間だったが、やはり故郷というのはいいもので、アルは名残惜しい気持ちを抱きつつ、遠ざかっていく美しい街並みを眺めていた。手には、首から下げられた六芒星のペンダントが握られている。


 六芒星のお守りは古くから魔避けとして重宝されている。これは、前世の知識とも重なる所だが、この世界においては6つの魔法適性の存在によって、その意味を強めている。陰と陽、そして他の本来相いれないであろう存在の調和もこの六芒星には含まれているのだ。


 このペンダントは、出発直前にロンから貰った。ガンマからは剣を貰い、母ミリアからは額にキスを頂戴した。級友の前で恥ずかしい気持ちもあったが、母からの愛情はとても嬉しかった。


 馬車はユートピアの門を抜け、次第に揺れは大きくなる。アルは上下左右に揺られながら、丘の向こうにかすかに見える故郷を、ただずっと見ていた。



 


 馬車はグランセル領への行きと同じで一台に荷物をまとめて積み込み、もう一台に6人が集まって乗り込んだ。1週間以上一緒にいるものだから、それなりに仲も深まり、アルを経由せずとも会話が成立するようになった。もう1か月もせずにアルはツーベルグ魔法王国に留学するつもりなので、彼らの仲が深まることはアルにとってこれ以上なく望ましい状況である。



 ここからベルが治めるライゼルハークまでは約1週間の旅路となる。事前にどこで休み、どこで宿泊するのかなどの計画は完璧に決めてある。途中で嵐や何かしらの災害に遭遇しさえしなければ計画通りに進んでいけるだろう。


 

「そういえば、君のお兄さんはどういう人なのかな?」



 キースは切れ長の目をこちらに向ける。これからライゼルハークに向かうのだ、そこの領主であり眼前の怪物の兄でもあるこの国の英雄の事を知ろうとするのはごく自然な流れと言える。


 アルは「そうですね」と汎用的な枕詞を呟きつつ、どう説明しようかと模索する。



「ベル兄様は、皆さんも知っての通りこの国の英雄です。アイザック王国でも5人しかいない3属性の魔法適性を持っていて、魔力量も高い。魔法の申し子、といったところでしょう」


「へぇー、やはりアルフォート様からしてみても凄いと思われるのですか?」



 魔法についての話題が出てきたことで、リリーは興味津々だった。リリーの魔法の師はアルであり、そのアルがこれほど高く評価する魔術師に興味を抱いたのだろう。


 正直に言うと、アル本来のステータスからすればベルのそれは見劣りしてしまう。しかし、アルという例外を除けば、アルの知りうる限り最強の魔術師であろう。



「ベル兄様は、僕が知る限りでは最強の魔術師です。人類史上2人目の『獄炎』という火属性最高位の魔法を行使できますからね」



 正確に言うと、人類史上で「異端の魔導士」だけが使えたとされる火属性魔法であり、『獄炎』が火属性最高位の魔法かは分からない。魔法陣が現存しているだけで、本当にそれ以上の階級が存在しないのかについて疑問が残る。


 しかし、そんなことをあえてこの場で言う必要もない。いずれにしても、人類史上でも「異端の魔導士」以外で『獄炎』を行使できたのはベルだけなのは変わらない事実なのだから。



 アルがベルの凄さを雄弁に語ると、隣で耳を傾けていたソーマがひょいっとアルの前に顔を覗かせる。



「それって、魔族を打ち倒したっていうヤツか?」



 アルは小さく頷く。



「魔族を打ち倒す……。まさに英雄の所業ですね」



 改めて「魔族討伐」という偉業を身近に感じたのか、クリスは遠い目でライゼルハークのある方向を見つめる。それから、どうやって魔族を討伐したのかなど身内なら知っているだろう質問が幾つか飛んで来た。アルは苦笑を浮かべつつ、その辺りの話は聞いていないんだと返しておいた。


 比較的平和な時間が続いたが、ここまで静かに話を聞いていたルージュが小さな火種を発生させる。



「お人柄もアルフォート様の様に清廉潔白な御方なのでしょうね!」



 人柄。その単語を聞いて、アルは少し表情を引きつらせる。


 ベルの人柄について、アルは一口には語れない。「英雄」という称号によって、学生時代のベルの悪い噂は上書きされ、どこに行ってももてはやされる存在となった。故に、アルの年代の人からすれば、ベルの性格など知りようがないのだ。


 そして、彼らはアルの実家でアルの家族と1週間時間を共にした。その結果生まれたのは、アルの性格はあの環境、そしてあの家族たちによる影響を強く受けているのだという推測。そして、それらは英雄ベルの人柄を説明するのに強い弊害となる。


 アルは微妙な表情を浮かべる。



「……どうでしょう。僕にはとても優しい人なのですが、少し人間不信な所もあって。でも、僕の友達って言えばよくしてくれると思いますよ。たぶん」



 意図せず、言葉尻が曖昧になる。


 アルは人のことを悪く言わない。たった数か月の付き合いでしかない彼らでもその事は痛いほどに分かっていた。そのため、アルのこの微妙な表情が伝染するように、周囲の人間の顔には「不安」の色が陰りだす。



「……急に会うのが怖くなってきましたね」



 リリーはそう呟く。しかし、隣のソーマはあっけらかんとしており、その不安は一蹴する。



「え、そうか? アルの兄ちゃんだぜ?」


「そうだね、彼と同じ血を引いている方なら悪い人ではないだろうしね」



 キースもソーマの言葉に同調する。それにしても、キースの表情がいつにも増して活気づいているように見える。確か、今朝からこうだったような気がするのだが。


 そんなアルの考えは、次のキースの言葉によって明らかになる。



「それよりも、ライゼルハークじゃ市場が広く開かれているから有力な鍛冶師が集まっているって聞くし、もしかしたら『カタナ』について知っている人もいるかもしれない! うん、今から楽しみで仕方がないよ」


「……『カタナ』馬鹿」


「その『カタナ』馬鹿に負けたのは誰だっけ?」


「――っく、次は負けませんから!」


「俺も次は負けねぇぞ!」


「いや、ソーマは勝ってるでしょ」



 キースに突っかかるクリスに、同乗して宣戦布告するソーマ。そして、ソーマの宣言に対して突っ込むリリーの姿。



「アルフォート様、お水です」


「ありがとうございます」



 ルージュから手渡された木製のグラスを受け取って喉を潤す。


 騒がしく、それでいて心地の良い空間。前世にはなかった友達との気の置けない関係に、アルは微笑みながらも、この時間がそう長くはないということに少しの寂しさを感じていた。


 そろそろ日が暮れる。もうじき次の街が見えてくるはずだ。



今回も最後まで読んでいただきありがとうございます!


平和な回が続いておりますね。もうしばらくお付き合いお願いします<(_ _)>

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