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147話 指南と教え




 修練場にはむせ返るような熱気と人の影で充満していた。全員の視線は年の割に大きな青年に向けられ、その美しい顔立ちも青年から放たれる奇跡にも近い斬撃の一遍でも見逃さないように凝視する。


 青年はいつも身につけている、身分からすれば分不相応な粗悪な剣を鋭く振る。振り下ろされた剣は修練場内のどこからか差し込む光を反射して、一本の筋をその空間に生み出す。粗悪な剣のはずなのに、ここにいる誰のどの剣よりも眩い光を放っている。


 その剣筋は夜空に流れる流星のような美しさを孕んでおり、修練場の面々は感嘆とも取れるため息を漏らすしかなかった。



 青い目の青年、アルは、自家の騎士団員100名と甥、級友たちの前で粗悪な剣を振り回している。


 何故こうなったのか、時は1時間前に遡る。





「うわぁ~! 父様、みてみて! すっごいキレイな剣だぁ~」



 アルによって手渡された新しい剣に、甥っ子であるロンは無邪気な笑顔を浮かべ、その剣を父であるガンマに見せびらかしている。ガンマはそんな可愛らしい息子を見つめつつ「よかったね」と言いながら頭を撫でる。その光景はまさに父子の親愛であり、昔の自分とレオナルドを重ね、アルは小さく微笑む。


 ロンは剣を鞘から引き抜いて、2、3振ってみる。すると、質のいい剣特有な少し甲高い風切り音が耳に届く。その音を聞いて、ロンはぱぁっと顔を綻ばせている。



「カインさんにも。ロンほど高価なものではありませんが……」



 アルはそう言ってもう一振りの小剣をカインに差し出す。すると、カインは鳩が豆鉄砲を食ったように目を丸くさせる。



「そんな、私如きに、こんな……」

「いえ、ロンの指南役を頼んだのは僕ですし、カインさんにはいつもお世話になっていますから」



 実を言うと、ロンの剣術の指南役をカインに頼んだのはアルだった。アルがグランセル公爵領を出た時、既にカインは騎士団の要職についていた。それゆえ、まだ幼いロンの剣術指南役はもっと端役の誰かに振られるはずだったのだが、ロンの剣術の才能を見抜いていたアルは、それではロンの成長に悪影響があると考えた。


 そこでアルが頼んだのがカインだった。カインはロンと同様に「スキル上昇」というギフトを持っており、アルが直接剣術を教えた一人でもあり、ロンの剣術指南役としては適任だった。


 事実、ロンはめきめきと剣の腕を上達させ、剣術だけならキースと同レベルくらいまでは至っていると言える。


 アルは少し強引に剣をカインに押し付ける。カインの腰には既にレオナルドから与えられた立派な片手剣が携えられているので、ロンの剣と比べると少し小ぶりな小剣を準備していた。


 アルから小剣を受け取ったカインはその場に跪き、小剣を左胸あたりに当てる。



「大事に使わせていただきます!」



 眼前に跪く大人の図に少し戸惑いながら、「忠誠はガンマ兄様にお願いします」とだけ答える。カインの師匠は間違いなくアルだったが、忠誠を誓う相手は彼が背中を向けているガンマだ。そこだけは忘れないようにと釘を刺す。


 プレゼントは概ね好評なようで、アリーナやクランなどにも渡し、平和な時間が流れていた。しかし、そんな平和な時間を遮るような提案がロンから発せられる。



「アル兄様! 剣を教えて!」



 無邪気な笑顔がアルに向く。今日はゆっくりと過ごすつもりだったのだが、この笑顔を無下にできる策をアルは有していない。



「分かった。じゃあ、修練場へ行こうか」


「うん!」



 アルはロンにだけ提案したつもりだった。しかし、その場に同席していた級友たちも共に立ち上がる。



「アルフォート様が行くなら、私も同行します!」


「あ、俺も!」


「今日は私も行こうかな」


「絶対に何かを盗んでみせます!」


「皆が行くなら、俺も行こうかな~」



 各々に声を上げながら手元の剣を握りしめる。その声の波はそこで留まることなく……。



「私も久しぶりにアルフォート様の指南を受けたいです。頂いた剣も使ってみたいですし」



 後ろに控えていたカインも手を上げる。久しぶりにアルの剣術を見て、自分の理想を再確認したいという目的と、ついさっき貰った剣の試し斬りがしたいという2つの願望が彼の中にあり、居ても立ってもいられない様子だった。


 当初は、ロンの剣の腕を確認するだけのつもりだったのだが、こうも人数が増えてはそうもいかない。アルが少し困った顔をしていると、その場にいたガンマが妙案を思いついたかのようにポンっと手を叩く。



「そうだね。それなら、今日残っている騎士団員にも指南してもらおうかな」


「え?」


「アルが居なくなってからの1年半で、騎士団に入団したいっていう見習いの数が増えてね。できれば一度、見本となる剣技を披露してあげて欲しいだ。ダメかい?」



 ガンマはアルにそう尋ねる。


 グランセル公爵領内の実情についてはあまり詳しくないが、今王国内で英雄とされているベルに縁のある領地だ。英雄志願者がグランセル公爵領内に流れてきていてもおかしくはない。


 しかし、アルはその時数を見誤っていた。言っても、半数以上は警備や休養日でこの屋敷内にはいないだろう。そう考えていた。せいぜい30名くらいの前で剣術を見せるならそこまで苦ではない。恐らく、見せるだけでなく指導も行うことになるだろうことは予想されるが、それくらいの数なら何でもないと思っていた。


「僕は大丈夫ですけど」


「じゃあ決まりだ。カイン、皆に声をかけるんだ」


「はい! すぐに」



 カインはそう言って部屋を飛び出る。


 こうして騎士団員の前で剣術を披露することになったのだが……。






「……おぉ! すげぇー……」



 齢12くらいの少年だろうか、食い入るようにアルの動きを見ている。その横にいる女子は顔を赤らめていてあわあわと口を開けたり閉じたりしている。その後方の、15,6の青年たちはあっけにとられたように茫然としており、そこには絶望にも似た何かが映し出されていた。


 アルは一通りの型を披露し終えると、皆に向かって一礼をする。すると、修練場内には割れんばかりの拍手が響き渡った。



「やっぱり、アル兄様はすごいよ! ねぇ、最後のって新しい技だよね。どうやってやるの?」



 一番前の特等席でアルの剣術を見ていたロンからそんな質問が飛んでくる。


 最後にアルが見せたのはキースとの訓練の間に作った技だ。キースの必殺技である「燕返し」をアレンジした物で、神速の2撃目の後に一旦距離を取り、3撃目の突きを組み合わせたものだ。強靭なボディバランスと剣裁きが必要となり、一瞬の気のゆるみも見せられない集中力がないと完全再現は難しいだろう。


 しかし、言語化して伝えることでロンの――ひいてはこの場にいる騎士たちの底力を上げることにはつながる。



「さっきのは素早い3撃をほぼ同時に放つ技で、僕が今できる最大難度の剣技です。ただ、皆さんにはまだ難しいでしょう。ですので、まずは基本の構え、そして突きと払いを教えて、最後に連続技を教えていきます」


「「「はい!!」」」


「「は、はいぃ!」」



 アルの言葉に、以前から騎士団に所属していた面々がそろって返事をする。その面々の目には強い覚悟と尊敬の火が灯っており、最近入った面々は彼らの本気さに少し気おされながら返事をした。



 それから2時間、修練場ではアルによる特別訓練が実施され、現存戦力の大きな底上げに一役買ったのであった。









 1週間は瞬く間に過ぎていった。


 

 滞在期間中にもう一度だけ騎士団の指南を行い、級友たちを街に案内したり、グランセル領の新たな産業である「レジャー産業」の草案作りなど、久しぶりの帰郷は多忙を極めた。ゆっくりするような時間などアルには無く、常に何かをやっていた気がする。


 といっても、別に嫌ということではなかった。



 コンコンッ


 扉をノックする音がアルの耳に届く。明日は出発の日であり、準備はもう済んでいた。最後の晩餐も済み、後は就寝するだけといったところだったのだが、アルの飛びぬけて長けた五感情報が扉の向こうの人物を勝手に導き出してしまう。



「どうぞ」



 アルがそう言うと扉はゆっくりと開かれ、金色で真っ赤な瞳の男の子が立っていた。父ガンマをそのまま小さくしたような、その男の子は手に一冊の本を持っていた。



「……お母様はダメだって言ったけど。その、明日にはアル兄様いなくなっちゃうし、今日は一緒に寝てもいい?」



 可愛い顔を傾けて、上目遣いにそう尋ねる甥っ子に、アルは自然と笑みがこぼれる。確か、1年半前にもこうして夜中に部屋にやってきたかな。アルはそんな記憶を思い出しつつ、いいよ、おいでとベッドをぽんぽんと叩く。すると、花が咲くように表情を賑やかにさせてロンが駆けてくる。


 ロンは勢いよくベッドにダイブし、アルはその隣に腰かける。



「あのね、このご本を読んで欲しいんだ!」



 ロンは一冊の本をアルの前に差し出す。この表紙は随分懐かしい。

 

 表紙に描かれた勇者は魔王と思しき存在に聖剣を向けている。伝承ではこの後、打ち滅ぼされたらしい一コマを切り抜いた物がそこには描かれている。



「いいよ。んんっ、昔々、アルタカンタは魔族によって支配されていました。世界は暗澹(あんたん)とした暗闇に覆われ、人々は絶望を胸に、次は我が身と不安を抱えながら――」



 アルは次々とページをめくっていく。すぐに寝てしまうかなっと思っていたアルだったが、ロンは嬉しそうに、それでいて興奮気味に本を覗き込んでいて、全く眠る気配はない。


 丁度、勇者が猪の魔物を仲間に引き入れた場面で、ロンは小さく首を傾けた。



「ねぇ、何で猪の魔物は泣いたのかなぁ」



 ロンはそう呟く。


 場面は、悪い魔物と思われていた猪の魔物を退治するのではなく、話し合いで解決しようとした勇者ユリウスを猪の魔物が「真の勇者」として認めるシーンだった。一見すると、そこまで引っかかりを覚えるような場面ではない。昔話というのは少しオーバーに語られることが多いし、この場面で本当に猪の魔物が涙を流したのかは定かではないからだ。


 しかし、子供は目ざとい。こういう場面で、どうして泣いたのか気になるのだ。アルは少し考えてから、口を開く。



「ロンはどうしてだと思う?」



 ロンは、うーんと少し悩みだす。



「……やっぱり、勇者ユリウスの優しさに感動したからかなぁ」



 ロンはそう結論付ける。勿論、それはそれで正解だろう。何より、自分で考えて答えを導き出すというこのプロセスが大事なのだ。


 しかし、もう一つ大事なことがある。



「そうかもしれないね。でも、僕はちょっと違う考えなんだ」


「どんな?」



 ロンはそう尋ねる。



「猪の魔物は自分の弱さを認めたんだよ。自分を守るために暴力をふるって、それが当然だと思って。だけど、勇者ユリウスの『話し合い』という解決方法があるって知って、今まで自分がしてきた悪行を後悔したんじゃないかな」


「……そっか。猪の魔物は強くなったんだね!」


「そうだね。自分の過ちを認めるのには、心の強さが必要だからね」



 アルはそう言ってロンの頭を撫でる。ロンは嬉しそうに体を揺らしながら「続き読んで!」と次のページに行くように催促する。アルは苦笑いを浮かべつつ、ロンが眠るまでページをめくり続けた。




 小さな寝息が聞こえる。


 今開いているページは異端の魔導士が村で小さな女の子を保護するシーンだ。その少女の名前は「ナノ」。今この場面では名前を明かされていない重要人物だ。



「……ナノ。それに、過ちを認める強さ、か」



 その先の展開を知っているアルは、感慨深くそう呟く。その呟きは隣から発せられる小さな寝息とこだまして、深い夜空に吸い込まれるように消えていった。




今回も最後まで読んでいただきありがとうございました!


面白い、続きが気になると思っていただけたなら、ブクマ、評価、いいねなど頂けると嬉しいです!

あと、感想やご意見などもいただきたいです。


欲を言えばレビューを……(ボソっ

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