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146話 時間と隔たり

※今回はアル視点ではありません。




 アルとガンマが執務室で話をしている間、グランセル公爵家の修練場ではソーマ、クリス、キースの三人と、カインとロンがいた。


 ロンの午後の日課である剣術指導を見学するため、この三人は修練場へ付いて行き、リリーとルージュはアルの母であるミリアの部屋に行って、色々と話を聞くのだという。


 

 グランセル公爵家の修練場は相当な広さがあり、ここでは沢山の騎士たちが日々訓練を行っている。基本的には、一週間のうち3日間訓練を行い、3日間騎士としての仕事を行い、1日だけ休養日を与えられるというのが騎士団の日常だ。勿論、何か用事がある時は急遽休むこともあるし、緊急事態時には訓練の日数を騎士としての仕事の日数とすることもある。



 カインはグランセル公爵家騎士団の団長補佐として地位を得ており、その傍らでロンの剣術のお目付け役という職務も得ていた。訓練時間と職務時間の一部をロンの剣術指南に当てている。



 八歳の男児が体が一回り程大きな大人に対峙する。グランセル公爵家内では日常の光景であるが、見慣れないソーマ達からすればそれは異様な光景に映る。何より彼らを驚かせるのは、ロンの自然な立ち姿である。


 剣術において、立ち姿は重要な意味を持つ。踵に重心があるのか、それともつま先に重心があるのかというこの二点だけでも動きを読まれることがあるし、体が左右に傾いていないか、つま先がどちらに向いているのかなどの細かな部分でさえも、剣術の一部なのだ。


 それに対して、ロンの立ち姿は異常なほど自然である。そして、それに対峙するカインも同様に一点の曇りのない立ち姿をしている。見ている側からすると、どちらが先に仕掛けるのか、そしてどちらが動き始めるのかさえも見えない。



 静寂が10秒ほど続く。その静寂を翻し、先に仕掛けたのはロンだった。



「――ッ!」



 滑らかで、それでいて鋭い斬撃がカインを襲う。小さな息遣いが聞こえる間に、既にロンは距離を詰めており、今まさに剣先がカインに届こうとしている。しかし、カインはその剣をいともたやすく裁き切ると、一撃二撃と鋭いカウンターを繰り出す。ロンは上手に体を翻しながらその攻撃をいなすと、攻撃によってできたわずかなカインの隙を探す。そして、三撃目を繰り出そうとしているカインの左わき腹に向けて一撃を見舞う。


 実に完璧な流れだったが、それはカインによって意図的に生み出された隙であり、カインは攻撃の手を反転させてロンの斬撃をはじき返す。すると、その衝撃でロンの体は左へ傾き、そこで勝負が決まる。


 両者ともに剣を下ろし、一礼をする。指南役のカインは、ロンの傍に寄って先ほどの戦闘の評価を話し出す。



「とてもいい剣筋でしたし、読みも的確でしたが、誘われたことに気が付かなかったのが敗因ですね。あそこは一旦引いて、もう一度体勢を立て直してから立ち合うのが正解です」


「……そっか! 一旦離れていれば良かったんだ」



 カインはその後も細かい部分の指導を行う。例えば、強攻撃の防ぎ方や剣を弾かれた時の対処方法、その他足の出し方など挙げだしたらキリがないほど細かい部分にまで的確な指導を行う。


 傍らでその様子を見ていたソーマ達は目の前で繰り広げられている高度な剣術指南に舌を巻く。



「凄いですね……。私もダンジョンで力を付けたつもりでしたが、単純な剣術では差があり過ぎます」



 ここに来るまで、クリスたちはダンジョンで経験を積んできた。まだ、自分の進むべき道は明確には見えていないが、魔物との戦闘を経て、身体的な成長は感じていた。剣術の方も、一撃必殺の剣だけでなく、弱攻撃を織り交ぜたバリエーション豊富な剣術を取り入れるようになり、攻撃の幅は広がりつつあると実感していた。


 しかし、それだけでは目の前の少年にはかなわない。もっと根本的に、自分の根幹をなす剣術の真髄を決めない事には、いずれ経験を積んだ彼と天と地ほどの差が出来てしまう。



 一通りの指導を終えて、カインとロンは3人の元へ歩いて来る。



「すげぇな! やっぱり、アルの甥っ子だけはあるな!」


「へへっ。……でも、アル兄様には勝てないよね。カインさんに剣術を教えたのもアル兄様なんでしょ?」


「えぇ、剣術だけじゃなくてアルフォート様には色々なことを教わりました」


「……一回りも上の人間に剣を教えたって。流石はアル君だね」



 キースはそう呟く。


 この二人でさえ、相当な剣の達人であるのに、その大本は自分と同じ学年の青年だという。確かに、ここ最近のアルの指導によって、キース自身も強くなっている実感はある。しかし、彼らとはその年月に差があり過ぎる。


 ここにはいない級友に、キース達は畏怖と尊敬の念を感じざるを得なかった。








 ロンの午後の稽古を見学しに行った3人を見送った後、リリーとルージュは館内のメイドに案内されて、アルの母であるミリアの部屋を訪れていた。


 この国では珍しい黒髪を持つ美女であるミリアは、先ほどの食事会でも同席していたが、その美貌には小さなため息が出てしまいそうだった。



 リリーたちはミリアに促されてソファに腰かける。平民であるリリーは当然だが、伯爵令嬢であるルージュでも驚いてしまうほど腰かけたソファが沈み込む。一体いくらお金がかかっているのか、彼女たちには想像もつかなかった。


 ミリアはルージュたちにお茶を振る舞い、お菓子を勧める。


 最初こそ緊張していたリリー達だったが、ミリアと少し話しただけで穏やかな気持ちに変わっていた。あのアルの母であるだけあって、ミリアは賢く、それでいて人に安心感を与える天性の母性を持っていた。その母性は、両親に強いトラウマを持つリリーでさえも優しく包み込んだ。



 最初はミリアが聞き手に回り、学園でのアルの様子を興味津々で聞いていた。しかし、ルージュの「幼少時代のアルフォート様はどのような御方だったのですか」という問いかけによって、ミリアの一人語りが始まった。



「――それでね、アルったら3歳の時には文字の読み書きを覚えちゃって、それからはずーっと本ばっかり読む子になっちゃって。それなのに、フラッと厨房に行っては新しいメニューをダン、料理長に注文したり、騎士団の指導まで行いだして、今じゃ団長補佐のカインは王国でも指折りの実力者になってしまったの」


「やはり、神童の名は伊達ではありませんね! 魔法は誰から教わったのでしょうか」


「魔法は家庭教師だったギリスから教えてもらったみたいね。だけど、魔法陣の研究を個人的に始めてからはギリスじゃ手に負えなくなったみたいで、ギリスはよく頭を抱えていたわね」


「家庭教師を困らせるなんて、昔から変わらないんですね……」



 リリーがそう呟くと、ミリアは少し困ったような表情を浮かべつつ苦笑する。



「ふふっ、でも可愛いところもあるのよ。コレ、五歳の時にアルが私にくれた髪飾り。それに、今付けているイヤリングもついさっき私にくれた物なの。いつも周りを気にしていて、使用人でも、メイドでも、獣人でも……。誰にでも変わらずに耳を傾ける、そんな子なのよ」



 ミリアは嬉しそうに自分の息子のことを話す。リリーにとって、アルとの付き合いは半年弱のものでしかないが、ミリアの言っていることはよく分かる。


 平民の自分たちを友として尊重し、スラムの女の子を使用人に迎える。強くなりたいと願う者には手を差し伸べ、それでいて決して驕らない。そういう人だ。



 ミリアは花柄のティーカップを少し傾ける。そして、綺麗な瞳を細めながらそれをソーサーに戻すと、真剣な眼差しを二人に向ける。



「……ルージュさん、リリーさん。もしあの子が困っていたら、どうか力になってあげて。あの子は人を頼らないから、もしあの子の手に負えないようなことがあったら、手を貸さなくてもいいから、優しく話を聞いてあげて欲しいの」



 それは切実なる願いだった。


 アルは何でもできる。だからこそ、人に頼らずに自分で解決しようとしすぎる傾向にあった。クロムウェル伯爵の件がまさにそれだった。


 手を貸してくれとは言わない。ただ、味方であると言ってくれる人が息子の傍に居てくれるだけで良いのだ。そんな母の本心が、その言葉に現れていた。



 真剣で、切実な願いを受けて、ルージュは勢いよく立ち上がり、その場で傅く。



「私は、王国騎士団を目指しています。でも、もしアルフォート様が叙勲なされたら真っ先に騎士団を抜けようと思っています。そして、一番乗りで騎士の誓いを立てる覚悟です!」



 その場にいたリリーには、彼女がどうしてそこまでアルに対して忠誠心を持っているのか分からない。それはミリアも同様で、少し驚いたような表情を浮かべている。


 リリーには、ルージュほどの覚悟はない。覚悟はないが……。



「……私はルージュさんのように騎士になる覚悟はありませんが、友人として、力になりたいと思っています」



 今のリリーが言える限界がここだった。アルには友人としてだけでなく、自分の可能性を教えてもらったという恩がある。だから、いずれはこの恩を同じくらい、いや、倍にして返したいとは思っていた。しかし、アルのことを知れば知るほどそれがいかに難しいことなのか知った。


 でも、話を聞くくらいなら自分にもできる。それで、ミリアが安心するなら、アルの力になれるなら幾らでも聞くつもりだ。



 二人の言葉を聞いて、ミリアは目に涙を溜めながら小さく頷く。



「ありがとう。貴女たちに会えて、本当に嬉しいわ。あの子のこと、どうかよろしくね」



 リリーたちは、その言葉を、その光景を胸に刻み込むのだった。いつ来るか分からない、もしかしたら永遠に訪れないかもしれないその時のために、忘れないように、風化させないように。


今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。


今回は別視点でのお話でした。楽しめたなら幸いです。


そろそろ、話を進めないと飽きられそう。だけど、急にテンポアップもできないので、もうちょっとこのペースが続くと思います。

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