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144話 愛情とお返し




 白を基調とした街並みが徐々に近づいて来る。馬車が増えたことで積み荷を分散させることができ、予定よりも早くユートピアの街に辿り着いた。まだ日は高く、丁度真上に上がったくらいだ。



 他の街と比べると高い石の壁で周囲を覆われ、大きな大門から中の街の活気が覗ける。王国の中では東側に位置するここユートピアの街は、長い歴史を持つグランセル公爵家の屋敷がある街であり、その屋敷の周りに大きな市場が形成され、商人たちが集まる大きな街に発展していた。



 大門をくぐると、街の全容が顔を出す。アル以外の5人は小さな歓声を上げた。王都に住んでいる彼らからすれば、ユートピアの街はそこまで驚くほどの規模とは思えないのだが。


 特に強く反応したのはルージュだった。ルージュは大きな瞳を輝かせながら街を眺め、忙しなく首を動かしている。



「ここがアルフォート様を育んだ街ですか! どことなく気品の溢れる街並みに、白いイメージと言い、アルフォート様をそのまま映したかのようです……」


「それは言い過ぎだけど。……確かに、綺麗な街だと思うよ」



 ルージュの言葉に突っ込みを入れつつ、キースもユートピアの街を称賛する。他の面々も口々に感想を述べるが、やはり皆「綺麗だ」「活気がある」と列挙する。すると、その賞賛を受けてクランが嬉しそうに頬をかく。


 

「それは嬉しいですね。この町はレオナルド様やガンマ様が一番手を入れている街ですからね。勿論、領内全ての町や村々にもお気を配っていますが、やはりこの街は特別ですからね」



 そう言ってクランは遠い目をさせながら見つめている。クランにも故郷はあるが、その故郷ではあまりいい思い出がない。クランにとって一番愛着があるのは、自分を受け入れてくれたこの街なのだろう。


 感傷に浸りつつも、クランは屋敷を指さす。



「――あちらが、グランセル公爵家の屋敷です」



 クランの指さす方角には貴族の屋敷としてもかなりの大きさを誇る邸宅が聳え立っている。








 グランセル公爵家の屋敷の前ではそわそわしながら待っている3人の人物がいた。彼らは5日前ほどに届いた手紙によって、アルが帰還することを知った者達だ。本来ならば仕事に忙しくしている時間帯なのだが、そんなことは最早考えていない。ただ一刻も早く会いたいという彼らの思いがその場に突き動かしていたのだ。


 4台の馬車が公爵家の門をくぐる。必然的に二人の視線もそちらへ向いた。ゆっくりと進んでくる馬車は、二人の待つ邸宅の10mほど手前で停車すると、ぞろぞろと中から人が出てくる。


 そして、最後に出てきた人物を見つけ、待っていた3人の内の大きな男性、待ち人の兄であるガンマは頬を綻ばせる。



「――アル! 久しぶりだね!!」



 金髪に青い目。すらっとした体格の青年となったアルを見て、ガンマは懐かしさと垣間見える成長に対する誇らしさを胸に募らせる。


 青い目がガンマをとらえると、アルも無邪気な笑顔を浮かべ、ガンマのいる邸宅の方へ歩いて来る。



「お久しぶりです、ガンマ兄様!」


「また大きくなったな。それに筋肉もついたかい? 顔だって逞しくなってきたし、それに――」


「――アル兄様ぁ!!」



 ガンマの言葉を遮るように、待ち人の小さな方、甥のロンがアルの胸に飛び込む。ロンはアルのことを兄の様に慕っており、アルもロンを弟のように可愛がっている。その姿は幼い頃の自分とベルのようで、ガンマは懐かしさをかみしめる。


 自分の胸に飛び込んできたロンを受け止めて、アルは少し驚きながらも微笑ましい気持ちを抱きながら彼の頭を撫でる。自分と同じ金色の髪を持つ少年は、1年半でかなり成長しており、顔もどことなくガンマに似てきている。



「――ロン。ふふ、久しぶりだね」


「僕、剣強くなったんだよぉ! ちゃんとアル兄様の教え通り毎日、毎日剣も振ってるしぃ、カインさんにもいつも教えてもらってるっ!」



 無邪気な笑顔でロンは掌をアルに見せる。未だ小さな掌だが、毎日剣を振っているからか所々皮膚が堅くなっている。



「ロンはえらいなぁ!」


「へへっ!」



 アルに褒められたことが本当に嬉しかったのか、ロンは小さな指で頬を掻く。人は認められたい生き物であり、それが自分の慕う人間ならば尚の事嬉しいのだ。


 まだまだ話したいことがいっぱいあるのだろうロンはキラキラとさせた目でアルを見ているが、後方から歩いて来る一人の女性の声に遮られる。



「ごめんね、アル君。……ロン、アル兄様はお母様の所へ行くところなの。だから、こっちにおいで」



 ロンの母、アリーナはおっとりとした笑顔でそう言う。以前から穏やかな性格であったが、この一年で更に母親らしさが追加されている。母親からの言葉に、ロンは少し残念そうではあるが、アルから離れる。そして、小さく頷いて頭を下げる。



「そっかぁ。ごめんなさい」


「ううん、大丈夫。僕もロンに会えて嬉しいからね」



 小さな頭を再度撫でながら、アルは「ごめんなさいできて偉いね」と伝える。8歳の子供というのは、意外と悪いことをしたときに謝れないことが多い。それに、ロンは公爵家の跡取りであるガンマの長男。その傾向が強く出てもおかしくは無いのだ。


 しかし、そこはガンマとアリーナの子供。元々物分かりが良く優しい心を持っていたロンは、自分の長所を見失わずにすくすくと育っているらしい。



 アルはガンマたちに一礼して、東館の方へ入っていく。後で執務室へ来てくれとガンマに言われたので、昼食の後に向かいますとだけ返した。






 東館の廊下を進んでいると、後ろを歩いていたリリーが声を発する。



「さっきから美形ばっかりですね」


「まぁ、彼の家系って考えたら妥当だけどね」



 リリーの呟きにキースが追従する。アルの家系、グランセル公爵家の人間は例にもれず皆美形ぞろいだった。公爵家当主であるレオナルドに、カリーナ、ミリアと親が全員美形であるため、その息子であるアル達も必然的に容姿に恵まれる。ガンマのパートナーであるアリーナも容姿に恵まれており、ロンはガンマの容姿を強く遺伝しているため、これまた整った容姿をしている。


 普段から見慣れているアルからすれば特に気にならない事なのだが、初めて会うリリー達からすれば想像を超えた出来事だったのだろう。


 アルの兄、ガンマの話でリリー達が話をしていると、少し歩くスピードを速めたソーマがアルの隣に並ぶ。 



「さっきの子がロンか?」


「うん。ロンはかなり前から剣術の訓練を受けているから、実力はかなりのものだよ」


「……はぁ、相手をする者の気持ちも考えてください」



 クランは頭を抱えてため息をつく。しかし、アルは小首を傾げていて、クランが何に対して呆れているのか分かっていなかった。


 廊下を歩いていると、東館の突き当りに行きつく。アルの実母であるミリアの部屋がある所だ。アルは扉の前に立ち、右手でノックをする。



「母上、アルフォートです」



 中から「どうぞ」という声が聞こえる。懐かしい、母の声だ。


 アルはノックしたままその場で固まっていた右手の緊張を解き、そのまま下へ移動させてドアノブを握る。冷たい金属の感触を感じつつ扉を開けると花のようないい香りがアルの鼻腔を満たしていく。



「やっと帰ってきた。また大きくなったんじゃない?」



 ミリアはそう言って微笑む。一年半ぶりの再会だが、アルの中のミリアは何一つ変わっていない。第一婦人であるカリーナの事も母として慕っているが、ミリアはその感情とは少し違う。見ただけで安心する、そんな無条件の安心感がそこにはある。 


 アルは部屋に入ると、アルの後を追うようにクランと級友たちが部屋に入る。



「ライゼルハークから直接王都へ向かったので。紹介します、クラスメイトのリリーさん、クリスさん、それにソーマ。そして、こちらがルージュさんとキースさんです」


「お、お初にお目にかかります!」


「「「「よろしくお願いします」」」」



 アルの紹介の後に各々が挨拶をする。ルージュが一人堅い挨拶だったが、他の四人は語尾にはバリエーションがあったが、大体同じ挨拶だった。



「あらあら、可愛らしい女の子がいっぱいねぇ」



 ミリアは少し意味ありげな笑みを浮かべながらそう呟く。



「クランが貴方たちの部屋を用意しているから、自由に使ってちょうだい。たった一週間だけど、自分の家と思ってくつろいでね」


「では、私が皆さんをお連れします」



 クランはそう言ってアル以外の五人を連れて部屋を出ていく。部屋にはアルとミリアだけが残り、さっきまであった人の熱が消え去り、二人だけの空間が形成された。黙っているアルを見ながら、ミリアは頬に手をやりながら言葉を発する。



「……何かあったのね? 話してごらんなさい」



 手紙には何も書いていないにも関わらず、たった一瞬アルの表情を見ただけで何かあったのだと察するミリアに、アルは少し驚く。しかし、やはり自分の母親なのだなと納得できる自分もいた。


 アルは一つ深呼吸をしてミリアを見る。



「実は――」



 ライゼルハークで執政に関わった件、王都へ向かう道中でクロムウェル伯爵の事件に巻き込まれた件、陛下の名で第6王女の護衛を任せられた件、そして、その護衛の任を解かれた件……。言えない内容は伏せながらも、アルは殆ど全てのことを母に打ち明けた。


 ミリアはただ黙って、時々小さく頷きながらも、何も言わずにアルの声に耳を傾けた。そして、冷めてしまったティーカップに口を付けてると、優しい微笑みをアルに向ける。



「――そう、貴方も色々大変だったのね。どうやら、アルには受難の相があるみたいね」



 受難の相。確かに、そうかもしてない。


 アルはトラブルに巻き込まれやすい体質であることは間違いなかった。それは日本で神崎奏多として生きている時も同じであり、ここアルタカンタで生きるアルフォート・グランセルも同様なのだ。


 日本では、幾度となくその体質に悩まされた。最終的には祖父、祖母までもを失い、失意のどん底に突き落とされたくらいだ。自分の体質を正面切って告げられると、アルの心は自然と落ち込んでいく。


 しかし、ミリアの言葉は続く。



「でも、決して悪い事じゃないわ。母としては心配だけど、人として大きく成長できる好機なのですから」


「成長できる好機、ですか」



 アルは繰り返す。ミリアは真剣な眼差しでアルを見つめ、言葉を紡ぐ。



「えぇ。貴方がすぐれているから、貴方を挫折させようと世界が勝手にそうさせているの。だから、アル、貴方には他人には到底乗り越えられないような大きな試練が与えられている。でもね、それは貴方を、1人の人間として成長させる好機と考えなさい。……でも、それを一人で乗り越えようなんて思ってはダメよ。時には振り返って、時には助けを求めるの。そうしたら、貴方が人に与えた分、誰かが貴方の力になってくれるから」



 ミリアの言葉はアルにとって、いや、神崎奏多という精神体にとって、目から鱗が落ちるようなものだった。


 人は挫折を繰り返して強くなる。世界は人を挫折させようと試練を与える。だから、優れた人物を挫折させようとより強力な試練を用意するべく世界は勝手に変化する。


 アルは、神崎奏多は常にそれを一人で解決しようとしてきた。でも、もし他の人を頼るという事が出来ていれば、もし弱音を吐いていたら、もしかしたら未来は違ったのかもしれない。奏多は自分の身に降りかかる全てを日常として落とし込んだ。そして、その結果が「破滅」だ。


 それならば、アルはどうすべきか。



「……そうか、そうなんだ」



 アルは小さく微笑む。目にはほんのり涙が溜まっている。


 やはり、母は偉大だ。もし他の人が同じことを言ったなら、どれだけアルの心に響いただろう。いかに高名な学者でも、いかに尊大な国王でも母の言葉にはかなわない。


 アルは胸ポケットに忍ばせていた小さな袋を取り出し、ミリアに手渡す。



「遅くなりましたが、王都のお土産です」



 アルからのお土産にミリアは目を見開いて驚く。小包を開いてみると、そこにはアルの瞳の色と同じ澄んだ青色の宝石があしらわれたイヤリングが出てきた。



「――まぁ、綺麗なイヤリングねぇ」



 ミリアはそっと指でイヤリングを撫でながら、目を伏せる。そして、左手で目元を隠しながら目の前のイヤリングを眺める。



「まさか、お腹を痛めて産んだ息子からこんな素敵な贈り物をされるなんてねぇ。……やだ、涙が」



 カリーナが喜怒哀楽を素直に表現するのに対して、ミリアはあまり顔に出さないタイプだ。時たま、嫉妬してみたり、怒ってみたりするお茶目な面もあるが、どれも本気のそれではない。


 だから、目の前で涙を流す母は意外だった。アルは珍しい母の顔を脳裏に焼き付けながら、また嬉しい涙を流させてあげたいと思うのだった。









 ミリアの部屋を出て、アルは自分の部屋に向かう。ミリアの部屋で20分ほど話し込んでしまったため、おそらくソーマ達は荷物を部屋において食堂に集まっていることだろう。しかし、アルにはもう一人会っておきたい人物がいた。


 階段を駆け上がり、自室へ向かう。心なしか歩く足は速い。


 自室の扉を開けると、そこには獣人メイドのニーナがいた。ミリアが言っていた通り、ニーナによって毎日掃除されている自分の部屋は一年前と何ら変わっていない。いや、少し髪が伸びて、大人っぽくなったニーナだけが変わっている。

 

 飛び込んできたアルを見て、ニーナは嬉しそうに微笑んだ。



「――アルフォート様、おかえりなさいませ!」


「ニーナさん! 本当にお久しぶりです!」



 そう言ってアルはニーナの前へ歩いていく。以前はアルよりも背が高かったニーナだが、いつの間にか追い越していて、ニーナが女性なのだと改めて実感する。と言っても、彼女は自分のおしめを替えてくれていた人物であり、恋愛感情というよりも親愛の気持ちの方が強い。


 アルは後ろ手に隠し持っていた小箱をニーナに差し出す。手のひらサイズの小箱は綺麗に装飾されており、箱から高級感が漂っている。


 ニーナは小箱を受け取り、箱を開ける。すると、アルが以前あげた「ナナシ草」の装飾が施されたペンダントが顔を見せる。



「……これを、私に?」


「はい! 以前上げた『ナナシ花』のブローチも随分傷んできましたし、新しい贈り物を用意しました」



 彼女の胸元には以前アルがあげた「ナナシ花」のブローチがある。彼女は常にそのブローチを身につけており、8年の月日を感じさせる。


 しかし、やはり物は風化する。痛み始めたブローチに変わる装飾品をプレゼントしたいと思ったのだ。



 アルのその気持ちはニーナに正しく伝わった。一人の使用人に、それも獣人であるニーナに対して変わらない親愛を抱いてくれているアルに嬉しく思いつつも、ニーナはそれを受け取っていい物かと悩む。



「……そんな、気を遣われなくても」


「いえ! ニーナさんは僕にとっては姉のような存在なのですから!」



 アルは優しく微笑む。その微笑みはずっと変わらない、温かさがあり、「姉のような存在」という言葉がニーナの心を暖める。


 アルは賢いので、ニーナが獣人であること、そして自分の周囲に獣人を置くことで自分に対するデメリットを承知しているだろう。しかし、アルはそれを知りつつもニーナを受け入れ、更に「姉」として慕ってくれているのだ。


 ニーナはペンダントを見つめる。「ナナシ草」は約3000年前に勇者が魔王を討伐した時に咲いたと言われている伝説上の植物であり、人族にとっては非常に意味のある物だ。それを与えられた事で、ニーナは人族として受け入れられているというアルらしい気配りを感じる。


 本当に、変わった人だ。


 ニーナは変わり者の主人を心の底から尊敬した。



「……ありがとうございます。でも、このブローチも大事にしますよ!」



 そう言って笑顔を見せる。アルは眼前の姉の笑顔を受けて、今日何度目かの決意を胸に刻むのだった。




今回も最後まで読んでいただきありがとうございます!


長いですね……。ほんと、ごめんなさい<(_ _)>


途中で区切ろうかなとも思いましたが、この話を区切ってしまうと面白くなくなりそうだったので。

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[良い点] かーちゃんはお見通し かーちゃん最強
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