143話 夢を語る
グランセル領への旅路が丁度半分経過した頃、アル達はプーフォールズ伯爵領に属するミーケという中規模の村で休憩を取っていた。昨夜はプーフォールズ伯爵の屋敷があるプルゲという街で一泊し、今朝はあまりゆっくりせずに街を出た。
みんな大人数での旅ということもあって比較的楽しそうであり、旅による肉体的、精神的疲労は見られず、ストレスのない旅が出来ていると思う。……ただ一人を除いては。
休憩と言っても、食事休憩を取るというだけで、アル達6人は同じテーブルを囲んで昼食を取っていた。アルの両脇にクリスとソーマが座り、前方には身を乗り出した状態で目を輝かせているルージュの顔がある。そして、その隣にリリーとキースが座っている。キースとクリスは向かい合うように座っているため、時々言い争い(クリスが一方的に突っかかることが多い)が起きていた。と言っても、別にそこまで不仲というわけでも無いようで、馬車の中では剣術の話で盛り上がっていた。
アルが言う、ストレスのない旅ができていないというのは、今前方で目を輝かせている彼女だ。
「アルフォート様は冒険者になられるとお聞きしましたが、それはどうしてですか? アルフォート様ほどの実力があれば王国騎士団でも宮廷魔術師団でも引く手あまたでしょう。それに、その広い見識を活かしてどこぞの貴族家の執政官として生きるとか、学者として学園に残るだとか、他にも安全かつ高収入な職は沢山あると思うのです」
「ルージュ、アル君が困ってる。質問は短く、それで明確に、な」
隣に座っているキースが彼女の肩を引いて席に座らせる。そこでようやく自分が前のめりになっていたことに気が付いたのか、ルージュは、はっと息を呑む。
「――はっ、私としたことが。……んんっ、では、どうして冒険者になろうと思われたのですか?」
「理由と言われると難しいのですが、強いて言うなら自由に生きてみたいから……でしょうか」
ルージュの問いかけに、アルは苦笑しつつ答える。
アルにとって冒険者を目指しているのは半ば消去法のようなところがある。騎士や魔術師となると、アルは今以上に持てる力をセーブしつつ、周囲の視線を意識した生活をしなければならない。武功を上げて爵位が欲しいわけでもないアルからすれば、騎士や魔術師として国に尽くすというのがひどく不自由なものに感じられていた。
しかし、ルージュはアルの答えに首を傾げる。
「……自由、ですか」
「えぇ、僕は安定していて高収入な職にあまり魅力を感じません。勿論、騎士や魔術師、執政官や学者の皆さんを低く見ているわけではありませんよ。ただ、僕は誰かのためだけじゃなくて、自分のために、そしてそれを通して人のためになる仕事がしたいのです」
アルがそう答えると、アルの隣で黙々と食事を続けていたクリスが手に持っていたスプーンを卓に置く。そして、優雅にお手拭きで口周りを吹きつつ声を上げる。
「……確かに、王国騎士や宮廷魔術師になると基本的には王族と貴族の為に働くことが多いです。そうなると、王国の根幹を支えている者たちが後回しになる。……アルフォート様らしいです――でも、私は王国騎士になります。今はそんな騎士団でも、私が必ず変えてみせます!」
クリスはアルの考えを肯定しつつも、自分の信じる道をはっきりと示す。そこには騎士を目指す正しい意気込みが込められており、アルの目から見ると彼女の様に真っすぐと通った信念を持っている人が輝いて見える。
クリスの決意を聞いて、リリーたちは勿論、ルージュですら口を閉ざした。しかし、目の前でそれを聞いていたキースは軽やかなリズムで手をたたいて彼女を称賛する。
「おぉ、大きく出たなー。まぁ、俺も卒業後は王国騎士団の試験を受けるつもりだよ。そん時はよろしくなー、クリス嬢」
「ふんっ、貴方と馴れ合うつもりはありません。次の戦いでは必ず貴方を打ち倒しますから」
「おぉ、怖い怖い」
そう言ってキースはおどけてみせる。クリスの真剣さを茶化しているようにも見えるが、実際は場の空気を変えようとする彼なりの気遣いだったのだろう。実際に、皆の表情は綻び、張り詰めていた緊張感は緩和していた。
「――そうですね、私も騎士団を目指します。アルフォート様が騎士になられないのは非常に残念ですが」
ルージュは騎士を目指しているらしい。アルが騎士団に属さないという事に対して本当に残念そうにしているが、彼女にも彼女なりの信念があるらしく、それによって進路を変えるようなことはしない。
ルージュの宣言が終わったと思ったら、ソーマが大きく手を上げる。
「俺はアルと同じ冒険者だな! 騎士団ってのは俺には向かなそうだしな」
「私も冒険者になるつもりです。皆さんほど才能はありませんけど」
ソーマの宣言に続くように、リリーも自らの夢を語る。クリスとキース、そしてルージュは騎士に、アル、ソーマ、リリーは冒険者にと、自分の夢を皆に話し自らの進むべき道をさらけ出す。どこか、青くさい恥ずかしさがあるが、アル達はまだ13歳だ。未来ある少年少女のエネルギーは、そんな恥ずかしさを覆い隠してしまう。
だからだろうか、突然後方から声をかけられるまでアルはその人物の存在に気が付かなかった。
「元気のいいお友達ですね。アル様」
「――クランさん! え、どうしてここに?」
そこに立っていたのはクランだった。グランセル公爵家に仕え、約1年前にアルと共にライゼルハークの執政に関わった、アルの一番の理解者ともいえる。
クランの来訪に、場の空気は一変する。さっきまで場を包み込んでいたどこか夢見心地な空気はなくなり、知らない大人の来訪に身構えている。
アルはそんな空気を感じ取り、席を立ってクランを招く。
「皆さんにも紹介しますね。この人はクランさんです。我がグランセル領の使用人……いや、父上の懐刀と言った方がいいかもしれませんね」
「どうも、クランと申します。いつもアル様と仲良くして頂いてありがとうございます」
アルの紹介に続いてクランが挨拶をする。すると、みな同様に何度も頭を下げて恐縮するという、なんとも可笑しな流れになった。最初に声を上げたのはリリーだ。
「いえいえ、私達の方こそいつもお世話になりっぱなしで……」
「そうだなー、アルには剣を教えてもらってるし」
たった一人笑顔のソーマがそう言うと、クランは瞬時にアルの顔を凝視する。少し驚いているアルにクランは近づくと、誰にも聞こえないような小さな声を上げる。
「……アル様、ちゃんと自重できていますか? あの子たち全員が騎士団長レベルだとか言いませんよね?」
「え、それは無いんじゃないかな。教えてるって言ってもロンに教えるような初歩的なことばかりだし」
アルがそう言うと、クランは更に微妙な表情を浮かべる。
「……ロン様、みるみる腕を上げていまして、私なぞ足元にも及ばないような傑物になっておられますよ」
「え、そうなんですか? 確かに、ロンはまじめだし、僕が課した課題に真面目に取り組んだ結果でしょうね」
アルは事もなげにそう言う。ロンはアルと5歳差なので今年で8歳になる。アルが8歳の頃には既にグランセル家の持つ騎士団の面々は誰も相手をできないほどの傑物だった。そのため、ロンがクランに勝てるようになったと聞いてもそこまで驚いていなかった。
しかし、実際はそうではない。普通の8歳がいくら文官とはいえ大人に勝ててしまうというのはおかしな話だった。
クランは、何を当然のことを、とでも言いたげなアルを見て、小さくため息をつく。
「……はぁ、もう何も言いません」
アルは首を傾げる。アルからすれば、どうしてクランがため息をついているのかの方が分からないからだ。ロンの成長はギフトによる成長促進も大いにある。故に、アルが原因で強くなっているなどアル自身は思っていないのだ。勿論、強くなる手助けはしたが、それはあくまでも手助けであり、強くなった要因はロン自身にあるのだとアルは思っていた。
この決定的な認識のずれをアルは知らない。故にクランがどうしてソーマ達の話に反応したのか、そしてロンの話でため息をついているのかについて、ついぞ知ることはない。
「そういえば、どうしてここに?」
「ミリア様から護衛の任を与えられまして、カインも馬車の近くで待っていますよ」
そう言って、クランは外に視線を送る。窓から見える景色に非常に立派な馬車が止まっているのが分かる。そして、その馬車の周囲には3人の完全武装を施された騎士が随伴している。
「あー、なるほど」
アルはそう呟く。クリスは男爵家と言えど貴族家の令嬢であり、ルージュは伯爵家の令嬢だ。家格はグランセル家よりも幾分低い物の、貴族家の令嬢を招くという事なので相応のもてなしを行おうという事のようだ。その一つがあの完全武装の騎士による護衛という事だろう。
勿論、ミリアとてアルの力量、そして賢さを知っている。故に、彼らの護衛が不必要である事は重々承知しているが、外聞というものもある、ということだろう。
思いがけない随伴者の増加があったが、アルからすれば助かった。これで馬車での質問攻めが分散されるというものだ。
楽観的にそう思うアルだったが、この後その認識が甘かったことを痛感することになる。クランとカインという旧知の仲の人物が加わることで、アルが話さなくても昔の武勇伝が語られ、より一層アルの異常性が皆に知られることになろうとは、この時のアルは知る由もなかった。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございました!
ゆっくり進んでいますが、どうかな、飽きていないかな、と不安に思っている今日この頃です。
まだまだ続きますので、しばらくお付き合い下さい<(_ _)>




