14話 お披露目会(1)
「アル、今日はお前のお披露目会だ。アルのことだから大丈夫だと思うけど、……くれぐれも失礼のないようにね?」
レオナルドは一応そう釘を刺す。
といってもレオナルドもそこまで心配はしていない。アルは同世代の子たちと比べて、かなりしっかりしている。それに、緊張しているような様子も見られないので、何か大きな失敗をするということは考えづらかった。
しかし、アルは好奇心旺盛なところがある。
流石にTPOをわきまえているが、まだ子供なので変なことを聞かないか、それだけが心配だったのだ。
「はい!」
アルは元気よく返事をする。
──分かっているならいいのだけど……。
レオナルドの心配は尽きなかった。
アルのお披露目会は盛大に行われた。
もともと公爵家の子供であるということもあって、上級貴族たちはこぞって参加している。しかし、ニーナに事前に聞いた話では、いくら上級貴族の子供であっても三男なら重要性は下がるので、来場者の数も下がるだろうとのことだったのだが。
しかし、その疑問はすぐに解消された。
「──見て、あれがベル様よ」
「……あぁ、ガンマ様。なんてお美しいの!」
妙齢の女性たちは目をハートにしてベルとガンマを見ている。特に独身であるベルは人気で、遠巻きに色々な人がラブコールを送っている。しかし、ベルの「近づくなオーラ」に話しかけることはできないようだが。
「お前たち、次期公爵と仲良くなっておくのだ!」
「ベル殿は将来有望だ。彼と仲良くしておくのだぞ!」
ラブコールを送っているのは女性だけではない。貴族家の当主たちは、自分の子供たちをガンマやベルに近づけようと躍起になっている。ベルはそのことに全く気付いていない様子だが。
──なるほど、兄様たちの影響でここまで人が多いのか。
アルは思っていたより人が多いことに少し憂鬱な気持ちになりながらも、家族の顔に泥を塗らないように頑張ろうと気持ちを入れなおした。
「皆様、今日はわが息子アルフォートのためにご足労いただきありがとうございます」
レオナルドはニコッと笑顔を作る。
その笑顔はこの世のすべての人の目を引くほどの魅力に溢れていた。
わが親ながら恐ろしい。
「このように3歳まで無事に成長できているのは、国境を守り国の経済を支えている皆様のおかげです。ささやかではありますが食事も用意させていただきました」
レオナルドの言葉に反応して、使用人たちが会場に料理を運び込んでくる。
そのなかには、ダンが開発した「ハンバーグ」や「グラタン」、「ローストビーフ」などもあった。色々なところから「この料理はなんだ!?」と驚いたような声が聞こえてくる。料理人は会場に入ることができないが、もしこの場にダンがいたなら、さぞかし誇らしい顔をしていたことだろう。
会場の貴族たちは順番にアルの所へやってきて、挨拶をしていく。別に事前に打ち合わせをしていたわけではないだろうが、地位の高い順に来ているようなので、アルは来る順番も記憶した。
基本的にみんな一言二言挨拶して、元いた集団へ帰っていく。
アルは前世から記憶力は抜群だったので、誰がどの集団に属しているのかも気を付けながら見ていた。
事前にニーナから聞いた話では、前世の与党と野党のように大きく二つの派閥で構成しているらしい。
一つ目が、最大勢力である「貴族派」である。
貴族派は、貴族至上主義を掲げる派閥で国王の強権を分散させようという目的で行動している。一見すると民に優しいようにも思えるが、その根本には貴族たちの権力を高めようという私欲があるようで、民からの人気は低いようだ。
しかし、現在の要職に多くついているのが貴族派に属している貴族である。
二つ目は、「庶民派」と呼ばれる派閥だ。
貴族派に比べると勢力の弱い派閥だが、民からの支持は絶大で、勢力自体も徐々に増してきているようだ。基本的には民を第一に考え、貴族派の発案に批判的な意見を出している。
一部の上級貴族は、庶民派に属しているものの、大半の上級貴族たちは貴族派に属しており、中級・低級の貴族たちが多く所属する派閥である。
ちなみにグランセル公爵はどちらの派閥にも所属していない。
公爵レベルの上級貴族は基本的に不干渉としているらしく、どちらが勝ち残っても良いように行動しているらしい。
二つの派閥が、このように同じパーティーに参加しても何も起きないのは、公爵の機嫌を損ねることがあればすぐに他の派閥から攻撃されてしまうからであり、公爵の前では対立していないように行動しなくてはならなかったからだった。
何十人もの貴族たちとの挨拶が終わると、その後に貴族以外の者たちが挨拶にやってくる。
最初は、彼らの身に着けていた衣服がかなり上等なものだったのでどこかの貴族なのだとばかり思っていた。
アルでも名前を聞いたことがある大手の商家から、レオナルドが個人的に取引している商人などたくさんいたが、その中でアルが好印象を持ったのははたった一人だった。
「アル、彼はサルーノ。私が個人的に取引している商人だよ」
レオナルドがサルーノを紹介する。
サルーノは人のよさそうな笑顔を顔に張り付け、その奥で目の前の少年の本質を探っていた。切れ長で細い彼の眼は確実にアルを捉えていた。
「サルーノさんですね。……お久しぶりです」
アルはサルーノにそう言う。
サルーノは驚いた。確かに、サルーノとアルは面識がある。一年も前のことだが。
「大きくなられましたね、アルフォート様」
驚いたが、サルーノはすぐに立て直す。動揺を気取られては商人失格だ。
「ありがとうございます。サルーノさんのくれた本はとても面白かったです」
「そうですか。……またいい本がありましたらお持ち致します」
そう言ってサルーノはその場を後にする。表情には出さなかったものの、サルーノの内心はかなり動揺していた。
3歳の子供が1歳の時のことを覚えているだろうか。いや、それはないだろう。あの時の彼は普通の赤ちゃんだったはずだ。
となると、他の誰かから聞いたのか。
サルーノは色々な可能性を模索する。しかし、どうあっても彼が私の名前を記憶していて、その場ですり合わせたことは確実であった。
そして、それに要した時間はあまりにも短い。
──天才。
サルーノはその少年の方を振り返る。私の次に他の商人が挨拶しており、彼は笑顔でそれに応答していた。その笑顔の裏には膨大な知識と記憶が見え隠れしていた。
レオナルドが紹介してくれたサルーノは、昔アルに本を持ってきてくれた。その時は名前を聞けなかったので、話せるようになってからニーナに名前を聞いたのだ。
サルーノが持ってきた本は「5歳のススメ」というものだった。そこには5歳になってできるようになることや基本的な礼儀作法などが書かれていた。
この世界の常識がないアルにとって、この本はかなり役に立つ物だった。
今思うと1歳の子供に持ってくる本ではないが、いずれ必要になると見越していたのだろう。しかし、1歳のまだ細かいところまで大人に聞くことのできないアルにとっては重要な本であった。
そのため、この本を持ってきてくれたサルーノはどのような人物なのだろうかと思っていたのだった。
実際に見たサルーノは、切れ長の目をした30代の男性だった。緑色の髪はしっかりと手入れされていて、外見にはかなり気を遣っているようだった。
挨拶に来た時、彼の表情は笑顔だったが、どこか気味悪さを感じさせるものだった。以前、ベルがアルに向けた気味悪さと同じで、アルを値踏みしているかのようだった。
そのため、アルは少し彼を試したいと思ったのだ。
アルは、あえて会ったことを覚えているかのように振舞った。
実際、会ったときは後ろ姿だけであったし、顔を見ていたわけでもなかった。覚えていたとしても、そのように振舞わなくてもよかったのだが、非現実的な状況に、彼はどのような反応を見せるだろうかと気になったのだ。
アルの言葉に彼は少し反応を見せた。しかし、表情は未だに笑顔を浮かべており、すぐに返答するくらいには冷静さを持っていた。
アルは、彼の反応に好印象を持った。
1歳児にあのような本を与えるような人だから予想はできていたが、先を見越して動ける優秀さを持っている。そして相手に気取られないように感情を表情に出さないのは、百戦錬磨の大商人のようだった。
「──アル、ほどほどにね?」
サルーノが去った後にレオナルドにボソッと小言を言われる。少し冷たい汗が背中を流れる。
流石は父上だ。
そして、次の商人が挨拶にやって来たのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
今回からお披露目会の話です。
商人ってやっぱりポーカーフェイスが大事だと思うんです!……でないと、取れる商談も取れませんからね。
次回もお披露目会は続きます。




