135話 剣術大会(5) 勝敗
「無刀取り……」
眼前の光景に目を見開きながらアルは言葉をこぼす。
「無刀取り」。それは柳生石舟斎によって完成された剣術であり「柳生新陰流」の剣技だ。「真剣白刃取り」で有名な剣術でもあるのだが、「真剣白刃取り」もこの「無刀取り」の中の一つの技術であり、刀に執着せずに武器を選ばない剣術だ。
日本では古流剣術の一つとして有名な剣術であるのだが、どうしてキースがこの剣術を会得しているのか、アルは驚きを隠せなかった。
キースは地面に臥した状態で苦悶の表情を浮かべるクリスを見下す。
「俺が剣を抜かなかったから、君はずっと俺の剣だけを見ていた。……いや、それだけしか見ていなかったというべきかな」
研ぎ澄まされた真剣を地面に突き刺す。銀色の刀身は惨めな彼女を映し出す。
キースは腰に下げた剣に手を伸ばす。そしてその剣を少し引き抜いて刀身を見せる。綺麗な黒鉄の刀身が光を反射させて輝きを見せる。しかし、その刀身に再度アルは驚くことになる。
「――君にコレを抜く必要はない」
そう言って彼は再度刀身を鞘に戻す。しかし、その一瞬をアルは見逃さなかった。
刀身細く、刃紋があった。その刃紋部分が光を反射させていたのだ。鞘の形状、長さで気が付くべきだったのかもしれないが、現代日本の知識を有しているがゆえに彼の剣、いや刀への違和感が抜け落ちていたのだ。
それはよくある刀より幾分か長く、約1mほどはありそうだ。そんな刀の存在を、アルは知っている。
「――ソーマ、僕と戦うつもりで向かわないと……負けるよ?」
「そうだな!」
そう言ってソーマは元気よく頷いて見せる。ソーマとて先の戦闘を見て、彼の実力の高さは理解している。しかし、アルの表情は暗いままだった。
ソーマはそんなアルの表情を一瞥した後、勢いよく舞台に駆け上がっていく。そして、反対にゾンビのように生気のない表情でクリスが舞台を退く。
己の剣を侮辱され、その上で完敗したのだ。彼女の中では耐え難い事だっただろう。しかし、アルはそんなクリスに敢えて何も言わない。
悲観と高揚、そして疑念。三者三様の表情を浮かべていた。
「……ふーん、良い剣だね。その剣の名は?」
舞台上に上がってきたソーマを観察していた彼はソーマの片手直剣を見てそう呟く。青白い柄に波のようなレリーフ。未だ鞘に納められてはいるが、刀身は白銀で青白い高貴な輝きを放つ。
「名前は『月剣』」
「『月剣』……。青いのに月の剣って言うのか。へぇー」
そう言ってキースは目を細める。
通常、月は太陽の光を反射して輝く。その光は様々な色を持っているが、青色の光は波長が短いため大気によって散乱し、人の目には青い光は届かない。
しかし、稀に青い光を放つときがある。その原因は、月ではなく地球に起因する。
火山の噴火の後、火山から発生したガスや塵の影響で月が青く見えることがある。それは、極稀に起こる現象だった。
勿論、そんな事を彼らは知らない。地球の知識を持つアルだけが知る事実だった。
「――どうするんだ? 俺にもソレを抜かないつもりなのか?」
ソーマは「月剣」を引き抜いてキースにその切っ先を向ける。ソーマの目には恐怖もなければ慢心もない。ただ、目の前の相手を真っすぐに見つめる純粋な戦闘への高揚があるだけだ。
キースはそんな視線を受け止めて小さく微笑む。
「――いや、君にはコレを抜く価値がある」
そう言って彼は腰を落とし、左手で鞘を、右手で柄を握りしめる。そして、深呼吸を一つして冷たい視線がソーマを襲う。
――打ち込んでこい。
キースの視線はそう物語っている。勿論それを口に出したりなどしていないが、向かい合うソーマにはその真意がしっかりと伝わっていた。
ソーマも同様に腰を落として柄を握りしめ、鞘から抜刀する。すると、青白く眩い光が会場を照らし出す。本来は青く見えないはずなのに、その光はまさしく「月光」だった。
「――はぁ!!」
ソーマは地面を蹴り、鋭く剣を振る。一気に距離を詰め、キースの懐に潜り込む。
3m、2m、1m……。二人の距離は一気に消え去り、既にキースの眼前にソーマの姿はある。ソーマの剣技は我流であり、その剣筋はアルの様に何度も組手をしないと簡単に読むことはできない。
距離を詰める間も、ソーマは様々な技術を見せつける。アルから盗んだ技術もあれば、それを打倒するために自ら作り上げた技術もある。
しかし、それを彼は一太刀で一蹴する。
「――――っ!」
ソーマはその一太刀を後方に飛びのくことでぎりぎり避けきる。ほんの一瞬でも判断が遅れていれば、その一撃はソーマの胴を捉えていただろう。
「……アルと戦ってるつもりでいて正解だったな」
ソーマは背中に流れる冷たい汗を感じつつ、そう呟く。
さっきの一撃は、以前アルとの組手で見たことがあった。アルが言うには鞘に剣を納める状態から一気に引き抜くことで、剣の速度を上げることが出来るそうだ。その知識を持っていたがために、先の一撃を予知することができたのだ。
「……なるほど、あれを避けるのか。普段ならこれで終わりだけど、これは中々楽しめそうだ」
キースは嬉しそうにそう言う。戦闘中だというのに、彼の口角は微妙に上昇する。
ソーマは上段から剣の重さを最大限活用しつつ振り下ろし、キースはその長い刀身を地に這わすように振り上げた。二人の刀身は甲高い金属音を上げて弾き合い、両者ともに後方へ距離を取る。
ステータスではキースに、武器の性能ではソーマに分がある。技術は拮抗しており、そこまでの差があるとは思えなかった。
「……これならアレを試せるかも」
キースはそう呟く。そして、左足を前に出し、両手で柄を握りしめる。刀の切っ先を垂直に上向け、鋭い視線がソーマを襲う。
「君の実力は認めるよ。だから君には俺の奥義でけりをつける」
「奥義……」
彼の言葉を聞き、ソーマも気持ちを入れ直す。おそらく、次の一手で勝負が決まる。
ソーマは全集中をキースに向ける。周囲の景色を削って、削って……、無駄な情報の一切をシャットアウトしていき、キースだけを視覚に捉える。
キースは後ろに引いた右足で地面を蹴り、ソーマに向かってくる。刀は右上段にある。ソーマは自らも剣を右上段に構えて彼を迎え入れる。
距離は詰まり、キースは腕を動かし始める。ここまで一切おかしな点はない。ただの上段からの一撃という一般的な両手剣の動作そのものだった。
ソーマは彼の刀の軌道を予測する。そして、その軌道上と自分の位置とを照合し、若干体を後ろに動かす。キースは既に刀を持つ手を動かし始めている。つまり、多少の調整を加えられるだけでその動きは限定されているのだ。つまり、その動きは簡単に予想が可能だった。
一歩。たった一歩後方に動くだけで彼の刀はソーマに届かない。ソーマは彼の刀の軌道を読み切った。
そして事実、キースの刀はソーマの前方で空を切り、切っ先が眼前を通過する。それを見て、ソーマは振り上げられた自らの剣を動かし始める。目の前にあるのは無防備なキースの頭だけ。ここに剣を振り下ろすだけでソーマの勝利が決定する。
しかし、その瞬間にソーマの頭の中にある言葉が浮かび上がった。
『――僕と戦うつもりで向かわないと負けるよ?』
それは戦闘の直前、アルが掛けてきた言葉だった。
――もしアルなら、どう思うだろう。
振り下ろされる自らの腕を感じつつ、ソーマの脳は高速に動き続ける。ソーマは「ゾーン」という精神的境地に今立っていた。
――もしアルなら……。
ソーマはキースの動きを見る。そこには剣を振り切った姿がある。しかし、その姿はひどく不気味に見えた。
そして、もしアルなら……。
ソーマは振り下ろす剣の軌道を自らの右側にずらす。そこはさっきキースの切っ先が通過した場所だった。
甲高い金属音と鈍い打撃音が舞台の上で共鳴する。
キースの刀はソーマの剣を弾きつつ、刀身の峰がソーマの右腕を強打する。そして、ソーマは彼の刀を弾きつつ体を翻して自らの剣の切っ先を彼の首に沿わす。
相打ち。いや、負傷を負いつつもソーマは彼の首先に剣を突きつけている。
「……俺の負けかな」
そう言ってキースは刀を地面に落とす。キースのその言葉を受けて、会場中に今までにない大きな歓声が巻き起こる。
「――――ッ!!」
しかし、その瞬間ソーマは自らの右腕を押さえつつ地面に蹲る。血は出ていないが、キースの鋭い攻撃を受けて骨が折れたのだ。
アルはすぐに舞台に駆け上がりソーマを抱き上げる。そして、ようやく舞台上に駆け上がってくる魔術科の教官の元へソーマを連れていく。アルがその場で治癒してもいいのだが、そうなるとアルの魔法適性の矛盾が発覚する。公的には光属性を持たないとしているおり、治癒魔法は使えないはずなのだから。
アルはソーマを抱きかかえつつ、ソーマの腕を確認する。
「――良かった、綺麗に折れてる」
アルはソーマの骨の折れ方を見て安堵する。神経にも影響はなさそうだし、後遺症も残らない。キースが上手に当ててくれたおかげだ。しかし……。
「――悪い、アル。後は任せるぜ」
ソーマは申し訳なさそうに、それでいて誇らしそうな表情でアルに後を任せる。この大会では、勝ち抜き戦であると同様に、戦闘が続けられないほどの傷を負った時は棄権しなければならないというルールが存在している。つまり、今回の勝者はソーマだが次の戦闘は棄権という形になるのだ。
「ソーマはよくやったよ。あんな凄い技を初見で防いだんだから」
「へっ、腕はこんなざまだけどな!」
そう言って元気な笑顔を浮かべる。確かに、これでは不正だとは言えないかもしれない。しかし、あの距離で放たれた技を反射で受けることが出来る人間がこの世界に一体何人いるだろう。もしソーマに「状態異常:呪い」がなければ……。
アルは今自分の手の中で笑う少年の可能性に苦笑いを浮かべる。
「……それでも、ソーマはよくやったよ」
そう言ってアルは微笑みかける。その微笑みを見て、ソーマはようやく自分の成長を実感する。この腕の痛みは、自分の限界を超えた勲章であり誇りでもあるのだ。
ソーマは笑う。そして、嬉し涙をこぼしたのだった。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございます!
今回は少し分量が多かったですが、お楽しみいただけたでしょうか?
誰がモデルか分かるように書いてみたのですが……。二つの流派の内のどちらかですね!
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