134話 剣術大会(4) 挫折
アイザック王国には七つの公爵家が存在している。
外交関係に強い影響力を持つサントス公爵家に騎士を大勢輩出しているノースウォーク公爵家、魔法に秀でているウェスター公爵家、政治手腕に長けると言われているイースウッド公爵家。
ここに一番古い歴史を持つと言われているグランセル公爵家を含めてこの五家は代々長く受け継がれてきた「五大公爵家」と呼ばれる。
その他にも、商業関係に強いコネクトを持つハミルトン公爵家に一番新しく公爵家に引き上げられたニュービズ公爵家を含めて7家が現在アイザック王国に存在する公爵家だ。
「――で、その中のノースウォーク家が次の相手ってわけか」
ソーマは控え場所の椅子に寄りかかりながら表情をしかめる。アル達に会うまで貴族家のことなど全く知らなかった彼にとっては、これらの情報は聞き覚えのないものであるから仕方がないだろう。
「エルメス・ノースウォーク。剣術科最強と名高い生徒だって噂だよ。剣術科の中でも最速で成績優秀者になってて、学園には殆ど通わずに訓練に明け暮れてるって話だよ」
「それなら私も聞いたことがある。第3騎士団の訓練に参加している生徒が居ると。……彼の事だったのか」
リリーの情報に付け加えるようにクリスは第3騎士団の訓練の話をする。クリスの実家であるブラウン男爵家の長男は第3騎士団に所属しているという事なので、その手の情報には詳しいのだろう。
「棄権するのも一つの手だとは思いますが。……皆さんはどうしたいですか?」
暗い表情を浮かべる3人に向かって、アルはそう提案する。
実際、EクラスがDクラスに勝利したというだけで相当な快挙であった。これまで虐げられてきただけの「落ちこぼれ組」というレッテルを自らの力で取り去ったのだから。もし、この場で棄権をしても誰も責めはしないだろう。
アルの提案で場は更なる沈黙を生む。
おそらくエルメス・ノースウォークに対抗できるのはアルだけだろう。いくら彼らの成長がめざましいとはいえ、それだけの力の差があるのは火を見るよりも明らかだった。
しかし、その沈黙をクリスの言葉が打ち破る。
「……私は戦いたいです。今の自分がどの位置にいるのか、それを確認したい」
彼女は真剣な眼差しで重々しく閉ざされた口を何とかこじ開けながら、ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。その表情や口調からは、彼女の真剣さとそれを阻もうとする恐怖や緊張感が伝わってくる。
しかし、彼女はそう言い切った。自分の力を試す機会だと。
「俺も同じだぜ! 戦う前から負けを認めるなんて悔しいしな!」
クリスの言葉を受けて、ソーマは快活な笑顔を浮かべる。彼は元から戦う気だったのだろう。しかし、クリスの選択を尊重しようという心遣いによって沈黙を守っていたのだ。
二人の言葉に、アルは小さく頷く。
「分かりました。では、力試しといきましょう!」
アルの言葉に続くように、3人の声があがる。そこにはさっきまでの重苦しい空気はなく、自分たちの可能性と力を試したい「チャレンジャー」がいるだけだった。
舞台に上がると、そこには既に対戦相手が待っていた。
一際目を引くのは中央に立っている一人の男子生徒。12才とは思えないほどに体は大きく、非常に逞しい。腕の筋肉はかなり発達しており、鋭くアル達を見据えている。彼の持つそれらすべての特徴が、彼の持つ強さを物語っている。
アル達は重い足取りで舞台に上がる。周囲の大きな歓声が耳を刺激するが、それよりも前方からの圧倒的な威圧感に抗うのに必死だった。その足取りは、もはや処刑場に赴く罪人の様に、脚に数十キロの錘を付けられているような感覚を覚えさせる。
「……お前がアルフォートか?」
舞台上から声がかかる。中央に立つエルメスはアルから一瞬たりとも視線を外さずにそう尋ねる。その視線からは自分の力への絶対的な信頼と、目の前の標的を逃さない捕食者のそれを同時に持ち合わせていた。
アルは彼の質問に首を縦に振る。
「アルフォート・グランセルです。クラスの勝利の為にも、お互い力を尽くしましょう」
アルは舞台に上がってから再度彼を見据えて挨拶をする。しかし、エルメスはそんなアルの挨拶を「ふんっ」と一蹴する。
「……クラスの勝利なんてどうでもいい。俺は強者と戦いたいだけだ」
彼は臆せずにそう言い切る。「強者と戦いたい」という気持ちに全くの嘘がなく、自分のクラスの為という気持ちは一切ないという事は彼の表情から簡単に伝わってくる。
すると、彼の隣に立っていた一人の男子生徒が馴れ馴れしく彼の肩に手を置く。
「おいおい、エルメス。そんな連れない事言うなよ。俺ら仲間じゃな――痛っ!!」
その男子生徒は短い悲鳴を上げる。エルメスは自分の肩に置かれた手をひねりあげて、その男子生徒を屈服させる。
「俺の体に気安く触るんじゃねぇ! ……次やったらその首、飛ばすぞ」
「分かった! 分かったから、その手を放してくれ!」
エルメスはその男子生徒の腕を放してやる。そして、アルにもう一度鋭い視線を送った後、舞台から降りていった。
「……痛ったぁ。うわ、跡ができてる」
エルメスの怪力から解放されたその男子生徒は、自分の腕を見てそんな声を上げる。さっきのエルメスへの振舞と言い、今のこの口調と言い、緊張感に欠ける印象だ。
彼は自分の腕の状態を確認した後、舞台上にいるアル達に視線を移す。
「あ、俺はキース。で、こっちはルージュ。よろしくー!」
彼はそんな軽い挨拶をしながら後方に立っていた女子生徒も一緒に紹介する。すると、まさかそんな軽い挨拶をするとは思っていなかった女子生徒が彼の肩を叩いて前に出る。
「なに軽い挨拶してんのよっ! ――んんっ、私はボーフォート伯爵家長女のルージュと申します。アルフォート様に於かれましては大変ご活躍のことと伺っております。以前からお噂はかねがね伺っておりましたが、こうして実際にお会いするとその噂が霞んでしまうほどです。あぁ、本当に美しい……」
「おーい、戻ってこーい」
非常に硬い文章の挨拶をしつつ最終的に顔を真っ赤にして固まってしまった彼女に、キースは目の前で手を振って現実に引き戻す。
「――はっ! 失礼しました!」
我に返ったルージュは先の自分の痴態を思い返した再度顔を真っ赤にさせる。この間、アル達は急激な状況の変化についていけず、放心状態で彼らを見ていた。
「――んんっ、本当はもっとお話ししたいのですが、今日は対戦という事で。胸をお借りするつもりで挑ませてもらいます!」
彼女は一つ咳ばらいをして、対戦では手を抜くつもりはないと宣言し舞台を降りていく。となると、必然的にだれが先鋒なのか分かってしまう。
「先鋒は俺だけど、そっちは?」
「――私です」
キースの問いかけに、クリスはアルを追い越して彼の前に立つ。すると、キースは先ほどとは打って変わって冷めた表情でクリスを見すえる。
「あー、一回戦の。……見たよ、君なかなか古い剣術に固執してるみたいだね」
「……古い剣術、ですか」
クリスは彼の物言いに少し表情を顰める。しかし、彼はそんなクリスの表情の変化など知らん顔で言葉を続ける。
「確かに足を動かす戦い方は比較的新しいと言えるだろうね。だけど、君の根本は突きでの一撃攻勢でしょ? 古いよ、剣術が」
そう言って、彼はクリスから距離を取る。大体5、6mくらい下がったところで、再度クリスに正対する。そして、腰に下げていた剣に手を添える。
「俺が新しい剣術ってのを見せてあげる。――かかってきな!」
そう言ってクリスに剣を抜くように促す。ここまでコケにされて、騎士道を重んじるクリスは静かに憤る。そして、初めてアルと組手をした時とは異なる上段に刀を構え、後ろ足である左足で強く地面を蹴る。
以前よりも鋭い彼女の剣がキースを襲う。しかし、彼は未だ剣を抜こうとしない。ただ笑みを浮かべながらクリスの動きを見ているだけだ。
クリスは彼の動きに違和感を覚えつつも剣を振り下ろす。その剣は確実にキースを捉えようとしていた。未だに剣を抜かない彼の動きに、会場中がクリスの勝利を確信する。
しかし次の瞬間、会場中に驚きが走る。
舞台には、一本の剣を相手の背中に突き付けるキースの姿と地面に伏した無手のクリスの姿があったからだ。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございます!
次回も剣術大会編の続編です。……頑張ります(笑)




