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127話 写本と疑問




 午後の授業を終えて、アルは普段は立ち入ることのない学園の「研究室エリア」にやってきていた。


 

 第6王女セレーナは昨日と変わらない様子だった。


 いや、厳密に言うと昨日ほど近い距離感ではなかったが、特に避けられることもなく護衛としての信頼を与えられているように感じた。アルはそんな彼女の行動に、精神的な強さを感じた。



 授業の後、普段ならばソーマ達の訓練に付き合う所なのだが、今日の剣術科の授業は野外演習の2回目という事もあり、今日の訓練はやらないことにした。


 そのため、時間を持て余したアルは、以前から気になっていた「研究室エリア」に足を運んだのだ。




 「研究室エリア」とは、学園卒業後に自身の研究を更に深めたい学者が通う所であり、学園の敷地内にある王立図書館と併設している施設群を指す。


 学生で王立図書館に通う者も珍しいというのに、研究室エリアに足を踏み入れるというのは、もはや皆無に等しいだろう。しかし、アルはとある「本」がこの研究室エリアにあるという情報を得ていた。



 それは、『ユリウス冒険譚』の写本である。



 家庭教師のギリスから原本の話を聞いた時から、いずれは学園の研究室にあるという「写本」を見てみたいと思っていたのだ。



「……確か、歴史学研究室のリドル先生の部屋って言ってたはず」



 歴史学研究室がある施設に入ると、すぐに「リドル」という名前が書かれた部屋に辿り着く。他の部屋に比べて、この部屋の大きさは格段に広い。この「リドル」という人物がいかに強い権力を持っているのか、すぐに分かった。


 アルがドアをノックしようとしすると、後方から声がかかる。



「おい、そこのお前。私の研究室に何の用だ?」



 アルが声のする方に視線を送ると、そこには白髪の男性がアルを鋭い眼光で睨みつけている姿が飛び込んでくる。


 この人物がリドル先生で間違いないようだ。



「貴方がリドル先生でしたか。私はアルフォートと言います。ギリス先生にここを紹介されてきました」


「――何!? ギリスだと?」



 リドルは「ギリス」という名前に強く反応する。どうやら、彼の中で「ギリス」という名前は強く残っているらしい。


 リドルは、少し不思議そうな表情を浮かべながらアルの方を見る。



「……何が目的だ?」



 リドルはそう尋ねる。ここに来た理由は決まっている。



「ここにあるという『ユリウス冒険譚』の写本を見せてもらいたくて」


「――ふむ。お前も奴と同じ口か」



 リドルは少し微笑んでそう答える。彼の言う「奴」とは、おそらくアルの家庭教師をしていたギリスを指しているのだろう。


 リドルは少しアルを試すような視線で見た後、「ふふっ」と小さくほくそ笑む。



「――いいだろう。あやつも中々面白い見解を示しておったし、お前も面白い知見を見せそうだ」



 そう言って、リドルはアルを追い抜いて先に自分の研究室に入っていく。


 研究室はアルが思っていたよりも本で一杯だった。もはや、研究室ではなく書庫のような状態であり、この中から目的の本を探すのは一苦労だろうとアルは少し辟易する。


 しかし、リドルは何の迷いも無く部屋の奥へと進んでいく。そして、自分の衣服のポケットから小さな鍵を取り出して、部屋の最奥にある金庫を開ける。


 すると、金庫の中から一冊の本が出てきた。



「――これだ。私は今から少し留守にするが、用事が済んだらそこの金庫に戻しておけ。開ける時はこの鍵が必要だが、締める時は鍵は不要だから気にせずに出て行ってよい」



 そう言って、リドルはアルに『ユリウス冒険譚』の写本と(おぼ)しき本を手渡す。


 表紙には『ユリウス冒険譚 ○○記』と少し文字がかすれて読めない状態ではあるが、1ページ目を開いて冒頭を読むと、『ユリウス冒険譚』と同じものであることが分かる。



「ありがとうございます」



 アルはリドルに礼を言う。


 彼は、片手を上げてその礼に答えると、すぐに研究室を出ていく。彼がどうして自分の研究室に戻って来たのか分からなかったが、こうして都合よく読むことができたので気にしないようにした。


 アルは、自分の知的好奇心に身を任せてページをめくっていく。








「……なるほど」



 写本を読み終えたアルは小さくそう呟く。一気に読んでしまったため、外はほんのり暗くなり始めていた。



 読んでみたところ、写本と市井に出回っている物では多くの相違点が見られた。



 まず、以前ギリスが言っていたように「人間と獣人との交戦」というシーンはしっかりと描かれている。これに挿絵が付いているのが原本だという噂だが、それについては調べようがない。



 しかし、それ以外にもいくつかの違いが存在していた。



 まず、写本の方では基本的には「セリフ」が殆ど入っていなかった。


 アルが読んだ『ユリウス冒険譚』では、イノシシの魔物と勇者の和解の場面や異端の魔導士とナノと呼ばれる少女との感動的な別れのシーンなど、会話文が相当に描かれた文体だったが、此方はどちらかというと説明口調の読みづらい文体であった。


 おそらく、市井にこの話を流しても読む人間は少ないだろうという配慮のもとの文体の変更だろうが、それ故にいくつかの描写に違和感をきたしていた。



 また、所々に話がぶつ切りになっている印象を受ける。


 これは、以前から思っていた所ではあったのだが、写本の方ではその部分をはっきりと見て取れる。そして、魔導士と勇者が出会う場面や、魔王を倒した後に勇者が国に帰還する場面を描いたと思われるページが破り取られていた。


 市井の本では、その場面がごく簡単ではあったが語られていた。しかし、写本では綺麗にその部分が破られていて、読むことが出来ない。



 破られた面を見て見ると、ずいぶん前の事だと分かる。


 何故、そのような事がなされたのか。それについては正解など知りようがない。ただ、推測することはできる。


 おそらく、当時の人物からするとその展開が望ましくなかったのだ。そのために、こうして気に入らないところを破り取ってしまった。


 内容については知ることは出来ないが、どうやら相当ショッキングな内容がそこにはあったようだ。



 総括するに、同じ『ユリウス冒険譚』だとしても写本と市井に流通している本とを同じものとして扱わないようにすべきだとアルは考えた。



 内容や大まかな流れは同じだが、市井の本はかなり美化されて描かれており、写本には書かれていないセリフや描写を追加記述している節が見受けられる。


 特に、魔導士に関する点についてはどの本を参考にしたのか分からないほどに書き足されている。



 そして何より……。



「――写本には『ナノ』という少女が出てきていない、か」



 アルは、その部分に一番の引っかかりを覚えていた。


 彼女はいったい誰なのか。その事が一番の謎として、アルの頭に強く残った。





今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。


今回は、いつも10話ごとに語られる『ユリウス冒険譚』について少し触れてみました。


もうしばらくお付き合いください。

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