126話 白色
「「第6王女殿下の護衛!?」」
個別訓練場にやって来たアルに、ソーマ、リリー、クリスの3人はどうして授業に出なかったのかと詰め寄って来たので事の次第を話すと、リリーとクリスは驚きの声を上げる。
ソーマはあまり状況を理解していないのか不思議そうな表情を浮かべていた。
「……えぇ、護衛といっても学園に通う時間帯だけの付き人のようなものですが」
アルの答えに、リリーは眉間に手を当てて考え込む。クリスもリリーと同じような表情を浮かべており、アルの簡単な物言いに、驚きと少しの呆れを感じていた。
「これまで沢山驚かされてきましたが、今回のは飛び抜けていますね」
異常なほどに高い戦闘技術に、魔法適性も2属性持ち。更に知性も優れており、度胸もある。
野外演習の時の立ち回りも素晴らしく、アルと共に行動し始めたのはつい最近の事であるクリスだったが、この短期間でアルの能力や行動に対して驚きの連続だった。しかし、今回の一件はそれらを軽く凌駕していた。
驚いている二人をしり目に、アルは更に言葉を続ける。
「――ですから、授業では殿下に付き添うことになりますから、一緒に訓練が出来るのは授業終わりのこの時間帯だけになります」
授業に関しては魔術科の日程で動かなければならないので、これからは3人と共に行動する時間は減ってしまう。その事を事前に知らせておこうと思ったのだ。
しかし、リリーとクリスにはアルの言葉は殆ど届いていない。既にもたらされた情報を処理することに躍起になっていた。
「……よく分かんねぇけど、頑張れよな!」
ただ一人通常運転のソーマは、アルに応援の言葉を送る。ソーマの素朴さに、アルは少し癒された。
翌朝、アルは昨日と同じように魔術科の校舎を歩いていた。
しかし、昨日とは少し違う点がある。
「――あの、王女殿下。何故隣を歩くのですか?」
昨日とは違う点。それは、第6王女セレーナがアルの隣を歩いている所だった。
なぜか隣を歩き始めたので、何度か歩く速度を下げて後方へ移動しようとしたのだが、アルの速度に合わせてセレーナの歩くスピードも変化するので、一向に立ち位置に変化がなかった。
流石に疑問に思い、こうして声をかけたのだ。
アルに尋ねられたセレーナは、小さく首を傾ける。そして、自分の立ち位置に気が付いたのか、少し頬を赤らめた。
「……護衛なら私の近くに控えるべきなのではなくて?」
セレーナはそう言いつつ、歩く速度を上げて先頭を歩き始める。
一体どうしたのか。
アルは彼女の不思議な行動に疑問を抱きつつ、彼女を追うように一定の距離を保ちながら歩くのだった。
魔術科の授業が終わり、アル達は教室を出る。今日は特に変わったことなく1日を終えることが出来た。
ただ、やはり王女殿下の雰囲気がおかしい。
なぜか頻繁にこちらに視線を送ってくるし、目が合うとすぐに視線を外す。それに、些細なことで怒り始めるし、そのくせ言い過ぎたと思ったら謝り始める。
昨日1日だけだが、共に行動していた時とはだいぶ雰囲気が変わっていた。ただ、アルとセレーナは出会ってまだ2日目だ。アルはこちらがセレーナの素なのだろうと結論付けた。
教室を出る時、何かを思い出したようにセレーナは振り向いてアルの顔を見る。
「――そういえば、父から貴方の印象について聞かれたわ。……貴方、何かしたの?」
セレーナの父。つまりはアイザック王国国王であるユートリウス2世がアルの印象についてセレーナに尋ねたという。
その事に、アルは少し引っかかりを覚える。
ただ、それもアルの想像の範疇を越えないものであり、現実的に娘を心配しての行動だろうと割り切る。
「いえ、僕の兄を通しての繋がりがあるだけで、それ以外に特筆すべき交流はないです。僕自身、何故護衛に任命されたのか分かっていない状態なので」
アルは事実をそのまま話す。
アルの戦闘技術については、おそらく王の耳には入っていないはずだ。もし、王の耳に入っているのであったとしても、剣術科の生徒をわざわざ選んだ理由が分からない。
つまり、アル自身が何故護衛の任を与えられたのか理解できていないでいた。
アルが少し思案していると、校舎の階段を降りてくる一人の女子生徒が目に飛び込んでくる。それは、アルの目には一際輝いて見えており、一瞬で視界を奪われる。
一方で、その女子生徒の方もアルを視界にとらえる。
おそらく、彼女もアルと同じ気持ちを抱いてることだろう。そして、階段を足早に降りきりアルの方に歩いて来る。
「アル様! どうして魔術科にいらっしゃるのですか?」
彼女、アリアはまさかアルが魔術科の校舎にいるとは思っていなかったのか、意外な場所で出会えたことに嬉しそうな表情を浮かべていた。
しかし、すぐに別の人物の存在に気が付く。
それも、魔術科の中では相当な有名人の存在に。
「……アリア・サントス、でしたね? アルフォートとは一体どのような関係で?」
セレーナはアリアにそう尋ねる。
その口調はどこか相手を責めているような、そんな語感をにおわせる。
「え、どのような関係……? それは……」
アリアはそこで口ごもる。
アルとの関係。それは、彼女から口に出せるものではない。
簡単に言うなら、「友人」や「昔馴染み」などの関係性だろう。しかし、アリアはそのような簡単な間柄を表すような言葉をアルとの関係性に使いたくはなかった。
「彼女は僕の想い人です。既に彼女には想いを伝えております」
アルは口ごもるアリアに変わって自分たちの関係性をセレーナに伝える。
まさかのアルの口からそんな言葉が飛び出てくるとは思っていなかったのか、アリアは驚きを隠せないでいた。しかし、彼女の表情には「嬉しい」という感情がありありと浮かび上がっていた。
「……ふーん」
セレーナは二人の表情の変化を見比べる。そして、「ふっ」と小さく笑った。
「……なるほどね、だからか」
セレーナは何かを勘付いたようにそう呟く。そして、小さく一つ頷いてアリアの方へ向きなおす。
「きつい言い方をして申し訳なかったわ。アルフォートは私の護衛として魔術科の授業に共に参加してもらっているのだけで、それ以上のことはないから」
「そう、なのですか」
セレーナの説明に、アリアは何となく現状を把握する。王太子の死は広く知られている事であるし、第6王女であるセレーナに護衛が付くという事も理解に難くないからだ。
アリアを見つめた後、セレーナの視線はアルに向く。
「……今日の護衛はここまででいい。もう馬車が到着する頃合いだろうし」
「分かりました」
セレーナは少し寂しそうな表情を浮かべていたが、アルは彼女に何もしてあげられない。
ここでのやり取りで、彼女のおかしな行動の意味を何となく理解してしまったからだ。
「……では、明日もよろしく頼む」
セレーナはそう言い残して校舎を出ていく。その後ろを付き人であるクラリスが追う。
「……殿下、よろしいのですか?」
既に校舎を出て馬車を目視できる場所まで移動した時、クラリスはそう尋ねる。
今日の主人の言動で、彼女の中でも主人の心を察するだけの根拠を持っている。そして、それを打ち砕かれた瞬間も目にしてしまった。
その気持ちを無いものとしようとしている主人に、クラリスは寂しさを感じていた。
「……大丈夫よ。どちらにせよ、共に過ごすことなどできないのですから」
セレーナは、少し寂しい目で校舎を振り返る。
彼女には、彼女にしか分からない「悩み」を抱えており、それを知ることは誰もできないでいた。
「王女殿下の護衛なんて、すごいですね!」
早々に護衛の仕事を終えたアルは、アリアと共に校舎を出て、校門の方へ向かって歩いていた。
最初は少し不安そうにしていたアリアだったが、アルと少し話してみてすぐに気持ちを立て直したようで、今は普段の穏やかな表情を浮かべていた。
「いえ、そんな事はありませんよ。おそらくグランセル公爵家の名前を使って不埒な輩が出ないようにけん制しているのでしょうから」
アルは謙遜してそう答える。
ただ、あながち間違いというわけでも無い。王がアルを護衛として任命したのに、グランセル公爵家の名前を前面に押し出すという意図がないとは言えないからだ。
ただ、アリアは小さく首を横に振る。
「もしそうだとしても、それはアル様の力です」
アリアは優しく諭すようにそういう。その言葉に、アルの心は自然と癒される。
知らず知らずに、アルの心は張り詰めていたようだった。
王女の影に見え隠れするユートリウス2世の思惑に、護衛という慣れない立場での日常。それらの要因に、知らず知らずのうちに気を張り詰めていたのだ。
そんなアルの心を、アリアの言葉は簡単に解いてしまう。
「……アリアさん、少し付き合ってもらえますか?紹介したい人たちがいるんです」
アルは穏やかな表情で彼女の手を取る。そして、行き先を変更して歩みを進めた。
「――綺麗」
個別訓練場に連れてこられたアリアを見て、クリスはそう呟く。
そして、すぐに自分の呟きに気が付いたのか「は!?」と小さな声を発して我に返る。
「――失礼しました。私はブラウン男爵家次女のクリスです。お初にお目にかかります」
「あ、私はリリーと言います」
クリスの挨拶の後にリリーも続く。
リリーの方も少し緊張しているようで、まじまじとアリアを見つめている。
「俺はソーマ! よろしくな」
対してソーマは普段通りに元気よく自己紹介をする。アルは、そんなソーマの変わらなさに安心感すら覚えていた。
ソーマの口調に対して、リリーの拳骨が落とされたのは言うまでもない。
「こちらこそどうぞよろしくお願いします」
アリアは彼らのやり取りを楽しそうに眺める。そして、ここがアルの「居場所」なのだと微笑む。
「アリアさんには是非彼らを紹介したかったんです。……僕の大事な友達ですから」
「友達なんて……なんか照れるな!」
アルの言葉にソーマは珍しく照れている。
クリスやリリーも同様に顔を赤らめていた。確かに、恥ずかしげもなく言ってしまったなと、後になってアルも照れ始める。
「――そうですか。アル様のこと、どうぞよろしくお願いします」
アリアはそう言って3人に頭を下げる。
クリスとリリーは、アリアの行動に目を見開いて、「こちらこそ」や「私たちの方こそお世話になって」などと言って焦っていた。ただ一人、ソーマだけが「任せろ!」と右手で自分の胸を叩く。
アルが彼女をここに連れてきたのは、自分の仲間を知ってもらいたかったのだ。
勿論、自分の生活を彼女に知ってもらいたかったという理由もあるのだが、それよりも信頼できる仲間と彼女との接点を作っておきたかった。
アリアは以前、アルとのことを真剣に考えてくれていると話していた。
その事は、とても嬉しい事だったが、反面でアルは心配をしていた。
いつでもアルが傍に居て彼女を守ってあげられるわけではない。アリアの親友であるノーラもそれは同じだ。
その時、信頼できる仲間と彼女との接点を作っておきたいと思ったのだ。
アルはこれからのことに思いをはせる。
一体、これからどうなるのか。そのことが不安で仕方がなかった。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございます!
今日のタイトルの意味、分かったでしょうか(笑)
伝わっていれば嬉しいですが。
もう年末ですね。体調には気を付けて、気持ちよく年始を迎えましょう!!




