124話 王女との学園生活
第6王女セレーナを先頭に、アル達は「魔術科第一校舎」に入っていく。
外見同様に内見も剣術科の校舎とは雲泥の差があり、お金が掛かっている事はすぐに分かる。何故これほどに差があるのか、アルには甚だ疑問だった。
王女のクラスは当然Aクラスなので、教室は入り口付近にあった。そこは剣術科と同じで、学年ごとに階が分けられていて、クラス順位が落ちるほど教室の位置が奥の方に向かっている。
「……おい、何で剣術科の生徒が王女様と一緒にいるんだ?」
「口に気をつけろ。ああ見えてグランセル公爵家の息子だぞ。事を起こしたら『英雄』に目をつけられるぞ」
教室に入るなり、中にいる生徒たちの視線が一気にアル達の方に向く。
中にはアルの事を知っている者だ。といっても、どちらかというと、「英雄」として名高いベルの弟という認識が強いようで、アル自身の事を知っている者はほとんどいないだろう。
「……貴方、有名なのね」
セレーナは周囲からの噂話を聞き、アルに向かってそう言った。
彼女は、どうやらアルの事をほとんど知らないようで、ベルの弟という認識すらなかったように見える。おそらく周囲の声を聞いてようやく知ったのだろう。
「いえ、僕ではなく兄が有名なのですよ。自慢の兄なので鼻が高いですが」
アルの顔は本当に清々しい表情をしていた。
ベルの事は心の底から尊敬しているし、ベルの評判が良い事にホッとしていた。ベルは未だに自分の悪名高さを卑下しているが、周囲からの評価はしっかりと変化している。
「ふーん」
セレーナはそんなアルの表情を見つめる。
アルにとってベルという存在の大切さがこれでもかと言わんばかりにヒシヒシと伝わってくる。そして、アルの人を思う優しさも。
セレーナは何か思う所があったのか、自分のもう一つのギフトを発動させる。そして、その結果に驚く。
しかし、アルは彼女のその表情を見ておらず、彼女の中でアルの立ち位置が変化している事に気づけないでいた。
アル達は今魔術科専用の校庭にいた。
魔術科の授業は、剣術科の日程とは少し異なり、午前中に魔術の実技訓練が行われ、午後からは完全選択制の基礎学習の授業が行われる。
ここにも魔術科を優遇する制度が存在しており、魔術科の場合は魔法の実技訓練を重視する単位の偏りがある。これによって、魔法の才能に優れていたベルの学力の偏りが出来上がったのだろう。
数分ほど待っていると、一人の教官らしき人物が校庭の中に入ってくる。
男性の教官であり、年は40を越えたくらいに見える。彼は出席簿なのか、少し薄い冊子をめくりながら校庭に集まっている生徒たちを確認していく。
「よし、皆揃っているな。――うん? 君は……」
最後にアルの存在に気が付き、再度冊子を確認する。
「……あぁ、君がアルフォート君か。うん、授業への参加を許可する」
その教官はアルの授業への参加を許可する。すると、一人の男子生徒が声を上げた。
「サルサ教官」
「……何だね、イリアス君」
イリアスと呼ばれる生徒はアルの事をジロッと睨みつけて、再度サルサ教官の方へ向きなおす。
「彼は剣術科の生徒です。……それも聞くところによると『落ちこぼれ組』だそうではないですか。そんな彼に私達の授業参加へ参加する資格があるとは到底思えないのですが」
彼の指摘に周囲から小さな歓声とどよめきが起こる。
歓声の方はアルの事をあまり知らない人物たちからのものであり、アルの事をそれなりに知っている人物たちからすると、怖いもの知らずな物言いだと震えあがるものだった。
イリアスからの指摘にサルサ教官は小さくため息をつく。そして、彼はイリアスを睨みつける。
「我が校に『落ちこぼれ組』など存在しない」
その言葉からは言い知れない凄味があった。睨みつけられたイリアスはその場で小さく身震いをする。
ただ、イリアスの言う事も一理あった。そのため、サルサ教官はアルに一つの試練を課す。
「……まぁいいでしょう。アルフォート君、魔法陣を用いた火と風の中級魔法を行使してみなさい」
それは「実力を示して授業への参加を認めさせろ」というものだった。
正直あまり目立ちたくはないアルだったが、王女の護衛を引き受けた以上、授業に参加できないのは困る。
アルは小さく頷いて、魔法陣を構築する。……それも二つ同時に。
そして、アルは続けざまに両方の魔法陣に魔力を注ぎ込む。流石に両方同時に魔力を別属性の魔力を注ぎ込むのは自重した。
火属性の中級魔法「フレアウォール」が、円を描くように炎の壁を作り出し、その壁の内部からは先に発動させておいた風属性の中級魔法「辻風」が炎の壁を切り裂いて周囲に炎をまき散らした。
複合魔法は二つの異なる属性の魔力を同時に発動させるものだが、今回アルが行ったのは魔法の連続技だった。これは相当な魔法の知識と魔力コントロール、そして魔力量がないと出来ない芸当だった。
周りの生徒たちはアルの魔法に言葉を失う。この場で同じことが出来るのは、おそらく彼が護衛をしている第6王女ただ一人だからだ。
「……これを見ても君は彼に授業を受ける資格がないと言えるかな?」
サルサ教官はイリアスにそう尋ねる。
イリアスは苦虫を噛み潰したように、忌々し気な視線をアルに送りながら、再度アルの発動した魔法を見る。
「……すみませんでした」
イリアスは未だ納得していないような表情を浮かべてはいたが、アルの魔法の腕は認めたようだった。
「――中々できるみたいね」
「いえ、大したことではありませんよ」
アルの魔法にセレーナは賞賛を与える。そのことに対して、アルは謙遜して応えた。
周りの生徒たちはセレーナがアルを褒めたことに驚きを隠せない。これまで誰も褒めることはなかったセレーナが剣術科の生徒の「魔法」を褒めたのだ。それは、彼らにとって驚愕に値することであった。
「……んんっ、今日の授業は先日行った『魔法陣』の意味を理解するというものだ。まず、この魔法陣だが――」
サルサ教官は咳ばらいを一つして授業を再開させる。
サルサ教官は初級の魔法陣を展開させ、その魔法陣に記される文字の意味を丁寧に説明していく。かなり研究されているようで、その説明には一切の矛盾点も見受けられない。
アルの魔法適性も把握していたようだし、彼の教育への熱意は相当なもののようだ。
午前中の授業を終えて、アルはセレーナの後ろについて共に行動する。普段なら食堂へ向かう所なのだが、彼女が向かっているのは食堂とは反対方向だった。
先ほどから周囲の視線が痛い。
アルの制服が他とは違うというのも原因の一つだろうが、おそらく王女と行動を共にしていることに対しての僻みや物珍しさを感じているのではないだろうか。
セレーナはある施設の前で足を止める。この施設も綺麗に整備されている。ほんとうにいくらお金を使っているのかと気になるほどだ。
当然、施設の中に入るものだと思っていたアルだったが、彼女は施設の中には入らず、施設の脇にある小さなあぜ道を進み始める。そして、あぜ道を進んでいくとその施設の裏側にある小さなスペースに辿り着いた。
王女に仕えている使用人、名前をクラリスというが、彼女は慣れた手つきで地面に2、3m四方のシートを敷く。そして、セレーナはそのシートの上に正座をする。
「……普段からこのような所でお食事をとられているのですか?」
アルはクラリスにそう尋ねる。
アルの思っていた王族の暮らしからは相当かけ離れたような食事風景であり、これがこの国の王族の普通なのかと疑問を抱いたからだ。
しかし、クラリスは目を伏せて少し申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「――えぇ、殿下はお外でお食事をとられることが多いですね。出来れば室内、もしそれが嫌ならば馬車の中でもと、いつも言っているのですが」
「いいの! ……私がこの場所を気に入っているんですから」
クラリスの言葉に、彼女はそう被せる。
どうやら、アルの思っていた王族の暮らしの方が正しいらしく、彼女のような食事の仕方は普通では考えられないもののようだ。
しかし、彼女は学園に入ってからいつもここで食事をとっているらしい。理由は教えてくれなかったが。
「……貴方、どうして剣術科なのかしら?」
食事を終えたセレーナは、アルにそう尋ねる。
午前中の授業を受けてみて、アル以上の魔法を行使できるものは存在しなかった。セレーナの魔法も少し見てみたが、全力の魔法など見ることができるはずもなく、実際の実力については測る事ができなかった。
ただ、やはりステータスを見る限りアルの方が魔法の面でも優れているだろうことは分かる。
さて、どう返答すべきか。
アルは少し思案したのちに口を開く。
「入学時試験を受けられなかった、というのが理由になります」
アルは簡潔にそう答える。事実その通りである。元々アルは剣術科に進む気満々だったのだが、それはこの際どうでもいい。
「体調でも崩したの?」
アルの答えが余りにも簡単すぎたので、セレーナは更に深く質問を詰めてくる。
「いえ、領地からの道のりで少し」
既にノリスの街での一件は陛下の耳にも入っているという事なので、素直に話しても良かったのだが、あまり勘繰られるのも良くないと思ったアルは、あえて「話せない」というような意味を含ませながら言葉を濁す。
流石にその意図を感じ取ったのか、セレーナは「ふーん」と適当な相槌を返し、それ以上は追及してこない。
まだ一日しか共に行動していないが、セレーナに対するアルの印象は大分変化していた。
話すこと自体は好きなように見える。ただ、やはり前世の記憶を持っているのか、周囲の貴族たちとは意図的に距離を取っているように見えた。
また、権力を振りかざすこともない。
先ほどの質問も、アルに回答を強制させることは出来ただろう。ただ、これからの関係性や対面を考えた時にそれを選択しなかったという賢さや場面を読む力に優れている。
アルから見れば、「理想の王族」だった。
「……それよりあの馬鹿お――んんっ、我が父とはどのような関係なの? 貴方を護衛にといって聞かないのですけど」
セレーナは乱れそうになった口調を途中で立て直す。やはり、いつもは「馬鹿お○じ」などと呼んでいるようだ。思春期だから仕方がないだろう。
それにしても、セレーナからの質問に対してアルから言えることは殆どない。なぜなら、アル自身が一番その答えを欲しているからだ。
「――それについては私も驚いております。陛下とは一度謁見の間でお会いしただけなので」
「ふーん。まぁいいわ」
アルの答えに対して、セレーナは少し怪しむような視線を送ってくる。しかし、それはアルに対してではなく、アルを護衛に任命した父に対してだった。
午後の授業もつつがなく終了した。午後は学習面の授業だったため、アルに対する差別意識は少なく感じた。グランセル公爵家の令息であること、そしてアルの魔法の腕については既に噂になっており、そのことも影響しての事だろう。
「……護衛はここまででいいわ。ここからは護衛の騎士が控えているし」
帰りの馬車に乗る直前に、セレーナは護衛は不要だとアルに伝える。確かに、完全装備の騎士が複数名馬車の周囲に控えており、とてもアルの警備が必要とは思えない。
「分かりました」
アルは素直にその言葉を受け取る。
別にセレーナと一緒にいることは嫌というわけでは無いのだが、やはり彼女の後ろにいる陛下の影が見え隠れするので、気疲れしてしまうのは確かだった。そのため、早めに暇を与えられるのは願ってもいない事であった。
セレーナは馬車に乗り込む前にアルの顔をじっと見つめる。そして、少し視線を外しながら顔を赤らめる。
「……まぁ、護衛としては合格と言っておくわ。あくまで護衛として、だけどね!」
そう言い残して馬車の中に入っていく。「出して」というセレーナの声と共に、馬車はゆっくりと動き始める。
「確かに『変わっている』かな。……よし、次はソーマ達のほうに行かないと」
アルは少しずつ離れていく馬車を見つめながらそう呟く。そして、既に個別訓練場で訓練を開始しているだろう3人の友達の元へ向かうのだった。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございます!
先月に引き続き、今月も月間10万PVを達成しました!!
本当にありがとうございます<(_ _)>
また、総合ポイントも1,800ptに到達しました!
本当に、怖い位に伸びていてびっくりしています(笑)
これからも応援よろしくお願いします<(_ _)>




