121話 帰還
アルの最後の攻撃を受けて、オークは地面に力なく崩れ落ちる。
そして、オークの体は瞬時に消え去り、ダンジョンに吸収されていく。残ったのは、オークの討伐証明となる「オークの牙」と呼ばれる素材と、地に臥せる前にオークの手元から離れた棍棒だけだった。
魔物の死後、本来であればそこに死体は残る。ただ、どういうわけかダンジョンの中ではそれが適用されず、死体はダンジョンに吸収されていくのだ。そして、討伐部位と呼ばれる討伐証明になる素材がドロップアイテム的にその場に残るのだ。
今回のように、稀に複数のドロップアイテムが残ることもあるが、普通は一体につき一つのアイテムがドロップする。
クリスたちは荒い息のまま、ドロップしたアイテムを見つめている。未だオークを倒したという実感はないらしく、表情を強張らせて周囲を警戒している。
しかし、数秒後にようやく現状を理解し、徐々に込み上げてきた達成感が彼らを襲う。
「――よっしゃー!!」
ソーマは右手の拳を点につきあげて雄たけびを上げる。それにつられて、リリーたちも表情を緩ませる。
勝ったのだ。危険度Cランクの魔物に。
アルは、彼らの自信に満ちた表情を見つめながら、少し誇らしい気持ちを抱いていた。
それは、初めて担当した生徒を送り出す新米教師のような、そんな気持ちだった。
アル達は早々に「月の結晶」を入手して来た道を引き返していた。
月の結晶は地面から約1mほどの大きさがあり、そこから必要な分削り取るのが採取方法であるらしい。大きければ大きいほど価値が高くなるらしいが、今回はお金を稼ぐというよりも演習の課題を達成するという方が重要なのでそれほど大きくは削り取らない事にした。
アルの、「ある魔法」を使えばそれ以上に持って帰れるのだが、あえてその事は口に出さなかった。
「……それにしても、オークを見た時は生きた心地がしなかったです」
道中、クリスはそう振り返る。
何か一つの壁を越えたのか、彼女は行きよりも柔和な雰囲気でアルたちと接するようになっていた。未だに言葉遣いは丁寧であり、気が強いのは変わらないが。
「そうですね。私も同じです……」
彼女の言葉に、リリーも同調する。
リリーは、あの時の事を思い出して少し身震いさせる。おそらく、相当恐怖を感じていたのだろう。
「――そういえば、リリーさんのあれは何ですか?」
戦闘中の事を思い出したのか、クリスはそう尋ねる。
行き道の戦闘では、リリーは魔法を使わずに剣でのみ戦闘に参加していた。別にアルが禁止していたわけでは無いのだが、リリーなりに考えてそうしていたのだろう。
しかし、オークとの戦闘中に彼女は空中に魔法陣を描いて魔法を行使した。クリスの眼前での出来事なので、当然クリスもそれを目視している。
「――あれは、その~……」
リリーは答えに窮する。
以前、アルからあまり外で訓練をしないようにと言づけられていたため、この技術を人に知られることに対して何かしらの不安要素があるからだと考えたからだ。
「あれは魔法陣を用いた戦闘技術です。リリーさんは記憶力に長けていますから、魔法陣を瞬間的に描くことが出来ます。つまり、リリーさんだけのユニーク魔法と言えるでしょう」
答えに窮しているリリーに変わって、アルが解説をする。
クリスは、魔法についてはからっきしなようで、「魔法陣……ユニーク?」などと小さな声で呟きながら、眉間に皺をつくる。
どうやら、その技術を教えてほしいわけではなく、ただ単純に疑問を抱いただけのようだ。
アルたちは約2時間かけてきた道を引き返していった。
ダンジョンから出ると、既に複数組の生徒たちが帰って来ていた。ただ、皆疲労困憊であり相当な連戦を強いられていたようだ。
アル達はダンジョンの入り口付近に座っていた教官に月の結晶を提出する。確かダンジョンに潜る前は複数人の教官が控えていたはずだが、今は一人しかいなかった。押し付けられたのかな?
その教官はぱっと月の結晶を視界にとらえると、大きく目を見開いてそれを凝視する。
「……これは!」
アルの手から月の結晶を受け取った教官は、結晶の透明度や堅さを視覚や触覚を使って確かめる。
そして、月の結晶という確証を得たその教官は、アル達の顔を見て笑顔を見せる。
「この演習を始めて、これを持ってきたのは君達が初めてだよ」
彼は「ちょっと待っていてくれ」と一言残し、馬車の方へ走っていく。そして、数分もせずに帰って来たかと思うと、手に持っていた魔法道具を起動させて、アル達が持ってきた月の結晶を調べ始める。
「――うん、今日取られた物で間違いないな」
教官は小さく頷きながらそう呟いた。
その発言に対して、アル達は首を傾ける。
おそらく、不正を疑って何らかの調査をしたのだろうが、その結果彼が口に出したのは「今日取られたもので間違いない」という言葉だった。
つまり、所有者を確認したのではなく、それが入手された時間を調べたことになるのだ。
不思議そうに見ているアル達に気が付いたのか、その教官は先ほどの魔法道具をアル達の目の前に置く。
「……あぁ、これは冒険者ギルドから借り入れた『道具鑑定盤』といってね、それがいつダンジョンに出現したのかが分かる魔法道具だよ。魔物から取れたものなら魔物が倒された時、ダンジョン内の発掘品なら所有した日時がここに映し出される。」
確かに、「道具鑑定盤」には今日の日付とその時刻が映し出されている。
相当便利な道具だが、その原理はどうなっているのだろうか。
「それはどこでも手に入る物なのですか?」
アルは気になってそう尋ねる。
すると、その教官は小さく笑いながら首を横に振る。
「これはかなり貴重な物だよ。各冒険者ギルドに一つだけあるもので、こういう演習の時だけ貸し出しが許可されているんだ。普通は中々使わないけれど、今回の様に不正が疑われる時だけ使うんだ。――安心してくれ、君達の不正はもう疑っていないから」
そう言ってその教官は笑う。どうやら、最初は疑っていたようだ。
その後もその教官から話を聞いてみたが、その魔法道具は相当貴重なものなようで、教官ですらその原理や構造について知らされていないらしい。それを知るのは王国内でも限られた者だけらしく、国家機密レベルだそうだ。
アルはその話を聞きながら、何となくその構造を予想するのだった。
この時のアルは、大陸を震撼させるようなニュースが王都に届けられるなど知る由もなく、平和な生活を謳歌していたのだった。
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