12話 兄弟(2)
※ガンマ視点です。
「……ようやく、見つけたんだね」
ガンマとベルは三つ年の離れた兄弟だった。
二人とも同じ正妻の子だったこともあって、周囲からは同様に期待され、幼少期から比べられてきた。
しかし、周りはすぐに比べることをやめた。ガンマが優れていた以上に、ベルには大きな欠点があったからだ。
それは、対人交渉能力の欠落である。
貴族社会で生きていく上で、それは致命的な欠陥と言えた。
そのため、ベルは使用人たちから疎まれるようになり、反対にガンマの株はどんどん上がっていった。
しかし、ガンマとベルはそれなりに仲の良い兄弟だった。
あの日までは……。
「ガンマ兄さん! 今日も稽古に付き合ってもらえますか?」
もうすぐ5歳の誕生日を迎えるベルは、最近よく私に稽古をつけてもらおうと部屋までやってくる。ベルは私の弟だし、少し気難しいところもあるが、基本的には素直で優しい子だ。
「もう少し待っていてくれないか? あと少しでこの本を読み終える所なんだ」
私は今にも外へ駆けだしそうなベルにそう言う。
「……よく本なんて読みますね」
ベルは片眉を上げて少し呆れたよう顔をする。本を読むのが苦手なベルからすると、私のように好き好んで本を読むなんて異常者の様に感じていることだろう。
「本からしか分からないこともあるからね。本は先人たちの教えなんだよ?」
私は今まで何度か言ったセリフを口にする。そのたびに、ベルは「ふーん」とから返事するのだが、いつか彼にもわかる日が来るといいのだが。
「じゃあ、その本を読み終えたら中庭に来てください。兄さんが来るまで、僕は素振りをしていますので」
ガンマの説教から逃げるために、ベルはそう言って部屋を飛び出した。
「……やれやれ」
私は乱暴に閉められた扉の方を見てそう呟く。
思っていたより本を読み終えるまで時間がかかってしまった。
私は読み終えた本を本棚に戻し、急いで中庭へ向かう。待ちくたびれて怒るベルの顔は想像できるが、最後のクライマックス部分で止めるのは稽古に集中することもできないので、甘んじてその怒りを受け入れよう。
中庭に出ると、そこにベルの姿はなかった。
「あれ? おかしいなぁ」
今まで、今日のように先に行ってもらったことはあったが、いつも素振りをしているか木陰で休んでいるかのどちらかで、その場を離れるという事はないのだが。
私は、用でも足しているのかとその場で少し待つことにした。内心では、ベルの怒りが少しはマシであることを祈っていた。
しかし、10分経っても一向に来ない。
さすがにおかしいと思い、私は中庭にいる使用人に声をかける。
「ベルを見ませんでしたか?」
中庭にいた庭師に声をかけた。この時間帯、騎士団の方たちは修練場で訓練を受けているだろうし、メイドたちは部屋の掃除で屋敷内にいるはず。中庭にいるのは庭師の方と私たちぐらいのものだろう。
「ベル様ですかい? うーん、わしは見とらんですな」
庭師はそう言って、見習いたちの方へ視線を向ける。
「おい、お前らはどうだ?」
見習いたちは少し間を開けて、「知らないっすよ」と答える。その目は少し泳いでいて、その少しの動揺を私は見逃さなかった。
「……あなた達、本当に見ていないのですね?」
私は彼らに近寄る。彼らは数歩後ずさりながらも「知らねぇよ」とふてぶてしく答えた。
──いや、彼らは絶対に何かを隠している。
私はそう確信していたが、彼らを糾弾するような証拠もなければ、そう言った権限も持ち合わせていない。彼らはあくまで私の父の使用人たちであり、私の使用人などではない。勿論、彼らが私を害したならば何かしらの罰が下るだろうが。
「そうですか……」
私は自らを落ち着かせるように一息つく。今、感情的になっても仕方がない。彼らは十中八九何かを隠していそうだが、今はそれを知る事は不可能だから。
「……ところで、庭の手入れは順調ですか?」
私は彼らから庭師の方へ視線を移す。庭師の方も明らかにホッとした様子だった。もし、彼らが私に害を及ぼしたらと考えたら、気が気じゃなかったのだろう。
「へぇ、見習いたちがとろいんで、いつもよりは遅いですかねぇ。後はこのまま正門の方をやって終わりですがね」
私は庭師の話を聞いてその場を離れた。向かうのは正門とは逆にある修練場の方だ。
私は修練場の裏にある山へ入っていく。
山に少し入るといくつかの道が見えてくる。これは私とベルで拓いた道なのだが、それぞれに少し開けた場所へ続いている。
私は何となく右端の道を進んでいく。どうしてかこの道の先にベルがいる気がしたのだ。
──いた!
ベルは木の根元あたりで膝を抱えていた。やはり何かあったのだ。
「ベル……。何かあったのかい?」
私は蹲っているベルに声をかける。私の声にベルは驚いた様子で顔を上げた。
「兄さん」
彼は何か縋るような表情を見せた。しかし、それは一瞬の事で、すぐに目を虚ろに変えた。
「……何でもない。疲れたから休んでただけ」
ベルはそう言って屋敷の方へと歩き出す。それだけな訳が無いことは私にも分かっていた。
「稽古はどうするんだ?」
私は遠ざかっていく背中にそう言う。しかし、その背中はどんどん小さくなっていき、こちらを向くことはなかった。
それから彼は私を避けるようになってしまった。
あの日から、ガンマは色々と考えてきた。
後から聞いた噂では、あの日ベルは見習い庭師の少年たちに暴言を吐かれていたそうだ。
彼の目の色、彼の能力……。あらぬ噂が町中に拡がっていたために、彼らはベルを罵った。
その原因はガンマという存在が近くにいた事が大きかったはずた。
その事からガンマはベルに対して臆病になってしまった。彼にどのような言葉をかければいいのか、どうやって救えばいいのか分からなかった。
ガンマは、ベルから逃げる様に学園へ行き、帰ってきてからも積極的に関わろうとはしなかった。それはベルも同じで、二人の間には目には見えない大きな溝があったのだ。
しかし、その溝をアルは簡単に飛び越えて行った。
ガンマがいくら考えても、いくら願っても進めなかった溝を、彼は一瞬で超えて行ったのだ。
勿論、そのことに何も感じないと言えば嘘になる。自分に無いものを簡単に手に入れられる人間に思う所はある。
──あの時のベルも同じ気持ちだったのかな?
ガンマは自身の机に向かいながらそう思った。
──兄弟って難しいものだな。
真っ暗だった空には、もうすぐ朝日が登ろうとしていて、ほんのり明るくなっていた。
未だ拙い文章ですが、読んで頂きありがとうございます!今回はガンマとベルの昔話でした。
兄弟の仲って難しいものですよね…。
一見すると楽しそうですけど、周りから比較されてしまいがちですし、劣等感を感じやすい対象でもあるでしょう。
ガンマとベルも、仲良くやれるといいのですけどね(´・ ・`)