119話 野外演習(1)
早朝、学園には多くの生徒が集まっていた。皆、いつも以上にしっかりと武装を整えており、背丈や体格に合わないようなゴツゴツとした装備を装着している者も一定数いる。
かくいうアルは、簡単な胸当てや膝、肘を保護する簡素な装備であった。全身を覆うようなフルメイルは確かに耐久性は高いかもしれないけれど、その分操作性に欠け、ダンジョンのような狭い場所での戦闘には不向きであると考えたからだ。
「――これくらいか」
アルたちEクラスの担当教官をしているデイビットは自身の受け持つ生徒の人数を確認してそう呟く。彼の表情は少し寂しいような、それでいてホッとしているような表情だった。
基本的にはクラス単位で集まっているので、人数は簡単に把握できる。Eクラスは元々20名程度なのだが、今回の演習に参加しているのはアルを含めて8名しかいない。アルの知り合いである、ソーマ、リリー、そしてクリスは当然の様に参加している。
「予定の時間が来たから希望者は馬車へ乗り込め」
そう言ってデイビットは一つの馬車を指さす。一般的なサイズの馬車であり、大人なら5名程度で乗るようなものだった。ただ、まだ体格的に小ぶりな生徒たちであれば8名でも余裕があった。
馬車に乗り込むと、アルの右側にソーマが座りその隣にリリーが座った。最早、アル達3人は常に行動を共にするような関係性になっていた。
「今日向かうのは『ノースダンジョン』らしいですね。潜るのは一階だけらしいからGランク冒険者でも比較的安全なようです」
リリーからそのような情報がもたらされる。
ダンジョンについては、多少の知識がある。
王都付近には、徒歩でも行けるダンジョンが2つある。「ノースダンジョン」はその一つだ。
先日のワイルドボアやゴブリンの様に地上にも魔物は出現するが、ダンジョンはその比ではないほどの出現率があるらしい。階層を重ねるごとに出現率や魔物の脅威度は上がっていく傾向にあるらしく、どのダンジョンも1、2階層程度であればそこまでの危険はないようだ。
馬車は王都を出て北へ向かう。
今回の野外演習は他クラスとの合同演習であり、馬車は複数台用意されていた。アルたちEクラスとDクラスは一台だけだったが、Cクラスは希望者が多かったらしく二台用意されていた。後は担当教官を乗せた馬車が二台の計六台で進んでいた。
馬車の旅は思ったよりも短く、2時間もせずにダンジョンに到着した。
アルが思い描いたようなダンジョンであり、下へ下へと進んでいくタイプのものだった。入口こそ山の側面にあるが、すぐに階段のような物が見える。
馬車を降りたアル達はダンジョンの付近で待っているデイビットの元に集まる。デイビットは再度人数を確認して、口を開く。
「今回は剣術科C、D、Eクラス合同の演習になっている。クラスを跨ぐパーティーを組んでもいいが……あまりお勧めはしない」
デイビット曰く、クラスを跨いだパーティー編成は認められているらしい。ただ、デイビットはそれを勧めることはなく、自クラスでの編成を勧めていた。元々の知り合いで編成した方が各々の特徴を理解しているため危険が少ないという理由もありそうだったが、どうやらそれだけでもないように見える。
「パーティーは4名から5名程度で組むように。パーティーを組み終えた者からダンジョンに入り、所定の課題をこなすこと」
そう言ってデイビットはダンジョン付近に置かれている黒板のような物を指さす。そこには3つの課題が提示されており、傍には教官が複数人控えていた。
デイビットはそれだけ言って、その場を離れる。後は各々で進めろという事だろう。
パーティー決めは一瞬だった。元から仲が良い者達が示し合わせて参加していたこともあるのだろう。……ただ一人を除いて。
「……クリスさん。混ざりますか?」
アルは一人キョロキョロと周りを見ている女子生徒に話しかける。どうやら、彼女は未だ友達と呼べる存在がいないようで、今回も単独で参加を決めたようだった。
デイビットが言っていたことを踏まえると、他のクラスとの合同パーティーはあまり良くなさそうだったので声をかけてみたのだ。
クリスはアルからの誘いに一瞬表情をほころばせる。しかし、すぐにいつものキリっとした表情に戻り、しまいには恥ずかしいのか頬を紅潮させる。
「……よろしくお願いします」
ただ、一人で進むわけにもいかないのでアルからの誘いを受け入れた。後で「友達がいないわけではないです」と悪あがきはしていたが。
早々にパーティー編成を終えたアル達はダンジョンを潜っていく。
EクラスやDクラスは元々参加者が少なかったこともありすぐにダンジョンへ潜っていったが、参加者の多いCクラスはパーティー編成に時間を食っていたようで、少し遅れていた。
「課題はスライム10体の討伐、コボルト若しくはゴブリン5体の討伐。あとは――」
「――月結晶の採取です。ただ、これを目指すのは現実的ではないでしょうね」
歩きながら課された課題の確認をしていると、クリスから意見が出る。
一見すると、月結晶の採取が一番簡単そうであり、戦闘に関わらない課題に見える。しかし、クリスの提案にアルとリリーは首を縦に振る。
「え、何でだ?」
ソーマだけがクリスの提案の意図が分かっていないようで、どうしてこの課題を除外するのかと尋ねる。
「月結晶は1階層の最奥にしか出現しないレアアイテムなの。奥を目指していると、他の課題も自動的にこなすことになるから」
ソーマの問いかけに対して、リリーが分かりやすく解説する。
月結晶は市場にもあまり流れてこないアイテムだ。レアアイテムといっても、活用方法は少なく2階層以降を攻略していくような冒険者からはあまり旨味がないと相手にされず、駆け出しの冒険者がお小遣い稼ぎに取りに行くくらいのアイテムであった。そのため、市場に出回る量が少なくて需要も少ない、外れアイテムとしての認識が強い。
ただ、アルは別の提案をしてみる。
「第一目標を月の結晶にしてみませんか?その道中に出てきた魔物は積極的に倒していって、課題の数を倒し切れば戻る。もし倒し切れないとしても奥まで行って月の結晶を入手する。……これでどうですか?」
アルの提案は一番の目標を「月の結晶の採取」とし、途中で他の課題をこなしていくというものだ。
最初は否定的だったクリスやリリーも、アルの提案に小さく頷く。その方が効率的であり、正しいと感じたのだろう。ソーマについてはもとより最奥まで行くつもりだったのか、大きく頷いている。
「――では、一応最奥を目指しつつ課題をこなしていきましょうか」
「そうだな! どっちにしても奥に進めば魔物とも出会うだろうしな!!」
ソーマは嬉しそうにそう言う。腰にはアルから渡された剣ではなく、以前から使用している片手直剣が下げられていた。流石に未だ馴れないあの剣を使う事は諦めたようだ。
「結構進んでいますが……想像以上に魔物が出てきませんね」
アル達がダンジョンに潜ってから、すでに2時間近くが経過していた。その間に遭遇した魔物の数はスライム4体、ゴブリン2体のみ。すでに相当奥まで進んできているが、地上とさほど変わらない数の魔物にしか遭遇していなかった。
そして何よりここ30分ほど一体の魔物にも遭遇していなかった。流石にこれはおかしい。
「……えぇ、聞いていた話だと相当な魔物が闊歩しているとのことだったのですが」
クリスも同じように考えていたらしく。表情には困惑の色が映し出されている。リリーやソーマも想像以上に魔物が出てこないことにかなり違和感を覚えているらしい。そして何より……。
「それに他の奴らも見ないよな。もしかしてルートを間違えたのか?」
そう、ここまで来て他の生徒たちに合わなくなった。ダンジョン内は数多くの分かれ道があり、ルートは何通りも存在している。普通は他のパーティーとの遭遇があっていいはずなのに、ここまでそういった遭遇はほとんどない。
その事に対してかなりの不安を募らせていた。ただ一人を除いて。
「……いや、間違っていないと思うよ」
アルはそう宣言する。アルには他の誰にも見えない物が見えており、今自分たちが進んでいるルートがダンジョンの最奥に進む最適なルートだと確信していた。
それは「魔力」だ。
ダンジョンには行った時から、アルはギフトの「魔眼」を発動させていた。そして、ダンジョン内に魔力の流れがあることを見抜いていたのだ。
ダンジョンの魔力は最奥に向かって進んでいく。つまり、その魔力の流れを追っていけば正確なルートを進んでいけるという寸法だった。
それから10分もせずに、アル達の目にある光景が飛び込んでくる。
それは特徴的な黄色の結晶がダンジョンの地面から生えている、そんな光景だった。
「……嘘。あれって」
「――月結晶! ……何故こんなに早く?」
クリスとリリーは目の前の光景に驚きを隠せなかった。
通常、ノースダンジョン1階を踏破するのに最速でも3、4時間を要するという事前知識を持っていたからだ。しかし、ここに来るまでにまだ2時間ほどしか経過していなかった。それは、彼女たちの中で信じられない大偉業だった。
ソーマは月結晶を見つけて少し歩くスピードを速めてアル達を追い越していく。しかし、アルの視界にある物が飛び込んでくる。
「――ソーマ!」
アルはソーマの腕をつかんで引き留める。何も知らないソーマは少し怪訝な表情を浮かべるが、数秒後に現れたある存在に声を失う。
それは緑色の肌を持ち、片手には大きな木製の棍棒を握った魔物だった。一見するとゴブリンのような風貌だが、その大きさはゴブリンの比ではない。
「……おいおい、あれって」
いつも強気なソーマだが、目の前の魔物に恐怖を感じずにはいられない。それほどに、驚異的な存在であったのだ。
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オーク
危険度:C
腕力と耐久度に優れた魔物。棍棒を振り回す器用さも持っている。知能は低く、群れをなすことは少ないが、上位種であるハイオークなどに付き従う事で群れをなすことはある。
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本来、こんな1階層にいる魔物ではない。オークは、ノースダンジョンの5階層あたりでようやく出てくる類の魔物であり、ここにいていいはずがないのだ。
クリスとリリーは事前にノースダンジョンについて調べていたためにオークがいることに驚きを隠せない。二人は既に恐怖のあまり足が震えており、もはや動ける状態ではなかった。
本来ならば逃げの一手だ。しかし、状況は最悪だった。
オークの目は弱く震える存在である標的をしっかりと捉えていた。
「……さて、どうしようかな」
アルは目の前の敵を見据えつつ、後ろで動けずにいる仲間を見てそう呟いた。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございます!
寒い。寒すぎる~!!
皆様、風邪など引かないように暖かい格好で過ごすようにしてくださいね。




