118話 魔物との戦闘
個別訓練場での訓練が始まって約一週間が経過した。ソーマ達は日を追うごとにめきめきと成長している。
リリーは魔力操作をある程度ものにしつつあり、たった一つではあるが、アルの編み出した魔法陣を行使できるようになった。水属性の初期魔法である「ウォーターボール」を少し弄り、必要魔力量を抑え魔法の規模を押さえつつ、貫通力を強化した魔法陣だ。
彼女のギフト「瞬間記憶」によって、アルの編み出した魔法陣を記憶できることは、彼女が魔法陣を構築するのに大きな影響を与えており、魔力操作を長時間継続できるようになれば、もっと複雑な魔法陣も構築できるようになるだろう。
対して、ソーマはアルとの組手によって相当剣の腕を上げた。
以前スキル欄にあった剣術スキルは「片手剣(3)」であったのに、今では二段階も上昇し「片手剣(5)」にまでなっている。剣術スキルだけ見ればアルよりも高い水準にまで上昇している。
リリーの成長速度も目を見張るものがあるが、正直ソーマの成長速度に比べると見劣りしてしまう。それほどにソーマの成長は規格外であった。
予想以上に速い速度で成長していく二人に対して、これからどのような訓練内容を用意するかと考えながらアルは自身の所属する「剣術科Eクラス」の教室の扉を開く。すると、教室内の雰囲気がいつもとは違うように感じる。
アルは少し不思議そうに周囲を見る。どうも、いつもよりも雰囲気が少し暗い印象を覚える。
何故なのか疑問に思いながら席に着くアルだったが、その後すぐにその理由を知ることとなる。
暗い雰囲気が漂う教室に、デイビット教官が入ってくる。
いつもは始業時間ギリギリに入ってくる彼だったが、今日はいつもよりも数刻早い入室であった。彼は教室の生徒たちをぐるっと見渡して、教卓の前に立つ。
「――知っている者もいるかもしれないが、明後日は終日で野外演習を行う予定となっている」
――なるほど、そういう事か。
アルはデイビットの口から発せられた「野外演習」という単語を聞き、今日の教室の雰囲気の暗さに合点がいく。
「ただ、この野外演習は自由参加だ。参加しなかったからと言って卒業が出来ないなどという支障はないが、成績優秀者を目指している者は絶対に参加しなければならない」
成績優秀者になるには「野外演習」への参加が絶対条件のようだ。
以前ベルから聞いた話では、高等部から野外演習は始まるらしく、学年を重ねるごとに演習の難易度が上がっていくらしい。アル達1学年の演習についてはそこまで高い難易度ではないらしく、殆どの者が無事に帰ってこられるらしい。しかし――。
「……戦闘もあれば、命の危険もある演習だ。だが、演習で得た素材などは各自の自由となっている。換金するもよし、素材として保持するも良いだろう。……ただし、演習であるため何か部隊に害をなす行動を取ったものは退学もあり得る。その点も踏まえて参加を検討するように。……では、今日の授業に入る――」
デイビット教官は生徒たちに緊張感を与える。
1学年の演習はそこまでの危険はないらしいが、かといって安全というわけでも無い。適度な緊張とプレッシャーを与えないと大惨事につながりかねないのだ。彼の目論見通り、生徒たちの間には緊張感が走った。
「……演習か」
アルはアイザック王国の歴史の授業を行うデイビットの声を聞きつつ、来たる野外演習に思いを馳せていた。
午後の野外訓練場での実技授業を受けている時、ソーマとリリーがアルの元にやってくる。
「――アルは参加するのか?」
ソーマはそう尋ねる。今は実技訓練の休憩時間なので、アルの周りにはソーマたち二人しかいない。
いつもは明るい表情が絶えないソーマだったが、今の表情からは緊張感が窺える。おそらく、野外演習への不安とプレッシャーに呑まれているのだろう。
「うん、参加するつもりだよ」
「――だよな!」
アルが参加する意思を示すと、ソーマは少し安心したような表情を浮かべる。彼なりに自分たちの安全を考えてのことなのだろう。
しかし、そんなソーマに比べてリリーの表情は未だ暗いままだった。
「私は……大丈夫でしょうか」
リリーは完全に不安に呑み込まれていた。彼女たちはここ一週間でしっかりと成長している。それはステータス欄にあるスキルを見れば一目瞭然だった。
しかし、彼女たちはアルのようにスキルを見ることはできない。そのため、自分の成長を確認できずに不安に苛まれているのだ。
アルはそんなリリーの表情を見て、あることを決める。
「そうですね――もし不安なら、今回は少し変わった訓練をしましょうか」
アルは笑顔でそう言う。
おそらく、これならば彼女たちも自信をつけられるはずだ。
アルたちは今、王都の外にいた。
周りには大きな草原が広がっており、いきり立った「猪」の魔物がリリーめがけて突進してくる。
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ワイルドボア
危険度:D
鋭い牙と標的への突進が武器の魔物。
細かい動きは苦手だが、標的への一直線な突進にはかなりの威力がある。
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「――リリーさん、焦らずにいなすように敵を引き付けてください。ソーマはもう少し早めに攻撃の態勢を作って!」
アルは戦っている二人に指示を飛ばす。
リリーはワイルドボアの突進に腰が引けており、相手に動きを読まれている。そのため、早々に避ける軌道に合わせて進路を調整されてしまっていた。逆にソーマは出遅れている感がある。おそらく人間以外の魔物と戦うことになれていないせいか、動きにとまどっているようだ。
「ワイルドボアは直線状にしか動きませんし、リーチもありません。引き付けて少し避けてやれば相手はこちらを認識できませんから」
アルのアドバイスを受けて、2人はそれぞれに試行錯誤しつつ攻撃を行う。
リリーは相手を引きつけつつ、剣でその攻撃をいなしていく。そして、隙を見つけては魔法陣を空中に描いて無詠唱魔法を繰り出す。当たっている数は少ないが、確実にワイルドボアの体力を削っているようだ。
それに対して、ソーマはリリーたちの戦闘を冷静に見据えつつ、大きな隙を見つけて強攻撃を仕掛ける。手数こそ少ないものの、リリーの攻撃よりもワイルドボアからすれば脅威であった。
二人は的確に攻撃を当てていき、ついにワイルドボアはその場に倒れた。
「――よし!!」
二人の表情は、達成感からか少し崩れる。
先刻までは不安で仕方なさそうな表情を浮かべていたリリーだったが、今や体を動かしてアドレナリンが出ているからか生き生きとした表情を浮かべていた。
そんな時、草原の草むらからもう一匹のワイルドボアが顔を覗かせる。
二人は先ほどの戦闘で多少の疲労が見える。
「……もう一体は僕がやります。ちゃんと見ていてください」
そう言ってアルは一人でワイルドボアに対峙する。そして、腰に下げた片手剣を鞘から引き抜く。至って普通の剣であり、大貴族の坊ちゃんが持つようなものではない。
アルは剣を持たない左手を使い、一瞬で魔法陣を組む。それは、ひどく洗練された動きで、指には一切の迷いがない。
魔法陣から放たれたのは風の魔法だった。しかし、ソーマ達からすると何が起こっているのか全く分からない。それは、風の魔法が相手の進行を阻害するような働きを持った間接的に効果を生むような魔法であり、周囲からは視覚的に捉えるのが困難な魔法だったからだ。
しかし、2人はアルが何らかの魔法を行使したことは分かっている。リリーの戦闘を見ているから、魔法陣が行使された後にその魔法陣が消えるのは、魔法が行使されたからか時間経過によるものだと理解しているからだ。
アルは即座にワイルドボアの側面に移動する。しかし、ワイルドボアはアルの動きについていけず、方向転換さえままならない状態であった。それは、先ほどまでワイルドボアと戦闘していたソーマ達から見ても異常な光景であった。
アルは剣を腰もとに構える。
ソーマ達が見たのは、一瞬でアルが反対側に移動し、その直後にワイルドボアの首が落ちる所だった。
「……すげぇ」
剣についた血を払いつつ鞘に納めるアルを見ながら、ソーマはそう呟く。リリーに関しては言葉を発することさえ難しい状態だった。
しかし、アルは平常運転でソーマ達の方に戻ってくる。
「僕の戦闘スタイルはリリーさんに近いです。いずれはリリーさんも同じような戦い方ができるようになりますよ」
「私も同じように……」
アルの一言に、リリーは少し疑わしい表情を浮かべていた。
自分があんな戦いかたができるとは到底思えなかったからだ。しかし、今までアルが言ったことに嘘はなかった。
もしかしたら、いつかは私も……。そんな気持ちがリリーの中に生まれていた。
「もう少し戦って今日は帰りましょう。明日も授業がありますしね」
そう言ってアルは次の目的地を二人に伝える。
ソーマ達は緊張とあまりの現実離れした戦闘をみた興奮からか、あるべき死体がそこに無い事に気が付いていなかった。
「――疲れた~!」
ソーマは大きな声でそう叫ぶ。
あれからワイルドボアを数体とゴブリンを10体ほど倒した。Gランク冒険者3人でこなす量の戦闘など優に超えている。
「二人ともお疲れ様です」
アルは二人を労う。といっても、アル自身魔物と戦う経験は少なく、適度な疲労は感じていた。ただ、アルの場合はステータス的に優位な戦闘であったため、他の2人に比べると楽な戦闘であったのも確かだった。
アルは隣を歩くリリーに視線を向ける。
「どうでしたか?」
「……まだアルフォート様のようにはできませんし、力の差がはっきりとあることは分かりました」
アルの問いかけに、リリーは少し暗い表情でそう答える。
戦闘技術、経験、能力……。すべてがアルのほうが高い水準にある。それも、力の差があることは分かるが実際にどれだけ離れているのかについては測りきれなかった。
「――ただ、自分が成長していることも分かりました……自分の向かうべき方向も」
リリーは力強くそう言う。
自分が向かうべきは魔法と剣術との複合である。リリーはそう考えた。
アルと同じようには難しいかもしれないが、今日の戦闘で何となく自分の現在地と向かう方向はつかめた気がしていた。
「二人とも、早くしないと置いてくぞ~!!」
後方をゆっくりと歩いていたアル達に向かって、ソーマが大声で声をかける。
――こんな日常もいいかもしれない。
アルは夕日に照らされるソーマの背中を見つめながらそう感じていた。
今回も最後まで見ていただきありがとうございました!!
ようやく冒険者っぽい活動をしましたね。多少の物語の進展の見られたのではないでしょうか。
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