117話 二人の成長
「――おぉ、すげぇ!!」
初めて個別訓練場に入ったソーマは、新しいおもちゃを買ってもらった子供のように目を輝かせて周囲を見渡している。
そして、彼の後を追うようにリリーが入ってくる。彼女の顔には、何となく安心感のような物が感じられる。どうやら話はできたみたいだった。
「――ソーマくん、そろそろ訓練を始めようか」
アルは訓練場内をウロウロしているソーマに声をかける。
アルの声掛けに応じてソーマはアルの方へ走ってくる。しかし、何かが引っかかるようで、小さく首を傾けていた、
「――呼び方、ソーマで良いぜ。俺もアルって呼ぶし」
アルの近くに辿り着いたソーマはそう言う。
確かに、彼らが将来冒険者として活動していくなら、これから一緒に行動することや交流することも多くなるだろう。それならば今のように堅苦しい言葉遣いは良くないかもしれない。
「分かり……いや、分かったよ、ソーマ」
「へへっ」
アルの言葉遣いの変化に、ソーマは少し嬉しそうな表情を浮かべている。……それにしても、彼の方は以前から「お前呼び」だった気がするが。
「まず、ソーマにはこれを」
アルは腰に下げていた一振りの片手直剣をソーマの方に差し出す。それは白を基調にした鞘に青色の波のレリーフが刻まれた剣であり、少し見ただけでかなり高価な品であることが分かる。
ソーマは差し出された剣を受け取る。すると、その重さに驚く。
「重っ!」
何とか持つことは出来るが、これを振るとなると相当な力が必要になる。ソーマのように成長が遅い人間からすると絶望的な重さと言えた。
「まだそれを渡すのは早いかもしれないけど、いずれ君には必要な物だから。今の内から手に馴染むように使ってみて」
アルは事も無げにそう言う。
アルには「鑑定眼」を通して彼のステータスが見えている。そのため、今の彼でも「その剣」を使いこなすだけの筋力が備わっていることを知っている。ただ、状態異常の「呪い」のせいでそのステータスが限定されているだけで。
呪いの解呪方法は分からない。ただ、彼の時間も無限にあるわけでも無い。そのため、今から良い武器に慣れてもらおうという魂胆だった。
ステータスの事については、まだ触れられない。ソーマ達の事を一切信頼していないわけでは無いが、打ち明けるにはまだ早いと思っていた。そのため、ソーマにかける言葉はなかったのだ。
アルは重そうに剣を振るソーマをチラッと見た後、視線をリリーに移す。
「次に、リリーさん……どうでしたか?」
アルの問いかけに反応し、リリーは「魔力の増加術」を始める。アルは「ギフト:魔眼」を行使して彼女の魔力の流れを見る。
「――うん、上手に出来ていますね。効果も出てきています」
リリーの魔力は正常に動いている。アルやベルの様に顔の方には魔力を流すことは出来ないようだが、脚や腕といった四肢には魔力の管が開通していた。
アルの言葉に、リリーは嬉しそうな表情を浮かべる。
「はい。昨日だけでMPが50も上がったんです」
確かに、ステータスを見てみると彼女のMP最大量が「50」ほど上昇している。
最初の方は伸びやすいのだが、たった1日で50も上昇するのは珍しい。おそらく、かなりの時間を使ったのではないだろうか。彼女の性格を考えると有り得なくはない。
「この調子で毎日続けてください。僕の予想では、『魔力の増加術』だけで500から1,000くらいは違いが出てくると思います。……といっても、個人差はあるんですが」
魔力の伸び方は個人差がある。
アルの場合は「50,000」で頭打ちとなり上昇することが無くなったが、ベルの場合は「5,000」で頭打ちとなっている。それに、アルの場合は少しやっただけで上限の値にまで到達したが、獣人メイドであるニーナの場合は一回当たりの上昇値が非常に少なく、今だ上限の値には到達していないらしい。
このように、上昇の仕方も上限の値も完全に個人差があると分かる。
「……『魔力の増加術』?」
さっきまで必死に剣を振っていたソーマだったが、いつの間にかアル達の会話を聞いていたらしく、首を傾げながらそう呟く。
それに対してリリーが説明をし始める。ソーマにも「魔力の増加術」を試してもらいたいし、丁度いいのかもしれない。
「さて、本格的な訓練に入りましょう。まず、リリーさんにはある技術を習得してもらいます」
そう言ってアルは人差し指を立てて前に突き出す。そして、魔力壺から流れる魔力を指先に集中させる。
すると、白い光が指先から溢れ始める。その光はアルの手の軌道に沿ってその場に残り、空中にアルの描いた文字が浮かび上がった。
「すげぇ! 文字が浮かんでんじゃん!!」
ソーマは目を輝かせながらその光景を見ていた。リリーについては驚きで声も出ない様子だった。
「これは魔力で文字を作りだしています。かなりシビアな魔力操作が必要なのですが、これを習得できるとこのように――」
アルは指を素早く動かす。すると、アルの指の軌道を追うように光の文字は魔法陣を構築していく。
「――魔法陣を空中に描くことが可能になります」
そこには見事な魔法陣が構築されていた。この魔法陣に適量の魔力を注ぎ込めば詠唱なしで魔法が放てる。
リリーはアルと同じように指先に魔力を集中させてみる。すると、小さく淡い光が指先で細かく弾けるように光りだす。その光景を見て、リリーは表情をほころばせる。
ただ、アルは少し違う。
「リリーさんはこれを練習してください。――ただ、外での練習は極力控えてください。まだ、広く知られている技術ではありませんし、僕自身これを人に教えるのは初めてなので、何か問題が起こってはいけないので」
魔力の操作は危険を伴う場合がある。本来は魔法などを発動させる源でもある魔力を指先でコントロールしようとしているのだ。加減を間違えたり、使用方法を間違えると大惨事になりかねない。
リリーもアルの真剣な表情から事の重大さが理解できたのか、深く首を縦に振る。
「次に、ソーマ。……君は剣術を極めていくべきだと思う。だから、ソーマは僕と組手をしよう」
アルの方針にソーマは少し驚いた様子だった。
「……筋トレじゃないのか?」
ソーマは自分の非力さに多少のコンプレックスを持っているようで、当然のように筋力を上げるようなトレーニングを課されるものとばかり思っていた。しかし、アルから出たのはアルとの組手。それも剣術を極めるためだという。
本当にその方針であっているのかと少し疑問を覚えたのだ。
「今のソーマには必要がないかな。今やるべきなのは技術を伸ばすことだね」
アルはそう言い切る。
今のソーマにはトレーニングなど必要ない。なぜなら「呪い」によって制限されているだけで、本来は高いステータスを有しているからだ。
解呪方法が分からない今、彼がなすべきなのは自身の剣術を磨くことなのだ。
ソーマは静かに頷く。そして、すぐに戦闘態勢に入った。
リリーは既に真剣な表情で自分の訓練に集中している。アルはその様子を確認して、自分も戦闘態勢に入る。今、2人が握っているのは訓練用の木剣だ。
ソーマは右手に握った剣を左腰のあたりの下段に構える。体勢はかなり低く、瞬発的な動きが予想される。対してアルは剣道の様に剣を両手で握り前に突き出すという、この世界では珍しい構えを取る。
先に動き出したのはソーマだった。彼は後ろに引いた左足で地面を蹴り、一気にアルとの距離を詰める。その動きは洗練されており、ソーマの長い研鑽が見て取れる。
しかし、圧倒的に速度不足であった。アルはソーマの動きをしっかりと目で追いながら最短の距離で避ける。ただ、そこからがソーマの狙いだった。
ソーマは真横に振り抜いた右手を素早く反転させ、斬撃の方向を変化させる。それは、並みの剣術ではなく、相当な手練れだけが出来る動きだった。
「――!?」
しかし、ソーマの剣がアルに届くことはない。反転させた剣筋にアルの姿はなかった。そして、気が付いた時には後方から木剣が首もとに突き付けられる。
「……もう一回」
ソーマは小さくそう呟く。
それから何度も何度も組手は続き、訓練場にはソーマの「もう一回!」という大きな声が響き渡っていた。
「――はぁ、やっぱり強ぇな!」
ソーマは荒い呼吸を鎮めつつ天を仰ぐ。
ソーマは回を重ねるごとに剣術を進化させている。それは異常な速度であり、流石のアルも驚いていた。
今回の組手で、アルは何一つとして口頭での指導はしていない。元から彼の剣術のセンスは良いとは思っていたが、アルが繰り出す技術を説明されることなく徐々に盗んでいく。それは、本当に異常な速度であった。
「……いいな」
「ん? 何か言ったか?」
アルの呟きにソーマはそう聞き返す。その顔には達成感と自分のこれからへの希望しかない。
「――ううん、何でもないよ」
アルは彼の表情を見て、そう答える。初めて、アルは誰かの「生き方」を羨ましく思ったのだった。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございます!
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本当にありがとうございます<(_ _)>
また、評価ポイントの方も90名以上の方が押して下さっているようで、こちらもとても嬉しく思っています。
ポイントの為に書いているわけでは無いですが、やはり皆様に読んでもらっているのだという実感は湧きますし、やりがいにもなります。
これからもマイペース、スローペースで物語を進めていきますので、もうしばらくお付き合いください!
 




