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115話 訓練場と過去の清算




 いつもの様に授業と実技訓練を受け終えたアルとリリーは、剣術科エリアの中にある「個別訓練場」へ向かっていた。


 個別訓練場は剣術科エリアの最奥にある施設で、3棟の建物が乱立しているエリアを言うらしい。



「――それにしても、よく貸し出しの許可が出ましたね」



 個別訓練場は、普段は使用できず教官などの訓練や成績優秀者の為だけに貸し出される施設らしいのだが、アルが訓練できる場所はないかと担当教官のデイビットに尋ねたところ簡単に貸し出しの許可が出た。


 その時は特に気にしていなかったが、後々考えると問題がある行動なのではないかと感じた。



「僕も貸し出しの許可を貰ってから個別訓練場の存在を知ったので、許可が出た時は何も感じませんでしたが……。まぁ、デイビット教官が良いというのだから、良いのでしょう」



 アルの回答に対してリリーは納得したように小さく頷いている。


 アルは他の生徒たちよりも1週間ほど遅れて入学したため、入学してすぐに行われた施設見学などには参加できていなかった。そのため、個別訓練場という施設があることを知らなかったのだ。



 聞くところによると、学者などが研究を行っている研究施設や宮廷魔術師が魔法の実験を行う実験エリアなども学園内にはあるらしい。この学園はかなり広いし、それらの施設のあるエリアに入るには教官の許可が必要らしいので、知っていても行くことはできないのだが。



 他の施設の事は置いておくとして、こうして訓練場を貸し出してもらえるのは有難い。


 アルがリリーに教えている所を他の生徒たちに見られると、他にも弟子入り志願と言って集まってくる者たちが増えかねない。学園を卒業して独り立ちするまでは悪目立ちしたくはないので、出来れば隠れて訓練を行いたいと思っていたところだった。


 

 屋外訓練場から歩いて10分くらい経っただろうか。デイビット教官に言われた通りの道順を進んでいくと、徐々にそれらしい建物が見えてくる。



 そこには西洋風ではあるがどことなく和のテイストを踏襲したような建造物が3棟建っている。


 平屋で一つ一つの建物はそれほど大きくはない。平屋といっても床は地続きであり、地面の上に(ひさし)のような屋根が付いているような建物だった。一応厳重そうな大理石の壁と扉があり、外から訓練の内容は見えないようにはなっている。


 建物の大きさは小さいが魔法などを使用しない単純な剣術による訓練ならばこれくらいで十分だろう。



 アルはデイビットから許可をもらった3号棟へ向かい、施錠された扉の錠を開錠する。そして、その重そうな扉に手をついて押し開ける。


 想像通りかなりの重厚感があったが、少し動けばあとは勝手に開いた。



「ここが個別訓練場ですか……」



 アルの後方からリリーは建物の中を覗き込む。中には、剣術の訓練に用いる木や藁で出来たかかしが数体と各種武器がずらっと並んでいた。アルたちが現在行っている授業で用いているのは木剣のみだが、ここには槍や大剣、弓などの武器がそろっていた。


 確かに、訓練場としては優秀な施設と言える。


 リリーは小さな声で「……すごい」と呟きながら色々と物色していく。気になった武器を手に取り、少し振ってみては元ある場所に戻していく。それを数回繰り返した後、アルの方に戻ってくる。


 さっきまでの好奇心旺盛な瞳ではなく、今は真剣な瞳がアルの方に向いている。そう、ここに来たのは遊ぶためではないのだ。


 アルは彼女の真剣な表情を見つめつつ、口を開く。



「……まず結論から言うと、リリーさんには剣術の才能はないと思います」



 アルはそう言い切る。アルの言葉に、リリーから多少の落胆が伝わってくる。


 しかし、本人も自覚していたのか、特に何も言うことはなく未だ真剣な表情でアルの事を見据えている。彼女の精神的な強さは尊敬に値する。


 

 しかし、やはり剣術においてリリーに才能はないということに変わりはない。「剣の道」という剣術スキルが伸びやすくなるというギフトを持っているソーマに対して、リリーのギフトは剣術には到底向かないものだった。そして、レベルアップ時のステータス上昇値の値を見ても、彼女とソーマとの間にはいずれ明確な力量差が出ることは必至だった。


 だが、アルの頭の中には彼女の才能を活かせる方法が浮かんでいた。



「――ただ、リリーさんの持つ『特異体質』を有効活用できれば、強くなることは可能だと思います」



 「特異体質」。それは、アルの「鑑定眼」でいう所の「ギフト」である。


 ステータスという物が一般には存在しない価値観であるため、「ギフト」という存在も知られてはいない。人はその事を「特異体質」と呼び、あまりよい印象を持たない。グランセル公爵家の使用人であるクランも、以前自分の「特異体質」の為に居場所をなくしていた。


 アルの口から「特異体質」という単語が出た時、リリーは小さく眉に皺を作り、少し悲しそうな表情を浮かべる。



「……何で私の『特異体質』の事を知っているんですか?」



 彼女はアルの顔色を伺いながらそう尋ねる。


 アルへの「疑惑」というよりは、自分への「蔑み」という感情が色濃く映し出されている。おそらく、彼女にとって「特異体質」とは忌み嫌う力なのだろう。


 アルは彼女の目を一直線に見つめる。そして、その目をそらすことなく、ゆっくりと口を開く。



「……僕には人の『特異体質』を見る力があります。それが僕の『特異体質』です」


「『特異体質』を見ることが出来る『特異体質』……?」



 リリーは複雑な表情を浮かべながらそう呟く。


 それは、自分と同じ「特異体質」持ちだという事への仲間意識と、その反面で自分の弱いところを全て知られてしまったという羞恥とが混ざり合ったような、そんな複雑な感情だった。



「……気味悪いですよね、私」



 彼女は小さな声でそう呟く。



「……私の家はそこそこ幸せな家庭でした。両親も優しかったですし、貧しくて飢えることもありませんでした。……でも、私にこの『特異体質』があることを知った両親は私を領主に売ろうとしたんです」



 彼女が語ったのは、自身の過去だった。


 信頼していた両親に、自分の「特異体質」が原因で売り出されそうになった。信頼していた人間からの裏切りが彼女の心を蝕んでいるのだ。



「――私はそれを知って逃げ出しました。その街は、ここから馬車で2,3日離れたところにある街でした。……私って変ですよね。その時の両親の顔……私を売るために見せたあの笑顔が……ずっと忘れられないんです」


 リリーの話を聞いて、アルは一か月前に訪れた一つの街が頭に浮かぶ。おそらく彼女はその街の出身なのだろう。


 確かに、あの街の人間ならばあり得ない話ではない。自分の身を守るために、子供を領主に引き渡す。それくらい、あの街の人たちは精神的に追い詰められていたのだ。


 ただ……だからと言ってリリーの両親が彼女にしたことは決して許されない。今現在、彼女はその事に対して心を痛め、彼女自身の精神を蝕んでいる。


 アルは彼女の頭に手を置く。そして、優しくなで始める。



「――え、アルフォート様?」



 いきなりの事にリリーは戸惑いを隠せないでいた。


 アルの温かい手が自分の頭の上で動いている。嫌な気はしない。それどころか、アルの手から伝わる温もりが心地よかった。



「辛い思いをしたんですね」



 アルの優しい声が頭上から聞こえる。すると、急に視界に靄がかかったように滲み始めた。


 温かい温もりに優しい言葉。リリーの心が徐々に解きほぐれていく。



「……今日までその事を心に秘めて、一人で頑張って来たんですね」



 アルの言葉に涙が零れ落ちる。


 王都に辿り着てから、この体質の事は誰にも言えずにいた。冒険者となり、ソーマと知り合ってもまだ。



「リリーさんは偉いですね。だから、自分を蔑むのは辞めてください。……僕はリリーさんの人柄が大好きなんですから」



 アルの言葉は、リリーの心を捉えて離さない。


 優しく、それでいて頼りがいがある。人を安心させる不思議な力がアルの言葉にはあった。



「……少し胸をお借りしてもいいですか?」



 リリーはそう言ってアルの胸に顔を埋める。漏れ出そうな声を必死に抑えるリリーだったが、涙は留まることなくあふれ出る。


 アルの体温はとても優しい暖かさであり、リリーは心を開く。そして、安心したからか涙を止めることは出来なかった。


 それは両親にすがるように泣く子供のようだった。







 ひとしきり泣きつくしたリリーは、少し頬を赤らめながらアルから離れる。目の下には赤い跡が出来ていた。


 ただ、彼女は何かを決心したようにアルの方を見る。



「……私、強くなりたいです」



 リリーは力強くそう言う。そこに、先日の時とは少し違う意味合いが含まれている事をアルはすぐに感じ取る。



「――この能力にいい記憶はありません。だけど、この力を活用できれば強くなれるんですよね?」



 リリーの問いかけにアルは力強く頷いて見せる。


 そんなアルを見て、リリーはすっきりとした顔で笑う。そして、頭を下げて手を差し出す。



「……アルフォート様、私に力の使い方を教えてください」



 そこには、自分の過去を顧みつつ清算しようとする、強い女の子がいた。アルは彼女の手を取った。


 

 

今回も最後まで読んでいただきありがとうございます!!


皆様に少しお尋ねしたいのですが、本作の投稿時間についてご希望はありますでしょうか。

現在は20:00で固定して投稿しているのですが、心機一転、少し違う時間帯での投稿も考えています。


今の所候補としましては「10:00」「14:00」「18:00」くらいの今より少し早い時間帯か、「22:00」「0:00」などの深夜帯かでしょうか。


投稿時間の変更自体が決定事項ではないのですが、現在読んでくださっている読者の皆様のご意見を一番に尊重したいと思っています。


作者・花咲き荘の「活動報告」にて箱を作っておきますので、出来ればご意見いただけると嬉しいです!!

よろしくお願いします<(_ _)>

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