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114話 初心と願い




 学園入学から約一か月が経過した頃、アルは教官室に呼び出された。それは午前中の授業を受け終えた後で、昼ご飯を食べるための休憩時間だった。先に食事を済ませてから来るようにという話だ。



 アルの中では、何故呼び出されたのか全く心当たりがない。基礎科目の履修もしっかりと行っているし、実技訓練の方もしっかりと参加している。どちらも多少の手加減はしているが、他の生徒たちと比べても優秀な部類に入るのは間違いなかった。


 しいて言うならば、オリオール伯爵家の跡取り息子であるルーベルトとの確執はあったが、それもルーベルトから仕掛けてきた事であったし、学園側は言い争い程度の個人の問題に一々干渉してくることはないはずだ。



「失礼します」



 アルは教官室の扉を開く。中は一か月前と何ら変わっていない。ただ、教官はアルたちEクラスの教官をしているデイビットしかいなかった。



「おぉ、待っていたよ」



 彼はそう言ってアルを手招きする。顔には笑顔があり、これから人を叱ろうとする人間の表情ではないことは一目瞭然だった。どうも悪い話ではないようだ。


 アルはデイビットの座る教官用の座席まで歩いていく。彼が座っている木製の椅子の隣に、丸椅子が用意されていた。アルはその丸椅子に座ってデイビットの方を見る。



「アルフォート君、成績を見たよ。素晴らしい成績じゃないか」



 そう言ってデイビットはアルの成績表を提示する。そこには日々の授業でのペーパーテストや、実技訓練の総評などがびっしりと書き込まれていた。実技訓練を担当している筋肉隆々でいかつそうな教官の真面目な一面が垣間見えた。



「この成績ならば『成績優秀者』としての特例措置を受けることが出来るが……どうする?」



 特例措置。それは成績優秀者が受けることが出来る制度の一つだ。


 各分野に秀でた成績を収めた者の時間的拘束を減らすための制度で、学園側から認められたものは授業に出ずに学期末試験や実技テストを受けるだけで単位を得られるというものだった。


 確かに、今のアルからすれば学園での授業は退屈でもあった。家庭教師のギリスから学園で学ぶ範囲の学問については全て習得している。


 しかし……。



「有難いお話ですが、今回は見送らせてもらいます」



 アルはその提案を断る。


 まさか断られるとは思っていなかったデイビットは少し怪訝な表情を浮かべる。それはそのはず、成績優秀者として特例措置を受けると、自分のやりたい学問を追求することが出来る。そして、それ以外にもこれからの人生の中で「成績優秀者」という事は、一つのステータスとして重宝される。


 アルの様に、親の爵位を継げない者にとっては、「成績優秀者」というステータスは喉から手が出るほど欲しいはずだったからだ。



「成績優秀者になると色々な場面で有利に働くことは君も知っているだろう? ……君のお兄さんたちは二人とも成績優秀者として自分の極めたい分野を突き詰めていたが……」



 デイビットはアルの顔を真剣に見つめながらそう尋ねる。しかし、アルは首を横に振る。



「……どうしてかな?」



 デイビットはアルの真意を知りたくなった。別に、成績優秀者としての基準をクリアしたからといっても、必ずしも受けなくてならないと決められているわけではない。特にデメリットもないため、殆どの生徒がそれを目指して頑張っているわけだが。


 そんな中でアルはその誘いを断るという。その理由が、デイビットには分からなかったのだ。


 アルは、真剣に見つめるデイビットの視線を感じつつ口を開く。



「僕が学園に通うのは、学園を優秀な成績で卒業するためでも、ある一つの分野を追及するためでもありませんから」



 その言葉にデイビットは眉を顰める。


 学園を卒業するのは貴族の中では当たり前のことだ。そして、その成績によってこれからの進路が決定する。そして、もし学者になりたいものならば、学園での研究成果によって道が開かれる。


 それなのに、アルが学園に通う理由はどちらでもないという事だ。



「……では、君は何のために学園に通っているんだい?」



 デイビットは更に追及する。別にしっかりとした理由がなくても辞退自体は可能だ。しかし、デイビットの中で彼の頭の中で漂っている彼の答えが知りたいという「好奇心」が彼を突き動かしていた。


 アルは、ゆっくりと口を開く。



「僕が学園に通っているのは他では得られないものを得る為です。何も知識だけが得たいわけではありません。……人との出会いや交流を通して、ここでしか得られない経験をしたいのです」



 思わぬ言葉に、デイビットは言葉を失う。


 アルのいう事は至極当然の事だった。学園に通うのは12歳から18歳くらいの一番成長する時期を迎えている子供たちだ。そんな子供たちが成長する糧とは、「経験」である。


 この頃の経験は、後々の人生に大きな意味を持つ。それは、デイビット自身がよく知っていることだ。


 しかし、10年以上この学園で働いているうちに、そんな大事なことが抜け落ちていた。その事に、まだ幼さの残る少年に気付かされたのだ。



「……なるほど。そうだね、君の言う通りだ」



 デイビットはそう呟く。それは、アルに向けた言葉であって、アルの為に向けた言葉ではなかった。


 話を終えて教官室を出ていくアルの背中を見ながら、デイビットは小さな声で呟いた。



「……初心を忘れてしまうとはね。私もまだまだということか」



 デイビットの目には、教官になりたての時のような「夢」を見るという輝きがあった。そして、アルの言葉を心に刻みつけるのであった。






 教官室を出たアルは、その足で午後の実技訓練を受けるために野外訓練場へ向かった。


 アルが成績優秀者としての基準を達したことなど他の生徒たちは知る由もないので、誰も何も言ってはこないが、実技訓練を担当している教官だけは少し驚いたような表情を浮かべていた。おそらく、彼もアルの事を推薦してくれた教官の1人なのだろう。



 訓練はつつがなく終了した。いつもの様にクリスを相手に組手を行い、少し指南を施す。最近では、ソーマを筆頭に色々な生徒がアルと組手をしたがるので、クリスだけと組手をするわけではない。



 訓練を終えると、アルは一度教室に戻る。普段ならばそのまま学生寮へ帰る所なのだが、今日は用事があった。


 教室に入ると、一人の女子生徒がアルの事を待っていた。その生徒は特徴的な緑色の髪を後ろで束ね、さっきの訓練のために気持ちのいい汗が陽に照らされて輝いていた。


 教室の扉が開く音を聞き、アルが入ってきたことに気が付いたのか、彼女はゆっくりとアルの方を見る。そして、真剣な表情で口を開く。



「……ご相談があるのです。聞いてくれますか?」



 彼女の顔からは真剣さと切実さがひしひしと伝わってくる。それは、悩む人間にある独特な雰囲気であり、彼女の持つ悩みの重大さがありありと分かる。



「僕で良いのですか?」



 アルはそう尋ねる。リリーがアルの事を信頼していることは、「鑑定眼」でみた彼女のステータスにある、「忠誠度」を見れば一目瞭然だった。


 初めて見た時から20もあった忠誠度が、今や70を優に越しているほど上昇していた。これまで、彼女に対して何か特別なことをしたわけでは無かったが、この伸び方は異常だった。



「アルフォート様は人と違う気がします。理由は、分かりませんが」



 リリー自身も何故ここまでアルを信頼しているのか分からない様子だった。しかし、一か月間一緒に学んでいく中で、彼女の中にある何らかの基準をアルが満たしていたのだろう。



「以前、私に冒険者の話を聞きましたよね?」



 リリーの問いかけに、アルは一つ頷く。確かに、冒険者登録を行う直前にリリーから冒険者の話を聞いたことがあった。



「私はおそらく冒険者に向いていません。ソーマよりも力はありますが、技量では大きく差があります。他の冒険者の方と比べると、技量だけでなく力まで劣っています」



 それはステータスを見ればよく分かる事だった。


 彼女のステータスの上昇値は特出したものがない。つまり、高レベルになればなるほどソーマとの差は顕著に表れることだろう。



「……ソーマは凄いです。私と同じ修練をこなしていても、身につく技量に差があります。いつかソーマに力が付いた時、私は付いていくことが出来ないでしょう。……だから、お願いします。私に、力を。ソーマについていけるだけの力を頂けませんか?」



 そう言ってリリーは深く頭を下げる。それはもう真剣に。しかし、アルには気になることがあった。



「……なぜ僕にそんな事を?」



 そう、彼女がそこまでして自分に教えを乞う理由が分からないのだ。「神童」として名は通っているらしいが、それだけで彼女がここまで教えを乞おうとするとは考えづらい。何か他に理由があるのではないかと考えたのだ。


 リリーは下げていた頭を少し上げる。そして、ゆっくりと言葉を紡ぐ。



「私、以前聞いたことがあるんです。アルフォート様の力は、人を導く力なのだと。そして、それは最近の訓練で身に染みて感じました。だから……」



 アルはリリーの言葉に少し違和感を覚えたが、その反面で彼女が嘘をついていないとも感じた。どこでその話を聞いたのか問いただしてもいいのだが、そこまでして聞く必要があるとも感じない。彼女を疑うような素振りを見せるのは、これからのことを考えるとあまり良くないと思ったからだ。


 アルが何も言ってこないので、リリーは再度頭を下げる。



「無理なお願いをしていることは重々承知しています。ですが、どうかよろしくお願いします!」



 リリーの真剣さはアルに嫌というほど伝わった。彼女は自分の将来を考えた時に、自分の可能性を見出せなくなったのだ。そして、それが可能そうな身近な人間を探し、アルに打ち明けることにしたのだ。


 同級生に頼み込むのは勇気が必要だったはずだ。自分の弱さをさらけ出すのは、恥ずかしかったはずだ。


 しかし、それらの感情とを天秤にかけて尚、打ち明けてきたのだ。それは、アルの心を強く動かす。



「……分かりました」



 アルは彼女の願いを聞き入れる。


 以前から、彼女の事は気になっていた。常にソーマと同じ訓練を行い切磋琢磨している様子から、彼女の向かうべき方向が少しずれているとも感じていた。だから、彼女に一番向いているであろう方向を提示する分には何の問題もない。


 しかし、釘を刺さなくてはならないところもある。



「ただ、僕の言う事や教える事、その他僕が秘密にしてほしい事は絶対に秘匿してください。……出来ますか?」



 アルは真剣にそう尋ねる。アルから了承を得られて少し表情を緩ませていたリリーだったが、アリの表情から伝わる真剣さに元の引き締まった表情に戻る。



「……はい。私の命に代えましても、アルフォート様の情報を漏らさないと誓います」



 リリーは右膝をついて両手を目の前で握って掲げる。そして、目を閉じてそう宣言する。


 これはアイザック帝国に伝わる、最上級の誓いを立てる姿勢であった。その様子を見て、アルは彼女の真剣さを確認する。そして、彼女のステータスのある部分を確認して、その気持ちの本質を感じ取った。



「分かりました。では、明日から放課後を使って行いましょう」


「ありがとうございます!」



 リリーは本当に嬉しそうに笑う。これまで、彼女のそんな表情を見たことがなかった。そして、彼女は何度も頭を下げて感謝を伝え、教室を出ていった。


 一人教室に残ったアルは教室の天井を見上げる。



「……これも交流であり、経験ですよね」



 アルは一人、そう呟く。天井の先、自分を見守っているであろう神様から『頑張りなさい』という声が聞こえた気がした。





今回も最後まで読んでいただきありがとうございます!!


少しずつではありますが、人間関係に変化が出てきました。少しずつではありますが……(笑)


これからもマイペースに完結まで書き続けますので、どうぞよろしくお願いします<(_ _)>

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