113話 拒絶と受け入れ
アルが教室が出ていった頃、ルーベルトは走って人気の少ない校舎裏にまで来ていた。そば付きの男子生徒たちはルーベルトの後を追ったが、いつの間にかはぐれてしまい、今ここにいるのはルーベルトだけだった。
ルーベルトは少し荒くなった呼吸を落ち着かせつつ自分の手を見ると、自分の手ではないかのように小刻みに震えていた。そして、頭に浮かぶのはある少年の、あの目だった。
「この私が、あんなヤツに……」
ルーベルトは怒りの感情のままに手を握りしめる。恐怖を怒りの感情によって取り払おうとしたのだ。
しかし、握りしめられたその拳から震えが収まることはない。その事に、ルーベルトは余計に苛立ちを覚える。
自分は選ばれた人間であるはずだった。
身体能力の高さや頭の良さ。そして、今一番勢いがあると言われているオリオール伯爵家の長男という身分。すべてが自分を輝かせる要素だった。
しかし、あの少年にはそれは通じなかった。
3男とはいえ、あのグランセルの家系にあり、「神童」として名が通っていた。ただ、学園では剣術科Eクラス。いわゆる「落ちこぼれ組」と呼ばれるクラスに所属している。
ルーベルトはその事に対して優越感を抱いていた。
ルーベルトも剣術科に所属しているが、剣術科の中では最上級クラスであるAクラスに所属していた。そして、身体能力が高いという事もあり成績も優秀な部類に入る。
つまり、自分はアルよりも優位な立場にあると確信していた。だから、愛するアリアとアルが懇意にしているという話を聞いても、そこまで悲観することはなかった。いずれ自分のものになるのだと思っていたからだ。
しかし、そうではなかった。ルーベルトの体は自身の敗北を確信していた。何をしても勝てないのだと。
ただ、ルーベルトの心はそれを是としない。自分を取り巻く環境と能力、自身や自尊心といった気持ちの部分がそれを受け入れなかったのだ。
だからこそ、こうして苛立ちを覚える。自分の気持ちと体が釣り合っていないからだ。
ルーベルトはようやく震えが収まり始めた自身の手を凝視する。そして、何かに取り憑かれたかのように小さな声で何かを呟き始める。
「……あいつは『神童』なんかじゃない。あいつは『魔』の者なんだ。皆はそれに気が付いていないだけなんだ……」
ルーベルトの瞳には生気はない。もはや虚ろになりながらぶつぶつと呟き続ける。そして、全てがつながったかのようにぱっと目を見開く。
「そうだ、そうなんだ! ……私のアリア姫も騙されているんだ。あいつは口だけなんだ。あいつは……あいつは……」
壊れたロボットの様に、アルの事を罵り続ける。そして、ルーベルトは何かを決意した。
「――私が何とかするしかない」
ルーベルトはそう呟いて、歩き始める。自分の「敵」を認知し、自分の「正義」をなすために。
頭を冷やし終えたアルは教室に戻る。すると、教室に入ってきたアルに皆の視線が集まる。
アルは教室を軽く一望してから自分の席に向かって歩き始める。すると、教室中から歓声が上がった。それはアルを褒め称え、アルを受け入れる歓声だった。
アルは驚いてその場に立ち尽くす。すると、ソーマ少年がアルの肩を抱く。
「かっこよかったぜ!」
ソーマ少年は笑顔でそう言う。そして、周りの生徒たちも笑顔でそれに同調する。
「そんな事ないです。僕はただ、自分の気持ちを制御できなかっただけで……」
「そんな事ねぇよ。お前は――っ痛!?」
ゴンッと大きな音と共にソーマ少年の苦しそうな悲鳴がこぼれる。音のする方角を見てみると、緑色の髪の少女が拳をソーマ少年の頭に落としていた。音から察するに……相当痛そうだ。
「アンタ、少しは学習しなさい! ……すみません、この馬鹿が」
そう言ってリリーは頭を下げる。彼女はアルの事を神聖視しているのか、事あるごとに謝罪をしてくる。ソーマ少年の行動が親密すぎるのは確かだが、ここまで腫れ物に触るような態度をされるのもあまりいい気はしない。
「ふふっ、良いんですよ。リリーさんも友人として話しかけてください。彼ほど砕けた感じで接してほしいとは言いませんが……」
アルはもう少し砕けた態度で接してくれないかと遠回しに促す。しかし、リリーは態度を変えることなく、何度も何度も頭を下げてから下がっていく。
アルは少し煮え切らない気持ちを抱いたまま自分の席に着席する。すると、左肩をちょんちょんと突かれた。アルはその方向に視線を向ける。すると、少し紅潮ぎみな頬をしたクリスが下を向いたまま座っている。
そこで、アルはついさっきのやり取りを思い出す。彼女はアルを庇おうとしてルーベルトに笑いものにされたのだ。
「さっきは本当に――」
「ありがとうございます」
アルが謝罪しようとしたとき、クリスから感謝の言葉が投げかけられる。
「――え?」
アルはまさかの言葉に疑問を抱かざるを得なかった。彼女はアルのせいで笑いものにされたのだ。アルを庇ったせいで。
それなのに、クリスは頬を紅潮させて感謝を告げる。彼女の顔には「感謝」の念こそあれど、アルを責めようという気持ちは一切感じられない。
「さっきは助けてくれてありがとうございます。それに、私の事を庇ってくれて……」
そこまで言って、彼女はぱっと顔を上げる。今まで硬い表情を崩さず、アルとの距離も一定以上近づいては来なかった彼女だったが、今はそうではない。
そこにはアルを心から受け入れた、そんな顔があった。
「……本当に、ありがとうございます」
そう言ってクリスは笑う。その笑顔に、アルはもう何も言えなかった。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございます!
長いですね、学園編(笑)
まだまだ続きそうですが、しばしお付き合いをお願いします<(_ _)>
作者の中では既に結末までの筋道は出来上がっており、大まかなプロットも完成しています!あとはそれを表現していくだけ……ってそれが一番難しいのですが(笑)
マイペースな投稿になりますが、これからもどうぞよろしくお願いします!!




