111話 再会と恋心
アルは魔術科エリアを歩いていた。
魔術科の生徒たちの視線が、一気にアルの方に向かう。理由は簡単で、アルの制服が彼らとは違いがあるからだった。
魔術科の制服は濃い目の臙脂色に、右肩には杖をモチーフとした紋章が刻まれている。上下揃っている制服を着ている者がほとんどだが、たまに下のズボンが違う者もいた。
それに対して、アルの制服は濃い目の紺色に、左肩には剣をモチーフとした紋章が刻まれている。制服を見ただけで、その人物が魔術科の生徒なのか剣術科の生徒なのかが分かるようになっていた。
アルは剣術科の授業を終え、魔術科エリアのとある場所に向かっている。アルの手には一通の手紙が握られている。それは、今朝使用人のシャナによって手渡されたものだった。
そこには、綺麗な文字でこう書かれていた。
『授業が終わった後、お会いできませんか? お久しぶりに会ってお話がしたいです』
アルは今、この手紙の差出人に会うためにこの場所にやって来たのだ。
学園の真ん中には講堂と呼ばれる大ホールがあり、その講堂の裏には共同エリアが広がっている。そして、その共同エリアの東側のエリアは剣術科エリアがあり、西側には魔術科エリアが広がっている。
アルは剣術科の授業を終えて、共同エリアを抜けて魔術科エリアに入っていった。そして、魔術科エリアの光景を見て少し驚いた。
まず、施設がかなり真新しい。剣術科の校舎はかなり古く見えたが、魔術科の校舎はかなり綺麗な状態を保っている。学園が魔術科に力を入れているのが、この光景を少し見るだけで伝わってくる。
しかし、アルにとって用があるのはこの真新しい校舎ではない。もう一度手紙に目線を落とす。アルは書き記されたルートを確認しつつ歩みを進める。
「……ここかな?」
目の前に広がるのは、周りの施設と比べると歴史を感じさせる。周りの施設が白ベースの石材で建築されているのに対して、この施設だけは木造建設だ。例えるなら、明治や大正時代の校舎のような雰囲気だ。
2階建ての建物で、横幅も奥行きもそこまで大きくはない。この建物だけが魔術科エリアの中で隔離されているような感じだ。
アルはその建物の扉に取り付けられた金属のドアノッカーを持って叩く。すると、中から女性の声と、階段を降りてくるような足音が聞こえてくる。足音から察するにかなり急いで降りてきているようだ。
その足音は扉の近くまでなり続き、寸前で止まる。そして、扉が開かれると金色の長い髪を携えた美少女が、薄っすらピンクがかった瞳を少し細めてこちらを見ている。とても綺麗な容姿をした彼女を、アルは懐かし気に見つめる。
「アル様、お久しぶりです!」
「アリアさん。本当にお久しぶりです!」
アリアは涙が零れそうになるのを堪えながら、笑顔を見せる。
それは、とても魅力的な笑顔だった。
アル達2人はお茶の入ったティーカップを傾けながら世間話に花を咲かせる。
外観からしても古い印象を抱いたこの建物だったが、内観もかなり古風な雰囲気を醸し出していた。
アリアから聞いた話では、ここは古代魔法を研究する施設で以前はかなり栄えていたらしい。しかし、今では研究の波も収まり、殆ど使用されない施設となっているらしい。
アリアは光と闇の珍しい2属性の掛け合わせを持つという事もあり、古代魔法を専門に研究を行っているらしく、この施設を使用するのはアリアと友人のノーラくらいだという話だ。
「――アル様が剣術科と少し驚きましたが、アル様ならどこででも優秀な成績を残せそうですね」
ここまで二人の近況を報告し合っていたが、話題はアルの学科の話に移行する。アルは世間的には2属性持ちであり、「神童」という称号を持っている優秀な人間として捉えられてきた。その中で、理由があるとはいえ剣術科に入学したことで、アリアも心配していたのだ。
しかし、アルは特に気にした様子もなくカップを傾けて喉を潤す。そして、心配そうにこちらを見ているアリアを安心させるべく笑って見せる。
「そんなことはありませんよ。……アリアさんは魔術科Aクラスらしいですね。それも、珍しい属性である光と闇の2属性持ちという事で、かなり期待されていると聞きます」
「……そんな事ありません。私なんてまだまだです」
アルの言葉にアリアは少し頬を赤らめる。今まで、似たような言葉を色々な人からかけられてきたが、アルから言われた言葉には勝てない。一直線にアリアの心に突き刺さる。そんな言葉をアルは持っているのだ。
アルは照れているアリアを見つめながら、あることを疑問に思う。
「――そういえば、ノーラさんは一緒ではないのですね」
さっき世間話をした時に、ノーラはこの建物に良く来るという話を聞いたが、今はいない様子。それに対して、少し疑問を抱いたのだ。
アリアは、真っ赤に染めた頬を押さえていた手を解き、一つ咳ばらいをして冷静さを取り戻す。
「……今日はアル様とお会いすると言うと、お気を使ってくれたようです。『二人で話してきな~』と」
「そうでしたか」
何となく方眉を上げて、少し呆れたような表情を浮かべながらピースサインをするノーラの顔が思い浮かぶ。以前、アルが告白紛いな話をしたときに、ノーラもその場にいた。おそらく、本当に気を遣ってくれたのだろう。
そんな事を考えていると、アリアは真剣な表情でアルを見つめる。その表情を見て、アルはあの時の気持ちを思い出す。そして、目の前の彼女には真実を、自分の想いを伝える必要があると焦燥する。
「この間……といっても一年ほど前の話ですが。……あの時言ったこと、覚えていますか?」
「……はい」
アルの言葉に、アリアは少し目線を落としながらそう答える。覚えている。忘れられるわけがないのだ。
アルは、彼女の表情の変化を観察しつつ言葉を紡ぐ。
「僕はアリアさんをお慕いしています。しかし、僕は3男。爵位を継ぐことは出来ません」
「……」
アルの言葉を、アリアは無言で聞いている。アルが自分を拒む理由は分かっている。アルがどれだけ自分の事を考えて、気を遣って言葉を紡いでいるのか、アリアには分かっていた。
「……僕は冒険者になろうと考えています。騎士や魔術師ではなく」
アルはそう言い切る。アリアは、口を堅く閉ざす。頬には不思議と力がこもる。何も話してはいけない、ここで言葉を遮ってはいけない。そんな気がした。
アルは、そんなアリアの表情をじっと見据える。
彼女は強い。自分が思っているよりも。
だから、アルは決意する。そして、今まで言えなかった言葉を口に出した。
「……それでも、僕を思ってくれますか?」
アルの言葉に、想いに、アリアの目からは大量の涙が零れ落ちる。
今まで、彼は自分を思って言い出せなかったのだ。騎士や魔術師にならないという彼の決意がどこから来ているのか、アリアには分からない。だけど、それでも自分を好いていてくれ、我儘を言ってくれる。
ここまで秘めていた気持ちを、ようやく打ち明けてくれたのだ。それが、ひどく嬉しかった。
「……私の心はあの時にもう決まっています。私はアル様と一生を添い遂げる覚悟です。それがどんな所で、どんな状況でも」
アリアはそう宣言する。
いつからだっただろう。彼を支えて、彼のために生きたいと思いだしたのは。
以前は自分に戦いなど向いていない。アルを待って、アルを支えるしか出来ないと思っていた。しかし、自分の可能性を感じだし、それ以外の道も考えるようになった。すると、ぱっと目の前に可能性という光が広がった。
アルをただ待つだけじゃない。自分が彼の傍らで支えるのだ。そう決意した。
アルは、アリアの表情から真剣さと覚悟を感じ取る。それは、アルが思っていたよりも彼女が強いという証明だった。
アルは頬を緩める。アリアの気持ちが嬉しかったのだ。
「……ありがとうございます」
アルは頭を下げる。アリアには見えなかったが、アルの顔は真っ赤に紅潮していた。それは、今までのアルの表情とは一線を画すものだった。
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