110話 冒険者登録
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「――冒険者登録、ですか?」
リリーは少し訝し気な表情を浮かべる。まさか、目の前の存在からそのような事を尋ねられるとは思っていなかったようだ。
「はい。どのような工程が必要なのか気になったもので」
アルはそんなリリーの表情を意にも介さない様子でそう答える。
以前から冒険者という職業に興味を抱いていた。いずれは冒険者登録を済まし、冒険者として活動していくことを考えるならば、今の内から活動を見据えておいた方が良いと考えたのだ。
「……貴族のアルフォート様が冒険者、ですか?」
しかし、リリーは未だ訝し気な表情を浮かべたままだった。理由は簡単。アルが貴族だからだ。
「騎士を目指す者が多いと聞きますが……」
「そういう方が多いそうですね。貴族といっても僕は3男で爵位を継げるわけではないので」
アルは少し自嘲気味にそう答える。といっても、アルは自分が3男であることを嫌だとは思っていない。家族からは優しくされているし、そもそも貴族として人生を過ごすことにもあまり惹かれない。
アルの答えを受けて、リリーの表情が切り替わる。今までアルのことを高位の貴族家のお坊ちゃん程度にしか思っていなかったが、彼が少し自分に近い存在なのだと感じたのだ。自分の立場を深く理解し、進路を切り開いていくアルの姿は、今まで見てきた貴族のお坊ちゃんとは一線を画していた。
「……分かりました、お教えします」
リリーは、自分の知り得る知識をアルに教えていく。
◇
「ここが、冒険者ギルドですかー」
「はい。ここですね」
アルは使用人のシャナと一緒にギルドの前に立っていた。少し古ぼけた建物だが、かなり大きい。リリーに聞いた話では、ここで素材の確認や買い取りも行うようなのでこれくらいの敷地は必要なのだろう。
場所は王都の正門付近。これも重い素材を街の中で運ぶのが困難だからだそうだ。確かに、魔物の肉や毛皮などの素材を持って街の中を歩き回るのは衛生的にも良くないだろう。
「では、入りましょうか」
そう言ってアルはギルドの扉を開いた。すると、中から一気に熱気が伝わってくる。大きな声で盛り上がる大男たちは、ギルドの酒場の部分で大きなグラスを勢いよく傾けている。
アルはギルドの中を色々と見回しながら、受付カウンターらしき場所へと進んでいく。すると、カウンターに待機していた女性がこちらに気が付く。
「ようこそ冒険者ギルドへ! ……初めてのご利用でしょうか?」
「はい、そうです」
完璧な笑顔で対応するギルド職員に、アルは笑顔で返答する。後ろにはシャナが控えている。
「では、こちらにお名前と得意武器をこちらに」
そう言ってギルド職員の女性は1枚の羊皮紙をこちらに出してくる。そこには、「名前」「武器」の2つの項目しか書かれていない。
アルはその紙を受け取って、すらすらと筆を進める。特に嘘を書く必要もないので、名前の欄には「アルフォート」と記入し、武器の欄には「片手直剣」と書く。グランセル家の名前を書かなかったのは、いずれ家を出る身であるため、書く必要はないと思ったからだ。
「……綺麗な字ですね」
書き終わった紙を職員に手渡すと、彼女は小さな声でそう呟く。そして、その紙を持って建物の奥に消えていった。
身分証などを要求されるかもしれないと思っていたが、どうやらそのような物は必要がないらしい。
ものの5分もせずに彼女は戻って来た。
「冒険者登録が完了しました。こちらがギルドカードになります」
縦8㎝、横が5、6㎝くらいで、掌の上に乗せれる程度の木製のカードが手渡される。そこには、「アルフォート」と「片手直剣」という文字があり、その下には「Gランク」と書かれている。
家名を書かなかったためか、名前の欄に「グランセル」の文字はなかった。という事は、偽名での登録も可能という事だろうか。
「本ギルドルールの説明は必要でしょうか?」
ギルド職員はそう尋ねてくる。おそらく定例文なのだろう。一応、リリーにも話は聞いているのだが……。
「一応聞いておきます」
「了解しました。では、ご説明しますね」
ギルド職員は、一瞬驚いた表情を浮かべる。そして、そこで彼女は一つ咳ばらいをした。おそらく説明を聞く人間は少ないのだろう。
「まず、冒険者ギルドはどの国でも共通の組織が運営しております。つまり、先ほどお渡ししたギルドカードは他国でもご利用いただけるということです」
なるほど、この冒険者ギルドは国単位で運営しているわけではない、と。国に属していないのならば、アルが多少変な行動を取っても、家族には大した影響は出なそうだ。
「次に、冒険者ランクについてです。ランクは下位からG級に始まり最上位はS級となります。ランクによって受けられる仕事の内容が変わりますので、ご注意ください」
ギルド職員の話では、自分のランク以下か1階級上までなら受注可能なようだ。しかし、2階級上の仕事はいくら実力があったとしても受注することは不可能だという。その辺りはかなり徹底しているようだ。
「――ギルドメンバー同士の私闘は禁止されています。何か問題があった場合はギルドからの除名もあり得ます」
「……それは正当防衛でも、ですか?」
ここまで静かに話を聞いていたアルだったが、流石に気になったのでギルド職員の話を遮るように質問する。私闘は禁止だと言うが、それはどの範囲までの事を言っているのか気になったからだ。
「……基本的には。ただ、その問題を立証できた場合、明らかな証拠を用意できた場合はその限りではありません」
それは……つまりは関知しないということだろう。納得はしていないが、アルは頷いて話を進めるように促す。
「依頼はギルド内の中央にあるボードに張り出しています。受注される場合は張り出された紙を持ってカウンターまで持ってきてください。そこでようやく依頼の受注が認められます。……何かご質問はありますか?」
一通りの説明が終わったのだろう。ギルド職員は何か質問は無いかとこちらに尋ねてくる。
「常駐依頼は無いのでしょうか」
「常駐依頼ですか? そうですね、薬草採集や王都周辺に頻繁に出現するゴブリン討伐などは常に依頼を出している物になりますね。あとは王都中の依頼……探し物や清掃などの仕事があります。こちらは常駐依頼というわけでは無いのですが、不人気な仕事なので常に張り出されているような状態です」
確かに、薬草などは常に入り用だろうし、ゴブリンなどの王都付近でよく出現する魔物は王都を尋ねてくる人間からすれば脅威でしかない。討伐依頼が絶えないのならば常駐依頼として張り出すのは当然だろう。
また、探し物や清掃などの雑用が嫌われるのは……こちらも当然と言えば当然だ。お金のある人間がお金を払ってそれらの仕事をやらせているように、他の人間からしてもそのような仕事に対して嫌悪感があるのだろう。
「他にご質問はありますか?」
「……そうですね、このカードは身分証としても扱われるそうですが、偽名での登録も可能なように感じるのですが。何かギミックでもあるのでしょうか」
アルは彼女を試すように、そんな質問を発する。ギルド職員は、まさかそんな質問が飛んでくるとは思っていなかったのか、少し驚いたような表情を浮かべる。そして、重い口を開く。
「……それについては、こちらは関知しておりません。冒険者は自由であり、公平であることが大前提としてあります。身元不明な孤児の方なども登録が可能であり、それをこちらが拒むことはありません。勿論、最低限のルールには従ってもらいますが、それ以外の点に関しては関知しない決まりとなっています」
彼女は言葉を選びながらそう答える。おそらく本当のことを言っているのだろう。
「そうなのですか。長々とありがとうございました」
アルは深々と頭を下げる。一応これも彼女の業務の一部なのだろうが、最後の質問はかなり意地悪なものだったとアル自身が理解していた。その謝意も込めていた。
「――いえ、これはお仕事なので! ……私は冒険者ギルドで受付をしているコーナです。アルフォート君。これからも御贔屓にお願いします!」
深々と頭を下げるアルを見て、ギルド職員は少し面食らったような表情を浮かべる。そして、これからも自分を贔屓にしてほしいと名乗るのだった。
ギルドを出たアルは、さっき貰ったギルドカードを眺めながら寮に戻る。学園の正門の所でシャナとは一旦別れた。どうやら、一度屋敷に戻って報告をしに行かなくてはならないらしい。
「……『自由』か」
アルは何かを思い出すように空を見上げる。そして、その時の言葉を頭に浮かべる。
「――確か、神様も同じようなことを言っていたよね」
あの優しそうな神様も、同じようなことを言っていた気がする。確か……。
『次の世界では、自分のために生きなさい』
もう随分前に言われたその言葉を、頭の中で繰り返して思い出すのだった。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございます!
また、更新が遅くなり申し訳ありませんでした。
内容は決まっていたのですが、リアルの方でごたごたしておりまして……。




