109話 使用人の1日
※使用人のシャナ視点からのお話です。
使用人の朝は早い。
主よりも早く起きて、主の朝の世話をすることから始まる。そのため、誰よりも早く動き出して自分の身支度を済ませる必要がある。
そして、自分の支度を早々に済ませて主の部屋に向かう。
主は学生寮で寝泊まりしているが、私はそうはいかない。基本的には毎日グランセル公爵家にある離れに帰って朝早くに向かうことになる。
アイザック国立学園は広い。しかし、私の移動範囲は主の学生寮から供用エリアの間だけ。しかし、それでもかなり広いと思う。
私は学生寮の3階右奥の部屋の前に立ち、ドアをノックする。すると、中から「どうぞ」と主の声が聞こえる。
私は「失礼します」と一言告げてから部屋の扉を開く。すると、まだ6時頃だというのに既に臙脂色の学生服を着た主の姿が目に入る。
「……おはようございます。アルフォート様」
「シャナさん、おはようございます」
我が主のアルフォート様はそう言って私に笑いかける。かなり整った顔は、母親のミリア様に似ているらしい。私はまだ会ったことはないけれど、アルフォート様と同じ顔立ちならば、さぞかし美人なのだろう。
それにしても、朝の準備は既に済まされている様子。こうなると、私の仕事はもうない。
「アルフォート様はいつもお早いですね。私の仕事が少なすぎて困るのですけど……」
私は贅沢な恨み言を漏らしてしまう。
ただ、アルフォート様は困ったように笑うだけだった。アルフォート様は賢いから、私の仕事が無くなってしまうことくらい予想されていたのだろう。おそらく良かれと思ってやってくれているのだろうが、私は少し寂しく感じる。
7時頃になるまで、アルフォート様は本を読まれて過ごす。噂ではかなりの読書家だと聞いていましたが、どうやらそれは本当だったようだ。気になって「何を読まれているのですか?」と尋ねると、「帝王学についての本です」とだけ返された。何故、帝王学を学んでいるのか気になったが、それ以上は追及しなかった。
「――それで、この場合において先日の技術を応用できませんか?」
7時頃、アルフォート様は学生寮の1階にある食堂に向かわれる。
すると、一人の女子生徒がアルフォート様に近づいて来て話し始めた。内容は剣術の事の様で、私にはさっぱり分からない内容だったけれど、彼女がアルフォート様に教えを乞うているのは分かる。
「そうですねー、出来なくはないと思いますよ」
アルフォート様は食事をとりながら彼女の発言を聞き、簡単にそう答える。しかし、どうも彼女の望んでいた答えではなかったようで、彼女は少し怪訝な表情を作る。しかし、はっと何かに気が付いたように表情を変えた。
「……答えは教えない、ということですか」
「え?」
彼女は真剣な表情でそう言う。かくいうアルフォート様は話についていけないかのような表情を浮かべる。この顔は非常に珍しい。
「グランセル家の剣術を見て盗め、と。そういう事なのですね! ――分かりました。必ずものにして見せます」
彼女はそう言って席を立つ。少し猪突猛進なところがあるようで、あまりアルフォート様の話を聞いていないような感が否めない。
「別に、グランセル家は関係ないんだけど……」
アルフォート様は去っていく彼女の後姿を見ながらそう呟く。意味はよく分からなかったけれど、おそらく私が知る必要のないことなのだろう。
「シャナさん、今日の放課後は迎えはいりません」
いつもの様に後ろについて見送りをしていた私に、アルフォート様はそう言う。
これは、暇を与えるという事だろうか……。私は今日の自分の行動を即座に振り返って反省点を探す。すると、やはり本来私がやらなくてはならない仕事を先に済まされているということが頭に浮かぶ。
つまり、先読みして行動できないならば仕事に来る必要はないと思われたのだろう。
「――それは解雇、ということでしょうか」
仕事ができない使用人などグランセル公爵家には必要ない。あぁ、明日からどうすればいいのでしょう……。
しかし、アルフォート様は大きく手を振って私の言葉を否定する。
「違いますよ!? 今日の放課後は学園内にある大図書館に行こうと思っているだけです!」
「……そういう事でしたか」
焦った。
どうやら解雇されるというわけでは無いようだ。それにしても、早朝1時間ほど読書をしていたのに、まだ読み足りないとは。
「朝早くから仕事をして疲れているでしょうし、今日はお休みです」
アルフォート様から1日の休みを与えられた。
「お休み……」
私は学園の正門まで歩いていき、何をしようかと悩んでいた。
グランセル公爵家の使用人は住み込みで仕事をしている。基本的には時間制で休憩を取りながら働くのだが、1日休みはひと月に2、3度しかない。半日休みは偶にあるのだが、大体疲れていて眠って過ごす。
そのため、このように急に休みをもらってもどう過ごしていいのか分からないのだ。
「さて、何をしましょうか……」
そうこぼしながら、私は道を歩いていく。
気が付くと元来た道を辿って、グランセル公爵家の前に立っていました。
本当に何をしているのでしょう……。
「あれ、シャナさん?」
私が公爵家の屋敷に背を向けた瞬間、後ろから声がかかる。振り返ると、先日アルフォート様が雇用するように正妻のカリーナ様に頼み込んだ女の子、アーネットがそこに居た。
まだ真新しい制服に身を包んでおり、先日初めて会った時とは雲泥の差だった。
「アーネット。仕事はどうですか?」
「とても大変ですけど、やりがいを感じてます。料理も、好きですし……」
彼女は私の問いかけにそう答える。表情も幾分柔らかくなってきたし、顔の血色も良くなってきた。まだ腕や脚は不健康なほど細いままだが、いずれは健康な体型に戻っていくことだろう。
「そう。学園の件は本当に良かったの?」
私は彼女にそう尋ねる。
彼女はグランセル公爵家の使用人として働くのを機に学園に登校することを辞めた。カリーナ様は通ってもよいと言っていたが、彼女はもう行く気がないらしい。
正直、我慢しているのではないかと心配そうにしていた。
「はい。もともと働き口を探すために学園に進学したので……」
彼女は、ただそれだけを言ってペコリと頭を下げる。そして、仕事に戻っていった。
私が見る限りでは我慢しているようには見えなかった。それどころか、嬉しそうにさえ見えたのだった。
「……あれ? シャナさん?」
アルフォート様は私の顔を見てそう言う。
時刻は15時くらい。私は、普段と同じように迎えに来てしまった。休みを頂いたけれど、どうしてもアルフォート様のことが気になってしまって仕方がなかったのだ。
「……すみません。結局迎えに来てしまいました」
私はそう言って頭を下げる。すると、アルフォート様は困ったように笑う。
「そうですか。……では、一緒に大図書館に行きましょうか。聞いた話では、一人で借りれる本の冊数も限られているそうですし」
そう言って私に笑いかける。
大図書館で借りられるのは一度に5冊まで。一般市民は貸出を許可されていないが、貴族の当主やその家族にだけには貸し出しが許可されていた。また、例外的に私達のような貴族家の使用人についても、身元引受人として身分証を発行されていれば3冊まで借りることができる。
アルフォート様は「本がたくさん借りられるから」という口実を作って私についてくることを許す。私が変に思いつめないように。
私は、アルフォート様の思いやりに感謝した。
「――はい!」
私はそう言って主の後ろに控える。まだ12歳の少年のはずなのに、主のその背中は、とてもたくましく見えた。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございます!
最近更新速度が遅くて申し訳ありません<(_ _)>
なるべく3日以上開けないように気を付けてはいるのですが……。
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