108話 新しい使用人
少し期間があいてしまい申し訳ありません<(_ _)>
ここから、主人公視点にもどります。
また、今回はいつもより長めになりますので、休憩しながら読んでください。
すれ違う辻馬車と比べるといくらか高級そうな馬車に揺られながら、アルたちはグランセル公爵家の屋敷に向かっていた。
アーネットは、こんな高級な馬車に乗せられるとは思っていなかったのか、キョロキョロと馬車の中を眺めて慌ただしく目を動かしていた。
「アーネットさんは、何か得意なことはありますか?」
アルはそんな彼女にそう尋ねる。普段はスキル欄を見ればその人物の大体の特徴がつかめるのだが、彼女は生前の記憶を有している、いわば「特異」な存在であり、スキル欄から見えるのは、この世界での生活の特徴だけだった。そのため、前世を含めた彼女の特技が知りたかったのだ。
アルにそう尋ねられ、アーネットは少し驚いたような顔でこちらを見る。
「え、……料理が得意、です」
少しの思案の後、彼女は言う。
鑑定眼で彼女のステータスを見たが、スキル欄に「料理」という文字は見えない。おそらく、前世で料理を良くしていたのだろうが、この世界に来てからは生きていくことに精一杯で料理などは出来なかったのだろう。
「そうですか。じゃあ、まずはその分野で仕事をしてもらいましょう」
アルは、彼女の特技を生かしてもらおうと考える。おそらく、この世界にはない日本風な技術をグランセル公爵家にもたらしてくれるだろう。
アルがその技術を発信すると周りから懐疑的な目で見られてしまうが、彼女がもたらした技術ならばそこまで不思議には思われないだろうし、アルが手を出すことなく技術が進歩していくならば願ってもないことだ。
「……あの、私はどこで仕事をすればいいのでしょうか……」
アーネットはそう尋ねる。実は、まだアーネットには詳しい話をしていない。
シャナの部下が早々に馬車を用意してくれたため、詳しい話をする前に馬車に乗っている状況だった。そのため、彼女は何も知らないまま勢いでここまで来てしまっていたのだ。
アルは真剣な表情で彼女を見つめる。
「アーネットさんには王都のグランセル公爵家で働いてもらおうと思っています」
「え!?」
アルの言葉に、アーネットは今までにないほど機敏に反応する。
「……いや、でしたか?」
アルはアーネットにそう尋ねる。確かに、何も伝えずにここまで連れてきてしまった感はある。彼女にとってそれが最善の状況だとは思っての事だったが、馬車に乗る前に確認すべきだったかもしれない。
しかし、アルの気持ちとは反して、彼女は大きく首を横に振る。
「いえ、その……いいのでしょうか?」
彼女は徐々に声を小さくさせながらそう呟く。自分の能力や生まれ、容姿などを総合的に考えて、この話はいささか自分の適性から離れすぎていると考えたからだ。
しかし、アルにとってはそうではない。
彼女は自分が転生者だという事をアルに知られていないと思っているから分からないだろうが、それらの条件はアルには適応されない。
能力はこの世界のものであるし、生まれや容姿などについてはアルはこの世界の常識から外れたところに基準を持っているからだ。
「野外訓練場でも言いましたが、アーネットさんは信頼に足る人物だと思っています。アーネットさんが出ていきたいと言わない限りは我が公爵家で働いてもらいたいです」
アルは彼女の目をしっかりと見て、そういう。嘘偽りない、アルの本心だった。彼女は人間として、信頼に足る。そうアルは考えていた。
「……ありがとう、ございます」
アルの言葉に、アーネットは目に涙をためる。これほど自分の内面を見てくれた人間がいただろうか、と。
この世界に来てから外見から憐みを向けられて言こそあったが、それ以外に自分を思う感情に向き合ったことがなかった。
しかし、今目の前にいる彼はそうではない。自分のことをしっかりと見て、人間として接し、評価してくれている。それが嬉しくてたまらなかった。
公爵家の屋敷前に到着すると、一人の使用人がこちらに気が付いたのか、屋敷の中に急いで入っていった。そして、一分も経たないうちに白髪の老人が出てくる。
「――アルフォート様、おかえりなさいませ」
その老人は執事服をきっちりと着こみ、まっすぐな背筋をそのままに腰を折る、お手本のような礼をしてアル達を迎える。
アルの斜め後ろに控えていたアーネットは、目の前の光景にあわあわと狼狽している。
「セバスさん。今、お母様はいらっしゃいますか?」
「えぇ、ついさっきまで出ておらえましたが……」
アルの問いかけにセバスはそう答える。何の用事だったのかは分からないが、今家にいてくれて助かった。
「そうですか。……シャナさん、まずはアーネットの身支度をお願いします」
「はい。畏まりました」
アルの命令に、シャナは短い返答を寄こしてアーネットを連れて先に屋敷の中へ入っていく。アーネットの今の格好ははっきり言って汚い。グランセル公爵の正妻であるカリーナに会わせていい恰好ではなかった。
アルはシャナに連れられて屋敷の中に消えていった彼女の痩せこけた背中を見ながら、意を決したように足を進める。向かう場所は決まっている。
「……さて、僕は先に話をつけてきますか」
アルはカリーナの部屋の扉をノックする。そのノックに反応して中から声があがる。綺麗な声ですぐに誰なのか分かる。
「アルフォートです。ただいま帰りました」
アルがそういうと、部屋の中から小さな足音が聞こえた。そして、すぐに扉が開かれる。
「あら、アル! どうかしたのかしら?」
カリーナは嬉しそうな笑顔を浮かべていた。まさか、こんなにすぐに屋敷に来てくれるとは思っていなかっただろう。しかし、アルは彼女のその笑顔を見て、胸が痛くなる。
「……お母様に折り入って頼みがあり、一度帰ってきました」
アルはカリーナにそう伝える。すると、カリーナは一瞬眉間に皺を作るが、すぐにいつもの優しい笑顔に戻る。
「まずは、座ってお茶でも飲みましょう。話はそこからよ?」
そう言ってアルの手を引いて部屋に呼び込んだ。
部屋に入って、中央に置かれたソファに腰かける。すると、カリーナ自らお茶をカップに注ぎ始める。普段ならば、誰か使用人を呼んでお茶を入れてもらうのだが、今回はそうではなかった。
そして、アルたちは色々な話をした。
カリーナはすぐにアルの「頼み」を聞くのではなく、寮での食事や部屋の雰囲気、学園での授業について色々と尋ねてくる。そして、アルの答えを聞きながら優しく微笑む。
「――で、アルの頼みとは何なのかしら?」
10分ほど近況を話した頃だろうか。カリーナはようやく本題に話を移す。その表情は先ほどまでの優しいだけの顔ではなく、母としての厳しさも共存したような、そんな顔だった。
アルも真剣な表情を浮かべ、カリーナを見る。
「実は、一人この屋敷で雇ってほしい者がいるのです」
アルは端的にそう言う。
カリーナは、予想していなかったアルの「頼み」に少し拍子抜けしたような表情を浮かべていた。これまでにも、シャナというメイドを取り立てるように進言することがあり、アルの言う通りかなり有能な人材として今ではアルのそば付きに任命している。その事もあり、カリーナはアルの人を見る目を高く評価していた。
「……なるほど。アルが雇ってほしいという事だから相当有能なのでしょうね」
「いえ、おそらく人並でしょう」
アルはカリーナの発言を早々に否定する。カリーナはまさかの言葉に少し怪訝な表情を浮かべてアルの方を見る。
「生まれは王都のスラム街で、剣術・魔術ともに高い才能は有りません。言葉遣いや礼節はしっかりとしていますが――」
「準備が整いました」
アルの言葉を遮るように、ノックの音とシャナの声が聞こえる。アルはそこで口を閉ざす。
「……入って?」
カリーナはそう言って扉を開けてよいと許可を出す。すると、シャナと共に湯浴びをして身ぎれいになったアーネットが入ってくる。そして、シャナから小さな声で進言を受けて頭を下げる。
「……あの、私はアーネットです。その、よろしくお願いします」
アーネットは、少し緊張気味にそう名乗る。声は少し震えており、手もがちがちに握りしめられていた。彼女が緊張しているのは誰の目から見ても明らかだ。
「この子が雇ってほしい子ね?」
カリーナはアルにそう尋ねる。アルは小さく頷いて返答する。
「……なるほど」
カリーナはアーネットの顔を見てそう呟く。
容姿は良くない。カリーナはそう感じた。不健康に痩せこけているとか、髪の手入れが良くないとかそういう話ではない。顔の造形があまり好まれるものではないという意味で、だ。そして、アルが言わんとすることを理解した。
カリーナはアーネットの方に歩いていく。
「アーネット、貴女が他の誰にも負けないものとは何かしら?」
アーネットの前まで移動して、カリーナは彼女にそう尋ねる。
「え? 私が他の誰にも負けないこと、ですか……」
アーネットは困惑した表情を浮かべる。
しかし、そんなアーネットを置いてカリーナは尚も言葉を続ける。
「ここはグランセル公爵家のお屋敷。お仕事柄、かなり高貴な方々が来られるのよ? ここで働くには、かなり高い教養が必要なの」
グランセル公爵家の敷居はそれなりに高い。
実際、この屋敷の使用人はかなり仕事ができる人間が多い。それなりの生まれで、それなりの経験を経て、信頼できる筋から推薦されてこの屋敷で仕事をしているのだ。
「……」
アーネットは返答に窮する。
なぜなら、自分の強みと言われてすぐには思いつかなかったからだ。この世界に来てから、褒められた事なんて……。
しかし、そこでアルの顔が浮かんだ。
「……私は、スラム街で育ちました。スラム街では身近な人がいつ亡くなってもおかしくないような所で、私の世話をしてくれていた、兄のような方も昨年亡くなりました」
アーネットはたどたどしく口を開いて、ゆっくりと言葉を紡いでいく。
彼女の口からこぼれ出てきた言葉からは、彼女が過ごしてきたスラム街の壮絶な生活が窺える。彼女はそんな場所で、明日は我が身と奮闘してきたのだ。
「それに、私の顔は……ひどく醜くくて、道行く人は憐みこそしても私に手を差し伸べてくれる人はいませんでした」
アーネットはそこで口を閉ざす。そして、アルの方に視線を向けた。
「そんな中で、アルフォート様だけが私に手を差し伸べてくれたのです」
アーネットの顔には笑顔があった。どれほど大変な経験をしてきたのか、アルには想像もできない。しかし、目の前の笑顔は彼女の心の美しさを表していた。
そして、アルと目が合った後、彼女はまた真剣な表情に戻ってカリーナの方を見る。
「私は……私のこの生涯をかけて、恩を返したいと思っています」
アーネットはそう言い切る。臆病で、気弱そうに見えるのに、彼女にはしっかりとした心の強さがあった。
カリーナは「……そう」と一言呟いて元居た場所に戻る。そして、正面に座るアルを見据える。
「……分かったわ。とてもいい子じゃない?」
カリーナは笑顔でそう言う。カリーナもアル同様に彼女の心の強さを感じ取っていたのだろう。
「アーネット。今日から貴方は我が家の使用人です。何かあれば、私に言いなさい。何があっても、私はあなたの味方よ?」
カリーナは優しい笑顔で彼女にそう告げる。
「――ありがとうございます。……このご恩は、絶対にお返しします!」
アーネットは今にも零れ落ちそうなほど瞳に涙を溜めながら、何度も何度も頭を下げる。そして、ようやく見つけた自分の居場所を離さないよう、精一杯働くことを心に決めったのだ。
アーネットとシャナが部屋から出ていき、アルとカリーナの二人だけが残されていた。少し冷めた紅茶を口に含ませ、喉を潤す。
「……確かに、容姿には恵まれていないけれど、心はとても綺麗な子ね?」
カリーナは少し悲しそうな表情を浮かべながらそう言う。アーネットの生活を聞いて、今の現状を憂いているのだろう。そして、彼女の持って生まれた不憫さを嘆いているように見えた。
「僕から見れば、彼女はとても魅力的に見えますが」
アルはそういってアーネットを擁護する。といっても、日本的な美意識を持つアルからすれば、彼女はとても魅力的に見えているのは本心なのだ。
アルの言葉から「世辞」ではないと感じ取ったのか、カリーナは少しいたずらな笑顔を浮かべる。
「あら、そういう事なの?」
「――!? 違いますよ、お母様!」
カリーナの言葉に、急いでアルは弁明する。
別にアーネットが魅力的だからという理由だけで彼女を助けたわけでは無いからだ。
「ふふふっ。初めて取り乱しているところが見れたわね?」
カリーナは必死なアルを見て笑う。初めて、アルの素を見たような気がしたからだ。
少し笑って、彼女はカップを手に取り喉を潤す。
「安心して、アル。私が彼女の身元責任者になるわ。あの子、臆病そうだけど芯が強い子そうだもの。私、とても気に入ったわよ?」
カリーナはアルを安心させるようにそう言う。
それはアルがこれから頼もうと思っていたことだった。カリーナは、そんなアルの本心を見抜いてたのだ。
アルは「ありがとうございます」と一言礼を言う。
「彼女は料理が得意だそうなので、是非料理をさせてあげてください。……僕の目が間違っていなければ、とても奇抜な発想で料理をしてくれると思いますよ」
「あら、それはとても楽しみね」
アルの提案に、カリーナは楽しそうに笑う。しかし、アルの言葉に少し期待してしまう一面もあった。
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