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105話 美の相違




 1時間以上の組み手の訓練が終わると、その場で午後の授業もお終いになった。


 教官は終始見ているだけで、技術的指導を施すわけでもなかった。これは今回の授業に限ったことなのかもしれないが。


 思ったよりも授業が早く終わったことで、これからの予定について考える。今日の予定として、孤児の女の子であるアーネットの仕事を斡旋するという約束がある。まだ、どのような仕事を斡旋するかについては考えを固めてはいないが。

 

 それ以外の予定は特にない。そのため、昨日学生寮へ向かう前から気になっていた大図書館に向かおうかと思っている。


 アルが頭の中で今日の予定を立てていると、剣術科エリアの出入り口付近に見知った顔があった。



「シャナさん、いつから待っていたんですか?」



 アルはそこで待っていた使用人に声をかける。座ることなく入り口付近で立っている姿を見ると、いつからそこで待っていたのか気になって仕方がなかった。



「午後の授業が終わる時間がはっきりと分からなかったので、昼食を取ってすぐに待機しておりました」



 シャナは「当然です」というような表情でそう言う。

 昼食を取ったのがいつなのか明確には分からないが、おそらく一時間以上待っていたのではないだろうか。


 アルはそんな使用人の表情を見て、小さなため息をつく。



「……真面目ですね。午後の授業は1時間以上はあるようなので、明日からは今の時間までは自由時間にしてください」


「ですが――」


「これは命令です。それに、時間は有効利用するほうが賢明ですよ?」



 アルの言葉に反論しようとしたシャナだったが、その後のアルの発言に口を紡ぐ。


 時間は有限であり、アルを待つ一時間はもう返ってはこない。シャナが普段どのような仕事をしているのかはよく分からないが、おそらく大変な仕事を日々行っているのは容易に想像できる。それならば、アルを待つ時間を休養時間にあててほしい。



「……確かにそうですね。分かりました、明日からはそのようにします」



 シャナはアルの言葉に少し考える間を作る。そして、やっと理解したのか「はっ!」と一瞬反応を見せてから返答してくる。


 アルは、彼女の表情を見て理解してくれたようでホッとするが、彼女は彼女で別の考えを持っていた。








 アルとシャナは、諸情報を共有しながら学生寮に戻っていた。


 アルは、アーネットの話をシャナにする。しかし、ステータスの話をすることは出来ないので、少し怪訝な表情を浮かべていた。


 何故、アルがその子のために仕事を斡旋してあげるのか。どうして、彼女に興味を持ったのか。そして、そこまでしてあげる理由は何なのか……。色々な疑問を抱いているようだった。


 しかし、アルはその辺りについては特に詳しく語ったりはしない。なぜなら、それを説明するにはアル自身と彼女の秘密である「転生者」という部分に触れなくてはならないからだ。これは、誰にも話すつもりはない。


 




 寮の近くに到着した時、ある光景が目に飛び込んでくる。


 それは、3人の男子生徒が1人の女子を取り囲んでいる所だった。男子生徒は、おそらくアルよりも年下の者たちだった。彼らは、暴力は振るっていないようだったが、女の子の方は今にも泣きそうな表情を浮かべていた。


 寮に近づいていくと、徐々に彼らの声もはっきりと聞こえてくる。



「――お前みたいな下民がどうしてここにいるんだ~?」


「あー、臭い臭い。顔もブッサイクだし、ここがどこか分かってんの?」


「ここは貴族の子だけが入れる寮なんだよ。お前みたいなスラムのゴミには見ることすら罪になるの。分かる?」



 彼らは嫌らしい笑顔を顔に張り付けて、その女子生徒を誹謗中傷する。彼女はじっと耐えるだけで、何も言い返さない。それを良いことに、彼らは尚も暴言を吐き続ける。



「君達、何をしているのかな?」



 アルは彼らに声をかける。すると、一気にすべての視線がアルの方に向かう。



「……あんた、誰?」



 そのグループの中心人物であろう少年がアルにそう尋ねる。どうやらアルの事が分かっていないようで、眉間に皺を作りながらそう尋ねてくる。他の2人も同様に目つきの悪い眼光でこちらを見ていた。 



「あぁ、自己紹介が遅れました。僕はアルフォート・グランセル。グランセル公爵家の三男です。……クローブ、ロイ……そして、アルケル。私の客人に何かご用でしょうか?」



 アルは、お手本のような所作で挨拶をする。誰が見ても高等な教育を受けてきたであろうことはよく分かる、そんな所作で。



「――!?」



 少年たちは、アルから溢れる高貴な雰囲気と「グランセル公爵」という家名に声にならない悲鳴を上げる。そして、互いに顔を見合わせて自分たちのやっていたことの重大さに気が付く。


 彼らは一番高い身分の者で男爵家の子息であり、他は準男爵と士爵の息子だった。そんな自分たちが罵っていたのが公爵家の客人だったという。そして、知らなかったとはいえ「あんた」呼びをし、睨みつけてしまったのだ。


 そして、何より自分たちの名前が把握されていたことが一番の恐怖だった。会ったことはないはずなのに、なぜか名前を知られている。その事も相まって、アルへの恐怖は倍増する。



「――何でもありませんっ!」



 3人はそう言ってその場から走り去っていく。そして、一目散に「1」と書かれた学生寮に入っていった。


 アルはそんな3人の後姿を見送ると、その場に残っていた女子生徒に頭を下げる。



「アーネストさん。すみません、僕の配慮が足りませんでした」


「――!? あ、貴方が謝るようなことでは……。それに、あの方たちが言っていたことも、その、事実ですし……」



 そういって、彼女の表情に影が落ちる。おそらく、今のようなことは日常茶飯事なのだろう。しかし、だからと言って傷つかないわけでは無い。おそらく、彼女の心には深い傷ができていることだろう。



「……シャナさん。手紙をしたためるので、それまで少しこの方についていてください」


「……畏まりました」



 シャナはアーネストを見つめて、少し暗い表情でそう言う。おそらく、シャナの中でも彼女に対する憐みの感情が生まれたのだろう。





 アルは急いで学生寮の中に入ると、階段を上って自分の部屋に入る。そして、椅子に座って新しい紙を机の上に用意した。



――それにしても、あの子が不細工?



 アルは彼らが言っていた言葉を頭の中で繰り返す。


 確かに、この世界ではあまり見ない特徴のある顔だとは思うが、前世の価値観を持つアルからすれば可愛いほうに感じられた。


 世界が違えば、時代が違えば美的感覚も違うと聞く。この世界は、彼女にとって生きづらい世界なのは間違いなさそうだ。


 同郷のよしみで彼女にはいい生活を送ってほしい。そうなると……。



「やっぱり、グランセル公爵家の使用人になってもらうのが一番かな」



 そう言って、アルは筆を走らせた。




今回も最後まで読んでいただきありがとうございます!!


更新ペースが遅くて申し訳ありません<(_ _)>

最近、リアルの方が忙しく中々執筆に時間を割けないもので、更新速度が著しく落ちております。ですが、確実に2日、3日に一話は投稿していくつもりなので、気長に待っていただけるとありがたいです。


これからも、是非よろしくお願いします!!

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 「やっぱり、グランセル公爵家の使用人になってもらうのが一番かな」 学生で使用人との両立できるのか。夜間学校でもないしな。
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