98話 王都
翌朝からは、ノリスの街を覆う雰囲気が一変した。
領主が人身売買組織に繋がっていたことは大々的に発表され、その処分のためにクロムウェル伯爵とその息子であるクルーン、そして人身売買組織は次々と摘発され、王都に護送されることになった。
一時的に、調査部隊の部隊長であるゴドリックが街に駐在することで体裁を取るらしい。
かくいうアルは、2日ほどノリスの街に滞在してゴドリックから取り調べを受けた。
取り調べといっても、アルを摘発するためのものではなく、どのような状況でこの一件を知り得たのか、そして、誰に手引きを受けたのかといった事情聴取のようなものだった。
幸い、屋敷にはビアンカという内通者がいたので、彼女を通して事情を知り行動を起こしたと伝える。
彼女との接点を疑われそうだったので、適当に作り上げた。街に買い出しに来ていたビアンカが粗相をしてアルの服を汚してしまい、そこで貴族の子息であると知られた、と。
ビアンカには悪いけど、濡れ衣を被ってもらう。といっても、アルが何もしなければ一切問題にならないし、大丈夫だろう。
「もう学園、始まってるよね?」
「そうですね。三日前に到着する予定だったので」
アルたちは馬車に揺られながら王都を目指していた。
アルがノリスの街に滞在していたのは計6日間。
そして、ノリスの街から王都までの経路は2日。つまり、学園の入学式から5日ほど経過したところでようやく王都に辿り着くことになる。
「おそらく、剣術科になるでしょうね。まぁ、アルフォート様はそちらをご希望だったのかもしれませんが」
「入学時に試験を受けるんでしたね。まぁ、仕方がないでしょう。僕としては特にどこのクラスに入っても問題はありませんし」
学園のクラス分けは、入学時の試験によって決められる。
基本的には、皆が魔術科を目指して試験を受け、それに落ちた者が剣術科に流れていくらしい。
……例外もあるが。
しかし、アルは入学時試験を受けることは出来ない。
いかなる理由があっても、入学時試験は入学式の後の一度だけしか認められていない。例外を作ると、あえて遅れて入学式後の試験を先送りするような不正行為が許されてしまうからだ。
そのため、アルは必然的に剣術科へ進むことが確定している。
本来ならば、あまり喜ばしいことではないだろうが、アルの表情を清々しいほどに晴れやかであり、そこには悔しさや絶望などの負の感情は一切見られない。
「……学校か、懐かしいな」
アルは前世の学校生活を思い出す。友達も多く、人気者であった奏多の時のことを。
日々新たな知識を得ていく日常は、奏多にとってとても懐かしく、それでいて何とも言えない幸福な時間だった。こうして、アルフォートとして生きてきても、その知的好奇心は冷めることはなく、より貪欲に知識を欲している始末。
そして、学園に入学すればそれが叶うのだ。
「何か言われましたか?」
アルの独り言を聞き漏らしていたクランは、主の顔を覗き込むようにそう尋ねる。しかし、そこに映るのは昔を懐かしむ表情であり、クランは更に謎を深める。
アルは、少し微笑んでただこう呟く。
「学園、楽しみですね」と。
王都は以前と変わらぬ盛況さを見せていた。
以前来た時に思った変化であった「検問」の厳格化はそのまま定着したようで、検問所では長蛇の列が出来ていた。
荷物の検査と身分証の提示を求めているようで、これなら問題も少なからず減るだろう。
王都に辿り着いたのは正午くらいだったが、王都の中に入れたのはその2時間後くらいだった。
後から聞いた話では、どうやら貴族は別口で早く検査が受けられたらしい。流石に貴族は邪険にはできないという事なのだろう。
「アル!」
グランセル公爵家の屋敷に辿り着いた時、屋敷の前で待機していた執事のセバスに連れられて、カリーナが出てきた。
そして、勢いよくこちらへ駆けてきて、アルを抱きしめる。
「貴方なら大丈夫だって知っていたけど、本当に心配したのよ?」
「すみません。お母様」
アルはカリーナに抱きしめられながら、謝罪をする。
確かに、今回の件はアルの能力を持ってしなければかなり危険な状況だったと思われる。
アルの本当の行動を知るのは、クランとビアンカという使用人だけだが、貴族の子息が一人で宿屋に残るというのは、かなり危険を伴う行動だった。……普通なら。
「あら、まだお母様って呼んでくれるのね? ベルたちは母上と呼ぶようになったから、何だか嬉しいわね?」
アルの謝罪をカリーナは素直に受け取る。それどころか、今も尚「お母様」と呼んでくれるアルに顔を赤らめて喜んでいた。
アルも12歳になり、本来ならば思春期に入る年頃の男児だ。そのため、呼び方が変わることは仕方がないと思っていたカリーナだったが、アルの変わらない様子がひどく嬉しかったのだろう。
「アルフォート様、御荷物は寮の方に運べば良いでしょうか?」
「はい。ありがとうございます!」
アルは、グランセル公爵家の屋敷に入って少し休憩を取っていた。
今はカリーナが入れてくれた紅茶を一緒に飲んでいた所で、屋敷の使用人が荷物を寮に運んでくれるという。
「いえ……、これが私達の仕事ですから」
アルの率直な返礼と可愛らしい笑顔に、使用人たちはタジタジになっていた。
アルの人の良さは良く知っている使用人たちではあるのだが、それに付け加えて大人らしくなったアルの容姿とのギャップに魅力を感じていたのだ。
「アル。貴方、寮に入るのよね?」
使用人が部屋から出ていったところで、カリーナはそんな質問を投げかける。
「はい。屋敷からでも通える距離ではありますけど、寮に入るのが我が家の習わしという事なので」
グランセル公爵家の男児は、学園入学と同時に寮生活を送るという慣習があった。自立心を植え付けるための慣習とされている。
「……そう。でもいつでも来ていいのよ?」
カリーナは少し寂しそうな表情を浮かべながら、そう言う。カリーナはアルのことが好きだ。せっかく王都に長期滞在するというのに、たまにしか会えないということに寂しさを感じているのだろう。
「ありがとうございます。定期的に戻ってきますから」
カリーナはアルの返答に笑顔を見せる。「戻ってくる」という言葉が、自分を家族として認めていると感じられ喜びを感じたのだろう。
「あ、そうだったわ。寮に入るなら一人は使用人を連れていきなさい」
使用人。
本来ならば、グランセル公爵領の誰かを連れてくるべきだったのだろうが、アルがベルの領地から直接王都へ向かったために、それが叶わなかった。
本来ならば、クランを使用人として同行させたいところだが、流石にこれ以上クランを借りておくわけにはいかない。
「そうですね。まじめに仕事をしてくれる方なら、僕は誰でも」
アルはそう返答する。
使用人を借りられることはアルにとっても嬉しい。ただ、自分の身の回りの事は基本的に自分で出来てしまうので、買い出しや手紙の受け取りなどの簡単な仕事はこなしてもらいたい。
「そう、では彼女にしましょうか」
そう言ってカリーナは近くに控えていたメイドを呼ぶ。そして、こそこそと耳打ちをしたかと思えば、そのメイドは部屋を出ていった。
数分もせずにそのメイドは一人の女性を連れて帰ってくる。派手な真っ赤な髪にほんのりとお化粧をした顔、服装は以前あった時よりもフォーマルなものに変わっていた。
「アルフォート様、お久しぶりでございます」
「シャナさんじゃないですか。……良いんですか?これほどに有能な人材を」
アルはカリーナにそう尋ねる。
以前、屋敷でシャナの才能を見出した際に、彼女の事をカリーナに推挙しておいた。それから、セバスの下で上級使用人としての教育を受けながら仕事をこなしていると聞いていた。
「もともと貴方が発掘した才能なのよ? それに、貴方の下にいた方が有能な人材の成長も早いと、ガンマから聞いてるわよ? ロンなんて、もうかなり鍛えられたそうじゃない?」
カリーナの目に少し強かさが見られた。
この人は普段は凄く可愛らしい人なのだが、やはり公爵家の正妻でもあるのだ。人を見る目や合理的な判断を的確に下せる手腕はかなりのものだ。
それに、ロンの事も聞き及んでいるらしい。
「……分かりました。シャナさん、どうぞよろしくお願いします」
「はい!!」
アルの言葉に、シャナは元気よく返事をする。
20代半ばの女性なのだが、なんというか、素朴で可愛らしい印象を受ける。
彼女が望むような仕事内容ではないと思うが、本当にいいのだろうか。
アルは目の前でやる気満々に小さなガッツポーズを作っている使用人をみて、そう考えていた。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。
昨日小説情報を確認したところ、何と、総合ポイントが900PTを越えておりました!!
本当にありがとうございます<(_ _)>
最近の伸び方がすごくて、筆者が一番驚いております。そして、少し怖くもなってきている所であります(笑)
これからも、どうぞよろしくお願いします<(_ _)>




