10話 ベル・グランセル
※ベルサイドのお話です。
ベル・グランセルは劣等生だった。
彼は幼いころから落ち着きがなく、屋敷内で暴れまわることが多々あった。そのため、世話役のメイドたちは彼に対してあまり良い感情を抱いておらず、そのことが余計に彼を孤立させた。また、大人しく知的な兄、ガンマとよく比較され、常に劣っている存在としてレッテルを貼られ続けていたのだった。
地頭こそ悪くはないが、ガンマに比べると一つを覚えることに多くの時間を要した。また、身体的な成長速度も遅く、武術の訓練についていくこともできなかった。
このことが余計に彼に劣等感を抱かせた。常にピリピリとした空気を纏い、他者を寄せ付けない彼には友と呼べるような存在は一人もおらず、王族の催すパーティーには一応参加するが、その他のパーティーには全く参加しなかった。
ガンマとは概ね良好な関係を築いていたのだが、比較され続けた彼の心には、そのストレスが常に溜まっている状態だった。
しかし、そんな彼のストレスは意外な形で発散されることになる。
彼には魔法の才能があったのだ。
ガンマですら二属性の魔法への適性があるという事でちやほやされていたが、ベルにはそれを上回る三属性の適性があった。
この国では、三属性の適性を持つ者は両手で数えるほどしかおらず、彼の希少性は一気に高まったのだ。
その時から、ベルへの周りの視線が変わった。今まで劣った存在として見下していた者たちは、掌を返して彼をほめたたえ、使用人たちは彼を恐れるようになった。
今まで溜まりに溜まったストレスは行き場をなくし、すべて彼の自尊心へと変化し、彼の性格を破綻させた。
8歳になると学園に通い始めたが、彼の自尊心は増す一方だった。誰も彼の魔法の才能に勝るものはいないい。今まで負け続けた兄にさえだ。
次第に彼は周りの人間に何の興味も持たなくなった。
公爵領に帰るのはいつぶりだろうか。
学園に通いだしてからは、長期休みになると帰っていたが、一昨年は鎮魂祭で父上との都合が合わず、去年は休みの期間をすべて魔法の研究に充てたため帰らなかった。
公爵の正妻であるベルの実母は王都で暮らしているので、ベルも王都にいることが多かった。また、いくら魔法の才能があっても、公爵家を継ぐことはできないので、王都で暮らしている方がベルにとってはよかったのもある。
しかし、ベルは父であるレオナルドがよく話している弟のアルのことが気になっていた。
話を聞く限り、本を読むことが大好きで物覚えもいいそうだ。また、夜泣きもせず使用人からも好かれている、非の打ちどころもないと聞く。まさに自分とは真逆の存在である。
ただ、彼こそがベルの求める存在なのではないかと感じていた。
その理由は、アルの青い目の色だ。
ベルは、17年生きてきた中で自分と同じ青い目をした人に会ったことがなかった。小さなころはその目の色でも色々言われたものだった。
しかし、同じ家系から同じ青い目を持つ人間が現れたと聞き、自らと同じように多属性の魔法を行使できる存在なのではないかと考えたのだ。
しかし、それが分かるのは5歳の洗礼を受けた後だ。そのため、今会いに行ってもアルが自分と同じように魔法の才能があるのかは判断できない。
ただ、自分と同じ瞳の色を持つということでベルがアルに興味を持つ理由としては十分だった。
そのため、魔法の有無は別にして、ベルは自らの弟がどのような人物なのか見ようと思いたったのだった。
ベルは久しぶりの実家への帰省だったが、玄関からは入らなかった。昔から使用人たちに嫌われているので、屋敷の裏手にある山から屋敷の敷地に入る。人力で登るのは不可能な道のりではあるが、風魔法の才能に恵まれているベルなら何とか上ることができるのだ。
そして、ベルが屋敷にいた時は使われていなかった一部屋に入る。
「どうやら、ビンゴみたいだな」
ベルは周囲を見回してそう言う。
まだ子供だし、一階のどこかの部屋だろうことは容易に想像できた。そして、ベルがいた時に使っていない部屋となると数は絞られる。
ベルが部屋を見た感想は、何もない部屋というものだった。
ベルが2、3歳のころは外から木の枝やらを部屋に持って来ては汚したものだったが、この部屋には本しかない。ベルは本を読むことが嫌いだったので、真っ先に本を部屋から出させたくらいだった。
ベルが部屋を物色していると、誰かの足音が聞こえてきた。まだ子供の足音だ。
ベルは椅子に座って、その音の主が入ってくるのを待った。
扉が開いて入ってきたのは年齢通りの子供だった。
「──よぉ、お前がアルか?」
この子供がアルであることは何となく分かっていたが、一応確認する。同じ青い目をしている子供がそう何人も現れたりしないだろうからだ。
「はい。僕はアルフォートです」
ベルは少し微笑む。
しかし、その子供はすでに警戒態勢をとり、周囲の状況を確認していた。その警戒態勢はどこにも隙はなく、動けば自分がやられてしまいそうな錯覚を覚えるほどだった。
ベルは、アルのその動きを見て再度微笑む。
──こいつは俺の望んでいた相手かもしれない!
「ははっ、面白い奴だなぁ」
思わずベルはそう言った。
本当に子供らしくないその行動から、ベルは彼を「天才」だと認めたのだ。
本を読むことが好きなだけの子供だと思っていたが、彼はそれだけではない。
魔法の才能はわからないが、武術もかなり優れていそうだ。それは、何度も手合わせしてきたガンマよりも洗練されたあの動きが、いやでもベルにその事実を突きつけていた。
──こいつとなら仲良くやれるかもしれないな。
ベルはそう思った。
「俺はベル。お前の兄だよ」